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八重山日報編集長が語る「真実を伝える国境の島のメディアと沖縄の反日マスコミ」

八重山日報編集長 仲新城 誠

「平和主義言うなら9条輸出せよ」
「改憲は千年の悔い残す道」
「軍国化アベノミクスで目くらまし」

5月3日の憲法記念日に、石垣市で開かれた護憲の集会で披露された俳句である。参加者は約50人。集会は、市の公園で民間団体が10年前に建立した「憲法9条の碑」前で開催された。

俳句が読みあげられるたびに拍手が鳴り響く。何やら、ほのぼのとした光景だ。「憲法9条を守れ」と叫ぶ参加者の姿を取材していた私は「この人たちには目前の危機が何も見えていない」と改めて驚きを感じた。

尖閣諸島は石垣市の行政区域である。尖閣危機を実感している石垣市の空気は、ここ数年で大きく変わりつつある。護憲集会に参加するような人たちは今や石垣市では少数派であり、この日の集会も内輪だけの集まりでしかなかった。

しかし沖縄全体に目を転じれば、いまだに、こうした人たちが「多数派」として言論界に君臨している。

私は4月、名護市辺野古の「テント村」を取材した。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の辺野古移設に反対し、海岸で連日の座り込みをしている人たちの拠点である。看板には「海にも陸にも基地をつくらせない」と書かれており、魚のかわいいイラストもある。

東京出身で現在は名護市民だという70代の女性がいた。尖閣諸島をめぐる日中対立をどう思うか聞くと「外務省、防衛省に(中国との)交渉力がない。武力を使うような危ない状況を、日本がわざわざ作っている」と日本批判を繰り広げた。

私は、普天間飛行場の辺野古移設反対を訴える人たちの論理にかねがね疑問を抱いてきた。それは辺野古移設に賛成しているからではない。尖閣を脅かされている石垣市民として、危機にどう対処すべきか、納得できる答えをこの人たちから全く得られなかったからだ。辺野古移設反対派は、尖閣を狙う中国ではなく、狙われている日本が悪いという倒錯した論理を展開している。到底同調することはできなかった。

石垣市には米軍基地がなく、その意味では基地の重圧感を沖縄本島の住民と共有できていない。しかし沖縄本島の住民も、尖閣をはじめとする自分たちの島々を中国に狙われているという恐怖や憤りを私たちと共有してもらっていない。沖縄本島に拠点を置く主要マスコミの報道を見るたび、本島と石垣島の間にある深い溝を感じてしまう。

憲法記念日を中心とした主要マスコミの報道をのちほど紹介するが、その前に尖閣情勢の現状について触れたい。

尖閣諸島の領有権を主張するため「パトロール」と称して公船を周辺海域で航行させている中国だが、4月には久米島周辺の日本のEEZ(排他的経済水域)に海洋調査船「科学号」を送り込み、沖縄での活動をさらに活発化させている。

日本のEEZで、事前に同意のない他国の調査活動は認められない。しかし科学号は日本の巡視船の警告を無視し、15日間もEEZ内に居座った。

中国側の報道によると「沖縄トラフの熱水噴出孔周辺の海洋物理、化学環境の観測、サンプル収集、分析」が調査の目的だという。中国国営テレビでも調査の様子を放送し「水中ロボットを使い、海底の生物を大量に採取した」などと報じた。

科学号の動きは、尖閣周辺だけでなく、沖縄の海域全体で中国が攻勢を開始する前兆だと思える。中国は日本のEEZはもとより、日中中間線も認めておらず、沖縄周辺まで自国のEEZだと平然と主張している。

中国はそのうち、国際情勢を見極めた上で「尖閣はもとより、沖縄全体も本来は中国の領土である」と言い出すに違いなく、沖縄トラフでの海洋調査は、そのための布石となる行動だろう。今後は既成事実として、こうした行動を積み重ねていく可能性が高いと考えられる。尖閣周辺での挑発活動も執拗さを増している。中国公船「海警」は領海外側にある接続水域で、3隻体制で24時間の航行を継続。4月24日まで34日連続航行した。4月29日には今年に入ってからの領海侵犯が回目に達した

