July 16, 2014
アメリカ五大湖の1つ、ミシガン湖を航行するカーフェリー、S.S.バジャー(S.S. Badger)号。60年以上の歴史を持つこの大型蒸気船が、いま存続の危機に直面している。
人々が愛してやまない汽笛の音、4時間の船旅の間ひと眠りできる快適な客室、いつでも利用できるテレビラウンジやレストランなど、乗客にとってはこれまでと何ひとつ変わったところはない。だが現在、五大湖を航行する船の中で石炭を燃料としているものはこのバジャー号しかない。そればかりか、アメリカ国内でも最後の石炭燃料船なのである。
バジャー号が問題視されているのは、環境汚染対策だ。今シーズン、同号には約1億2000万円をかけて、航行に必要な石炭量を抑えることができる最先端の燃焼制御システムが導入された。このシステムにより、船の航行に伴って発生する有毒物質、特に長年ミシガン湖に大量廃・・・
人々が愛してやまない汽笛の音、4時間の船旅の間ひと眠りできる快適な客室、いつでも利用できるテレビラウンジやレストランなど、乗客にとってはこれまでと何ひとつ変わったところはない。だが現在、五大湖を航行する船の中で石炭を燃料としているものはこのバジャー号しかない。そればかりか、アメリカ国内でも最後の石炭燃料船なのである。
バジャー号が問題視されているのは、環境汚染対策だ。今シーズン、同号には約1億2000万円をかけて、航行に必要な石炭量を抑えることができる最先端の燃焼制御システムが導入された。このシステムにより、船の航行に伴って発生する有毒物質、特に長年ミシガン湖に大量廃棄されていた石炭灰の発生量が削減できるようになった。
来年には、さらに大がかりな改善計画が予定されている。それは、水質浄化が進む湖への石炭灰廃棄を完全になくすというものだ。そのために、バジャー号のオーナーらはさらに1億円余りを投じて石炭灰を船上に保管しておく設備を新たに導入しなければならないが、これによって環境保護団体からの追及を避けながら、石炭を燃料とする船を運航し続けることができる。
ミシガン湖カーフェリー(Lake Michigan Carferry)社の社長で、自ら船の舵を取るボブ・マングリッツ(Bob Manglitz)氏は、「われわれは格好の標的だったというその一言に尽きる。実際のところ、われわれが巻き込まれているのは政治的な争いだ」と語る。
◆“五大湖を航行する最も汚い船”
バジャー号は、石炭灰を船上に保管しておく設備が導入される来シーズンまでは、これまでどおり大量の石炭灰を毎日湖に廃棄することになる。ここ数年で見ると、廃棄される石炭灰の量は1日およそ4トン、1シーズン全体では500トン以上に達する。石炭灰は土砂と同じようなものだというのがバジャー号を擁護する人々の意見だが、実は石炭灰には水銀、ヒ素、鉛などの有毒物質が含まれている。
イリノイ州選出の民主党上院議員ディック・ダービン(Dick Durbin)氏は昨年、バジャー号を「五大湖を航行する最も汚い船」と非難。その運航を廃止するか、少なくとも石炭灰の廃棄を完全になくすことを目指すと表明した。またダービン氏は、同号が水質浄化法に著しく違反しているとする複数の環境保護団体とも連携を図っている。
それに対して擁護派は、環境保護論者との対立を、今も受け継がれている歴史を守るための取り組みと位置付ける。バジャー号は既にアメリカ合衆国国家歴史登録材への認定をはじめ、歴史遺産としての認定をいくつも受けている。
ミシガン湖周辺の住民にはバジャー号の擁護派が多い。1953年に運航が開始されたバジャー号はもともと鉄道車両運搬船で、鉄道輸送が下火になった1980年代にいったん姿を消したが、1990年代にある企業家が夏期にのみ運行するカーフェリーとして復活させた。
鉄道車両運搬船として建造されただけあって頑丈な構造を持ち、かなりの悪天候でも円滑に航行できるという。しかも、乗客の定員は600名、自動車の積載台数は約200台と大量輸送が可能だ。
ミシガン州ペントウォーター(Pentwater)は釣り客で賑わう夏の観光地だが、対岸に位置するウィスコンシン州からの観光客を呼び込むうえでバジャー号の存在は非常に大きいという。
ペントウォーターの地元議会で議長を務めるジュアニータ・ピアマン(Juanita Pierman)氏はこう話す。「このところ、ミシガン湖の水質は良くなってきているので魚もよく釣れる。1隻のフェリーが夏の数カ月間だけ運航するからといって、釣り客がそのことを心配するとはとても思えない」。
◆財政的に厳しい燃料転換
バジャー号をめぐる擁護派と環境保護派の対立は2008年に端を発する。この年バジャー号はアメリカ環境保護庁(EPA)の指導に従って、2012年末までに石炭に代わる燃料を導入するという条件で、向こう5年間石炭灰をミシガン湖に廃棄してもよいという許可を受けた。
前出のマングリッツ氏は当初、燃料として液化天然ガスを燃料に使用すれば、五大湖を航行する船の中でも最も環境に優しい船にできるだろうと話していた。だが約束の期限が迫る中、バジャー号のオーナーらは燃料を液化天然ガスに切り替えるためはもうしばらく時間が必要だと訴えた。
これに対して、ダービン議員や環境保護派の人々は、その訴えを単なる時間稼ぎだと批判した。そしてバジャー号の石炭灰廃棄に対する許可が2012年末に期限を迎えると、ダービン氏らは同号に対して、ミシガン湖への石炭灰廃棄を即時に中止するよう求めた。
最終的にEPAの担当者とバジャー号のオーナーらはさらなる妥協案として、2013年の運航許可を受ける代わりに、2014年に石炭使用量の削減を実行すること、さらには2015年に石炭灰の廃棄を取り止めることを約束した。
だがここへ来てマングリッツ氏は、もはや自社に燃料を転換するための資金な余裕はないと話している。
バジャー号が排出する石炭灰に有毒物質が含まれていることを考えれば、これは環境保護派にとって由々しき事態だと言える。バジャー号による環境汚染の防止キャンペーンに参加した天然資源保護協会のジョシュ・モガーマン(Josh Mogerman)氏は、「間違いなく、バジャー号はより環境に優しい燃料に転換するのが望ましい」と語る。
バジャー号がアメリカ最後の石炭燃料船であるのにはやはり、それなりの理由があるようだ。「いま船を運航するのであれば、もっと良い方法があるのだが」とモガーマン氏は話している。
Photograph by Sue Pischke. Herald-Time Reporter/AP