社説
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刑事司法改革/捜査手法拡大は主眼でない

 冤罪(えんざい)を防ぐための議論が、いつの間にか捜査手法を広げるための議論へとすり替わってしまったようだ。
 法務省が法制審議会の特別部会に示した刑事司法改革の最終案は、取り調べの録画・録音(可視化)の範囲を限定する一方で、供述が得にくくなることへの対応として通信傍受の拡大や司法取引の導入を盛り込んだ。
 時代に即した捜査手法の模索は欠かせないとしても、改革の本旨はあくまで取り調べや供述調書に過度に依存した捜査の悪弊を正すことにあったはずだ。
 国民の捜査不信に応えるために不可欠な可視化が限定的に扱われ、主眼ではなかった捜査手法の拡大が最後にせり上がる展開は、奇妙に映る。原点をもう一度確かめる必要がある。
 通信傍受は現在認められている組織的殺人、銃器、薬物、集団密航の4種に、強盗、窃盗、詐欺、恐喝、児童買春などを追加して対象を大幅に拡大する。特定機材の導入により通信事業者の立ち会いも不要とする。
 振り込め詐欺など特殊詐欺の全容解明や組織犯罪の摘発に有効で、拡大の必要性は理解できる面もあるが、それもまずは捜査への信頼があってのことだ。
 傍受対象が無制限に拡大され、通信の秘密やプライバシーが侵害されることはないのか。捜査不信を前提にするならば、乱用を監視する仕組みがないままでは、不安の方が先に立つ。
 司法取引も懸念がある。起訴の見送りや取り消しなどを取引材料に、共犯者など他人の犯罪に関する供述や証拠を引き出せるようになるが、うその供述によって無関係の人が捜査に巻き込まれる恐れがつきまとう。
 汚職、詐欺など経済事件や薬物事件の捜査に限定される見込みだが、供述の信用性が吟味されなければ、新たに冤罪を生むことにつながりかねない。供述した容疑者、被告の保護なども課題として残ったままだ。
 通信傍受も司法取引も、捜査への信頼感と信用性があって初めて受け入れられる手法であることを忘れてはならない。
 その信頼感と信用性を担保するためにも、全捜査過程での取り調べの可視化が求められていたはずだが、可視化義務の対象は裁判員裁判事件と検察が捜査する独自事件にとどまった。
 冤罪が相次いだ痴漢などは義務化対象にならず、対象事件でも捜査側が十分な供述が得られないと判断した場合は可視化が回避でき、恣意(しい)性を残した。自白の強要は軽微な事件でこそ起こり得る。改革の本旨を思えば不完全である。
 最終案には全面可視化を求めてきた有識者委員の意見を入れて、一定期間経過後の見直し規定と「可能な限り幅広く可視化が運用されることを強く期待する」との付帯事項が付いた。
 司法取引で言うと、供述の変化を検証するためにも可視化は必要になる。可視化論議はこれで終わりではない。
 冤罪を生まない捜査の実現に向けた警察、検察の姿勢がこれからさらに問われる。


2014年07月04日金曜日

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