この問題についてご存知ない方のために、まず一連の経緯から説明します。


「すーぱーそに子」「装甲悪鬼村正」「デモンベイン」「PHANTOM OF INFERNO」などで有名な
「株式会社ニトロプラス」様の二次創作に関するガイドラインが改定され(http://www.nitroplus.co.jp/license/
(発表から一月ばかり経っていたようですが)俄かにウェブ上で話題になっていたのですが、
ガイドラインの文言が一部の二次創作に対して否定的とも受け取られかねない表現になっていました。


<以下ガイドライン要旨>
●ファン活動の一環としての非営利的な二次創作活動について、以下の条件の下にこれを許容する。
1.創作性があること(公式絵やその模写・複製を使用していないこと)
2.直接販売であること(委託やオークションなどは認めない)
3.販売数量の総累計数が200個以内であること(同一の商品について)
4.売上予定額(「生産数×販売価格(税抜)」)が小規模(10万円未満)であること
5.その他、絶対的禁止事項に該当しないこと
(製品イメージを損なわない、公序良俗に反しない、他者の権利を侵害しない、公式製品のように誤解されない)
● 売上予定額が小額(10万円未満)を超え、かつ総生産数が200個以内の場合の非営利的な二次創作活動は
アマチュア版権申請窓口より別途申請の上ロイヤリティの支払いのもとで例外的に許諾する。
●不特定多数に継続性を持って販売する営利的な二次創作活動はファン活動の範囲外として認めない。
● 販促を目的としたグッズ作成、ポスターへの画像掲載やアフィリエイト目的の配信などの二次創作活動はこれを認めない。


またこれを受けて、「同人マーク」(後述)の提唱者であり「ラブひな」「ネギま」で有名な漫画家の赤松健先生が
「ニトロプラスの二次創作ガイドラインですが、極めて優れた案であり、他社も追随して業界標準になりかねない」
「本来なら逮捕されてもおかしくない二次創作同人誌を、200部という絶妙なラインで
「古き良きファン活動」と見なして公認(合法化)した点が優れている」と発言していた一方で、
一部クリエイターから「これが一般化すれば同人の、少なくともコミケ3日目は壊滅する」と危惧が上がったことを受け、
自分が「これが標準化したらどうなるか」という仮定の下にシミュレーションした上での個人的感想をツイートしたところ
Togetterやまとめブログ、ニュースサイトにおいて(半ば意図に反した形で)拡散され騒動になったものです。

何の情報をどのように受け止めて消化するかは個々人の自由ですので、それ自体はいいのですが
誤った認識のまま問題の本質や、同人業界全体への無理解を、そのまま放置していいものかと思いまして
今回、「読みたい人だけ読んでくれればいい」くらいのスタンスで、より具体的な内容を改めて述べさせて頂きます。
大変長くなりますのでご注意を。


なお、上記ニトロプラスのガイドラインは、同社代表取締役の以下のツイートとともに現在は追記修正されています。

「文章の精査が甘く、意図とは異なる表現になっていたようです。深くお詫びします。
僕は同人出身ですので同人活動を応援したいし、同人活動を規制しようという考えは全くありません。
ただファン活動とは思えない営利目的の同人グッズ等が増え続けている現状を何らかの形で線引したいのです。
非営利性の出版物等の同人活動はこれまで通りのスタンスです。
同人活動を規制してしまったら、日本のコンテンツの未来に関わる大事件です。
僕もニトロプラスを立ち上げていなかったかもしれません。
さらに同人活動が発展し、優れたクリエイターが輩出される環境が育っていくことを願って止みません」

ニトロプラス二次創作ガイドライン修正版




まず騒動の中で、目立った誤解について述べていこうと思います。

Q.ニトロプラスのガイドラインは「大手はロイヤリティを払え」ってことだったんでしょ?

