3日前に静岡地裁で再審開始と死刑と拘置の執行停止が認められた袴田巌さんの件で、メディアも結構にぎやかです。
この判断に対し、静岡地検は「上級官庁と協議の上で対応を決める」とし、同日中に拘置の執行停止に関する抗告をしていました。
そして、一昨日、抗告審の管轄である東京高裁が静岡地裁の判断を支持し、事実上の無罪判決とも言える判断がほぼ固まったとも言われています。
この事件、「最重要証拠であるはずの“5点の衣類”が、“後日ねつ造されたものであったとの疑いを生じさせる”」と静岡地裁は言及し、「捜査機関にねつ造された疑いのある証拠によって有罪とされ、極めて長期間死刑の恐怖の下で拘束されてきた」として、「これ以上拘置するのは耐え難いほど正義に反する状況にある」ので再審開始と同時に死刑と拘置の執行停止が認められたのですが、大きな大きな問題を含んでいますよね?
市民や県民、国民の生活を守る立場にある警察組織において、そしてその事件を裁判に付与し罪に問う立場にある検察が、証拠をねつ造していた疑いがあると、はっきりと判断されたのですから。
でも、実のところはどうなんでしょう???
警察や検察の本分は犯罪を未然に防ぐことであり、かつ繰り返さないよう抑制することにあります。で、そうであれば、疑わしきを徹底して追い詰めることも然るべき対応の1つであって、むしろ逮捕・留置した後に裁判が控えていることを鑑みれば、ドラマ等で美しく描かれるような“真実の追及”といった部分よりも、とりあえず逮捕して、留置・勾留している間に犯罪を確定するという手法に陥ってもやむを得ないのではないでしょうか。
取り調べは密室で行われ、調書は取調官である刑事の主観で整えられたものを被疑者がサインする形で作られ、そもそも警察や検察が探究する証拠は犯罪を立証するためのものであって否定するものは見過ごされる(裁判になってから弁護人が主張の裏付けに集めることになる)。
今回の判断は、“刑事公判のあり方を見直すきっかけになる”と評されていますが、48年という歳月を公権力によって奪った事実を踏まえれば、こういった公判前の警察・検察の捜査の取り組み方をも見直すきっかけになりはしないかと思うんです。
昨今は特に、疑わしきは捕まえろという方向にシフトしてきたんですけどね・・・・・・。