海警の動きを見ていると一つのパターンがある。3隻で連日の航行を続けたあと、恐らく乗組員に休憩を取らせるため、別の3隻(あるいは2隻)と交替し、接続水域を出ていく。

しかし接続水域を出る前、自らの存在を誇示するようにわざわざ領海侵犯するのが「慣例」になっている。今年に入ってからの領海侵犯は、ほとんどがこのパターンに当てはまる。つまり中国にとって、領海侵犯とは反日パフォーマンスにほかならないのである。

領海、領空侵犯は他国の主権に対する重大な侵害であり、一歩間違えば戦争へとつながりかねない。意図的に行うとすれば、やむを得ざる事情のもと、慎重のうえにも慎重を期して踏み切らなくてはならない行為だ。それを軽々しいパフォーマンスにしてしまうのが現在の中国である。中国の指導部が尋常な思考経路の持ち主でないことは、このことからも明らかだ。

昨年夏ごろまでの領海侵犯は、日本の漁船が尖閣周辺に出漁してきたとき、威嚇して追い払うのが主な目的だった。しかし昨年後半から、なぜか海警は日本の漁船が接近しても「見て見ぬふり」をするようになった。

日本側にも妙な動きが出てきた。水産庁は今年4月1日付で、各都道府県知事に対し、漁業従事者以外を漁船に乗せないよう求める通知書を出した。つまり今後、尖閣周辺への漁船の出港を、純粋な漁業に限定する方針を打ち出したのだ。

これまで、尖閣周辺に向け出港する漁船には、政治家や保守系団体のメンバー、マスコミ関係者などが乗り込み、あえて海警と対峙するケースが多かった。

石垣市の関係者は、海警が漁船を威嚇しなくなったことと、今回の政府方針には関連があると見て「日中両政府が水面下で密約を結び、中国公船が漁船を威嚇しない代わりに、日本は漁業者以外を尖閣に近づけないことを決めたのではないか」と疑っている。

日本の漁船が日本の領海である尖閣周辺に出漁し、海警に脅かされて追い払われるケースがたび重なれば「日本の実効支配が揺らいでいる」という印象を国際社会に与えかねない。日本政府は、この点も危惧したのかも知れない。

しかし今後、マスコミ関係者も含めて尖閣海域に近づけないとなると、この海域で実際に何が起こっているのか、真実が全く分からなくなってしまう。中国が尖閣上空に一方的に防空識別圏を設定して以来、マスコミ各社は空から尖閣を取材することも自粛しているという。

そもそも、漁業目的だけで尖閣海域に出漁する漁業者は、現在では皆無に近い。燃料代が高騰して割に合わない上、周辺で海警が 24時間体制で航行しているので、恐がっているのだ。そのうち、尖閣海域は日中の公船だけが航行する海になってしまうのではないかと危惧する。尖閣海域への接近規制は、もっと国民的議論が必要な問題だと思うが、地元の沖縄では全くと言っていいほど報じられていない。主要マスコミは、尖閣にほとんど関心がないようである。

憲法記念日の5月3日、那覇市で講演会が開かれ、元琉球朝日放送キャスター、沖縄タイムス記者、琉球新報記者の女性3人がクロストークを行った。「沖縄タイムス」「琉球新報」とも、4日付の紙面で、この講演会を社会面トップ記事にした。

両紙によると、講演会では沖縄の主要マスコミの報道が「偏向報道」と批判されている問題が取り上げられた。女性記者たちは「事実を書いているだけだが、若者が歴史を学ばないままネットで盛り上がっている」「地元紙が地元目線で伝えるのは当たり前だ」などと反論した。

