2014-07-11 ピケティ『21世紀の資本』
■[翻訳][書評][経済]ピケティ『21世紀の資本』:せかすから、頑張って急ぐけれど、君たちちゃんと買って読むんだろうねえ……
Capital in the Twenty-First Century
- 作者: Thomas Piketty,Arthur Goldhammer
- 出版社/メーカー: Belknap Press
- 発売日: 2014/04/15
- メディア: ハードカバー
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もともと今年いっぱいくらいかけてじっくり訳すかと思っていたら、君たちがせかすもんで、二ヶ月でやらなきゃいけなくなったよ(それだけじゃないけど:急がねばならなくなった理由はほかにあるのだ。天安門事件!!祖国統一マンセー!)。それも版元からアナウンスされて外堀埋められちったし。
やれというなら、できます。一昨日手をつけはじめて、17分で1ページあがるのがわかりましたから、かかりっきりになればどのくらいでできるかは、まあ計算しとくれ。が、ぼくたちが頑張って急いだら、本当にみんな買って読んでくれるんだろうねえ。なんかアメリカで話題になっているからみんな知ったかぶりして重要だとか楽しみだとか言ってくれるけれど、そういう聞いた風なツイートをしている97パーセントの人は、たぶん単なる聞きかじりで、本書の何たるかわかってない。本当はこういうこと書かずに、騒いでもらって聞きかじりのにわかな方々にもお買い上げいただくのが営業的には賢いんだろうけれど、ぼくはそういうのが嫌いなのと、あと勝手に失望したとか言われて、さらにいろんなバカが、その失望を翻訳のせいにしたりするのは嫌なので、少し expectation management をさせていただくよ。
本書のあらすじは?
なんかみんなすっごい期待しているようだけれど、本書に書かれていることはとても簡単だ。各国で、富の格差は拡大してます、ということ。そしてそれが今後大きく改善しそうにないということで、なぜかというと経済成長より資本の収益率のほうが高いから、資本を持っている人が経済成長以上に金持ちになっていくから。その対策としてはもっと累進課税をしましょう、ということね。おしまい。
え? たったそれだけ? でも何百ページもある分厚い本だってきいたけど……
はい、その通り。英訳版の本文だけで580ページ、注も入れると700ページ近い。そんな単純な中身なのになんでそんなに分厚いのかというと……本書は上の理屈を、各国の細かい統計を見て長期にわたり細かく精緻に追った本だから。
だからもう、いろいろ細かい統計の話が基本になるんだよ。第一章の最初とか、国民総所得=国民総産出の説明が何ページも続いて、倒れそうになります。富をどう定義し、格差は何で見て、それをどんな統計をもとに、何を考慮してやって、こんなもんだいもあるけれどそこはこう補い、ここんとこはこう推測して、ちがう統計をすりあわせるときにはこんなことして、あーでこーでこうひねって、ここでこう揃えてうーたらかーたら。
ページが進んでも同じことを繰り返しあっちからもこっちからも検証してるけど論点はずっと同じで、共訳者は「ページが進んでいるはずなのにずっと同じページにいるようで、うなされる」とのこと。I feel your pain, girl....
