ライジングその後①
*ゴネク新刊になるはずだったものです。
もっと加筆修正して、スパコミに出せたらなと。
④くらいまで続きます。
ライジング未見の方はご注意ください。
眩しい朝日の中、楓と虎徹たちを残してヒーローズは先に撤収していく。
そこにようやく安寿と村正が駆けつけてきた。
ハンドレッドパワーをコピーしていた楓の足が速すぎて追いつけなかったらしい。
「おーい、楓!虎徹!」
「こっちだ兄貴!」
楓もそうだが、地面の崩落に巻き込まれて、一日動き回ったせいで服も埃まみれだ。特に安寿と楓は気になるようで、しきりに裾を払っている。
「あー、流石にお風呂に入りたいねえ」
「俺は腹も減ったぞ」
虎徹とバーナビーは顔を見合わせた。
「…で?朝になっちまったけど、どうすんだ?」
空を見上げ、村正がため息をつく。
図らずも一家揃って徹夜だ。まあホテルにいたとしても眠れはしなかったろう。
何せ虎徹の一大事だったのだ。TVに齧り付いていられたとも思えない。
「…そうだな。モノレールと電車は動いてる時間だが、そもそもこの騒ぎで無事に動いてるのかは分からん。どうする母さん?」
「そうだねえ…どうせなら一日泊まって、明日帰りたいわ。髪もぼさぼさだし」
「なら、ホテルに戻るか。…ここからどうやって戻ればいいんだ」
周囲を見回しても、海と少し離れた先にブロックスブリッジが見えるくらいだ。土地勘のない村正では分からないのも無理はない。
「タクシー…もいるわけねえしな。ホテルどこだ兄貴?」
「シルバーステージの、ペガサスストリートの2ブロック先だ」
「…それは、」
バーナビーが途端に渋い顔をする。虎徹もあー…と、頬を掻いた。
ヒーローという仕事柄、地理に必然的に詳しくなる。そのホテルはシルバーステージの中では大分いい部類に入り、それでも立地上の値段の手頃さからかなり人気のあるホテルだった。勿論予約もそうそうたやすくは取れない。
ホテルには泊まったことはないが、近くに虎徹のよく行く飲み屋があるのでよく見知った場所だ。
「兄貴…そこって、多分ヘリが落ちた辺りだと思う」
「は?」
「ホテルに直撃ではないにしても、おそらく事件の影響で周辺の道路は寸断されているでしょう。おそらくは、臨時休業状態ではないかと」
要は開店休業状態ということだ。
というか、それ以外の近隣のホテルも多かれ少なかれ同じような状態だろう。電話をして聞くのが確実だが、その電話すら繋がらないかもしれない。
「…!」
驚く安寿と村正に、楓が見るからに不服そうな顔をする。
「えー!せっかくブルーローズさんが取ってくれたホテルなのに!」
だからそのホテルも取れたのか、と妙に納得する。
「仕方ないだろう、楓。少しどこかで休んで、切符の時間まで時間を潰していこう」
「…うん、分かった…」
「あー、兄貴いい。ほらっ」
虎徹は道路に停めてあるトランスポーターに戻って、服に突っ込んでいた家の鍵を取ってくる。
昨日ジャスティスデーで散々遊び倒したとはいえ、事件の後のこんな状況でそのまま帰すのは躊躇われた。
どうせならゆっくり休んで帰ればいい。今日はせっかくの日曜日だし、明日も振替休日だ。
「別にすぐ帰んなくたっていいだろ。今日は我慢して、俺んちに泊まってけって。客室も空けてるから、好きに使ってくれて構わねえよ。母ちゃんも風呂使いてえだろ」
「そりゃ助かるが…お前はどうするんだ、虎徹」
「俺?俺は」
当然虎徹も一度自宅に帰ろうと思っていた。
何せ消火器を使いまくった後だ。汗はかいているし、アポロンメディアをクビになっていた身だからロッカーもなければ着替えも置いていない。
「とりあえずタクシー持ってくるわ、そんで俺も兄貴達と一緒に…」
一歩踏み出そうとして、ぐっと肩を掴まれる。
「んお!?」
「ご心配なく。虎徹さんはこちらでお預かりします」
振り返ると、バーナビーが爽やかな笑顔で立っていた。
「バーナビー!」
「バニー!?」
「どうせ仮眠したら、事件の盛大な後片付けですよ。ここから遠い虎徹さんの家まで戻るより、すぐに出られる僕の家の方が都合がいいでしょう?」
