随分前にリク頂いていた喧嘩&ちょっと泣きおじの部分
ヒロショの新刊1冊目後半です
この部分はリク頂いていた方に捧げます!
*しかし全年齢で兎虎って言うの難しいですね…!?
皆どうしてるんだろう…
「…もういい、離せっ!」
強引に手を振りほどき、虎徹は猛然と玄関へ走った。
エレベーターを待っていれば追いつかれてしまうので、ざっと周囲を見回して非常階段へと走る。
びょお、と低階層から吹き付ける風が、ドアを開けた虎徹の髪を揺らす。
「待って!」
当然バーナビーも追いかけてくる。
虎徹は迷わず階下へワイヤーを射出して、ハンチングを押さえて夜の中へと飛び出した。
駆け下りるより相当の時間短縮にはなる。バーナビーは能力を使うだろうか。使った時の事も考えて、虎徹は空中に留まりながらワイヤーを巻き、更に射出して下に降りていく離れ業を繰り返す。
マンションの30階程度ならものの十数秒で着地まで至る。
だが、降りても安全ではない。能力を使わなかろうとバーナビーの身体能力は虎徹に比肩する。
そこに若さが加わるのだから、当然体力も持久力もある。
ちらりと着地の瞬間横目で見れば、バーナビーは階段の柵部分を使いまるで跳ぶようにして降りてくる。
うかうかしていては捕まってしまう。
虎徹は表通りではなく公園を選び、障害物や木々に身を隠しながら敏捷に駆けていく。
こうなればもう鬼ごっこの様相だ。捕まりたくはないから、虎徹も必死だ。
「バーナビーだ!何か事件かな?」
虎徹はともかくも、バーナビーは夜だろうがどこにいても目立つ。
道行く市民たちが走るバーナビーを見て、口々に声を上げる。
まさかこんなおっさんを追いかけているとは夢にも思わないだろう。けれど、バーナビーは市民たちを全く顧みなかった。
ジャケットの前も閉めず、自慢の髪もぐしゃぐしゃにして、汗を滲ませて追いかけてくる。
それだけ必死なのだ。虎徹の胸がずきりと痛んだが、ここまで来て尚更止まるわけにはいかない。
信号にワイヤーを巻きつけ、陸橋の上へと軽々と飛び移る。
ここを超えればゴールドステージとシルバーステージを分ける幹線道路の分岐点まではすぐだ。分岐点から下に降りれば、地の利は虎徹の方にある。
繁華街の横道に入り、住宅街まで逃げてしまえばおそらくバーナビーは撒けるだろう。後は適当にシルバーステージの空いているビジネスホテルにでも泊まってしまえばいい。
幸運なことに明日は土曜日だ。そのまま家に帰らなければ、バーナビーにだって虎徹を探し切る事はできないはずだ。
PDAのGPSを使えば場所は特定されるだろうが、ホテル側だって他人においそれと宿泊客の情報は教えない。
ひとまずここを逃げ切ればなんとかなると踏んで、虎徹は街灯にワイヤーを引っ掛けて跳んだ。
2車線の道路を飛び越し、道路の側壁まで走る。側壁に手を掛けて軽々と登り、側壁の上から幹線道路の下を覗き込む。
ばたばたと吹き付ける風に、虎徹は躊躇いもせず身を躍らせた。
さていくらなんでも、とちらりと後ろを見れば、バーナビーは諦めるどころか虎徹との距離を詰めていた。
能力を使っている様子はないのに大したものだ。
それでも息は切らせて、バーナビーも10数秒遅れで側壁から飛び降りる。
2人の体は夜の中を落ちていく。
シルバーステージの明るい光の中、虎徹がワイヤーをビルの屋上の手すりに巻きつけて急制動をかけるのに対し、バーナビーはビルの側面や を使い、見事に減速を繰り返す。
