Hey! @stellaSSL uses Twishort, the best app for big tweets. Sign in and try it now »
@stellaSSL はる@ゴネクあ25
@ mention Twitter profile »

365日、貴方を幸せにする魔法


最初というか、半分位まで?
あとはもだもだして、シュテルンビルト中追いかけっこをして、仲直りな感じです。




『シュテルンビルトの王子様』。
これを最初につけたのは、アポロンメディアのライターではなく、シュテルンビルトタイムズの新聞記者でもなく、誰あろうワイルドタイガー、鏑木・T・虎徹の何気ない一言だった。
折からの台風一過、吹き返しの強風で鉄骨ごと足場を崩した工事現場での救出活動を終えた後、大勢の記者や遠巻きにする大勢のファンたちに囲まれ、疲れも見せずにバーナビーは背筋をまっすぐに伸ばして微笑んでいた。
フルフェイスマスクを外していたので、風に見事な金色の髪が煽られて陽光に透ける。
それを見て、カメラの回る前で虎徹がぼそりと呟いたのだった。
「バニー、お前ってほんと、シュテルンビルトの王子様な」
もちろん虎徹はカメラのことなど何も考えてはいなかったが、その場にいた記者たちとアニエスが色めき立った。
「それいただきよタイガー!たまにはいいことするじゃない!」
かくしてバーナビーは『シュテルンビルトの王子様』なんて通り名をつけられ、ますます女性たちからの人気も絶大になった。
だが、勿論王子なのは見た目だけではない。
虎徹は見た目だけでなく、中身もそうだという意味を込めて呟いた。それはアニエスたちももとより、市民たちも誰もが知っている。
けれど、その王子様ぶりがこちらに向くのとは話が別だ。
ジェイク事件を境に名前で呼ばれるようになり、ますます親しくなって、バーナビーの内面を見るに付けまあそうだろうなとは思っていた。
バーナビーに信頼されるようになった影響は、思った以上に虎徹自身を喜ばせた。
心の麗質を見せてくれるようになって、虎徹はずっとむず痒いような浮かれた気分でいた。病院に逆戻りした夜も、こっそり病室を抜け出して嬉しさのあまり飲みに行き、連絡を受けて駆けつけたバーナビーに特大の大目玉を食らったのもいい思い出だ。
虎徹のバーナビーへのスタンスは、子供にするようにスキンシップ過剰に構いたがり、おせっかいと世話を焼くという感じで、それがただバーナビーを救いたいと願い、両親の無念を晴らしバーナビーが復讐から解放されてもそれ程変化はなかった。
この大元が純粋にバーナビーを好きになり、惹かれているからだったのだと気がつくまでそれなりに時間がかかった。
ここに思い至ったとき、気がつくまでもなく、目の前に立っている青年は、眩しい位に魅力的な美形だった。
誰もがバーナビーを好きになる訳だ。
だからこそバーナビーのそばで、これからも相棒としてやっていけたら。
せっかく連携も取れるようになって、2位のバーナビーはもとより、虎徹のポイントすら上昇線を描いているというのに、この関係を壊したくはない。
だから、自分はこのままちょっとおせっかいな相棒くらいの距離でいいと思っていた。
―――だが。
バーナビーは見た目よりずっと苛烈で情熱的な性格をしている。
それを正しく知るのは虎徹だけだが、流石にそこまでは思い至れなかった。
なんでもないある日の夜、虎徹はバーナビーに告白された。
場所は虎徹が行きつけの、しかも大衆居酒屋だった。
普通に考えれば絶対バーナビーはこんなところに来ないだろうが、虎徹が誘えば一緒に来てくれるようになった。
それだけでも多大な進歩で、まだそれに慣れずについはしゃいでしまう。
この日もモロキュウやししとうの焼串、つぼ焼きなんかを焼酎片手につつき、バーナビーは横で甘鯛の塩焼きやピーマンの肉詰めを綺麗に食べていた。
