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「声なき声」届けて性暴力なくせ

7月11日 18時40分

伊達裕子記者

警察庁の調べでは、強制わいせつなど性犯罪の検挙件数は、過去3年、増加傾向にあります。
それにもかかわらず、被害者たちの声はほとんど表に出ることはありませんでした。
こうしたなか、被害者たちの「声なき声」を多くの人に届けることで被害を減らそうという取り組みが始まっています。
生活情報チームの伊達裕子記者が取材しました。

若い女性に寄り添うNPO〜寄せられる性暴力の相談〜

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若い女性からのSOSに電話やメールで応えている東京のNPO「BONDプロジェクト」。
代表の橘ジュンさんは、みずからもかつて生きづらさに悩んでいました。
5年前にNPOを立ち上げ、同じように悩む若い女性の支援を行ってきました。
橘さんのもとに毎月1000件以上寄せられる相談の大半は、性暴力の被害に関するもの。
橘さんによると、性暴力の被害を受けている女の子たちからの相談は多く、加害者は見知らぬ人の場合もあれば顔見知りの場合もあるといいます。

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橘さんは、電話だけでなく直接会って話を聞くこともあります。
先月末、橘さんを訪ねてきた女性は、ことし1月、仕事から帰る途中に電車で痴漢の被害に遭いました。
警察や身近な人に相談できず、食事も取れないばかりか、夜も眠れないと訴えました。
橘さんが、電車内で痴漢に遭ったことを駅員や警察官に相談しようと考えなかったのか尋ねたところ、女性はこう答えました。

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「相談するという考えがない。やったことはやったことで相手が悪いことをしたかもしれないけど、自分がそうさせちゃったのかなと思う」。
女性は、なぜ加害者ではなく自分を責めているのか。
橘さんが聞いてみると、女性は小学1年生の時、男に後を付けられ、体を触られる被害に遭っていました。
すぐに母親に被害を訴えましたが、母親からは「なぜ逃げなかったのか」と責められたといいます。
女性はこれ以降、被害を受けても人に相談できなくなってしまったのです。

日常生活に潜む性暴力の実態

こうした、相談もできず苦しんでいる女性はどのくらい多いのか。
橘さんは、東京都の補助事業の一環として、大学や繁華街などで369人の女性から聞き取りを行いました。

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その結果、性暴力の被害に遭ったことがある女性は3人に2人。
5人に1人はレイプの被害に遭っていました。
橘さんが特に注目したのは、性暴力がもたらす被害の深刻さでした。
性暴力の被害に遭った女性の半数近くが「死にたい」とまで思い詰めていたのです。
しかも、半数は誰にも相談していませんでした。

性暴力被害者の『声なき声』を知って欲しい

相談されず、表に出ない「声なき声」を多くの人に知ってもらうには、どうすればよいのか。
橘さんたちは、被害者の生の声を集めたドキュメンタリーを作ることにしました。
先月末、橘さんは映像ディレクターの女性と共に、性暴力の被害にあった女性にインタビューしました。

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被害に遭った女性は、「男性を見るのも怖くて、自宅に引きこもり、死ぬことばかり考えている」とおよそ2時間にわたり打ち明けたといいます。
インタビューを終えた橘さんは「危うい状態という感じでした。黙り込んでしまったり、震え出したりして、自分できちんと状況を説明できないということからも本当に精神的なダメージを受けていることが分かる」と述べ、「多くの人に、こうした被害者が置かれている切実な状況を知ってもらえるようなドキュメンタリーを作りたい」と決意を語りました。

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そして、今月6日、都内でドキュメンタリーの試写会が開かれました。
自治体で性暴力の問題を担当している職員や性暴力の被害者支援を行っている人たちが集まりました。
性暴力の被害に遭ったことを母親に知られるのをおそれ、「母親には『何にもされていない』と答えた」と告白する女性や、幼いときに性暴力の被害に遭い「生きている意味がないから消えたくなる、死にたくなる」と話す女性の声。
作品には、これまでほとんど表に出ることがなかった被害者たちの生の声が収められていました。

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試写会に参加した男性の1人は、「こういう作品を多くの人が見たらびっくりしてこんなことが現実にあるんだと分かってもらえると思いました」と感想を述べていました。
また、別の女性は、「暴力をなくしていくためにはどうしたらいいのかということを私たち大人がきちんと考えていかなければいけない」と話していました。
橘さんたちは、ドキュメンタリーをことし11月までに完成させて、一般にも公開することにしています。
橘さんは、「被害者の証言はどれもたどたどしくて、やっとことばにしているようなものが多く、話しぶりからも被害者たちの置かれた深刻な状況を物語っている。そうした性暴力被害の実態を多くの人に伝えられたら」と話していました。

被害をなくすには

当事者が名乗り出て相談することが難しく、なかなか表面化しにくい性暴力の被害。
政府は、平成23年に、性暴力の被害者支援の充実をうたった基本計画を閣議決定し、ワンストップ支援センターの設置を呼びかけています。

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ワンストップ支援センターとは、被害者が相談すると、必要に応じて医師や弁護士、それに警察などの支援を1か所で受けられる施設です。
東京や大阪など都市部を中心に設置の動きは進んでいますが、まだ設置されていない地域も多く充実した支援体制というにはほど遠い状況です。
一刻も早い全国的な支援体制の整備が求められています。
なぜ、性暴力の被害はなくならないのでしょうか。
先日、東京都議会や国会で女性議員に対するやじが相次ぎ問題となりましたが、社会全体として女性に対する人権感覚が乏しいことが背景にあるのではないかと指摘する専門家もいます。

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性暴力の被害をなくすためには、被害者の支援を充実させる一方で、社会全体として問題意識を高めることが必要だと思います。


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