Huffpost Japan
井口 裕右 Headshot

山中伸弥教授が語った、iPS細胞実用化に向けた"ある課題"

投稿日: 更新:
Print Article

2014-07-11-huffpost_20140711_001.jpg

楽天の三木谷浩史氏が代表理事を務める新経済連盟は、日本におけるイノベーションの創出を促進することを目的に、独創的・先進的なイノベーションにより経済・社会に貢献した人物を表彰する「新経済連盟 イノベーション大賞」を創設。その第1回受賞者に、京都大学iPS細胞研究所所長で、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授を選出した。7月8日には都内において授賞セレモニーが行われ、山中教授が受賞を記念してスピーチを行っている。

基礎研究フェイズから実用化に向けた研究・臨床のフェイズにシフトしたiPS細胞研究の第一線をリードする山中教授は、イノベーション創出の最前線で何を感じているのか。山中教授の受賞記念スピーチの内容を掲載する。

私たちが研究しているiPS細胞は、2006年にマウスによる研究成果として発表し、2007年には人間でも同じことができるということを発表しました。(その結果)2012年のノーベル賞をはじめとして、たくさんの賞をいただくことができましたが、それらは全て"過去"と言いますか、2006年の「マウスでiPS細胞というものができる」という最初の研究成果=動いている細胞がたった4つの遺伝子を加えるだけでリセットするという発見に対していただくことができたのです。(それに対して)今回のイノベーション大賞は、私にとっては全く違う意味を持っています。

2014-07-11-huffpost_20140711_002.jpg

――研究からマネジメントへ

人間のiPS細胞を開発した2007年以降、私は自分の仕事は違う職業になったと感じています。2007年までは、私は基礎研究をする科学者であり、論文を書くのが仕事でした。論文、論文・・・そればかりが頭にあったのです。しかし、2007年以降は自分が(研究を)するのではなく、色々な優秀な研究者を1ヵ所に集めて、色々な人材に頑張ってもらう(環境を作る)のが自分の仕事であると感じています。



自分の今の仕事は、ジグソーパズルを組み立てているようなもの。大学で生まれた新しい科学技術を医学応用にもっていくためには、色々なピースが必要です。私たちのような基礎研究者は重要なピースのひとつではありますが、基礎研究者というピースだけでは医学応用というジグソーパズルは完成しません。基礎研究を経て、前臨床研究・臨床研究や治験を行い、厚生労働省から許認可を頂き、様々な制度倫理上の課題を解決し、社会に研究活動を理解していただき、企業連携や国際連携を行い、資金を集め・・・様々な能力を持った方々に集まって頂かなければ、せっかく日本の大学で生まれた科学技術が、医療応用という形で完成しません。私の仕事は、そのピースとなる優秀な人材をiPS研究所に集めて、それぞれの分野で活躍していただく(ためのマネジメントをする)ことなのです。

――大学における人材マネジメントの難しさ

その上で、大学には(組織上の)限界があると感じています。大学には、私のような教員というポストと、事務職というポスト以外には、ポストがありません。ですから、iPS研究所に200人以上いる知財の専門家、倫理の専門家、許認可の専門家といった多彩な人材は、そのほとんどが有期雇用という形で不安定な雇用条件しか提供することができません。



そのことを少しでも改善しようと様々な寄付活動を行い、おかげでこの5年間で25億円程度の「iPS細胞基金」を集めることができました。まだ十分ではありませんが、この研究を支えている専門家の方々の雇用環境は、少しずつ改善してきているのではないかと思います。

――国費の制限がグローバルな研究者交流の障壁に

しかし、こうした基金も全て京都大学の資金=国費の一部になっています。すると、当然国費には様々な使い方の制限があるのです。例えば、海外から超一流の研究者を招聘しようとしてもなかなか本人だけでは来て頂けない。「家族で京都へ」と招待するとやっと来てくれるのですが、国費の制限では家族の分の費用は出すことができないというジレンマを抱えているのです。



研究活動は、人間がやっていることです。論文ひとつをとっても、(世界中の研究者が)お互いに審査をします。そうやって世界中の一流の研究者と強いパイプを繋いでいかなければ、いくら研究が優れていても、色々な面で上手くはいきません。それは企業の皆さまもわかっておられると思います。



(このような背景を踏まえると)イノベーション大賞として賞金をいただけることは、私にとって大きな意味を持っています。優秀な人材を集めるための寄付や国の支援だけでなく、国費という制限ではできないことをするためには、今回のような報奨金はとても大きなものなのです。

発表内容によると、山中教授がイノベーション大賞を受賞した理由としては、iPS細胞という科学技術のイノベーションそのものだけでなく、それを実用化させるためのエコシステム構築の推進や、実用化に向けた様々な活動のマネジメントに対する評価も挙げられている。日本の研究環境を変えるために尽力している山中教授のスピーチは、「アイデアだけでは世の中を変えられない」「イノベーションは社会の理解と様々な支援があって初めて世の中に革新をもたらす」ということを示唆している。これは学術分野だけでなく、企業社会においても同じことが言えるのではないだろうか。

スピーチにあるように、山中教授には新経済連盟理事と幹事社による寄付を元にした賞金3,000万円が贈られた。山中教授はこれをiPS細胞実用化に向けた活動資金に充てる予定だという。これがきっかけとなり、先端研究やイノベーションに対する投資や支援が積極的に行われる社会に少しでも近づけば、日本から生まれた革新的な技術が世の中を変える日がやってくるのかもしれない。

2014-07-11-huffpost_20140711_003.jpg
(新経済連盟代表理事の三木谷浩史氏と山中教授)

他のサイトの関連記事

世界初「がん幹細胞」作製 iPS技術応用し神大と京大

新経連「イノベーション大賞」第1回受賞者にiPS細胞の山中教授

ヒトiPS細胞の分化多能性を維持・向上させる新たな因子を発見

医薬品の副作用を予測する新システム、iPS細胞由来の心筋細胞を活用