「バニー、酒なくなってる」
「ああ、そうですね。次は何にしようかな…」
「じゃ、さっぱりすっからシークワーサーハイとか、ハイボールもいいぞ」
「ではそれをいただきます」
虎徹も追加を頼んで、今度は焼き蛤を啜る。
「あー、美味い!お前もいるからもっと美味い!」
なんて上機嫌で無意識に呟けば、バーナビーがふと動きを止めた。
「…?どした?」
「…」
バーナビーは無言で虎徹を見る。
さして明るくはないオレンジの照明の下で、バーナビーの目の色はいつもよりも濃く見えた。
2人の後ろでは他の客たちの話し声と、流れる映画音楽が混ざり合って心地よい音が響いている。
「どしたよ?ほれ、おじさんに言ってみろって」
顔を覗きこめば、ややあってカウンターに置いた手に手を重ねられた。
「えっ」
戸惑って眉を動かせば、真剣な顔をしたバーナビーが静かに口を開く。
「…好きです」
「っ!?」
耳に届いたのは、間違ってもバーナビーからは個人的になんて聞くことのできなそうな単語だった。
誰かを特別に思うなんて事を一番しないだろうバーナビーが、だ。
「貴方が、好きです」
けれどそんな都合のいい聞き間違いである訳もない。聞き返せば言葉を重ねられて、虎徹は大いに戸惑った。
じわじわと顔にアルコールでない赤みが集まってくる。アラフォーのおじさんをみっともなく赤面させるなんて、流石の破壊力だと思う他にない。
「なっなっなっなっ」
「…すみません。貴方を見ていたら、どうしても言いたくなって」
言葉以上にもっと雄弁なバーナビーの表情に、今度こそ虎徹は開いた口が塞がらなくなった。
思わずグラスを落としそうになって、はっと我に返る。
空いた手で口元を隠し、恥ずかしそうに目を背けるバーナビーなど初めて見た。
その衝撃に虎徹もどうしたものかリアクションに困っていると、すり、と手の甲を撫でられた。
「そうと思ったら、昔からなり振り構っていられなくなるんです。ヒーローになって、人の目を気にしなくてはならない立場になって、少しは直ったと思ったんですが」
「そ、それにしたってお前…んなとこで」
「だから、ちょっと浅慮だったなと。でも後悔はしません。自分に嘘はつきたくないので」
これだ。
本当に自分に厳しくて、逃げを許さないのだなと改めて思う。
自分の気持ちに向き合う勇気を、この10分の1でも持てたなら。
自分の事は晒したがらない虎徹だからこそ、バーナビーの言葉はぐっと胸に迫った。
友恵が亡くなってから、もうこんな風に恋愛を誰ともすることはないと思ってきた。
それでも告白に動揺するくらい響いたのは、誰よりも幸せになって欲しいと心から思っているバーナビーだからだ。
バーナビーの心は疑っていない。
刷り込みに近いものはあったにせよ、思いを錯覚だと一蹴するのは24歳の立派な成人男性に対して失礼なことだ。
でもまだ、自分のような同性のおじさんでなく、柔らかくていい匂いのする女性を、と思う気持ちもある。
その迷いが顔に出たのだろう。
バーナビーは困ったように笑い、そっと手をのけた。
「…逃げてもいい。でも、返事はください。急ぎませんし、急かしもしない。だから、どうか素直に、僕のこの気持ちと向き合ってくれたら、嬉しいです」
「って、そんなん俺にいいことばっかりだろ…」
「いいんです。言いたかっただけですから」
「バッカヤロォ、一人だけすっきりした顔してんじゃねえよ!」
時間を与えて、更に虎徹に逃げ道さえ作るなんて出来すぎている。
元々虎徹は体が先に動くようなタイプで、考え込んだり、まして長く悩むなんて性に合わないのだ。
…例えば1ヶ月後に返事をしたとして、無理だと言えば、バーナビーはさみしそうに笑って、また翌日からいつも通り元に戻るのだろう。
そうしていつか、他の誰かと恋をして、虎徹のそばを離れていく。
