女神リアナ
――月が二つある。
――空を馬が飛んでいる。天馬ってやつか?
――本当に、異世界……なのか?
次に目が覚めたら、俺は草原の上で仰向けに倒れていた。
身勝手な女神アステナにより、この草原へ飛ばされたのだろうか?
俺は、自分の頬をつねってみた。
痛い。
痛みがあるということは――まさか夢じゃないのか?
現実であることに気付き始めた俺は途方にくれた。
この先、どうすればいいのか分からない。
不安でたまらない。
だが、じっとしていれも事態が好転するとは思えないので、とりあえず移動してみることにした。
幸い、近くに街道があった。
道に沿って歩いていけば、町か村につくかもしれない。
俺はとりあえず、沈みかかっている夕日の方向へ、足を進めた。
数十分ほど歩いた。
街道の端に、誰かがしゃがんでいるのが見えた。
老婆だ。
それも、かなり汚れた格好の老婆だ。
よく見ると、老婆は目を瞑っていた。
眠っている訳ではなさそうだが。
俺は声をかけるか迷った。
このまま街道を進んで、人のいる町か村にたどり着けるのか、尋ねたかったからだ
しかし、コミュ症気味の俺は、見ず知らずの人間に話しかけるのが苦手だ。
それに、ここは異世界。
言葉が通じるか懸念もあった。
俺が話しかける前に、老婆が声を掛けてきてくれた。
「もし……そこのお方」
俺は老婆から数歩の距離で立ち止まる。
老婆は目をつむったままだ。
ひょっとして、目が悪いのだろうか。
ならばなぜ、俺の存在に気付けたのだろう?
盲人だけに、耳が良く足音で察知した?
それとも、人の気配に敏感だとか?
「街道を歩いていなさるなら、旅人かね? どうか、この目の見えない哀れな老婆に、食料を恵んでくださらんか…………二日前から、何も食べていないのですじゃ。腹が減って死にそうなのです」
老婆は憐れみを誘う声で、俺に食べ物をねだってきた。
食料……か。
俺は着ているパーカーやジーパンのポケットを探る。
後で食べようと入れておいたカロリーメイトの箱が見つかった。
この老婆にカロリーメイトをあげるべきか?
しかし、町や村までどのぐらい歩くか分からない状況だ。
貴重な食料を見ず知らずの他人に差し出すのは…………。
俺は迷った。
迷ったが…………結局、半分に当たる二ブロックを老婆にあげることにした。
二日前から何も食べてないなんて言われたら、人としてあげないわけにいかない。
ところで俺は今、鼻が詰まり気味で匂いに鈍感だ。
その俺でも、老婆にカロリーメイトを渡す際、あまりの悪臭に鼻が曲がりそうになった。
老婆からは凄まじい悪臭がしていた。
「おお、なんと美味しい食べ物ですじゃ。ありがたやありがたや」
俺があげたカロリーメイトを食べた後、感謝を示してくる老婆。
良いことをした後なので、悪い気分ではない。
「なあ、お婆さん。俺、町か村まで行きたいんだけどさ。このまま、この街道を進んでいけばいいのかな?」
「ええ、この街道に沿って、半日も歩けばルーアという小さな町がありますぞ」
半日も歩く必要があるのか。
俺はうんざりした。
町の存在を知ったことで、もっと明るい気分になるべきかもしれないが、あいにく、俺はポジティブ思考な人間ではない。
「教えてくれてどうもです。じゃあ」
俺は老婆に別れを告げて歩きだそうとした。
「待ってくだされ」
老婆に声を掛けられ、後ろを振り向く。
「実は儂はルーアの町に向かっていましてな。途中で足を悪くして動けなくなってしまい、途方に暮れていましたのじゃ…………本当に本当に、申し訳ないのですが、町までこの老婆をおぶってくれませんかのぉ」