経済成長より資本の収益率が、という部分も、きちんとやろうとすると一筋縄ではいかない。あーたらこーたら、人口成長率との関係は、生産統計とか資本の収益率測定とかにおいて考えるべきはうだうだ。
どれも、非常に重要なポイントではある。これだけの整理を行ったというのは凄い話だし、その努力は刮目すべきもの。本当に立派で重要な本なのはまちがいない。でも、一方で非常に専門的で technical な本でもある。本書を「楽しみ」と言っている多くの人は、たぶんここまで細かい議論に関心ないと思うし、上述のあらすじで用は完全に足りると思うよ。だってさ、あーだこーだ言ってる人って、まともに日本の国民経済計算や世銀の WDR すらちゃんと見たことない人が9割じゃん。あ、2014 の WDR、ちょっと目の付け所がいいと思うよ。その筋の方は見ておいて損なし。WDR だから、得もそんなにないんだけどねー。
World Development Report 2014: Risk and Opportunity: Managing Risk for Development
- 作者: World Bank
- 出版社/メーカー: World Bank
- 発売日: 2013/10/07
- メディア: ペーパーバック
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でも、もっと深い洞察とか指摘とかあるんじゃないんですか? だって21世紀のマルクスとか言われてるし……
ない。悪いけどない。いまから半世紀後に『ピケティ:その可能性の中心』とかいうピントはずれな哲学書ができたりとか、絶対にしない。
なぜかというと、ピケティの言ってることはシンプルで、そういう変な深読みを可能にするようなあいまいさが全然ないから。いや……前言撤回。もちろん、その手の馬鹿な深読みする人は、重箱の隅つつきと曲解が仕事だから「原著 p.458 ページに書かれた『成長』の概念の特殊性ガー」みたいなバカ深読み哲学が生まれないとは言わない。でもないと思うなあ。序文でもマルクスの変な結論ありきの論理性なしの断言や飛躍についてはちょっとくさしているし(それがインチキな深読みを許す部分となっているのだ)、本書はそういうことしてないし。
でもウォール街占拠とか、99%運動とかの理論的根拠になったっつーし、新たな革命の書じゃないんですか?
ちがうと思うなあ。ウォール街占拠とか起きたのは、2011年だよねー。この本のフランス語版が出たのは、2013年。だからそういうこと言う人は、たぶん何かかんちがいしてると思う。本書をもとにした革命が起きないとは言わないけれど、本書はマルクスとはちがってそういうことを主張してはいない。
むろん、両者がまったく関係ないわけではない。99%運動の人たちは、本書で言われているようなことを直感的に理解していた。それはクルーグマンやスティグリッツだってそうだ。でも本書のおかげでそうした運動が起きたわけではない。むしろ追認ですね。
えー、じゃあ全然つまんないんですか?
そんなこともないと思う。経済成長の議論とかで、「イノベーションとか言ってるやつは、みんな現状肯定で格差増大を見ないことにしたい、金持ちの提灯担ぎだよねー」とか言ってる部分とか、鋭い(そしてフランス人っぽいいやみな)部分は結構あるので、是非とも読んでね。いろんな思いこみが解体される部分はある。だから勉強にはなる。まじめに読んで損するような本ではない。が、世界が一変する本ではないと思う。「格差って増大してんのかなー」と漠然と思っていた人が「あ、やっぱ増大してんだー」と納得する本だと思う。
それじゃあ、なんでアメリカであんな話題になってるんですか? ベストセラーでしょ?
知らないよう。それはアメリカ人に聞いておくれ。でもそれはアメリカの特殊事情があると思う。そもそもアメリカは、格差拡大がいいことだ、という人たちがたくさんいるし、格差拡大は起きていないという人たちも山ほどいて、それに対してふざけんな、という人もたくさんいる。だから本書はその双方の琴線に触れる部分がある。そんなことだと思う。これから解説書くときに考えるね。
お前が長い解説書くとページが増えて値段が上がる!
うん。でもぼくが長い解説書くと、その分売上げ増えるんだよね。それを予想して刷り部数増やした分、かえって値段を下げられる部分もある。それを考慮するとぼくの解説の最適長さみたいなのはあって(利潤最大化の観点から)、たぶんその長さって5000-8000字くらいみたいよ。読みたくないかもしれないけどあの解説で君が少し安く本を買えている可能性だってあるんだから、我慢しろや。
でも本当に中身そんな単純なんですか? 池田が解説書書くって言ってますけど? 一冊くらい書けるほど中身あるんじゃないんですか?