それを想像しただけで、腹の底が重くなった。
多少の独占欲は自分にもあるらしい。…同性のバーナビーに対してそんな風に思うだけで、答えなんてとっくに出ているようなものだ。
バーナビーも似たようなところはあるが、一旦腹を括ってしまうと虎徹は本当に果断だった。
アルコールのせいにはしない。けれど、背のひと押しくらいは力を借りてもいいだろう。
虎徹も目元を染めて、ずい、と顔を寄せる。
「…いいよな?ここで返事したって」
「っ」
瞳を揺らすバーナビーに、虎徹はびし、と指を突きつけた。
「その前に。お前、俺の娘のことは知ってるよな?」
「…ええ」
「…前にかみさんがいて、死に別れちまってることも。外さねえ指輪のことも」
「ええ」
「そんでもいいの?…お前と楓が落ちそうになってたら、迷わず俺は楓を助けるよ?」
「それでこそ、貴方です。僕なら絶対に、自力でなんとかします。…貴方もそう、信じてくれているんでしょう?」
確かにそうだった。
バーナビーは必ず自分でなんとかする。もしなんともならない状況だったなら、楓を助けて追いかける。
2人でいればなんとかなるだろうと、バーナビーならそう思える。
相手を信頼するというのは、きっとそういうことだ。
「…お前だけが一番になんて、出来るかわかんねえよ?」
それでも試すように言葉を続ければ、バーナビーははっきりと頷いてみせた。
無理をしている色は表情にも、声にも見えない。
「もちろんです。…むしろ、そこまで貴方に考えさせているだけ、僕は幸せだと思います。最初から友恵さんと同列になれるだなんて、思ってもいない。けれど、僕は僕です。友恵さんじゃない」
「…そう来るか」
「違う人間を、同じように愛せるわけがない。誰も友恵さんの代わりになんてなれないけれど、僕の代わりだっていない。勿論、貴方だって世界にたった一人だ。誰も代わることなんてできないんです」
「…家族だって作ってやれねえし」
「…真摯にそんなことまで考えてくれているんですか。嬉しいな」
虎徹は言葉を切って、残っていた焼酎を煽った。
「バニー」
「はい」
「…お前がそれだけ分かっててくれんなら、もう何も言わねえ。…俺さ、お前のこと、幸せに、できるかな…?」
「…できます」
断言して、バーナビーは貴方でないと駄目なんです、と囁いた。
「僕の幸せは、僕が決めます。僕は分別もつかない子供じゃない。全部全部分かった上で、貴方を愛しているんです。…こうして貴方の隣にいられるだけで、どれ程胸が高鳴っているか分かりますか?…胸を開けば伝わるなら、今ここで引き裂いても構わない」
本当は、虎徹だって焦らすつもりなどなかった。
彼のくれる言葉一つ一つがどんなに嬉しいか。
自分だってどんなにバーナビーを好きか、自覚すればそんなものはずっとずっと前からだった。
返事をすればその先から、更に2人の関係に、『恋人』という特別なものが加わる。
けれど一度その手を取ってしまえば、もう離せないと分かってもいる。
…本当は、バーナビーを求めているのは虎徹の方だ。
バーナビーは虎徹こそが己の世界を変えてくれたのだと言うが、それは虎徹だって同じだ。
がむしゃらに駆けていれば、体を動かしていれば、前に進めているのだと信じていた。けれど、そうでないと分かって、けれど生き方を変えられない自分はただ緩慢に暗い水の底に沈んでいくような、そんな気さえしていた。
それを引き上げてくれたのはバーナビーだ。
たとえ最初はバーナビーの引き立て役だったにせよ、虎徹をもう一度鼓舞し、明るい光の中へ戻してくれた。
曲がりかけていた背筋を伸ばし、さあ行きますよ、と促す。
汚かった部屋も片付き、無意識にしていた友恵へ縋ることもしなくなった。
忘れた訳ではない。
…大事なものが増えたことを、きっと彼女も喜んでくれるだろう。