A.違います。

「作るのは200個まで。200個以内でも10万円以上の売上(純利ではない)が出る可能性がある場合は申請すること。
委託やオークションは不許可。それ以上の活動は法人に限って申請を受け付ける」がガイドラインの要旨であり、
そもそも「同人大手」のような活動自体が「法人」でない限りは認められていません。

当然同人サークルの殆どは法人ではありませんし、仮に趣味の活動として総額10万円以上の頒布物を作りたい時も
個人が企業相手に申請するというのは萎縮するでしょう。単価の高くなる総集編なども作れなくなります。
また「絶対的禁止事項」の項目を見ても、成人向などのきわどい表現は企業として認められるとは考えにくく、
当初のガイドラインは概ね「二次創作は総数200個以内、頒布総額10万円相当まで」と解釈するのが自然です。

これは例えば成人男性向ジャンルでは、大手どころか中堅程度でも殆どの人が抵触します。
それ以外でも、装丁が豪華であったりページ数の多い同人誌では、
イベントへの交通費や宿泊費、参加費などを鑑みるとまるでペイできなくなるでしょう。

本来ニトロプラスさんの意図は、一部の公式のものと誤解を招きやすい、海賊版とも受け取られかねない同人グッズが
イベント会場以外の市場へ流出し企業利益を損ねることへの抑止だったようで、
よく見ると元々のガイドラインも「200部」ではなく「200個」となっています。
ただ、当初のガイドラインのままでは、「200個10万円未満」という「500円で頒布する同人誌」を想起しやすく
また誤解を招きやすい表現になっていたので、当該修正が行われたことは、世論をみての軌道修正というよりは
本当に「文章の精査が甘」かったのだろうと思います。

「ワンフェスディーラーからしたら企業の許可制は当然」みたいな論を展開する人もいましたが、
ワンフェス等のディーラー数と、コミケのサークル総数との圧倒的な差に想像力を働かせて下さい。
参考までに2013年冬のWFのディーラー数は1906、同年度のコミケ85の参加サークル総数は34920です。
立体物の審査と、その内容のボリュームが多い漫画の審査との、かかる手間の違いもあります。 
コミケなどの大規模同人イベントで頒布物を事前チェックすることも物理的に不可能なら、
成年向表現のある漫画頒布物に企業がOKを出すことも現実的にはあまり考えられません(理由は後述します)
そして版権元にも、そのようなことに過大な労力を払うメリットもないでしょう。
コミケで当日版権システムが導入できるのだったら、もうとっくにやっています。

はるか昔「キャプテン翼」の同人が流行した際に、企業が事前許諾を受け付けたことがあったものの、
送られてくる同人誌の数が多すぎてあっという間にパンクし、それ以降黙認が慣習化したという話も聞きます。
企業側としても、そのような業務に人員を割くメリットがないゆえに、同人誌は「黙認」が続いているのです。



Q.二次創作で食えなくなるからニトロプラスのガイドラインに反対してるんでしょ?

A.全く違います。

第一に自分はニトロプラス様のガイドラインに反対を示した覚えはありません。
「仮に他社が追従して、このままのガイドラインを導入したら二次創作・成年向同人は壊滅するのではないか」
というシミュレーションに基づいた個人的意見をツイッターで述べただけです。この点については後述します。

一連の発言は外部へ向けたものというよりは、同人や商業出版に関わっている内向けの発言です。
一見するとガイドラインが趣味の同人のみを守るような表現に見えるため、他社が追従しやすいと危惧してのものです。
ニトロプラス様単体としてこのようなガイドラインを提示される分には、
それも企業として正しい選択肢の一つなので、何ら反対するところではありません。

第二に、自分は二次創作だけが単純に無くなったとしても、そこまで困りません。
自分はオリジナルの同人作品「MC学園」シリーズも描いており、
一昨年の夏に出した商業単行本形式の総集編などは、書店分だけでも
東方など、一見世間で人気のジャンルを描いた時に比べて、実は4倍以上売れています(原価も嵩みましたが…)
MC学園
水龍 敬
密林社
2012-09-01


まだ正式には発表していませんが、今年の夏コミ前にはコアマガジン様から商業初の単行本も出ます。
実は一般商業雑誌からも何度か声をかけて頂いて漫画を描いたことがあります(残念ながら世に出なかった作品もあります…)
その他ゲームの原画やイラストの仕事などもありますので、自分個人としては
経済的に二次創作に依存しなければ成り立たない、という風には思っておりません。
当該議論が自分のポジショントークであると解釈されるのは大きな誤解です。 

それでも二次創作同人を続ける理由は、原作への愛情やリスペクト、
成年向漫画という短い表現の中で、世界観やキャラクターの説明を省略できる手軽さ、
原作のキャラ設定を価値転倒させる面白さ、自分の二次創作同人を愛してくれるファンのため、
そして自分が一端の作家活動が最低限できる程度にまで成長することができたのは
二次創作を許容する同人文化によって育てられたからだと信じているから 
…など様々です。

そもそも普段「このジャンルでやる必要ないんじゃない…?」などと言われる
自分の漫画を読んでいて「オリジナルじゃ描けない」なんて思う人いるのでしょうか…?