言ってるねえ。何書くんだろうねえ。ほんと、上に書いたまとめで十分だと思うんだけど。45度で相関係数が一番高いと思っている人は、本書の統計の話についてこられるんだろうか。
解説書ですまそうというような、ものぐさで知ったかぶりしたいだけの読者層が、統計データの処理に関する細かい議論をまともに読みたいとも、読んで理解できるとも思えないけれど、もちろんそうした読者層をきちんと分析したわけではないのでこれは杞憂かも知れない。が、本当に解説書を書くとすれば、上に書いたようなことを一章かけて引き延ばし、本の残りはピケティの議論にケチをつけて、イノベーションとか構造改革とかの影響を十分に考慮していないとかいうことを言ったりできるかもね。あるいは、突然宗旨替えして、自分は100年前から格差増大を懸念していた、とかいうふりをしてみせて、日本も格差拡大はけしからん、とかいうかもしれないね。
あと、行きがけの駄賃で、まずアベノミクスが格差拡大をもたらすからインフレターゲットはやっぱりだめだ、みたいな話をいきなりこじつけてから、さらには日本語版はいかにろくでもないものになるはずか、その訳者である山形がいかに見下げ果てた野郎か、なんてので一章費やす、なんていう手もあると思う。格調高いフランス語だったのが、英訳に加えて山形の下品な翻訳で台無しになった、とか言って。いずれにしても、ぼくはおもしろいものになるはずがないとは思うけれど、surprise me, please. Entertain us. もちろん、この本の本当に立派なまとめになっている可能性はあるので、期待したいところ。
英語からの重訳とは許しがたい! 重訳は歪曲が入る!
ぼくはこの見解には与しない。下手な直訳よりうまい重訳のほうがずっと歪曲は少ないと思う。むろん、ぼくはここで決して中立的な立場ではないから、この見解は割り引いてくれていい。でも本書は文学作品ではない。テクニカルな統計処理の説明やその解釈が主だ。書き方も明快で、フランス現代思想みたいな得体のしれないファッショナブルナンセンス/知の欺瞞は皆無だ。だから、そんなに心配する必要はない。
まったく差がないとはいわない。でも重訳と仏語直訳との微妙な差がわかるほど本書を読み込める人は、本当に恵まれた少数派だと思う。が、上に述べた通り、本書はそこまで細かいニュアンスやほのめかしを読み取るような本ではない。がっちりした専門的な統計処理のテクニカルな本だ。重訳で失われる部分は、ぼくはきわめて少ないと思う。いまのところ、ピケティ自身、英訳に何か問題があったという話はしていない。ま、翻訳しながら、必要ならフランス語も部分的に目を通すので(かなり錆び付いてるけど。独語訳も手に入れておこう)多少は補正もかかるんじゃないのかな。
おしまい
つーことです。ほんと、細かいデータの処理とまとめ方、データのないところの推定のやり方、将来へのエキストラポレーションのやり方、その他本当に勉強になる本であるのは確か。あと、最初にまとめたことは、言うのは単純だけれど、それをがっちり裏付けをつけて説得力ある形で言うのはとっても面倒。それをきちんとやったというのは、本当に学問というものの力強さであり、そしてその力強さを背景に明快な将来への展望(決して明るいモノではないとはいえ)を提出して見せたというのは、文句なしの力作だ。でも気軽に読んで、気軽につまみぐいして知ったかできるような本ではないよ。むしろ、そういう安易なつまみ食いや印象論を廃したところに本書のえらさがあるんだから。
専門家はもちろん、それをちゃんと正面から受け止めてほしい。そこまでの根性がないディレッタント諸君には、ぼくが訳すついでに、長ったらしい解説つけて、それと本書をめぐる各種論争もまとめて紹介して、現時点での評価についてはまとめてあげますから。
あと、もちろん本書の翻訳をせかした人や、翻訳がはやまって嬉しいとか言ってる人は、もちろんそういう細かい統計処理を勉強し検討し格差データのまとめ方を自分でも勉強しようという意欲がある人、なんですよねえ。ご要望に応えて急いで訳はあげますので、ホント買って読んでね。急いで訳してもぼくは印税増えないんですからね。ぼくたちは急いでもぜーんぜん得しないんだから。
あと、お願いだから読んだ成果を活かしてよね。本書の翻訳により、我が国における格差の研究や議論も飛躍的に発展することを祈ってやみませんわよ、ぼくは。訳者あとがきに社交辞令でこういうことを書くけれど、本書の場合、これはマジに祈ってます。あと、革命の書を期待していてアテがはずれた人たち、勇ましいアジテーションを期待していたのに生真面目で実直な研究書でがっかりした人々は、それをぼくの翻訳のせいにはしないでおくれよね。
では年末に〜〜(年始になるかもしれないけど)。少し時間がかかるので、こんな曲でも聴いといて。