「は?あの、いや…え?」
「ロイズさんに車を手配してもらいましたので、村正さんたちはそれで虎徹さんの家へ。後でまた連絡させますから」
「あ、ああ。だが、バーナビーさん。あんただって休みたいんじゃないのか」
「大丈夫です。むしろこの人を後で拾いに行くほうが面倒です」
「つうかなんだよ面倒って」
「まあ、それもそうだな」
「兄貴まで!?」
納得した虎徹をぐいぐいと楓が押す。
「ほらお父さん、バーナビーにこれ以上迷惑かけないで!」
「きゃえでえええ!!」
「さあ、行きますよ虎徹さん」
有無を言わさずひょい、と抱えられる。ある意味いつも通りの光景だが、今は目の前に家族がいるので恥ずかしい事この上ない。
「あー!お前、俺楓に見られんの恥ずかしいからそれやめろっつったのに!」
「貴方がもたもたしているからですよ。暴れないで」
「ったく…あー母ちゃん、風呂は追い焚きねえから!兄貴、冷蔵庫の中のは自由に使ってくれていい!んで楓、変なNEXTコピーすんなよ!」
バーナビーの腕の中からびしりと指を指して、虎徹が家族に色々と言い残していく。
その後ろ姿をライアンがふーん、とにやにや見つめていた。
勿論ライアンもまだアポロンメディア所属だから、戻る所は一緒だ。けれど、なんとなく2人の背を見ていて察するものはある。
「おーおー、嬉しそうにしちゃってまあ…」
バーナビーがなんだかんだと言いながら嬉しそうにしているし、お姫様抱っこも手慣れたものだ。
ライアンは勿論直接このお姫様抱っこを見たことはなかったが、動画で出回っているものは参考程度に見ていた。
再生回数も半端なく、コンチネンタルエリアでも2人は結構有名人だった。それもあって、ライアンは一通りは2人について予備知識を入れたつもりではあった。
…でも、こうして実際見ていれば、純粋に助けて運ぶだけではないようにも思う。
案外虎徹よりもバーナビーの方が顔に出やすいかもしれない。普段すましているから、表情が動くと余計にそう思うのだろう。
「ライアン。早く来ないと、置いていきますよ」
「はいはい〜っと」
律儀にバーナビーが立ち止まって待っている。
こういう男を離さないのだから、ほんとにアライグマ…もとい、タイガーはバーナビーにとって必要な存在なのだろう。
バーナビーにそれを戻せた一役を担えたことに我ながら満足する。
「…ほーんと俺様って、キューピッドな」
アポロンメディアに戻り、着替えたところでベンが差し入れにと3人にホットドッグを買ってきてくれる。
3人は誰もいないヒーロー事業部のオフィスで、顔を付き合わせてそれを食べた。
まともに3人が同じ場所に揃うのは、あの1部昇格お披露目の時以来ではないだろうか。
虎徹は2人の机の間に椅子を持ってきて、3人の分のコーヒーも持ってくる。
「…タイガー、意外と気が利くじゃん」
「そうかあ?自分の分だけ持ってきたってしょうがねえだろ」
当然のように優しい虎徹に、ひゅう、とライアンも口笛を吹く。
「砂糖とミルクは好みで入れろよ、俺お前の好み知らねえし。あ、バニーはノンファットミルク入れといたからな、砂糖はすりきり1杯な」
「ありがとうございます」
驚く暇もない。流石は長年コンビを組んでいるだけあって、好みも熟知しているらしい。
こりゃいよいよノロケでも始まるのかと、ディスペンパックをぱきりとやって、ライアンはもしゃ、とホットドッグを齧る。
横では顔色を変えず、バーナビーがピクルスをこっそりよけようとしている。それを目ざとく見つけて、虎徹がため息をつきながらそれに手を伸ばした。
「残すなって言ってんだろ?あ、でもお前一個は食うようになったじゃん」
「貴方がお酢は体にいいから食べろとうるさいので。貴方がいない間に、一つくらいならなんとか食べられるようになりました」
「偉い!なら、他のはおじさんが食ってやるから、お前にはこれな。アボカドトッピング」
「食べかけのを寄越さないで、歯型がついてるでしょう。貴方、僕以外にこんなことしていませんよね?」