とりあえず今は当面同人業界を取り巻く情勢が危ういので、もう暫くやりたかった二次創作を続けます。
今のところまだアイデアがいくらでもあるので、急いで消化していきたいです。



Q.pixivやTwitterでいくらでも発表できるのに、何故同人誌に拘るの?

A.随分ラジカルな疑問だと思いますが、こういう考えの人は多いです。
そして必ずといっていいほど絵を描いたことのない、普段見てるだけの人です。

いざ紙にする際の難しさや、本という現物になった時の喜び…なんてものを未経験者に説く気はありません。
しかし、クリエイターの端くれとして作家活動をする上で「金銭以上に作品の評価を保証するものはない」という
根源的な問題について、少し説明したいと思います。

pixivでブックマークを稼ぐ作品や、Twitterでfavを稼ぐ作品は、本当に評価されてるのでしょうか?
favもRTも点数もボタンひとつで気軽に入れられます。誰の懐も痛みません。
一方で同人誌は「面白いものを読ませて・見せてもらう対価」として身銭を切ってもらう世界です。
たとえそれが「印刷費や活動費の回収」という名目であっても、金銭を対価とすることにおいて商業との違いはありません。
むしろこれはプリミティブな形態の、商業市場の模倣だとすら思っています。

ネットで評価の高かった作品が、本で出してみたらまるっきり売れない…なんてそこら中で見る話です。
「タダで見れるから人気だった作品」と「みんながお金を出してでも見たい作品」は明確に異なります。

我々は何をもって作品の良し悪しを判断するのでしょうか?
自分でそう思うからでしょうか。人に言われるからでしょうか。ブクマされるからでしょうか。
あなたが「下手だな」と思ってる作家の殆ど全員が、自分の作品を「良い」と思ってます。
あなたの思っている作品の良し悪しの価値観を、世間の人は必ずしも共有してくれません。
作家を続けていくと必ずこういう根源的な問題に突き当たります。

その時に「誰が幾ら身銭を切ったか」以上に、この良し悪しを担保する客観的価値観がないことに気づきます。
pixivで点を入れられたり、TwitterでRTされるより何より、
「お金を出して買ってもらう」以上に、作家にとって嬉しく、また安心できることはないのです。
それはこの資本主義社会で一番大事な対価を、あろうことか自分の娯楽作品に対して支払ってくれたからです。

500円の同人誌は決して安くはないです。弁当屋で一食分の弁当が買えます。
もっとはるかにページ数が多く、クオリティの高い商業出版のコミックスだって買えます。
それをあえて自分の作品に支払って貰える、これ以上にクリエイターが
「何のために、何を目指して物を作るのか」という指標となり、原動力となるものはないと考えます。

ネット上に溢れる作品群は、ただただクリエイターの自己顕示や、あるいは善意によって公開されているもの
ばかりではありません。その世界で生きていく人は必ず「いつか誰かにお金を払ってもらうため」にやってます。
その上澄みばかりをタダで享受し続けることは、結果的に貴方自身のセンスをも麻痺させていきます。



Q.二次創作なんて人の褌で相撲取ってるようなもんだろ。この犯罪者!

A.20年以上前であれば、こうした主張も理に適ったかもしれません。
しかし現在、コミケは年に二回、60万人を動員する世界最大級のイベント。
そのマーケットとしての価値も、日本のクリエイター育成のための原動力としての価値も認められ
多くの有名企業がブースを出展し、海外からの来場者も多く、開催自体がTVのニュースになるほどです。

その何割が二次創作であるかに関しては、そもそも「二次創作かそうでないか」というボーダーで
取られた統計が見つからず詳細は不明ですが、少なくとも9割近くが二次創作であると考えられます。
参考:ジャンルコード別サークル数一覧(C79~C85)
http://d.hatena.ne.jp/myrmecoleon/20131101/1383333933
(C85のデータで言えば、概ね創作と思われる「創作少年・創作少女・創作JUNE・歴史創作」の数字を
単純に足すと、全34920中1876サークル:5.3%になります。
実際は学漫や同人ソフトの半数以上はオリジナルだと思いますので、もう少し数字は多くなるでしょう)

