捜査のあり方について議論してきた法制審議会(法相の諮問機関)の特別部会が答申案をまとめた。取り調べの録音・録画(可視化)をわずかに行う見返りに捜査機関が手に入れるのは、電話の盗聴などの通信傍受の大幅な拡大と司法取引だ。
中でも、盗聴の根拠となる通信傍受法は、憲法が保障する通信の秘密を侵すとの強い反対を押し切って成立した経緯がある。監視社会を広げることを国民の合意なしに進めてはならない。
通信傍受法は、組織犯罪を解明し、首謀者らを摘発するのが本来の目的だ。捜査機関が裁判官の令状に基づき、電話やファクス、電子メールを傍受することを認めている。
犯罪と無関係の人のプライバシーまで侵害される恐れがあり、法案段階では野党や日弁連、市民団体などが強く反対した。このため政府は通信傍受の対象を薬物、銃器、組織的な殺人、集団密航の4分野に限定した。さらに傍受の際にNTTなどの通信事業者を常時立ち会わせるなど一定の歯止めをかけた。修正案は1999年に成立、翌年施行された。
今回の答申案では、傍受対象を4分野から放火や傷害、盗み、強盗、詐欺、恐喝、児童買春などと大きく広げる。特別な装置を使えば、通信事業者の立ち会いも不要とする。法案修正で設けた歯止めはなくなる。
立会人がいなければ、本当に令状通りの対象を傍受しているか外部チェックが働かなくなる。86年に発覚した神奈川県警による共産党幹部宅の電話盗聴事件のように、犯罪と無関係に傍受が行われる恐れがある。
また、身近な犯罪が傍受対象になることで、私たちが知らないうちに電話やメールを傍受される可能性も高くなる。それを確かめるすべもない。
この法律は制定当初から、いったん認めれば対象は際限なく広がると懸念された。それが現実になりつつある。昨年12月に多くの国民の反対の中で成立した特定秘密保護法の違反も今後、対象になりかねない。情報取得を話し合っただけで罰する「共謀罪」の摘発が容易になるからだ。
特別部会は冤罪(えんざい)を防ぐために発足した。取り調べの全面可視化や証拠の全面開示を求める意見が出ていた。結局、可視化は裁判員裁判の対象事件など3%程度の事件に限られ、証拠開示では捜査に支障がある場合などは除外された。これでは捜査機関の焼け太りだ。