アニメの撮影ってどんな仕事?撮影会社に訊くアニメ作りの裏側
スタッフインタビューなどで話題にあがることも多い、アニメの「撮影」という役職。どんな仕事をしているのか、ご存知ない方も多いのではないだろうか。アニメ制作のデジタル化によって作業の幅が広がり、より重要さをましているアニメの撮影について、新進の撮影会社エイトビットロケットのプロダクションマネージャー・熊澤祐哉さんと、同社代表・奈良井昌幸さんにお話をうかがった。
エイトビットロケット会社概要
2012年8月設立のアニメ撮影会社。3DCGや特効なども手がけるほか、グラフィックデザインやイラスト・漫画の制作も行っている。現在、参加している作品は「ブレイドアンドソウル」(撮影)、「エスカ&ロジーのアトリエ」(CG、撮影)、「メカクシティアクターズ」(撮影協力)など。公式サイト。
―― まず最初に、エイトビットロケットを設立した経緯を聞かせてください。
奈良井 マッドハウスとマッドボックス(注:マッドハウスの子会社。主に撮影を手がける)に所属して色々やらせてもらい、機会があって独立することになったとき、自分の一番得意としているデジタル周りの会社を立ち上げようと考えたんですよ。それで色々な方に独立することを相談していたら、エイトビットの社長の葛西(励)さんから、一緒にやりましょうという話をいただいたんです。葛西さんは、僕がサテライトに在籍していたときの後輩なんですが、エイトビットのデジタル周りのスタッフを僕の方に入れることも提案していただいて。そういう流れもあり、両社がっちり手を組んでやりましょうという意味もこめて「エイトビットロケット」という名前をつけて始めたというのが経緯になります。
―― 熊澤さんは、どういうきっかけでエイトビットロケットに入られたんでしょうか。
熊澤 私は以前、DR TOKYO(現・マッドボックス)という会社に所属していて、その時の上司が奈良井さんだったんです。その縁で、会社を立ち上げるときに声をかけていただきました。
奈良井 独立するときに、この人がきてくれれば会社としてまわるだろうと頼りにしていた人が何人かいたんですよ。そのひとりが熊澤君でした。現場の全体を見てもらうプロダクションマネージャー兼、撮影スタッフとして頑張ってもらっています。
―― ここからは主に熊澤さんに、アニメの撮影について、初歩的なところからお話をうかがわせてください。熊澤さんは自分の仕事を人に説明するとき、どんな風に話していますか。
熊澤 そうですね……。僕も毎回悩むところではあるんですけれど、本当にざっくりと言うと「パラパラ漫画が描かれた絵をペラペラめくって、動きをみせていく」のが撮影という部署の仕事かなと思っています。
―― なるほど。今のアニメ制作では、最終的にすべての素材がデジタルデータになるわけですが、それを取りまとめて映像として出力する――熊澤さんの言葉を借りるとペラペラめくる――のがアニメの撮影スタッフがやっていること、というわけですね。もちろん、他にも色々な作業をやられているとは思いますが……。
熊澤 そうですね(笑)。
―― 具体的に、撮影スタッフの仕事は、どんなところから始まるのでしょうか。
熊澤 撮影の前段階として、基本的にはアニメーターの方が描いたキャラクターの絵をスキャンしてデジタル化する作業があります。仕上げの部署で、そのデータに色をつけたものが撮影スタッフにおりてきます。あと、キャラクターの後ろにある背景の素材も必要で、これも美術スタッフさんがデジタル上で描くか、手描きの背景を取り込んだものが撮影にまわってきます。この2つの素材がそろったところで、背景とキャラクターを重ねて、映像にしていくのが最初の作業ですね。
―― 動きのタイミングを指示したタイムシートの入力も、撮影の仕事ですよね。
熊澤 そうですね。アニメーターさんが描いたタイミングと秒数をソフトに入力する「シート打ち」という作業も同時に行います。
―― そこからが撮影スタッフの腕のみせどころですよね。まずどんな作業をするのでしょうか。
熊澤 色々やることはありますが、まずは作品の雰囲気作りが撮影の一番のキーになる部分ですね。大体は、背景とキャラをあわせたときの色のバランス調整から始めます。あと、これは色にも関わってくる話ですが、1つのカットの中で、光と影をどう入れるかというのも大事な作業です。光源がどこにあるのか把握して、撮影用のソフトで光を足したり、逆に光が届いていないところには「パラ」と呼ばれるシャドウを入れて、明度を落とすという工程があります。