余談ですが、コミケのサークル参加者は女性が男性の倍多く、逆に一般参加者は男性が女性の倍です。 
成年向サークルは全体の35%、うち男性向10%強。つまり成人向作品の70%は女性向。
一部の人が同人誌と聞いてイメージする「男が描くエロパロ同人誌」というのはここ十数年で作られた誤った先入観です。
http://www.comiket.co.jp/info-a/C81/C81Ctlg35AnqReprot.pdf 

そして、漫画・アニメ業界の多くの部分が、現在はこの同人市場に大なり小なり依存しています。

doujin1同人誌を売るショップは全国に巨大な販路を確立し、中小の出版社や成年向出版社はこの流通に依存しています。
(そうでなければ、わざわざ同人ショップ用に特典など作らないでしょう)
こうした出版社は同人イベントを回って、常に作家の青田買いを行っています。
また、同人印刷所の技術発展と安価なサービスは業界の巨大さゆえに維持されてきたものです。
発行部数の多い大手サークルなど、大口のコア層をまるごと喪失すれば、印刷費は高騰して業態が維持できなくなります。
(この点がまとめにおいて強調されていましたが、あくまでも一例に過ぎません)
出版不況のアオリを受けて作家に十分な原稿料を支払えない中小の出版社の作家は収入源の一部として、
あるいは商業主義に依存しない、規制の少ない自由な表現の場として同人活動をするプロが一定数います。
(成年向雑誌などは、読者プレゼントで掲載作家の二次創作同人誌を景品にすることも多いです)
企業として二次創作表現を応援し、あるいはこの盛り上がりによってコンテンツ自体の糧としようとするからこそ、
今回のように、二次創作に対して企業としてガイドラインを公開する企業も出てきます。
なにより、こうした多岐にわたる作品を目当てで来る集客を見込んで、
多くの企業が高いお金を払ってコミケなどにブースを出展しています。
この集客力は「コミケットSP」などで地域活性化の原動力として高い評価を受けており、
コミケの誘致に手を上げる自治体も決して少なくありません。

「同人=二次創作」⇔「版権者・企業」という二項対立は、これらの実態を知らない外部の人間の想像に過ぎません。

そもそもが「非営利の二次創作活動に限ってこれを認める」ことで同人が健全化されるのなら
フェアユースの抗弁権のあるアメリカがまさにそのもので、それならアメリカにもコミケがあっていいはずです。
しかし現実には表現規制や法律の厳しさゆえに、一度生まれかけた商業コミック市場ですら壊滅し、
子供の読み物として細々残存するのみです。日本の将来的なコンテンツ産業の在り方としては、最悪の見本です。

二次創作は著作権侵害、確かに四角四面に法律を受け取ればそうでしょう。
日本では営利非営利問わず、パロディも海賊版もみな一様に無許可の二次的著作物は違法です。
しかし、今のままこの法律を単純適用することは、結果として漫画・アニメ業界全体をこれまで支えてきた
表現の幅の広さ、層の厚さを潰し、産業全体をゆるやかに衰退に追い込み、
コミケ成立以前の、何十年も前の水準にまで業界を縮小させるばかりか、
今のネット掲示板や趣味の創作活動まで含めて壊滅状態に追い込むことに繋がります。
そもそもネットが出来る以前から二次創作同人というものはあるのであって、
現在のネットに依存した文化が二次創作を喪失した時にどうなるか、誰も予想ができません。 

この業界に関わる人は、同人というものの功罪踏まえた上で、
その法運用のおおらかさや、企業の思慮深い判断故に生まれた文化土壌に感謝し、
あくまでこの規模をなるべく維持したままどのように法律に適合させていくかを、
今後考えなければならないのではないかと、私は思っています。



Q.そもそも二次創作で儲けを出すのが間違いだ!ガイドラインにも営利目的の活動は認めないとある!