虎徹が石畳に降り立てば、ほとんど間を置かずバーナビーも着地する。ちっと舌打ちをして、虎徹は長いコンパスを動かしてシルバーステージのど真ん中を駆けていく。
本気で走る虎徹からはがに股も抜け落ち、周囲の景色が風のように飛んでいく。
運悪くワイヤーを引っ掛けられるようなビルがない。ならばと方向転換をして横道に入っても、しつこいバーナビーは決して諦めなかった。
革靴のアウトソールがすり減りそうな勢いで、虎徹は夜を感じさせない機敏さで闇の中を走った。
だが、いつまでこの鬼ごっこは続くのか。まさか一晩中、シュテルンビルトを鬼ごっこだなんて洒落にもならない。
「だっ、馬鹿っ、いい加減諦めろって!!」
流石に焦って叫べば、バーナビーがぎりりと太い眉を吊り上げた。
「―――誰がここで諦めるか!!」
吼えて、バーナビーが更に駆ける速度を上げる。距離がぐんと詰まり、虎徹の息も上がる。
「諦めたら、届かない。そう僕に教えてくれたのは、貴方ですよ!!」
「っ」
「だから、絶対に諦めない。貴方を、諦めません!」
そこまでバーナビーに言わせる自分は、本当に幸せ者だと思う。
あの美人女優でさえ、バーナビーを手に入れたくて搦手を使ったくらいだ。そんな女性なんてごまんといるに違いない。
けれど、普段のキザぶりや澄ました涼しい顔をかなぐり捨てて、バーナビーは虎徹だけを追いかけてくる。
「…っんで、そこまで…!」
「愚問ですね。貴方を、愛しているからに決まってる…!」
愛している。
こんな往来のど真ん中で、堂々と口にできる潔さと真っ直ぐさに、それまで耐えていたものがほろり、と崩れる。
「っふ…っ」
じわりと涙が滲んだ。
「はあ、はあ、はっ、はあ」
呼吸の乱れはペースの乱調に直結する。口が乾き、喉が引き攣れる。
虎徹のペースが見るからにがくんと落ちた。
「っ、虎徹さん!!」
ついにバーナビーに腕を掴まれる。
「…っはあ、ようやく、捕まえましたよ…!」
肩を掴んで強引に振り向かせると、ぼろ、と虎徹の目から涙の粒が落ちた。
虎徹が泣いている姿なんて、初めて見た。
思わず手を緩めかけたが、それでは虎徹を逃がしてしまう。
夜もそれなりの時間のせいか、ゴールドステージとは違って周囲に市民たちがほとんどいないことが幸いした。
バーナビーは虎徹の泣き顔に激しく心を揺さぶられながら、顔をそっと覗き込んだ。
けれど虎徹は顔を上げない。代わりに唇が震えて波打つのを、そっと指で撫でる。
「…どうして逃げただとか、そんな事は聞きません。ただ、一つだけでいい。聞かせてください」
「…」
「…僕が、誰かのものになってもいいんですか」
虎徹は動かなかった。ただ、触れている唇だけがびくん、と動いた。
辛抱強く答えを待っていると、ややあってようやく虎徹がのろのろと顔を上げた。
「け、ねえ」
「え?」
「…いい訳ねえだろ!?あー、俺みっともねえ!」
ごし、と乱暴に涙を拭い、虎徹はきつくバーナビーを睨んだ。
「お前が誰かのもんになるとか、考えたくもねえよ!けど、あの熱愛記事見て、目の前真っ暗になって、そういう可能性だってあるんだって思ったとき、ああ、俺じゃ愛してるとか、そんな気の利いたことも言えねえし、素直にもなれねえって、そう思って」
バーナビーのグリーンアイズがみるみる見開かれる。
「だから、俺じゃお前のこと、幸せになんか出来ねえだろうって…なあ、違うか…って」
バーナビーの手が緩んだ。
はっと身を固くする前に、虎徹はきつく抱きすくめられていた。