―― 作業するカットをどんな雰囲気にしたいかは、監督や撮影監督から指示をうけるわけですか。
熊澤 作品の雰囲気作りは撮影監督に託されるケースが多いので、撮影監督の指示をききながら、シーン全体の雰囲気をあわせていきます。作品の雰囲気自体は、制作に入るまえに監督と打ち合わせを重ねて、「撮影テスト」と呼ばれるトライ&エラーを繰り返して決めることが多いです。
―― 作品によるとは思いますが、大体テレビシリーズ1話分の撮影には、どれくらい期間がかかるものなのでしょうか。
熊澤 うーん……ほんとに作品によりけりではありますが、僕の経験上だと、大体ひと月かかることが多いですかね。最初は数カットだけ処理して、徐々に作業が増えていって、最後の1週間で全体の6割近くを一気にあげるっていう感じです。
―― 最後の1週間で6割近くとは、大変ですね。
熊澤 全体の工程でみると、やっぱり撮影は後ろの作業になりますので、どうしてもスケジュールが押してしまうんですよね。限られた期間内で、求められるクオリティまでもっていくのに毎回苦労しますし、そこが一番悩ましいところでもあります。
―― エイトビットロケットさんでは、現在放送されているテレビアニメの3本で名前がでていますね。それだけの仕事を何人の撮影スタッフで手がけているんでしょうか。
熊澤 社内の撮影スタッフは、私を入れて19人になります。シャフトさんの仕事は半パートのお手伝いですので、毎週の作業本数は2.5本になる計算ですが、それぞれのラインが上手く流れるように調整するのが自分の主な仕事です。スケジュールを把握しながら、どうしてもキツいなってときは僕が自ら撮影もやって、全体のフォローをしていくかたちですね。
―― 全体をみるマネージャーのお仕事と、撮影の仕事を両立するのは大変そうですね。
熊澤 そうしないと今週乗り切れないって場面が、どうしても出てきてしまうんですよね(苦笑)。作業に入る1週間くらい前から、制作会社さんとスケジュールがどんな感じになりそうか相談させていただいて、社内の体制を組んでいくんですよ。実際に作業に入ってからは、1日単位で状況が変化していくので、さらに密なやりとりが必要になってきます。そうしないとクオリティを上げる体制が組みづらくなってしまうので、その辺りは特に気をつけています。
―― おおまかな撮影の仕事の流れは分かりました。ここからは、撮影に関する素朴な疑問について聞かせてください。撮影スタッフ個人のスキルというのは、どういう部分で発揮されているのでしょうか。作画については、アニメーターによって違うというのは何となく分かるのですけれど。
熊澤 けっこう人によって変わるものですよ。例えば、室内の照明の入れ方ひとつとってみても、単純に「光を入れてください」というオーダーを2人に投げたとしたら、まったく違う上がりができてきます。光の強さや入ってくる方向など、個人個人によって捉え方が違ってきますので。そのうえで、こっちの方がそれっぽいよねという、良い悪いみたいな部分も当然でてきます。
―― 撮影用のソフトの習熟度だったり、絵コンテをどれだけ読み込んでいるかといった演出的な能力も問われるわけですか。
熊澤 経験を積んできたスタッフは、やっぱり演出的なことも意識してやってくれますね。自分が担当する前後のカットをみて、これぐらいの雰囲気でやっているのなら同じように合わせていこうとか、反対にこのカットは逆光だから、前のカットより光を強くしようとか。そうした部分で、撮影スタッフの好みやセンスがでますね。
―― 作画のように、人によって、日常ものが得意とか、アクションが得意といった好みも出るものなんですか。
熊澤 出ると思います。やっぱりリアル指向の考え方の子もいますし、ほんとにアニメが大好きでアニメアニメした作品の方が得意な子もいます。撮影もやっぱり人によって個性がでますので、以前僕が在籍していた会社の作品を観ていても、画面を観るだけで「あ、あの人がやっているな」と分かったりしますね(笑)。
―― アニメーターの道具は、基本的に鉛筆と紙だけになると思いますが、撮影の仕事にはPCとソフトが必須ですよね。高性能なPCや、高価なソフトを使った方が凄い撮影ができるものなのでしょうか。