A.下記URLから「非営利」の定義を確認して下さい。
「非営利」とは、利益を上げてはいけないという意味ではなく、
「利益を設立者や会員など関係者に分配せず、団体の活動目的を達成するための費用に充てる」という意味です。
(このような説明をしなければいけないくらい、日本では非営利団体の利得行為への攻撃が激しいのでしょう…)

同人もまた「人を雇って利益分配をして活動している」なんてのは極々少数派です。
ほぼ全ての人が「個人としての活動を継続するための費用」として利益を循環させています。
自分もそうです。アシスタントですら殆ど雇ったことがありません。

そもそも「趣味でやっていて結果赤字になっている殆どの人達」と同じ価格帯の商品を作って
「結果的に儲けが出てしまう極少数者」にターゲットを合わせて攻撃することは、
大抵の場合、趣味でやっている人達全体が余計に窮地に立たされる結果に繋がります。
赤字のサークルはより赤字になり、活動をやめざるを得なくなる方も増えるでしょう。

「好きでやってるのだから赤字で当然だ!」という主張は、同人のみならず
物を作ろうとする全ての人々への、ステレオタイプな差別的偏見です。




では、当初の「ニトロプラスガイドライン」が一般化した場合に予想された弊害とは?


漫画・アニメ業界における「版権者」というのは、実はそこまで多岐に渡るわけではありません。
ニトロプラス様一社によるものであればそこまでの影響はないかもしれませんが、
これに集英社、講談社などの三大出版社、あるいは角川HDなどの大手権利者が追随すると
あっという間に殆どの作品の二次創作がガイドラインの適用範囲内となります。
そうなった場合にどうなるか、以下は自分の想定したシミュレーションです。


まず「委託禁止」が大きいと思います。これによって同人書店の売上のコア層を担っていた部分が壊滅し、
同人ショップは廃業ないし大規模縮小を余儀なくされます。
この流通に一部依存していた中小出版社やアニメ産業なども大きな打撃を受けます。
また地方の同人ファンが同人誌を得る手段が殆ど無くなります。オークションも禁止ですから、
インターネット発達以前の「郵便為替による直接通販」のみで同人誌を買うしかなくなります。
地方の同人文化は崩壊し、同人誌は東京近郊の関東に限られた文化として残存することになります。

「200部以上禁止」により、ほぼ全ての大手~中堅サークルの活動が縮小します。
既にプロとして活動している人々の多くは、単純にそんな趣味の活動に時間を割くメリットや
モチベーションを喪失、あるいは小部数の頒布を争う参加者の混乱を避けるため、同人から離れ仕事に専念します。
こうした大手サークルを目当てとしていた参加者がコミケに来なくなることで、小規模のサークルも本が売れなくなり
委託にも頼れないまま、サークル活動の継続が金銭的理由あるいはモチベーション低下のため難しくなります。

また大口の顧客層を失った同人印刷会社が事業規模を縮小し、印刷費全体の高騰に繋がります。
趣味でやってきた小規模の同人サークルが抱える赤字は現在とは比べ物にならないほどになり、
不況の続く現代において、高いお金を払ってまで趣味の活動を続けられる人はどんどん減っていきます。
殆どがネットで絵を公開するのみに留まり、それもゆるやかに減少していくと思われます。

二次創作は既存のキャラクターで何かをするのが面白いからやっているのであって、
それがダメになったら一次創作に切り替えてまで活動を続けよう、というサークルは少数だと思います。
コミケの二次創作割合や、コミティアの現状規模から見てもそれは明らかです。

直接的な影響を考えただけでもこのくらいの影響はあると思われるので、ガイドラインを拡大解釈した
一部の人間が萎縮効果を生めば、さらに事態は深刻になることと思われます。
二次創作の同人サークルへの悪意ある攻撃は今の比ではなくなるでしょう。

コミケの規模は現在の10分の1かそれ以下にまで縮小、来場者数の激減したコミケからは企業も離れていきます。
あるいはコミケとは別の、企業のみのイベントが独立するかもしれません。
企業スペース目当ての参加者層も失ったコミケは、ビッグサイトやメッセどころか、はるか昔の晴海の
そのまた前くらいの小さな会場で細々と継続するごく一部の人の趣味になるでしょう。
残存する可能性があるのは、おそらくガイドラインに追従することのない東方ジャンルの例大祭、
あるいは他にガイドラインを既に策定しているボカロ、艦これ等の一部ジャンルくらいです。
そうしたジャンルも同人市場が縮小すると、ガイドラインに価値を見出せずに厳しい基準に切り替えるかもしれません。

同人の規模が縮小すると、当然同人に対する世間の人々の偏見もより厳しくなります。
「世界規模のコミックの祭典、コミックマーケットが今年も開幕しました」から
「ここに10万人の宮崎勤がいます!」とニュースで言われる時代が再びやってくるでしょう。

