ネタニヤフ・イスラエル首相:単独会見(その1) 敵対意識、依然強く
2014年05月14日
毎日新聞と会見したイスラエルのネタニヤフ首相はパレスチナとの和平について、パレスチナ国家を樹立し、イスラエルとともに平和的に歩む「2国家共存しかない」と繰り返し力説した。しかし、昨年7月に米国の仲介で約3年ぶりに再開した交渉は4月24日、成果を出せないまま中断した。イスラエルとパレスチナ穏健派が相互承認で一致した「パレスチナ暫定自治合意」(オスロ合意)から20年余り。和平への道は険しさを増している。
◆パレスチナ
◇「単一国家」7割反対 若者層、貧困打開求め支持
今年3月、非営利法人・パレスチナ政策調査研究センターがヨルダン川西岸パレスチナ自治区で行った世論調査によると、2国家共存を支持した人は51%だった。しかし、5年以内にイスラエルとの和平が実現する可能性は極めて低いと答えた人は74%にのぼった。
またイスラエルと融合する単一国家案に反対の人は72%で、賛成は26%にとどまった。ただ、「単一国家案は、若い人の間で支持が増えている」(シカキ同センター代表)という。
調査結果から見えるのは、2国家共存を希望しながら早期実現には期待を持てない多くの人がいる一方、別の早急な打開策を求める若者世代の姿だ。
国際通貨基金の2013年報告書によると、12年のヨルダン川西岸地区の若者(15~29歳)の失業率は35%と突出しており、全体の19%を大幅に上回った。1993年のオスロ合意前後からイスラエルが拡充したパレスチナとの分離壁の影響で、イスラエル企業への就労が減少したことが大きい。
壁の拡充に合わせるように失業率は増加傾向にある。オスロ合意前後に生まれ、停滞する和平と拡大する分離壁を目の当たりにして育った若者世代ほど、経済的に安定するイスラエルとの融合を求める傾向が強いという。
一方、イスラム原理主義組織ハマスが実効支配するガザ地区ではイスラエルへの敵対意識は依然として強いが、生活の困窮から、ヨルダン川西岸を管轄するパレスチナ自治政府主流派ファタハとの融合を求める動きが加速している。ガザ地区にあるアル・アズハル大学のハイマル・アブサダ教授は「ハマスは統一政府樹立に合意し、市民の不満のガス抜きを図ろうとしている。ファタハには、最近関係が悪化している隣国エジプトとの仲介を受け、経済を改善したい思惑もある」と指摘している。【大治朋子】
◆米国
◇イスラエルと距離感 関与に忌避強める国民
「両国の関係がこれほど強かったことはない」。今月6日、イスラエル独立記念日を祝う声明で、オバマ米大統領はこう強調した。
しかし、両国のすれ違いが、顕著になっている。米国が仲介する和平交渉はケリー米国務長官の積極的な取り組みにもかかわらず4月末に再び中断した。イランの核問題では、包括合意交渉を進め一部制裁を解除したオバマ米政権と、イランの核兵器開発を疑い続け制裁維持を求めるネタニヤフ政権の溝は深い。両首脳の個人的関係は「極地の渦のただ中」(米ニューヨーク・タイムズ紙)と評されるほど冷えているとの見方もある。
それ以前に、米国民には中東への関与を忌避する傾向がある。米独立系世論調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、「中東の政治への関与を弱めるべきだ」との回答は63%で、「強めるべきだ」の23%を大きく上回った(2012年10月調査)。中東和平の仲介についても、関与拡大派は21%と、縮小派の39%のほぼ半分だ。
こうした意見の背景には、6800人以上の米軍将兵が死亡したイラクやアフガニスタンでの戦争への抵抗感と、交渉が数十年以上も続きながら出口が見えないイスラエルとパレスチナの和平交渉に対する米国民の幻滅があると見られる。
オバマ大統領自身に対しても「中東から遠ざかりたがっている」(中東外交筋)との評価は根強い。前任者のブッシュ前大統領は、米同時多発テロを受け中東などでの対テロ戦争にのめり込んでいったが、「そのアンチテーゼとして誕生した政権」(別の外交筋)として、「外交より内政」型大統領だ、との指摘は根強い。シリア・アサド政権の化学兵器使用を非難しながら、結局は武力懲罰には踏み切らなかったことも、こうした姿勢の反映だと見る向きは米議会などにもある。
さらに、米国の中東関与の主因の一つだったエネルギー源の確保も、米国内の「シェール革命」で天然ガスや原油が大幅に増産し、エネルギー自給の可能性も見えてきた。「世界のエネルギー地図の中心は、もはや中東ではない」。ケリー国務長官は7日の講演でそう語った。米国から見た中東への距離感は、確実に増しつつある。【ワシントン和田浩明】
◇中東和平交渉 中断状態、目標は「2国家共存」
イスラエルとパレスチナ自治政府の和平交渉は4月末で9カ月間の交渉期限を過ぎ、中断状態となっている。1948年のイスラエル建国を契機として、土地を追われたパレスチナ人や近隣アラブ諸国とイスラエルの間で対立が始まった。第1次(48年)から第4次(73年)まで中東戦争が繰り返され、最も長く続く紛争の一つ。イスラエルと平和共存するパレスチナ国家を建設するのが目標だ。
イスラエルとパレスチナは93年、ノルウェーでの極秘交渉の結果、「パレスチナ暫定自治合意」(オスロ合意)に調印。イスラエル軍が第3次中東戦争(67年)で占領したヨルダン川西岸地区とガザ地区から撤退し、パレスチナの暫定自治を認める内容だった。しかし、その後もイスラエルが西岸地区に住宅を建設する入植活動や、パレスチナ過激派によるテロなどで和平への動きは一進一退を繰り返した。主な争点は、双方が首都だと主張するエルサレムの帰属▽パレスチナ難民がかつての住まいに戻る権利▽占領地に築かれたユダヤ人入植地の扱い−−など。
これらの自治区のうち、西岸地区ではユダヤ人の入植が進み、約6割でイスラエルの行政権限が及んでいる。ガザ地区は和平に反対するイスラム原理主義組織ハマスが2007年から実効支配している。
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■ことば
◇パレスチナ自治政府
ヨルダン川西岸地区とガザ地区を管轄するパレスチナ人による自治機関。オスロ合意を受け、1994年にパレスチナ解放機構(PLO)が暫定自治政府を設立した。東エルサレムの帰属やパレスチナ難民の帰還などを巡って、イスラエルと対立している。2012年の国連総会で「オブザーバー国家」としての地位を認められたが、正式な加盟国ではない。
◇ユダヤ人入植地
1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したヨルダン川西岸とガザ地区、東エルサレムに建設したユダヤ人用の居住地。ガザ地区では2005年に撤去されたが、ヨルダン川西岸には120カ所以上存在する。入植者の人口は、東エルサレムを含め推計約50万人。
◇ハマス
1987年創設のイスラム原理主義組織。武装闘争と並び、教育・医療福祉活動で支持を拡大した。2006年のパレスチナ評議会(国会)選挙で圧勝したが、米欧などから拒否され、07年にガザを武力制圧した。穏健派ファタハが統治するヨルダン川西岸地区と分裂状態が続いたが今年4月、ファタハと統一暫定政府樹立で合意した。
◇ファタハ
パレスチナ自治政府の主流派組織。故アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)議長が1950年代に結成。現在はアッバス・自治政府議長が率いる。イスラエルとの和平模索など穏健路線を取る。