冒頭で紹介した護憲派や、辺野古移設反対派(結局は同じ人たちだが)の声を大々的に取り上げることが「地元目線」の報道だということらしい。

しかし主要マスコミでは、尖閣周辺での海警の動き、久米島周辺での科学号の動きなどが、ほとんど報道されていない。米軍基地の問題点を強調する一方で、現に沖縄に迫る危機を報道しないのは、どう考えても片手落ちである。主要マスコミが「偏向報道」と批判されるのは、まさにこの点にある。「若者が歴史を学んでいない」などという理由ではない。

沖縄選出の衆院議員、西銘恒三郎衆院議員は4月、八重山日報の取材に対し「私は県紙の記者に『米国に特派員を置くなら、北京にも特派員を置き、中国の尖閣に対する動きも報道してはどうか』と話したことがある。反日本政府、反米だけの報道では困る。読者が判断できるような材料を提供するのが大事だ」と指摘した。

主要マスコミのちぐはぐな報道例をもう一つ挙げたい。

米国とフィリピンは4月28日、新たな軍事協定を締結した。1992年までにフィリピンから撤退した米軍が、22年ぶりにフィリピンの基地を使用できるようになった。 背景には米国が撤退したとたん、南シナ海で中国の勢力が拡大したことがある。フィリピンは今になって、米軍を撤退させたことを後悔しているのだ。

ある国が軍事力を一方的に削減すると、侵略的な他国がたちまちのうちにつけ込む。フィリピンの状況は、マスコミが無条件の米軍基地撤退を主張する沖縄にとっても示唆に富んでいる。

つまり、米軍の縮小や撤退を求めることはいいが、その議論は常に「抑止力の維持」とセットでなくてはならない、という教訓だ。

しかし沖縄タイムスは「根気強く対中改善図れ」(5月2日付)、琉球新報は「平和的解決の規範確立を」(同4日付)と題した社説を掲載した。

領土ナショナリズムが高まっている日本では、日米が一緒になって中国を封じ込め、いざとなったら米軍を抱き込んで共同で対処するという期待感が強いが、対話、信頼醸成、危機管理、行動規範策定などの具体的取り組みを欠いた米軍への心理的依存は極めて危うい(」沖縄タイムス「)南シナ海の問題は尖閣問題への試金石とも言え、沖縄と日本政府にとっても人ごとではない。憎悪の連鎖を招く武力衝突は回避し、平和的解決に向けたASEANの努力こそ協力に支援するべきだ」(琉球新報)

米国とフィリピンの軍事協定の論評が、なぜこういう結論になるのだろうか。両紙の目的は論点そらしだろう。

現在の中国の行動を見ていると、日本側から対話とか平和的解決とかを求める次元は既に超えている。少なくとも尖閣の地元から見ると、平和を唱えるより先に、住民の意識醸成も含めた有事への備えこそ現に求められているものだ。

尖閣を狙う中国の動きを、地元から年以上見つめ続けた私の意見は、独裁国家との信頼関係は成立しないというものだ。

中国はずっと、口では日中友好を言いながら、実際には尖閣周辺に軍艦や調査船などを出没させ続け、尖閣を強奪する時が来るのを待っていた。そして間違いなく、現在の指導部は「時は来た」と判断し、行動に出ようとしている。

独裁国家には、常に侵略と恐怖の影が付きまとう。世界の歴史を見ても、戦争を起こすのは常に独裁国家だ。つまり国内の不満を外にそらすため、飢えた狼のように外敵を求め、さまよい続ける。

中国には「民主化せよ。話はそれからだ」という態度で接するべきだ。独裁政権とは尖閣問題について一歩たりとも妥協すべきではないし、話し合いの余地もない。「外交的・平和的解決」などを期待すべきでもない。

中国と真正面から対峙する沖縄県民には、そこまでの覚悟が求められると思う。

その意味で、沖縄の主要マスコミが発信し続ける対中融和論は非常に危うい。県民は「前方から中国、後方からマスコミ」に包囲されている、と言ったほうがいいかも知れない。

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