「だっ、お前以外にできっかよ!タクシードライバーやってたの知ってんだろ!」
「どうかな。貴方すぐ、そういう優しさを大安売りするんだから」
それを無言でライアンもホットドッグを頬張りながら見ている。
バーナビーは嫉妬かよと思ったが、流石に口には出さない。
「…つうーか、お二人さん。すげえのな、ホットドッグでんなに盛り上がれるもん?」
代わりに聞くと、間発入れず2人がライアンを向く。
「盛り上がってねえよ!」
「この人と一緒にしないでください」
「…はいはい」
どっちも同じようなものなのに、頑として認めない。
それにバーナビーも虎徹と一緒なら、こんなあけすけな顔をするのだと気付く。
…やはり、バーナビーの相棒は虎徹しかいない。
確かにライアンにとって、バーナビーは相棒としては最高だった。
自分の能力発動時にも動くことができて、指示には十二分に応えてくれるし、唯一無防備な背中さえも守ってくれる。
けれど、バーナビーにとって最高の相棒は、ライアンではない。
例え能力が1分だろうと諦めない、優しすぎるくらい優しくて、中年なのに元気で頑丈な相棒。
きっと虎徹でなければ、バーナビーの最高の力は出せない。
今日それを間近で見ていて分かったことだ。
…だから、ここで自分のやるべきことは、本当に終わりだ。
契約もシュナイダーがいなければ白紙に戻り、心おきなく次の場所へ行ける。
…実はもう、オファーももらっている。
シュテルンビルトから吹くいい風と共に、また別の場所へ。
「…ここにはあんたらがいる。それで十分だろ」
「?何か言ったか?」
「いーや。おっさんさっさと食っちまえよ、ほら、ここにケチャップ」
伸ばそうとした手はバーナビーにやんわりと弾かれる。
「ライアン?」
「あー、そいつはあんたの仕事だったよなあジュニア君。悪かった悪かった」
「は?何、お前らどったの…?」
にっこり微笑むバーナビーにひらひらと手を振り、さっぱり分からないといった顔の虎徹を残してライアンは先にオフィスを出た。
「どうぞ」
「…久しぶりだな、お前んちも」
パネルで電気をつけて、バーナビーは虎徹を中へ促した。
「何も変わっていませんよ。何か飲みますか?」
「いや、いい。借りれんならシャワー借りていいか?んで、さっさと寝ちまおうぜ。昼には出勤だ」
腕の時計を見れば、もう9時近い。
3時間眠れたら十分だと踏んで顔を上げれば、バーナビーが頷いてバスルームの用意をしに行った。
その間、虎徹は手持ち無沙汰になって、とりあえず窓に寄っていって外を眺める。
バーナビーの家からも事件の現場の大穴は見えた。
その規模にも関わらず、死者が出なかったことだけが救いだ。、まあヴィルギルも敵と狙うのはシュナイダーだけで、ほかの人間を巻き込むつもりもなかったのだろう。
案外ロイズの怪我がひどかったらしく、ロイズは一足先に家に帰っている。
ロイズはヒーローではないのだから、ゆっくり休めばいいと思う。後は虎徹たちの仕事だ。
…それにしても、また1部に上がってこの街を守れるとは正直、思っていなかった。
能力が1分という厳しい制約は、2部にいた時ですらバーナビーの足を引っ張っていた。だからこそ、本当に自分が相棒でいいのかと躊躇いがあった。
市民のタイガーコールは純粋に嬉しかったが、それを怖いと思ったり、重く受け止めたりはしていない。
そもそも市民から見てどうだとか、そんなことは関係ないのだ。ヒーローとしての重きを、虎徹はそこに置いていない。
他人からどう見えるかではなく、自分が誰かを助けたい。それが仕事のヒーローなんて天職は他にはないと思う。
どう見られたって、どう泥臭くたって構わないのだ。
だから、期待に応えようとするのではなくて、市民を助けることでそれを示していけたらと思う。
けれど、バーナビーは違う。
バーナビーは期待に応えることを自分に課している。だからやはり虎徹とは真逆で、むしろ虎徹より余程ライアンとのコンビの方がお似合いだ。
何度も2人が連携して活躍する場面を見たし、カメラ映えする2人の姿もヒーローとしては理想だろう。純粋にアピールを目的とするのならこれ以上の相棒はいない。
