Listening:<社説>可視化と司法改革 積み残した課題解決を
2014年07月10日
取り調べの録音・録画(可視化)の義務付けを議論してきた法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が9日、要綱案を了承した。審議会で正式決定後、法制化される。
村木厚子厚生労働事務次官が局長時代に逮捕・起訴され、後に無罪が確定した郵便不正事件で、多くの関係者が自白を強要された。部会が新設され、可視化を含む刑事司法改革の議論がスタートしたきっかけだ。
だが、要綱案は、警察や検察に対し可視化を法律で義務づける事件を、裁判員裁判対象事件と検察の独自捜査事件に限定した。全事件のわずか2%程度で、極めて不十分だ。
◇全事件で実施すべきだ
改革は緒についたにすぎない。袴田事件の再審開始決定など新たな動きも踏まえ、刑事司法の制度改革をさらに進めるべきだ。
部会には、刑事法学者や裁判官、検察官、弁護士の法曹三者、警察幹部らのほか、法律の専門家ではない人たちも参加した。村木さんや、痴漢冤罪(えんざい)映画「それでもボクはやってない」の監督で、司法制度の不条理さを訴えてきた周防正行さんも委員に加わった。市民の視点で司法の仕組みを洗い直す狙いだった。
だが、3年にわたる部会の議論はかみ合わなかった。原則全事件での可視化を求める村木さんらの主張に対し、警察や検察を代表する委員を中心に捜査への支障を理由に抵抗する構図が最後まで続いた。
自白偏重は警察も検察も同じで、全事件の可視化を前提に、段階的に範囲を広げることも村木さんらは提案した。だが、最終的に要綱案の付帯事項に「可能な限り幅広い範囲で録音・録画がされていくことを強く期待する」などと記されたにとどまり、課題が積み残された。村木さんは9日の部会で「可視化の義務化の範囲が狭いのは残念だ」と述べた。
誤判や冤罪を生まない刑事司法の仕組みをどう構築するかは、法治国家の共通課題だ。取り調べの可視化は、密室での取り調べを透明化する手段として、多くの国が取り入れてきた。重大事件を対象にしたり、少年事件を対象にしたりと、各国で導入方法は異なる。
日本の場合、逮捕から起訴までの身柄拘束期間が比較的長い。取り調べ時間の制限もなく、弁護人の立ち会いも認められていない。こうした制度を前提とすれば、取り調べを外からチェックできる仕組みの必要性は高い。将来的には全事件に可視化の範囲を広げるのが本来の姿だ。
要綱案では、録音・録画すれば容疑者が十分に供述できないと検察官が判断した場合など可視化の例外も幅広く認めた。だが、検察官の裁量によって例外が例外でなくなれば、制度の根幹が崩れる。
最終段階で、要綱案は年限を切ったうえで見直すことを付帯事項に盛り込んだ。付帯事項をどう法改正に生かすのか国会の役割は重い。
要綱案では、事件の真相解明のため、取り調べ以外の多様な方法で証拠を収集できる仕組みも提案した。それが、司法取引の導入と、通信傍受の対象事件拡大だ。
司法取引は、自らの罪を軽くするためのうそを防ぐ手立てが必要だ。
通信傍受の対象犯罪は現在、薬物犯罪など4種類が対象だが、組織性が疑われる詐欺、窃盗なども新たに対象になる見込みだ。念頭にあるのは、高齢者を食い物にする振り込め詐欺集団などだ。
◇冤罪事件の教訓生かせ
とはいえ、憲法で保障された「通信の秘密」にかかわる。恣意(しい)的な運用を戒める手立てが必要だ。組織性の要件の延長線上で、労働組合や市民グループがターゲットにならぬよう、法制化段階で明確にすべきだ。
部会で議論している間、東京電力女性社員殺害事件や袴田事件など再審無罪や再審開始決定が相次いだ。
そうした事件の教訓が、残念ながら今回の結論では先送りされた。特に二つ指摘しておきたい。
その一つが証拠開示だ。要綱案では、公判前整理手続きが行われる事件について、保管する証拠の一覧表の弁護側への交付を検察官に義務づけた。検察官の裁量範囲が広い現状に比べれば一歩前進だが、「犯罪の捜査に支障が生じるおそれのある場合」など、一覧表への記載から外す例外を幅広く認めた。また、再審請求事件における証拠開示については、方向性を示さなかった。
警察や検察が証拠を隠すことがあってはならない。証拠の原則全面開示が筋だ。警察官や検察官が作る取り調べメモについて、公文書として証拠開示の対象になると最高裁は近年、複数の事件で判断した。こうした経緯に照らしても、捜査メモを含め、被告にとって重要な証拠が開示される仕組みを検討すべきだ。
もう一つがDNA型鑑定のルールづくりだ。現在は、警察が試料の鑑定や保管を基本的に担い運用している。だが、科学技術の進歩で決定的な証拠となり得る以上、警察任せでは不安だ。再鑑定の機会保障のため試料を残したり、第三者的な中立機関で保管したりする必要性を専門家は指摘する。適正なDNA型鑑定が実施されるためのルール作りや法整備が必要だが、要綱案は踏み込まなかった。早急な検討が必要だ。