頬に当たる革のジャケットが一瞬冷たく感じたが、すぐに馴染んだ。
「…貴方は本当に、人のことばかりだ。知っていましたけど、まさかここまでとは」
「だっ、なら」
「…僕の幸せは、僕が決めるんです。貴方じゃない。だから、何を幸せだと思うかは、僕だけのものなんです」
「っ…」
「でも、その幸せを与えられるのは、世界でたった一人。貴方だけです」
汗をかいて、前髪が額に張り付いている。それでもバーナビーは虎徹さえ見とれるくらいの美形ぶりを遺憾なく発揮して、虎徹を腕の中に抱きしめる。
「分かりませんか。貴方に触れているだけで、こんなにどきどきしている。…走ったからじゃありませんよ?」
確かに、バーナビーの心音は早鐘を打っている。けれど普段からの運動量なら、とっくに収まっていていいレベルだ。
「貴方がそばにいるだけで、こんなに幸せなんです。…貴方が素直じゃない事なんて、百も承知です」
虎徹を腕に抱きかかえて、バーナビーはふふ、と笑った。
「無理なんてしなくていい。ただ時々、触れてくれたり、そばで眠らせてくれたり、チャーハンを食べさせてくれるだけでも構わない。…貴方の愛情がそこに詰まっているって、分かっていますから」
「っ…!」
その真摯さと切なそうな表情に胸を打たれる。
思わず虎徹はバーナビーに手を伸ばそうとして、躊躇った。その手をバーナビーが取り、どうぞと言わんばかりに導いてくれる。
のろのろと頬に触れて、虎徹の顔もぐしゃぐしゃに歪む。
「ごめん…ごめん、バニー」
「ごめんと言うなら、僕です。謝らないで下さい、貴方が悪いんじゃない」
「けど、お前にこんなに、走り回らせた」
「走り回るのなんて慣れていますよ。今に始まったことではないし、おかげで貴方を捕まえられました」
ごつんと額同士を合わせて、どちらともなく笑い合う。
「みっともない所を、見せましたね」
少し恥じ入るような顔を見せるバーナビーに、虎徹はぶるぶると首を振る。
「だーから、そいつは俺のセリフだって。…なあ、ほんっとにあの女優とは、何もねえよな?」
「何もありませんよ。これまでも、これからも」
「…なら、いいけど」
むっと頬を膨れさせる虎徹が可愛くて、ますます抱きしめてしまう。
「ばっ、バニー!」
「こんなに可愛い貴方を、離せる訳がない。お願いです、僕を信じて、これからもずっと、そばにいて」
「っ…」
顔が赤くなるのは分かったが、自分ではどうしようもない。
赤くなった顔を真正面から覗き込まれて、眉を寄せてバーナビーが笑うので、それを解いてやりたくなる。
虎徹は手を伸ばし、眉間の皺をぐい、と強引に開いた。
「えっ」
「ば、バニー、ちゃんと聞いとけよ…?あ」
唇を尖らせて、虎徹はそっぽを向きながらそれでも言葉にした。
こういうものは勢いが大切だ。また思いが通じ合って、愛情を受けて、今なら勇気を出せそうな気がした。
「あ?」
「あ、愛してる…バニー…」
「…ああ…!」
ぎゅっと息もできないほど抱きしめられて、更に体が浮く。
「だっ、おいこらちょっと待てバニー!」
腰に強く腕を回されて抱え上げられる。
「愛してます、虎徹さん、愛してます…!」
本当に嬉しそうなバーナビーに、虎徹も完全に毒気を抜かれてしまう。
「わーかった、わかったからバニー、…帰ろうぜ?」
「どこへ?」
「…こっからなら、俺んちが近いから。そんで、泊まってけ」
「はい」
そのまま虎徹をお姫様抱っこでもしたまま帰りそうなバーナビーにデコピンをして、虎徹はようやく地面へと下ろされた。