けれど、どこまで行っても虎徹はそうではない。そうではないからこそ、虎徹はタイガーコールに応える前に、バーナビーへ答えを求めた。
そして、返ってきたのが「貴方がいると、僕が引き立ちます」だった。
つくづく素直じゃないなと思ったが、素直に「貴方は僕の相棒でしょう」なんて言われたらそれはそれでどういう顔をしていいか分からなかっただろう。
だから、虎徹とバーナビーはあれでいいのだ。
妙に嬉しい気持ちになってずっと窓の外を眺めていると、バーナビーが戻ってきた。
「虎徹さん?お風呂の用意、できましたよ」
「なあんだよ、湯まで張ってくれたのか。んじゃ、ありがたく使わせてもらうかな」
「どうぞ。バスタオルは棚にあります。着替えは貴方が入っている間に、洗濯をしてもう乾燥機にかけますから」
「え、間に合う?」
「3時間あれば十分かと。だって着替えもしないまま、そんなシャツで行けないでしょう」
「あー…それもそうね」
「では、遠慮なく入ってください。時間は有限ですから」
「へいへい!わーったっての!」
虎徹を半ば強引にバスルームに押し込んで、自分は虎徹の脱いだものを受け取って洗濯機に放り込む。
以前は全てマンションのハウスキーパーに任せていたものを、ちゃんと自分でやるようになった。その方がお金の節約にもなる。
…虎徹の前で金の話をしたのは、決して孤児院の事に関してではない。
お金だけならバーナビーは虎徹が思う以上に持っている。1部にいた頃、稼ぎはしても全く使っていなかった金は、ヒーローに復帰する前に世界を回っていた頃でさえ使い切ることはなかった。
マーベリックの遺産は全て孤児院や福祉団体に寄付しているし、両親の遺産も同じように手元から離している。
それでも己の稼ぎだけで、このまま2部でやっていっても十分なくらいに蓄えはあった。
バーナビーが心配していたのは、虎徹のことだ。
ヒーロースーツも満足にメンテナンスできないような縮小予算では、給料が削られるのも当然だ。
バーナビーはそれでも独り身だからまだいい。だが、虎徹は楓や実家に仕送りをずっと続けているのを知っていた。
楓はフィギュアをしていて、それに金がかかることも知っている。
けれど虎徹はそういうことでは不自由させたくないと、実際かなりの額を送っている。余った分は堅実に母安寿が貯めていてくれているそうだが、2部の薄給では仕送りに陰りが出ると分かっていた。
だから、つい金が、と口にしてしまった。
虎徹はそれをバーナビーの不満と取ったようだが、そうではなかった。ただ、正直に本人にそれを告げるのは躊躇われて、否定できなかっただけだ。
孤児院への寄付やプレゼントは、こうして切り詰めた金で行っている。
洗剤と柔軟剤を入れて、ついでに自分の分も洗ってしまう。
洗濯機がゴンゴンと回り始めるのにも負けず、虎徹の「ふいー、いい湯だわ!」という声が響く。
それにくすりと笑って、バーナビーはバスルームを出て行った。
虎徹と入れ違いにバーナビーもバスルームに入り、湯船に浸かる。
つい半身浴をしかけて、結構な時間が経っていることに気がつく。洗濯物は問題ないが、寝る時間が短くなってしまう。
少し急いで入浴を済ませてくると、虎徹はベンと電話をしているようだった。
「分かりました、じゃ、12時半にえーと、3ブロック先のグローリー・ガーデンのとこで」
「…ベンさんですか?」
「おう。トランスポーター回してくれるってよ」
「それはよかった。貴方、髪ちゃんと乾かしました?痛みますよ?」
「もう乾いたっての。さ、寝ようぜ」
虎徹はごろんとシェーズロングに横になろうとする。
それを、バーナビーが眉を寄せて止めた。
「は?」
「貴方はこっちでしょう」
そのままずるずると引っ張られていく。
バーナビーの家は廊下が広くて、突き当りが寝室だ。虎徹がえ、え、と思う間にも、寝室の電子ロックが開く。
「ちょ、バニー」
「どうぞ、ベッドで寝てください。僕があちらで寝ます」
「だっ、何言ってんだ!お前のベッドなんだから、お前がゆっくり休めって」