きらきらと内面から星のように輝くこの青年を、どうして好きにならずにいられるだろう。
虎徹は腹を括り、己を晒す覚悟を決める。
怖がり、恐れていては前になんて進めない。それはずっと自分が自分に言い聞かせてきたことだ。
こんなことでは正義の壊し屋ワイルドタイガーの名が泣く。
「…お前に比べて、俺はカッコ悪ィわ」
「え?」
虎徹は苦く笑って振り返り、ぎゅっとバーナビーの手を自分から掴んだ。
「虎徹さ」
バーナビーの驚きごと節くれた拳で包み込んで、虎徹はへへ、とようやく表情を崩した。
「…俺も、お前が好きだよ。バニー」
「っ」
「おっさんはさ、結構重いけど、それでもいいんだよな?」
「貴方をお姫様抱っこするのには慣れています」
「だっ、ぶはは、そうだよな!だから、よろしくお願いします」
事実上の交際宣言に、ぱっとバーナビーの顔に気色が満ちた。
「…こちらこそ、よろしくお願いします」
また少し照れたような、それでも嬉しそうなバーナビーに、虎徹もうん、と頷いていた。


紙に包んだあつあつのホットドッグを手に、2人は手近なカフェでコーヒーを買う。
「お兄さん、こ」
虎徹が買おうとすると、バーナビーがすっと身を割り込ませる。
「ひとつはバニラクリームフラペチーノにモカシロップ、ヘーゼルナッツシロップを足して、チョコソースにチョコレートチップ、エキストラホイップつきで。もうひとつは蜂蜜多めでノンファットミルクのハニーミルクラテでお願いします」
「かしこまりました」
黒いエプロンのスタッフが後ろに下がり、虎徹が驚いたようにバーナビーを見る。
「お前、俺の好みなんで知ってんの」
「2、3度見て覚えました。今役に立ってよかった」
にこりと微笑まれ、どんな顔をしていいか分からず虎徹はカウンターに突っ伏す。
「…お前、ほんっと王子様な」
「そうですか?そうでもないですよ」
貴方以外には。
光溢れんばかりの見事な微笑みに、ぐうの音も出ない。
あーあーと顔を覆いまた突っ伏して、フラペチーノでお待ちのお客様、と差し出した店員にぎょっとされる。
「…どうしたんです?」
「なんでもねえよ!」
何でもなくはないが、そうでも言わないとやっていられない。
まさかバーナビーが眩しくて恥ずかしくて、けれど嬉しいなんて言えるはずがない。
「どうも!」
ばっとフラペチーノを受け取り、虎徹は音を立ててずずず、と啜った。


歩きながら食べるのも、バーナビーも慣れたものだ。
最近は行儀が悪いとも言わなくなって、自分でも食べるようになった。虎徹がいて、自分だけに目が行かないからだろう。
とはいえばくりとかぶりつく虎徹とは違って、流石にバーナビーの食べ方は上品だ。
口の端を汚さないように、一口分だけを少しずつ齧る。幼い頃から人の目を気にし、どんな弱みも見せまいと振舞ってきた結果、身に付いたものだ。
虎徹といる時はやや緩和されるものの、身に付いたこれが抜けることは一生ないだろう。それも顔出しのヒーローとして自分が選んだ道だ。
虎徹がぐい、と自分の口の端を拭い、最後のひとかけらを飲み込む。
歩いているうちに、メダイユスクウェアのスクランブル交差点までやってくる。
ここまで来ると、流石に出勤途中の市民がどっと増えてくる。
虎徹もアイパッチをつけ、見事なフォームで街角のダストボックスへ紙くずを放り込んだ。
「おや、タイガー&バーナビー!!」
2人に気がついて、街往く市民たちが虎徹とバーナビーへ次々に手を挙げて声をかけていく。
通りがかったポセイドンラインのタクシー運転手、交通整理をしている警察官、犬を連れて散歩する老夫婦、荷物を運ぶドライバーたちも、すれ違うものは全員だ。
「おはようございます」
見事な笑顔で律義にひとつひとつ丁寧に返すバーナビーと、おはよう、気を付けてな!と大味ながら元気で大きな虎徹の挨拶は対象的ながら、シュテルンビルトの朝の名物だ。
