小泉悠(未来工学研究所客員研究員)
7月9日、ロシアのプレセツク宇宙基地から新型ロケット「アンガラ」の打ち上げが実施された。
アンガラはソ連崩壊後の1994年から開発が始まったものの、資金不足や技術的困難によって度々開発がストップし、最近は毎年のように「来年こそ打ち上げる」と言いながら延期が続いてきた。今回の打ち上げでも、最初の打ち上げ予定日であった6月27日、プーチン大統領と国民が見守る中で突然打ち上げが中止されるというハプニングに見舞われた。
そもそもプレセツク宇宙基地は連邦宇宙庁ではなく軍の航空宇宙防衛部隊(VVKO)の軍事施設であり、アンガラも国防省の発注で開発された「兵器」であるため、打ち上げを中継するということ自体が異例である(プレセツクからの打ち上げは大抵、打ち上げ終了後に概要だけが公表され、何の発表もないこともある)。
関係者としてはここで華々しく打ち上げ成功を全国に中継しておきたかったのだろうが、逆に面目を潰してしまった形だ。それだけに7月9日の成功はひとまずの汚名挽回と言え、宇宙産業を担当するロゴージン副首相(普段は毒舌で知られる)も「打ち上げ関係者全員を叙勲すべきだ」と発言するなど上機嫌である。
アンガラの特徴は、その多様なバリエーション展開である。アンガラはURM-1とURM-2という2種類の標準モジュールから構成されており、これを組み合わせることで小型のアンガラ1.1から大型のアンガラA7まで、様々なバージョンに展開し、多様な衛星打ち上げ需要に応えることができる。有人飛行への対応も可能だ。
しかも、アンガラは完全国産ロケットである。これまでロシアが主力大型ロケットとして使用していたプロトン-Mロケットは誘導システムなどをウクライナのメーカーに依存していたほか、もうひとつの大型ロケットであるゼニット-3ロケットはウクライナのユージュマッシュ社が最終組立を行っていた(ゼニット-3は米露合弁の海上衛星打ち上げサービス「シー・ローンチ」の打ち上げ機であるほか、カザフスタンとの合弁事業「バイテレク」でも打ち上げ機として使用されることが検討されている)。
このため、ウクライナとの関係が悪化した場合にはロシアの宇宙アクセスが脅かされるとの懸念があったが、今回の事態はまさにそのような懸念が的中したと言えよう。
これに対してアンガラはコンポーネント単位に至るまでロシアの純国産ロケットであり、外国との関係に左右されることなく宇宙アクセスを確保することができる。このほかにも、アンガラはプロトン-Mが使用していた危険な燃料を排除している点など、多くの見るべき点を持つ。
もっとも、今回は第1回目の打ち上げ試験が成功したに過ぎない。しかも今回打ち上げられたのはアンガラ・シリーズ中で最も小型のアンガラ1.2である上、放出された模擬衛星は地球周回軌道へと乗るのではなく、そのままカムチャッカ半島のクラ射爆場へと落下するという、弾道飛行であった。
したがって、アンガラ・シリーズが完全に実用の域に達したと言えるようになるためには、完全な地球周回軌道への到達やさらなる大型バージョンの打ち上げなど、さらなる段階を踏んでいく必要がある。
もうひとつの問題は、打ち上げビジネスとしてのフィージビリティだ。これまでロシアは外国からの衛星打ち上げサービスを受注することで宇宙産業の運転資金を確保してきたが、今後ともこのビジネス・モデルが回転するかどうかは難しいところがある。
第1に、ウクライナ危機以降、ロシアと西側諸国の宇宙協力には影が落ちており、今後とも西側諸国が従来通り、ロシアに衛星打ち上げを依頼してくれるかどうかは分からない。ドイツなどは偵察衛星までロシアのロケットを使って打ち上げたことがあり、まさに冷戦の終結を象徴するような出来事であったが、今後、こうしたユーフォリアは崩れるかもしれない。
第2に、ロシアの強みであった打ち上げ価格の安さが挑戦に晒されている。すでに米国ではスペース-Xやオービタル・サイエンシズなど、安価な打ち上げサービスを提供する宇宙ベンチャーが出現し、国際宇宙ステーションへの輸送を担うまでになっている。こうした中で、単に性能面だけではなく、コスト面でもどこまで国際的競争力を維持していけるのかが、宇宙大国としてのロシアの今後を大きく左右することになろう。
ちなみに前述のロゴージン副首相によると、アンガラ1.2PPの成功に続いて大型バージョンであるアンガラA5の試作機も来週には組立棟を出るとされており、年内には試験飛行が行われる予定だ。アンガラ・シリーズの行方には今後、要注目である。
【あわせて読みたい】
- <崩れ始めた印露関係>ウクライナ危機の裏でロシアの対南アジア戦略にシフトの兆し(小泉悠・未来工学研究所客員研究員)
- <ウクライナ問題で接近する中露>尖閣周辺での中露軍事合同演習や最新鋭武器の輸出(小泉悠・未来工学研究所客員研究員)
- <露プーチン大統領が「軟化」>プーチン大統領のウクライナ派兵権返上の真意(藤田正美・ジャーナリスト/Japan In-Depth副編集長)
- <いよいよ内戦?ウクライナ危機>脆弱な世界経済が大きく足を引っ張られる危険性(藤田正美・ジャーナリスト/Japan In-Depth副編集長)
- <防衛産業も営利企業>政府は防衛産業の持続可能な利益確保の必要性を国民に説明すべき(清谷信一・軍事ジャーナリスト)