「…なら、こうしましょう」
布団を持ち上げて、バーナビーは虎徹をどうぞ、と促す。
「キングサイズのベッドです。男2人くらいどうってことない」
「…はあ?っていうか、一緒に寝んのかよ!」
「何か問題でも?」
「…いーえ!」
どうあってもバーナビーが譲る気はないらしい。なら仕方ないと、虎徹もベッドへ潜り込む。
やはり疲れていたのか、あっという間に眠りは訪れた。
アラームをかけておいたのできっちり3時間で起きる。
虎徹が顔を洗っている間に洗濯物を出して、先に着替えを済ませた。
「今日から3、4日は、復旧にかかりきりになりますね」
「そういうのが俺たちの仕事だろ。天気も最高!春って感じだな」
「ええ。では行きましょうか」
「おう」
大して言葉を交わさなくとも、それだけで分かる。
まだ少しだけ距離はあっても、共に歩いているうちに元に戻るだろう。こんなことで切れるような絆は持ち合わせていない。
肩を並べて外に出る。
斎藤さんが持ってきてくれたヒーロースーツに着替え、後方の格納庫に入っているダブルチェイサーに向かう。
「にしても、このスーツいつ作ってくれてたんだろなあ。タイミング良すぎだろ」
「…おそらくは、ライアンがいい反応をくれなかったからでしょうね」
「はぁ?」
バーナビーは虎徹と斎藤さんのやりとりをよく見ていた。
斎藤さんの聞き取りにくい声をよく聞いて、飲みにも付き合ったりして仲良くやっていた。
ライアンはメカには興味がなく、自分を彩り映えさせてくれるものならなんでもいいというスタンスだ。黙っていい仕事をしてくれればそれでいいと堂々としたもので、虎徹とはやはり大分違う。
それも比べてしまって、ため息をついたことを覚えている。
「前とラインとかかなり違うよなあ。お前のバーニアもさ、もっと跳びやすくなってるし」
こつこつと拳でバーニアを軽く叩く。
「貴方も足の部分や、胸部装甲が変わっていますしね。関節も改良されて、全体的に動きやすくなっている。…斎藤さんはよく貴方を見ていますよ」
「そ、そう?」
「貴方を支え守ってくれるスーツです。…またよろしくお願いします」
肩のクリアパーツにキスをするバニーに、虎徹が目を丸くする。
「だっ、お前」
「いいでしょう、これくらい許してくれたって」
「〜〜っ、そういう問題じゃねえっての…」
なんともいえない気持ちになって、虎徹は目をそらす。
「さて、行きましょうか」
バーナビーがダブルチェイサーに跨り、虎徹も渋々その横に移動する。
ここはそういえばしばらくライアンの場所だったなと、一瞬座るのを躊躇う。
まあそれはそうだろう。ライアンと比べたら、虎徹ではやはり華やかさに欠ける。シュナイダーのやり方はどうあれ、買収する企業を選ぶ目だけは一流だった。
その手腕は能力も派手で見栄えもするライアンをハンティングしてきたことや、2部でくすぶっていたバーナビーをライアンと組ませ、スポットライトの下に戻した結果が証明している。
…けれど、その煽りを喰らう人間についてはまるで何も考えてはいない。
たとえ1分の制約があっても、使い方次第で絶対に活躍できる。もし足りないのなら自分が頑張ればいい。
だから虎徹と共に、虎徹だからこれからもずっと共にやっていきたいのだと願ったバニーの心は行き場をなくした。
それでもヒーローは続けると、一人でも頑張っている虎徹を信じ、傍にはいられなくとも、心はいつも繋がっていますよ、と思い続けていた。
だからバニーは虎徹が戻ってきてこの上なく嬉しいし、もう躊躇わない。
何度だって虎徹に手を伸ばす。
「乗って」
ぐい、と手首を掴まれて、シートに倒れこむ。
「おい、ちょっと…」
「ここは貴方の場所です。行きますよ」
ドルン、とダブルチェイサーが始動した。
「斎藤さん」
格納庫が開き、再び眩しい陽の光が目を射る。
「準備は?」
「いつでも」
それだけは間髪入れずに答えると、バーナビーが口元だけを和らげた。
フェイスカバーを閉じるのと同時に、ダブルチェイサーが車道に飛び出す。緑とピンクのテールランプが輝きながら、ダブルチェイサーの後を追う。
