第二話
「さ、さ、さ、サーリャどの! それはご、ご容赦ください!」
蒼い顔で王様が、必死にサーリャを止めた。
ナイスです王様。
攻撃魔術に巻き込まれて死にたくなかった俺は、心の中で王様に拍手喝采した。
「……まったく、あの二人は、ちょっとしたことで喧嘩ばかりして困る
」
苦労性っぽい女騎士レイナが、頭痛がしているかのように額に手を当てて呟いた。
その後、俺の方を向き、
「私達三人のうち、誰に子を産ませるかは、おいおい決めてもらうとして、です。今すぐ旅の準備をしてくださいマコト。貴方を鍛え上げる為の旅に少しでも早く出たいので」
などと言ってきた。
旅?
俺を鍛え上げる?
どういう事だ?
俺は事情の説明を求めて、王様に顔を向けた。
俺から見てもあまり威厳の無い、初老の王様は歯切り悪そうに
「ワ……ワシとしてはな。マコト殿に、この国……いやこの世界に住む女性の誰かをいずれ孕ましてもらえれば、それで十分だと思っているぞ。別に危険な旅になどでなくても――」
「アレフ王よ! そんな悠長かつ危機感の無いことでどうしますか!」
他国の王女にして騎士のレイナが叱責するような声を出した。
「も、もうしわけない、レイナ姫」
娘ぐらいの年である少女レイナに対して、非常に気を使っている様子の王様。
ひょっとして、王様が治めるこのアレフ王国と、レイナの祖国では、国力に雲泥の差があるのだろうか?
レイナが王様に代り、俺への説明を続けた。
「伝承には、父となる者、それから母となる者が “強者” であるほど、生まれてくる勇者もより強きものになる――とあるのです」
そういえば、最初にそんな話を王様や宮廷魔道士はしていたな。
王様は“強者” となるべく、俺を無理やり鍛えたりはしなかったけど。
まして、旅に出ろなんて、一言も言わなかった。
それどころか一生、この国で俺の世話をしてくれると言ってきたのだ。
安全と快適を保障してくれるとも言った。
王様、マジでイイ人。
「……もう一度言いますよ。父となる者――つまり貴方が “強者” であるほど、生まれてくる勇者もより強きものになるはずなのです」
「はぁ……そうなの」
生返事をした俺に対して、レイナはとても不満そうな表情を浮かべた
。
「なにを他人事のように…………こんな覇気のない男の……好きでもない男性の…………あ、赤ちゃんを産まないといけないなんて……ク…………」(ギリっ!)
レイナが口惜しそうに歯ぎしりをした。
そんなに嫌なら、別に産もうとしなければいいのに。
この異世界には、俺の子を産みたいと言う女性は、他にも山ほどいるんだからさ。
「とにかく! 貴方には強くなっていただかなければいけないのです! より強い勇者をわ、私がう、ううう、産むためにも!」
「は、はぁ……」
「そして強くなるには、魔物どもを打ち払いながら旅をするのが最適でもあります!」
「ふ、ふ~ん」
「ということなので、旅の支度をしてください! さぁ早く!!!」
「あの……俺に拒否権はある?」
「ありませんっ!!!」
「そんな、横暴だぞ」
「そもそも旅に出ることは貴方の身を守る為でもあるんですっ」
どういうことだ?
俺はいぶかしげに首を捻った。
「勇者を産ませることが出来る父親がこの世界に召喚された事、隠そうとしてもいずれは魔族たちに知れるでしょう。いえ、すでに知れているかもしれません。人間の姿に化けた魔族の密偵共は、この国の王都にも多数まぎれこんでいるはずですから。あるいはこの小宮殿内にすら、密偵は既に潜んでいるかもしれません」
「うげ」
「大魔王は、唯一、自分を倒せる可能性がある勇者の出現をなんとしてでも阻止しようとするでしょう。勇者を産ませることができる貴方を殺すため、戦力を集中してこの国を全力で攻め滅ぼそうとする可能性もあります。もしくは、凄腕の刺客を多数放ち、直接的に貴方を狙ってくることも十分、考えられます。大魔王はダークエルフを中心とした恐るべき暗殺者集団でもある『闇の刃』も抱えていますし」
「うげげ」
暗殺なんて、嫌すぎるぞ。
それに、俺がいるせいでこの国が攻め滅ぼされるのも、目覚めが悪すぎだ。
王様含め、この国の人間は俺に良くしてくれたからな。
「存在は知れても、所在までは把握されないよう、一か所にとどまらず、旅に出ることこそ、大魔王の長い手から逃れるのに最適です」
「…………」
「そして、旅をしながら己を鍛え上げるのです。君自身が強くなれば、そう容易く刺客に殺されることもありません」
「…………」
「なにより、旅を経て貴方が強くなれば、より強き勇者が出現します。そうすれば――」
「………………」
レイナの頬が少し赤くなってきた。
「わ、私が勇者として産む、あ、貴方とわ、私の子が強くなるのです」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は、旅になど出たくなかった。
市壁に囲まれた街の外には、危険な野獣や魔物どもが数多く棲息しているらしいので、なおさら出たくない。
しかし、どうやら旅に出るしかない状況なのだ。
縋る様な目を王様に向けたが、老人は力なく首を横に振りやがった。
申し訳なそうな顔をした王様から
「本当に申し訳ないマコトどの。勇者の父であるそなたの召喚に成功したことは隠していたのだが、どこからか外部に漏れてしまったのじゃ。そして、人間、エルフ、ドワーフの長による話し合いで、マコト殿には各種族を代表した女性達を優先的に孕ましてもらうことになった。しかも、じゃ。より強き勇者が生まれるよう、マコト殿には己を鍛え上げる旅に出てもらう事も、決定したのじゃ……本当に申し訳ないのじゃが」
なんて、告白された。
俺の知らない間に、勝手に決めないで欲しい。
ふざけんじゃねぇぞ、コラァ、と、文句を言いたいところだ。
何度も謝る王様には文句をつけにくかったけど。
結局、俺はその日のうちに、自分を鍛えるための旅にでることになった。
一か所にとどまっていて、本当に暗殺されたり、国ごと滅ぼされたらシャレにならないしな。
だから俺は、旅に出たんだ。
俺の子を産むためにも同行すると行ってきた、三人の美しい女性達と共に。
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