同人業界の壊滅とともに、漫画・アニメ全体のクリエイター層はどんどん薄くなっていき、
優秀なクリエイターを見出す機会が劇的に失われ、全体のクオリティがゆるやかに落ちていきます。
こうした変化はおそらく10年スパンで起きると思われるので、すぐさま急速な変化が起きるわけではないですが、
業界全体に残れる人々は徐々に減っていき、オタクの居場所はネットの片隅にどんどん追いやられます。
pixivやTwitterで見る絵のレベルも徐々に低下していき、本当に趣味レベルのものに限られてきます。

元々法規制の強かった男性成人向の表現物は、商業含めてほとんど見られなくなります。
成人向出版・ゲーム業界全体が壊滅的な打撃を受けて立ち行かなくなり、発表の場が無くなるからです。
多くの男性作家は残存する大手出版社で一般向作家になるか、他の職業に就くことを余儀なくされます。
その過程で多くの人が社会からドロップアウトするでしょう。


これはあくまで自分の知識の範囲内で考えたシミュレーションであり、最悪のケースを想定したものではあります。
ですが、物事は常に最悪のケース通りに運んだりするものです。
こうした自分の危惧に共感してくれた方も幸いなことに大勢いらっしゃいました。 

「こうはならない」という人も沢山いると思います。それはそれでいいのです。
一人でも多くの人が、これを切欠にガイドラインや同人の在り方について考えてくれればいいと思っています。



「同人マーク」とは?


今回の議論を展開している最中に、話の余談から思わぬ所で赤松先生本人による指摘を受けました。
「同人マークは成人向同人を容認していない」という話をしていた最中に
「同人容認派の自分が成人向同人を認めないわけがない」と言って、マークに関する記事を投げられました。

「同人マーク」とは、アメリカとのTPP締結による著作権の非親告罪化によって、同人業界が壊滅するのを防ぐため
版権者が作品の二次創作利用を認めることを示すためのマークであり、
赤松先生は同人業界の保護のため、かねてよりこのマークを広めるため尽力されております。
以下が同人マークのライセンスになります。

第1条2項cを以下に引用します。
「本作品の二次創作同人誌における表現については利用者の皆様の判断にお任せしますが、
法令や公序良俗に反する態様での利用(過剰な性的表現、特定の個人、団体、
人種などの名誉を著しく損なう内容、著しく違法行為を助長する内容など)はお控えください。」

自分は当初、これをどう読んでも「成人向同人を容認する表現」としては解釈できず悩んでいたのですが、
よくよく考えると、これは全くの逆なのでした。
同人マークは、成人向表現をOKとは言ってないことに意味があるのです。

成人向漫画は刑法175条により、同人商業を問わずいつでも警察や裁判所の解釈次第で逮捕されうる表現物です。
先日は自分が執筆するコアマガジン社の編集者が同罪状を根拠に逮捕されました。
(裁判の内容は、本来法律上は表現内容を検閲してはならないはずの行政権(検察)が、
企業の「自主規制」であるはずのモザイクの濃さにまで直接言及するというトンデモぶりでしたが…)

この法律は、車で言うなら「法定速度は教えない。ただ俺が速いと思ったヤツは捕まえる」というような
極めて危険な法律で、いくらでも恣意的解釈によって表現物を取り締まることができるものです。
当該法律の是非については今回は述べませんが、つまりいくら版権者がOKと言ったところで、
成人向の同人は逮捕しようと思えば逮捕されてしまうのです。
その際「企業が成人向同人をOKと言っていたから」とサークル側が証言でもしようものなら、
版権者がその責任を問われかねません。ゆえに権利者は安易に同人作品を審査などできないのです。

これまで同人が摘発されたケースを鑑みても、一般人が同人作品を見て企業などに訴えたケースが殆どです。
同人業界に理解のない一般人は権利者との線引きや暗黙の了解など知りません。
そしてユーザの訴えを受けた権利者は何らかの対応をせざるをえなくなります。
そのような責任の所在の波及が、同人マークによってさらに大きくなる可能性があるのではと考えていました。


しかしよく見ると「法令や公序良俗に反する利用は禁止」とある。
つまり、同人マークに基づき描かれたエロパロ同人が仮に摘発されても、
「同人マークのライセンスは法律に準拠しています。過激な性表現は認めてません」と言い張れば
版権者は責任を問われない仕組みになっているのです。
これは成人向同人の発行側があくまで自己責任で作品を出すことを可能にし、
また版権者側が、同人マークを導入するにあたって伴う危険性を払拭しているのです。