ヴヴォウウウ、と唸りを上げてダブルチェイサーが幹線道路を駆け抜ける。
「ようタイガー&バーナビー!」
「気をつけていってらっしゃい!」
すれ違うドライバーや歩行者たちが笑顔で2人に手を振ってくれる。
「頑張れ中年!俺も中年だけど、タイガーには負けてらんねえよな!」
「重力王子もよかったけど、やっぱりタイガーが一緒にいるのがしっくり来るよ!これから後片付けかい、がんばれよ!」
トラックの運転手が缶コーヒーを2つ放ってくれる。
「サンキューな!」
フェイスカバーを開けて応える虎徹に、バーナビーもカバーの下で笑う。
顔に出やすいとライアンに言われた通り、ことに虎徹のことに関してはそうである自覚が多分にある。
気をつけなくてはと思っても、なかなか出来るものでもない。
ほどなくして、ダブルチェイサーは目的の場所へ着く。
そこはシュテルンビルトの先端にある、海に面したスタジアムだ。
昨日行われたジャスティスデーのメイン会場でもあり、事件の余波を食らって地下制御室が大破、フィールドには大きな穴が開き、周辺道路と施設も現在使用不可となっている。
ヒーローズの仕事はここの復旧作業の手伝いだ。
虎徹たちが着くと同時に、ほかのヒーローたちも集まってくる。
「やあ!タイガーくん!」
スカイハイが大量の瓦礫を浮かんで運びつつ、2人に手を振った。
「早いじゃない、もっと寝ててもよかったのに」
「…ん?あー、ブルーローズ、ちょっといいか」
「え?」
ブルーローズにこそりと耳打ちする。
「ちゃんと礼、言えてなかったろ。ほんとありがとな」
「なっ…」
途端にブルーローズの顔が赤くなった。
「お前、いい女になったなあ。男が放っておかねえだろ」
「…うるっさい!」
どこまでも素直になれないブルーローズだ。
例えいい女になれていたとしても、彼女が褒めて欲しい、振り向いて欲しいのは目の前のたった一人だけだ。
ブルーローズのことなど全く眼中にないのは分かっている。それでも、虎徹が諦めないのなら自分だって諦めたくはない。
「へーへー。そんじゃ、お互い頑張ろうぜ」
「あ…」
タイガーが離れて行って、待っていたバーナビーと駆け出していく。
ブルーローズは胸元に手を当てて、戻ってきたタイガーの背を真っ直ぐに見ていた。
やっぱり、どうあっても格好いい。
そうして、その広い背中をいつまでも自分は追いかけ続けるのだろう。
一瞬だけ恋する乙女の目になって、ブルーローズはきゅ、と自分の頬をつまんだ。
現場には既に作業員たちや、ボランティアを買って出た市民たちが入っている。
「お!でっけえ塊発見!」
虎徹の目の前に、女神の翼部分とおぼしき巨大なコンクリートの塊が落ちていた。
ハンドレッドパワーを使えば一発だ。けれど、ちゃんと使いどころを考えるようバーナビーにも言われている。
あとさきを考えなかった虎徹が、バーナビーのおかげで後先を考えるようになった。
「行けるとこまで行くか!」
がちんとプロテクターを鳴らし、虎徹ががし、と塊を持ち上げる。
流石に能力なしでは重い。
「ふんぬぬぬ…!」
それに気がついたバーナビーが真っ先に駆け寄って、虎徹の反対側を持ち上げた。
「一人では無理ですよ。お手伝いします」
「頼む!」
一瞬、バーナビーが目を瞠った。
その一言が、どんなに嬉しかったか。
思わず虎徹の顔を伺えば、虎徹も嬉しそうに八重歯を見せた。
久しぶりの虎徹の、心からの笑顔だ。
「はい!」
2人で頑張っている間にも、次々にそれに気がついたヒーローたちが手助けに入ってくれる。
皆能力を使えば、苦労をせずに瓦礫を片付けられる。それをしないで、全員が瓦礫を持ち上げることを選んだ。
それは虎徹に対しての思いだ。
能力を使わなくとも、皆で力を合わせて虎徹を助ける。
1分しか使えないのなら、皆が能力でそれを補う。
けれど、それを言葉にはしない。顔を見れば分かる。
「皆ふんばれ!そら、虎徹!」
「だあああっ!」
一斉に全員が力を入れた瞬間、大きな瓦礫は空を舞い、眩しい太陽を束の間遮った。