老婆は俺に縋る様な声で頼んできた。
…………どうする?。
老婆の体重は軽そうとはいえ、人一人背負って半日歩くのはツライ。
それにこの老婆、こう言っては悪いが、見た目が汚すぎる。
悪臭も酷い。
この老婆を背負って半日も歩くのは、流石に――
「お願いします。このままでは、儂はここで野たれ死にですじゃ。どうか、お慈悲を。どうか、どうか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局、俺は老婆を見捨てられず、背負う事にした。
だって仕方がない。
見捨てて、本当に野垂れ死にされたら、目覚めが悪すぎる。
老婆を背負いながら街道を十数分、歩いた。
「すいませんのぉ……本当に助かりますじゃ」
恐縮して何度も礼を老婆は言ってきた。
その老婆を背負いながら、俺は会話をした。
「ほぅほぅ、地球という場所から女神アステナに召喚されたと。しかも、不要と判断され、草原に飛ばされたですと…………なんと、気の毒なお人じゃ」
俺が自分の身に起ったことを話したら、老婆はアッサリと信じてくれた。
どうもこの世界では、女神を含めた神というのは、結構頻繁に人間の前に姿を表す存在らしい。
人間より優れた『力』を持った存在でありながら、驕りや油断などでわりと失敗したりもするようだ。
それに神々同士で権力争いをしたりする権勢好きな者や、人間にも手をだすほど好色な者も多いらしい。
ギリシャ神話の神様たちのように人間臭い神様たちのように思えた。
女神アステナも傲慢かつ身勝手な性格だったし。
あの女(女神)のことを思い出したら、また腹が立ってきた。
…………いつの日か、あの女(女神)に借りを返してやる
「本当にあのクサレビッチ女神は、どうしようもなく性根の腐った奴ですじゃ。そのくせ、信者の数は多く『力』を持っているので、タチが悪い。確かにあのクサレビッチ女神が、自分の使徒として利用するために異世界から人間を召喚しているわ。そして、さほど見込みがない人間を呼び出した時は、貴方にしたように、《転移》の魔法を掛けて適当な場所に放り出すようね。本当にあのクサレビッチ女神は最悪…………今すぐ死んでほしいわね」
俺の背で老婆が女神アステナの悪口を言い続けている。
まるで、個人的な恨みでもあるかのように辛辣だった。
……なんだか、口調が後半から変わったな。
声質も老婆のかすれた声から、若々しい声に変わったような?
それに、あの吐き気を催すほど臭かった匂いが消え、むしろ、バラの香りのような匂いがしてきたぞ?
「もういいわ。降ろしてちょうだい」
「え? あ、ああ」
俺は老婆(?)を背から降ろすべく、しゃがみ込んだ。
背から老婆が降りた後、俺は首を傾げながら後ろを振り向く。
そして――絶句した。
老婆ではなく、美少女が立っていたからだ。
十八歳前後で銀髪の美しい少女だった。
左右の目が金色と銀色という風に違う。
いわゆるオッドアイだった。
それに足が、地に十数センチほど浮いてもいた。
着ている服も、麻に夜薄汚れた灰色の長衣から、汚れ一つない純白の絹に変わっていた。
「私は “神々の目” を司る女神リアラ」
「…………」
「神眼の女神リアラとも呼ばれているわ」
宙に浮くオッドアイの美少女が、自己紹介するように言いながら俺に微笑んだ。
「私の使徒に欠員が出来たから、良い人を探していたの。薄汚れた醜く、哀れな老婆に変身をしてね。私の使徒は、他人を思いやれる優しさと博愛を持っていることが、第一の条件だから」
このオッドアイ銀髪美少女が、さっきの老婆……なのか?
彼女もまた……女神?
