国民の反対や不安の声に背を向けて、安倍政権は禁じられた川を渡ってしまった。
集団的自衛権の行使を容認し、憲法9条を事実上骨抜きにする、きのうの閣議決定である。
拙速で強引としか言いようがない。「限定的」「受動的」。どんな枕ことばを付けようが、「専守防衛」を踏み越える大転換であることは否定できない。
自国が攻撃を受けていなくても、「国民の生命や権利が根底から覆される明白な危険」があると政府が判断すれば、他国への武力行使に踏み切れる。戦後日本が掲げてきた「平和主義」はどこに行くのか。
歴史の重大な岐路となる問題を、政府、与党は国会で十分に審議せず、主権者の国民に問い掛ける努力もおろそかにしたまま、密室協議中心で事を運んだ。このような暴挙を許すわけにはいかない。
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安倍政権の姿勢には国際社会からも厳しい視線が注がれている。
「安倍が民主主義をハイジャック」。先日、英字紙「ジャパンタイムズ」にこんな見出しが躍った。米テンプル大日本校のジェフ・キングストン教授が寄稿した記事である。
「ハイジャック」は飛行機を乗っ取る犯罪を言う。日本の歴史や文化に詳しいキングストン教授は、安倍晋三首相が民主主義を乗っ取ろうとしていると警鐘を鳴らす。
■国民不在の解釈改憲
首相は、国際的な緊張の高まりに対処するには集団的自衛権の行使容認を含む積極的な対応を取るべきだと主張してきた。しかし、それは「憲法9条が許容する必要最小限度の自衛の範囲を超える」とする従来の政府の憲法解釈と矛盾する。
行使を容認するには憲法改正を目指すのが筋で、その手続きも憲法が定める。衆参両院の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票で是非を問うのが民主主義のルールだ。
しかし、首相はその道を採らず、代わりに自分たちだけの判断で憲法解釈を都合良く見直す裏道を選んだ。「解釈改憲」である。
キングストン教授は「夜陰に乗じて裏口から忍び込むやり方」と批判する。「首相が憲法を軽んじる危険な前例を作った」とも述べる。
そうした安倍政権の横暴さは国内でも「クーデター」や「下克上」などと非難されている。被害者は主権をないがしろにされる国民だ。
実際、国民は政府、与党の方針に納得していない。共同通信社の先月の世論調査では、行使容認に55%が反対で、5月の調査から増えた。自民党支持層も3割、他党支持層や無党派層は6~9割を反対が占める。
自衛隊は発足から60年間、一人も戦死者を出していない。きのう首相は「閣議決定で戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなる」と語った。
しかし、いったん行使を容認すれば、自衛隊が戦闘行為に巻き込まれ、血を流す危険は高くなる。そうした懸念を多くの国民が抱く。
当然だろう。「湾岸戦争やイラク戦争に参加するようなことはない」と当初、首相は語ったが、地理的な制限は設けない。それどころか中東のシーレーン(海上交通路)での機雷掃海などを視野に入れ、国連決議に基づく集団安全保障への対応にも道を開こうとする。
■民主主義を取り戻す
「できない」はずの話が、いつの間にか「可能」とすり替わる。論点もころころ変わり、手品のように新たな理屈が持ち出される。国民の戸惑いと不安は募るばかりだ。
停戦前の機雷掃海は紛れもない武力行使である。強制的な船舶検査もそうだ。日本が他国に対してこうした行動を取れば、逆に武力で「反撃」する口実を与えないか。
そもそも日本を攻撃していない相手に武力を用いるべき、どんな「明白な危険」があるというのか。
数多くの疑問に答えないまま合意に至った与党協議は、最初から結論ありきの政治劇と考えるほかない。
「批判を恐れず、平和への責任を行動に移す」と、首相は会見で胸を張った。首相が思い描くのは全てがトップダウンで決まる社会だと神戸女学院大の内田樹名誉教授はみる。「デモクラシーは邪魔だ、立法府はいらない」というのが本音だろうと首相の政治観を分析する。
昨年末の特定秘密保護法の強行可決も、そうした認識の表れか。これからも数の力で国民が望まない政策を推し進めるのであれば、歯止めとなるのは民意しかない。
与党は今月中に衆参両院で閉会中審査を開き、審議に応じる方針だ。政府は自衛隊法、周辺事態法など関連法の改正作業を始める。
これからの国会審議と各党の対応を注視したい。間違えて渡った川は引き返せばいい。民主主義を首相の手から取り戻す。問われるのは、私たち国民の意思と判断だ。
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