「今日もめちゃくちゃ天気いいな!」
「その代わり寒いですけどね。ちゃんと首元を暖かくしてくださいよ?」
緩んでいたマフラーを巻き直し、後ろで結んでやる。
「お、おう」
「ああ、寝癖がついてる」
「へ?」
「貴方の髪は硬いから、なかなか直らないでしょう。会社に着いたらきちんと直しますから、今はこうしていて」
指先が滑り、ハンチングの中に寝癖のついた部分を収めてくれる。
それをごく自然にやられるものだから、虎徹もただ立ち止まって頬を掻くしかない。
バーナビーの見せる優しさと王子様ぶりに、いちいち気恥ずかしくてまだまだ慣れることは出来そうにもなかった。
まだ付き合い始めて2週間だ。勿論付き合う前からも優しかったが、意識せずに享受できていたそれを、特別な関係になってからはどうしたって意識してしまう。
特に2人きりの時に距離感を掴みかねて、虎徹はどういう顔をしていいか分からなくなって、ろくにありがとうも言えなくなってしまった。
バーナビーにそれを気にした風はないが、まともに接する事が出来るようになるのはいつだろう。
…いつもこれでは心臓が保たない。
「さあ、行きますよ。あと15分で始業時間です」
くい、と一瞬手を絡められ、踏み出した足にはたと気がつく。
今、手。
ばっと顔を上げれば、少し目元を染めたバーナビーがそこにいた。
「…すみません、どさくさに…手を繋ぎたくなって」
「だっ」
「駄目でしたか…?」
「だっ、ダメじゃ、〜〜っ」
「よかった」
にこりと笑い、先に立って歩き出すバーナビーにああ、とため息をつく。
虎徹も真っ赤な頬をぱんぱんと叩き、後を追った。


エビをたっぷり入れたチャーハンを作っていると、iphoneが鳴動した。
見れば虎徹の退社時にはまだ仕事中だったバーナビーからだ。
「もしもーし」
フライパンを振りながら、器用に肩と耳の間に挟んで着信に出る。
『虎徹さん?今仕事が終わったんですが、これからお邪魔しても?』
「すんげぇいいタイミング!今チャーハン作ってた!」
『…実は、もう外にいます』
「はぁ!?」
がたん、とフライパンをコンロの上に置くと、恥ずかしそうなバーナビーの声が聞こえてくる。
『あの、駄目だと言われても、…一目だけでも会いたくて。すみません…』
気がつけば走り出していた。
がたばたどたんという音と共に、虎徹は玄関先へと飛び出す。
ドアを開ければそこには酒のボトルを下げ、ケーキの箱を下げたバーナビーが立っていた。
ちょっと面食らったような表情に、急いで出てきすぎたかとさっと虎徹の顔が赤くなる。
「あー、その、あーと…お、おかえり?」
「…はい。ただいま、虎徹さん」
「さ、寒いから早く!鼻赤くなってんぞ!」
中へ促して、足早にキッチンへと戻った。
「お邪魔します」
マフラーを外しながら、バーナビーもリビングへ入ってくる。
ちょっと焦げたチャーハンはそれでも無事で、並べた皿にでんと盛る。バーナビーにはエビも多くした。
「ジャケット脱いだら、こっち来て座れよ。今サラダも用意すっから」
「では、この酒も是非。ケーキは貴方の好きなお店から買ってきました」
「箱、ハミングバーズヒルのじゃねえ!?お前こんな店閉まるギリギリに行って、大変だったろ」
それは虎徹の大好きなケーキ店の箱だった。
ハンバーガーの美味しい店だが、シェフが作るケーキも有名でいつも注文でいっぱいだ。
サラダボウルを置くと、バーナビーが包み紙を開く。
「シフォンケーキ!」
生クリームたっぷりのシフォンケーキはアーモンドパウダーをふんだんに使ったチョコレートケーキだ。虎徹も大好きで、何かにつけて自分へのご褒美にと買っている。
これ美味いんだぜ、と教えただけなのに、きっとわざわざ探して買ってきてくれたのだろう。
「予約していましたから大丈夫ですよ。チョコレートにはこれも合うと思って」