足が宙に浮いているし、それに雰囲気がとても神々(こうごう)しい。
確かに……女神かもしれない。
「この数日、街道を旅する人間のうち醜く汚れた老婆に変身中の私に、食料を渡してくれたのは数人だけだった。また、背負ってまでくれたのは、貴方が初めてだったの」
「…………」
女神リアラと名乗った女性はニコリと微笑み、
「異世界から呼ばれた優しき者よ。女神として貴方に『力』を授けてあげるわ」
「ち、『力』を俺に?」
有難い話だが…………なにか “裏” はないか俺は警戒した。
「ええ、私の『力』の一部をね。ただ、私の使徒になれるかどうかで、授けられる『力』にも大きく差はあるの。まず、私の使徒にはならない場合だけれど――遠くのものを良く見えるようにしたり、戦闘などで相手の動きをしっかり見えるようにしてあげるわ」
「それって、単純に動体視力を含めて目が良くなるってこと?」
「まぁそういうことね。使徒ではないので、ちょっとした『力』しか授けられないから。でも使徒になれるなら、もっとすごい『力』を授けてあげるわ。そう――『神眼』を」
「神眼?」
なんだか凄そうだな。
「神眼があれば、自分だけでなく他者の情報を知ることが出来るわ。また、過去に起きたことや、不確定ながら未来に起きることまでも “視る” 事が可能なの」
「そ、それは凄い」
「ただし、神眼を授けられるのは、私の使徒になってくれる人にだけ。どう、貴方は、私の使徒になってくれるのかしら?」
「いきなり言われてもな。使徒って、具体的にどんな存在なんだ?」
隷属するような立場になることを、俺は警戒した。
「神や女神によって使徒のありようは様々よ。でも、基本的には、人間の運命に自ら干渉しないタイプである私は、使徒に対しても、なにかを強制はしない。自由に生き、それぞれの運命を享受してもらえればいいの。英雄的・勇者的行いをした場合は、私の使徒であることを他の人間達にアピールはして欲しいけれど」
使徒とやらになっても、義務やデメリットは発生しないのか?
だったらなっても…………いや、しかし…………。
「迷っているわね。いいわ、こうしましょう」
女神リアラは指を一本立て
「一か月の間、仮の使徒になるのはどうかしら。その間、『神眼』を貸し与えてあげるわ」
「仮の?」
「ええ、仮の使徒よ。私としても、優しさだけで、正式な使徒にするわけにもいかないし、時間が欲しいわ。貴方の事を見極める為にもね」
試用期間みたいなものか?
悪い話では、なさそうなんだが…………。
俺は少し考えたのち――仮の使徒とやらになってみることに同意した。
神眼という凄そうな『力』に興味もあったしな。
それに、彼女は悪い人(女神)には、思えなかった。
女神リアラから、目を瞑るように言われ、俺は素直に従った。
彼女はその美しい手で、目を瞑っている俺の右目の瞼をそっと撫でた。
「これで、貴方の右目に神眼の『力』が宿ったわ。そうね……まずは自分の情報を知りたいとと強く念じて見なさい」
俺は言われた通りに念じて見る。
目の前に半透明の枠が浮かんできた。
これは…………コンピューターRPGなどによくあるステイタス画面に近いな。
枠の中にに書かれている俺の情報は
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マコト・タナカ
人間
十七歳
筋 力 二十
器用度 十六
敏捷度 十八
知 力 二十
生命力 二十
精神力 十六
魔 力 二十二
職 能 : 無し
スキル : 神眼
習得魔法: 無し
ソウルランク 一
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だった。
能力が数値化されているが、高いのか低いのか、よくわからん。
俺の心を読んだように、女神リアナが教えてくれた。
「筋力や器用度、魔力などは一般の人間で十が標準よ。二十あれば、その能力は人よりかなり優れているわ」
「俺は平均して、二十近くありそうなんだが…………」
おかしい。
俺は自分の能力を平均以下だと思っている。
腕力や知能はまぁ人並みだとしてもだ。
かなり不器用で鈍くさい人間だという自覚はある。
「そうね。貴方の基礎ステイタスはなかなかに優秀よ。千人に一人、と言ったところね」
「俺が、千人に一人の優秀さだって? 俺は元いた世界だと平凡以下の人間だぜ」
「腐れビッチ女神ことアステナは、この世界の一般人より基礎ステイタスがずっと優れている世界の住人を呼びだしているようなの。その世界からどんな人間が呼ばれるかは、不確定のようだけれど」
つまり、平均的な地球人なら、能力値も俺と同等かそれ以上なのか。
そして、地球では平均以下だった俺でもこの世界なら、そこそこ優秀のようだ。
「ステイタスの細かい話は、その部分を知りたいと願えば知ることが出来るから。じゃあ…………そろそろ、私は天界に帰るわ。やらなければいけない事もあるし。貴方の事、天界からなるべく様子を見ておくことにするからね」
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は天に向け、空高く浮かんでいく女神リアナを呼び止めた。
「なぁ、アンタの力で、俺を元の世界に帰してもらえないか?」
「あいにくだけれど、私にはそういった『力』はないの…………ゴメンなさいね」
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