熊澤 難しい質問ですね。それ相応のインフラがあって、作業できる時間が多く確保されていれば、だいぶ差はでてくると思います。
―― ということは、ぱっと見ゴージャスな撮影にみえる作品は、撮影にそれなりのお金と時間をかけている可能性が大きいということですか。
熊澤 うーん……。PCが普通のマシンでも物凄い撮影をする方はいますので、いちがいには言い切れないですね。ただ、撮影の引き出しを増やすという面では、設備が揃っていた方がいいとは思いますので、その点では優位なのかなと思います。実際ソフトやプラグインで補える部分はあって、そうすることで別の手法を使って変わったことをやる余裕もできるし、予算があればそれなりの人員を組むこともできる。そういう意味で、ある程度クオリティは変わってくるかもしれません。
―― プロの目からみて、この作品の撮影は凄いなと思うことはありますか。素人目でみると、どうしても派手なものが目についてしまいますが
熊澤 私も、個人的にはファーストインパクトの強い派手な撮影が好きではあります(笑)。その他のことで言うと、撮影の経験があっても「これはどうやっているんだろう?」と感じる表現があると注目して観てしまいますね。凄く実写っぽいけど合成しているんだろうかとか、この破片の飛び散り方は普段使っているソフトではできないなとか……。そういう時は、自分で再現して試してみたりもするんですよ。面白い処理があったらコマ送りをして観て、自分のストックにするよう心がけています。
―― そうした変わった処理以外に、撮影ソフトの基本的な機能を使った処理もあるわけですよね。例えば雨だったり、空中にホコリが舞っている、よくテレビアニメで観る表現は、それこそボタンひとつで作れるようなものなのでしょうか。
熊澤 おっしゃる通り、手法としてはソフトの機能で簡単に作れるものもあります。ただ、雨やホコリは作れても、実際に絵に重ねて、それっぽく見せるのに工夫が必要なんですよね。そこに撮影監督や撮影スタッフの工夫があって、シンプルな機能を使っていても、どうやって上手く雰囲気をだしているのか分からないこともあります。
―― 撮影の仕事をしていて、どんな時に一番やりがいや喜びを感じますか。
熊澤 やっぱり、自分がイメージした表現を再現できたときですね。完成した画面を監督にみてもらって、「この(撮影)処理いいね」と褒められると嬉しく思います。あと、関わった作品をみんなに観てもらって、注目されたりするとやりがいを感じますね。
―― 反対に、キツいと感じるのはどんなときですか。
熊澤 やっぱり締め切りが近くなったり、予定通りに作業が進まなくて徹夜で作業しなきゃいけなくなるときですかね。納期がずれてしまって、待機したまま休みがどんどん後ろにずれていくのもなかなかキツかったりします。
―― なるほど。待つのも仕事なわけですね。
熊澤 この日に作業に入れると聞いていたんだけど……っていうのは結構ありますね(笑)。集団作業ですから、仕方ないことではあるんですけれど。
―― 最後に、エイトビットロケットさんの今後の展望をきかせてください。これは、代表の奈良井さんからお願いします。
奈良井 特色はだしていきたいですよね。この表現はウチにしかできないから頼みたいと言われるようなスタジオになれるといいなと思います。独自のソフトやプラグインを中で作って、そこでないと作れないものを持っている会社もあるんですよ。そういう風になれたらなと。
―― 会社のホームページをみると、アプリの制作やイラスト、漫画なども手がけていますよね。スタジオ発で何か発信していこうというお気持ちがあるんじゃないですか。
奈良井 今のところは、社内にやれる人がいるから、とりあえずやってみようという感じなんですよ。ここから何か広がっていくといいなという足がかりの部分だけですね。アプリについては、異業種の会社同士で技術や人材を交換することで、新しいものを作っていければなと思ってやっています。
―― 他に、PRなどはありませんか。
奈良井 特に告知するようなことはありません(笑)。ウチが関わった作品を観てくれた人が、何かを感じてもらえれば、それだけで十分です。そして、エイトビットロケットの名前を覚えてくれる人が少しでもでてくれれば嬉しく思います。
―― ありがとうございました。