差し出した酒は、スパークリング清酒だった。
バーナビーが好きなスパークリングと、虎徹の好むオリエンタルの酒のいいとこどりだ。
「さっすがバニー!よし、食おうぜ!」
「いただきます…の前に」
「?」
バーナビーはカウンターの高い椅子に座り、虎徹の全身をうっとりと眺めた。
「エプロン姿、素敵です」
「へ、あ!!」
つけていた黒いエプロンを慌てて引き剥がす。
「こ、これ、楓がくれてさ。一人暮らしでもいるだろうって」
「すごく似合いますよ。…貴方がそれをつけている所を、もっと見られたらいいのに」
「だっ、いつでもこんなもん、見せてやるって!だから、いつでも来い!な!」
「はい」
見られているのが急に恥ずかしくなって、虎徹はバーナビーに背を向ける。
「ケーキ切るから!」
ではいただきます、と行儀よく食べ始めるバーナビーを、虎徹は赤い顔を隠しながらちらりと横目で見た。
ドッグタグをチリチリと言わせて、上品にスプーンでチャーハンを口に運ぶ。
白い指が動き、薄い唇がチャーハンを含む様に見とれそうになって、ぶるぶると首を振った。
本当に、素直になれない自分の性格は難儀だ。
どうして酒やケーキにありがとうのひとつも言えないのだろう。…このままでは、愛想を尽かされてはしやしまいか。
ぎゅっとエプロンの裾を掴み、虎徹ははあ、とため息を一つ零した。

食べ終わり、バーナビーを先にソファーへ促した。
酒とケーキを持って虎徹も戻り、ローテーブルの横にどかりとあぐらをかく。
「シャンパンみてえ」
淡雪色の液体を注ぐと、細かい気泡がぷつぷつとグラスの中に浮かぶ。
「まさにその通りですよ。あなたには少し弱いかもしれませんが、口当たりと味わいはお好きだと思います」
「清酒っつったら米だしな。ケーキとなんて、いい組み合わせだと思うぜ」
「貴方は座らないんですか?」
なんとなく、距離が近いことが気恥ずかしい。
いいよ、俺はこっちで、と虎徹はグラスを差し出した。
「乾杯」
「乾杯」
アルコール分は低いがまろやかな口当たりと、いい香りに目を細める。
「うっまい!」
ケーキをつつき、口いっぱいに頬張る。生クリームの甘さとチョコレートのかすかな苦味、柔らかいスポンジが合わさってとても美味しかった。
かけ流していたTV画面では、バーナビーの新しいCMが流れる。
有名なグループのDerezzedという新曲に合わせて、真っ赤な流線型のバイクの横を黒いスーツに赤いネクタイのバーナビーが歩いていく。
歩いた後は赤いパネルが点々と発光し、薔薇の花びらがざっと舞い散る。
車はとあるバイクメーカーのスポーツライン、それもかなりの上級グレードの特別車らしかった。最後にバイクにまたがったバーナビーがこちらへ手を差し伸べて、メーカーのロゴが映し出されて終わりだ。
赤と黒のコントラストの中、眩しい金色の髪とグリーンアイズに虎徹は一瞬で目を奪われる。
「…ああこれ、一週間くらい前にスチールと合わせて撮ったばかりなんですが、もう流れてるんですね」
グラスと皿を置き、バーナビーは少し照れくさそうに眉を寄せる。
「こうして貴方が直に見ている前で流れるのは、複雑ですね。でも、貴方のモデルも出るんですよ?」
「―――へ?」
「先行して出るのが僕のモデルで、同じ車種でグレードを変えて貴方のカラーリングでも出るんですよ。発売自体は来月以降になるようですが、来週には内々での内覧会もあるそうです。それで、先方のたっての希望で、内覧会には虎徹さんも出て欲しいと」
「は?俺も?」
「僕と貴方をコンセプトにした、最新鋭のバイクですよ。ダブルチェイサーは市販できませんから、皆さんのご要望に応えて代わりに考えられたのがこのバイクだそうです」
「へー…」
「貴方のCM撮影も勿論入っていますよ?ロイズさんに聞きませんでしたか」
