ピアノの巨匠リヒテルは、超人的な記憶力を持っていたそうだ。演奏旅行で世界各地の町を訪れれば、それぞれの地で会う数十人の名前をことごとく覚えてしまう▼複雑な楽譜ですら一度目を通しただけで覚えてしまうような記憶力は天与の才だが、リヒテルはこんなことを言っていたそうだ。「頭の中に人々の姓名がきちんと列をなし、たえず思い出される。私は恐ろしい記憶力に苛(さいな)まれている」▼確かに覚えたくないことまで記憶し、忘れることができぬとしたら、悪夢だろう。「忘れる術(すべ)を知っていれば、むしろ幸せ」との至言もあるくらいだ▼かつて超絶的な記憶力は天才ぐらいしか持ちえぬ能力だったが、私たちはそれが一般化した社会に生きているのかもしれない。過去のちょっとした過ち、誰かの故意か過失で漏れ出た個人データ…。そんな情報がいったん電子の頭脳に記憶され、インターネットで広がれば、消し去ることは難しい▼欧州では、個人データの管理者や大手検索サイト運営会社などに、市民の「忘れられる権利」を尊重するように求める動きが強まっている。無論、例えば政治家らがこの権利を乱用すれば「知る権利」との兼ね合いが問題になったりと、検討すべきことは多い▼しかし、それこそ皆が「恐ろしい記憶力に苛まれる」ことにならぬために、「忘れられる権利」はもっと議論されていい。