この仕組みは実に素晴らしく、同人市場の現状維持を望む版権者や企業が次々マークを導入すれば、
もしスムーズにいけば現在の形と規模のまま、同人市場を健全化できるかもしれません。
これはTPP対策のみならず、上記に挙げた質問のような、二次創作同人のグレーゾーンゆえの
弱みを攻撃したがる「悪意ある一般人」から同人業界の人々を守ることにも繋がります。
仮にTPPがなくても是非導入を進めるべきでしょう。

そして、健全化された同人業界は改めて商業の業界と一体となって、
猥褻図画に関する法律や、青少年条令などの表現規制と戦っていかなければなりません。


修正前の「ニトロプラスガイドライン」は、捉え方によってはこうした同人業界を危険に晒すものでした。
一見するとガイドラインは「趣味の同人活動」に対して容認的で、多くの一般人の反感を買いません。
危険性の未知数な「同人マーク」より、ガイドラインの方が企業が同人をコントロールしやすいと判断されれば
同人マークによって同人業界を守る前に、先に大手企業がガイドラインに追従し肝心の業界が壊滅する可能性がありました。

とりわけ具体的な数字を出していた点が、まさに山田議員と赤松先生が対談で指摘しているような
「正義の名のもとに、有名二次創作同人誌や有名コスプレイヤーを狙い撃ちする流行」に繋がる危険性があったと思います。
二次創作同人誌全般に対して容認的な追記が示されたことは、
ひいては同人マークの普及のためにも良かったと自分は思います。



これからの「同人」がどうあるべきか?


最後に、今後の同人業界の健全化について。

商業・同人問わず、業界を取り巻く社会の情勢は年々厳しくなっています。
TPPによって導入されるのは著作権の非親告罪化だけではなく、懲罰的側面の強い法定損害賠償も含まれます。
これによる法外な賠償金を求めて、企業同士での著作権訴訟すら横行しかねません。
猥褻表現への取り締まりもどんどん強くなり、およそ論理的とは思えないような法規制によって
今も様々な表現が規制ないし萎縮されています。
そして、こうしたあらゆる問題によって窮地に立たされた同人業界が
今後十年、二十年と存続していくことは、極めて難しい状態となっています。

「同人マーク」による健全化は版権者側からのひとつのアプローチです。
これは優れた取り組みですので、有名作家や大企業が一丸となって広めて貰えればと思います。
その上で、「何故二次創作を守らなければならないのか?」という疑問に突き当たった時、
このブログの記事が、もし一つの参考となることがあれば、これに勝る喜びはありません。

そして「同人業界側」からのアプローチの方法もあるでしょう。
既に同人作品である「東方project」が成功しているような、コモンユースに供する世界観、作品、キャラクターを
同人業界の間で共有し、これを利用して健全化を図るという手段です。

先の「同人マーク」は同人作品につけることも可能だそうで、これを利用する手もあります。
既にプロとして活躍し、オリジナルコンテンツを作り上げる地力を持つクリエイター達が先駆となって
同人サークル同士で、 スターシステム的に世界観やキャラクターを共有するというわけです。

このような健全化の動きによって、同人と商業の境目はほぼ無くなるかもしれません。
一方で、これでもまだ切り捨てられてしまう一部の同人活動があるとは思います。
長い歴史の中で、既に版権者が明確でない出版物やアニメ、ゲームなども多く存在します。
また同人グッズと海賊版との境界線も明確なものではなく、一定の危険性を孕んでいます。
かといって、「不健全なもの」「違法なもの」と断じて既にある文化を安易に切り捨てていくのは、
これまで多くの政治家や権力者達が「マンガは有害」「エロは違法」と断じて
文化を切り捨てようとしてきた行為と、本質的には同じです。

この業界の全ては、人々の熱意というエネルギーによって支えられています。
熱意をもって何かを作ってきた人々全てが、今後も自由に何かを生み出せる社会が続くことを願います。




以上は自分の知識と手の届く範囲のデータに基づいた論です。
誤りやミスも多々あるかもしれませんが、あくまで参考程度に読んで頂ければ幸いです。
最後に、ここまで長々と読んで頂いた皆様、有難う御座いました。