「あー、多分聞いたような気もするけど、ぜんっぜん確認してねえ」
「…まあ貴方は体を絞らなくとも、あんなにマヨネーズを摂取していても一切ラインが変わりませんから大丈夫だとは思いますが」
「っだ、じゃあ一応ウエイト制限あんの?」
「貴方はウエイトよりも、むしろ歩き方が問題でしょうね」
「マジかよ、モデル歩きとかしなきゃなんねえの?てか、この年になって歩く練習とかねえわ!」
「僕がお付き合いしますよ。まあバイクがメインですし、そこまでは要求されないと思います」
「そっち系のお仕事、どう考えても俺向きじゃねえって、あっちも分かってんだろきっと」
「それはそうですが、様々な企業とタイアップして多角的に付き合って行くのも、メディア企業たるアポロンメディアの戦略ですからね。僕や貴方が着た服や身に着ける小物は勿論、フィギュアにポスターにバイクまで売れるとなれば何だってスポンサーはつくし仕事も舞い込んでくる。まして互いに利点しかもたらさないなら、あのロイズさんとアニエスさんが頷かない筈がない」
「企業的な思惑ってのは別に知りたかねーんだけどなあ。…まあヒーローの仕事ってやつをまるきり離れなきゃそれでいいわ」
「余りにも逸脱するような仕事は断って頂いています。それに、僕にしても、貴方がいない仕事ばかり入れられるのも嫌ですから」
「…俺?」
「はい。僕と貴方はコンビヒーローなんですよ?別々の仕事が来ようが、一人で仕事をしている訳じゃない。貴方が居ての僕なんです。そこをきちんと分かってもらわないと」
どうやら本気で言っているらしいバーナビーに、冷たく気取って虎徹を拒絶した昔の影はない。
言い方に容赦がないのは彼の素だ。
決して冷たいとかそういう訳でなく、それだけ虎徹へは気を許し、心も許している証だった。
それが虎徹も分かっているからこそ、苦手な仕事もバーナビーがいてくれるなら頑張れる、そう思っている。
愛されているという実感がじわじわと湧いてくる。
「…流石、王子様な…」
「え?」
「だっ」
顔を覗き込まれ、目が点になる。
「大丈夫ですか?気分でも」
伸ばされた手に思わずばっと離れると、一瞬バーナビーが傷ついたような顔を見せた。
「あっ」
「すみません、驚かせましたね」
「ち、違うって。…なあ、今日泊まっていけよ。開けてねえ下着とジャージもあるし」
「…それは嬉しいんですが、ベッドは別ですよね?」
「なんで?ベッド一個しかねえよ」
表情を曇らせて、バーナビーは視線を落とした。
「僕も男ですから」
「男?なら尚更………あ」
気がついて、さっと虎徹の頬が赤くなる。
バーナビーは一緒のベッドでは何かしたくなるから駄目だと、そう言っているのだ。
「…貴方の申し出は嬉しいですけどね。…意識させて、済みません。貴方が本当にいいと言ってくれるまで、ゆっくり待ちます」
すうとグリーンアイズが和らいで、バーナビーが虎徹を見た。
目は静かだったけれどその中はひどく複雑な色をしていて、ああ、バニーも我慢してくれているのだと思い至る。
どくり、と心臓が跳ねて、けれど虎徹は何も返せなかった。
嫌なのではない。
こうしていても心臓は跳ねるし、じっと見ているだけで顔も赤くなる。…つまりは、どうしていいか分からないのだ。
あるいはこの気恥かしさを言葉にすれば伝わるのかもしれない。だが、やはり虎徹のプライドがそれを許さない。
好きなのに、素直になれない。一番大事なことを態度にも、言葉にも出来ない。
他人に自分を曝け出すのは、とてもとても勇気のいることだ。
結局この日は虎徹がバーナビーに自分のベッドを使わせ、客室をガタガタと片付けて虎徹はそちらへ寝た。
けれど、横になっていても悶々とバーナビーのことを考えてしまい、結局明け方までろくに眠れなかった。


「ちょっと!あんたこれ知ってた!?」
出社するなりアニエスがばん!と虎徹のデスクに新聞を叩きつける。
「は?」
顔を上げれば、鬼の形相のアニエスが目の前だ。
ビビって新聞に目を落とせば、一面にはバーナビーの、しかも熱愛の記事がでかでかと掲載されていた。
『a secret meeting Findout!』の文字が踊る。
「3流のタブロイド誌だから、こっちの検閲も漏れてたみたいね。でも、バーナビーが一面だから今回の売り上げはすごいらしいわ。なんだってこんな大事な時期に、迷惑な記事載せたのかしら!即刻プレス関係は出禁の上、民事訴訟だって辞さないんだから!」
虎徹は呆然と記事を見た。
一面には文字の他に写真も載っていて、バーナビーが女性をエスコートしているところがばっちり写っている。
女性は虎徹でさえも知っているような超有名女優だ。確か、数ヶ月前のCMでバーナビーと共演していたはずだ。
アニエスは憤慨しているが、これは合成か本物かと言われても判断がつかない。
「…けど、写真が」
「この場には他のスポンサーもいたそうだけどね、詳しくは私も知らないのよ!本人もはっきり言わないし!」
「…」
「あのバーナビーがそんなヘマはしないと思ってるけど、あんたからも言ってやって頂戴!…私だってこんなこと、あんたに言いたくはないのよ」
女優をエスコートでもするかのように促し、笑いかけるバーナビーは虎徹の知らない顔をしている。
この話は全く知らない。女優との関係も、何一つ聞いたことはなかった。
疑いたい訳ではないのに、一気に血の気が引く。
これはもしかしなくとも、ここ最近の己の態度のせいではないか。素直になれず、何一つ言葉にも態度にも出来ないから、愛想を尽かされてしまったのではないか。
もし本当にそうだったとしたら、虎徹はバーナビーを留める手立てなど思いつけない。
虎徹は一気に複雑な気持ちになって、くしゃ、と新聞の端を握り締めた。


「あのね虎徹君、ほんっとにこの事何も知らないの」
ロイズにまで詰め寄られ、虎徹は内心どきりと肩を跳ねさせた。
ハンチングを無意識に口元に持っていき、表情を隠す。
「って言われても…」
「バーナビー君は『1、2度スポンサーの関係で、食事を共にしただけです』なんて、それしか言わなくてねえ。まあ確かにこのクロエ・デルヴィーニュはお父さんがバーナビー君の大きなスポンサーだから、それもまあ有り得る話なんだけど」
クロエの父親はバーナビーについている大手携帯メーカーの代表取締役社長だ。だからこそのCM共演もあった訳で、虎徹もスポンサーを大事にしなくてはならないことは嫌というほど分かっている。
それでも、今まで出たこともないバーナビーのゴシップに、虎徹は内心穏やかではいられなかった。
「見て。パパラッチが張ってたのかねえ、他にも数紙これについて扱ってる」
タブロイド誌だけでなく、新聞も数件ロイズは目を通していたらしい。
ばさりと無造作にデスクに置かれたそれに、ずきんと胸が痛む。
「バーナビー君はそつがないから、大丈夫だと思ってたんだけどねえ…君じゃあるまいし」
「俺は、そういうのは…」
「分かってますよ。ただ、困るのはクロエも付き合いを認めてるってとこなんだよね。はあ、市民が恋人なんて言ってたけどね、交際はまだしも、バーナビー君だっていい年でしょ?婚約なんてそこまで行ったら正直困るんだよ。虎徹君、ほんっとに君、事情を知らない訳?」
「…俺は、何も…」
精彩を欠いた返答しか出来ない。それだけ言うのが精一杯だった。
「とにかく。バーナビー君は別の仕事に行っているから、虎徹君は誰に何を聞かれても知らぬ存ぜぬだよ!いいね!」
はあ、とため息をついてロイズの部長室を出る。
廊下には明るい光が差し込んでいたが、ちっとも気分は明るくならなかった。


10:29 AM - 3 Jan 14 via Twishort

Your Twitter Age »