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R18一夜限りなんて許しません! 作者:高崎漓音

04:許さない、だそうです

 意識が一瞬飛んでしまった。これがイクってことなんだ……初めての経験。
 ベッドに沈み込み、身体を弛緩させた私の耳元で、伊月さんが忍び笑いを漏らした。
「誰が不感症だって?」
「ひぅっ…!」
 達したばかりで痙攣している其処に指が入ってきて、私は身体をまたも跳ねさせた。
 解すように中で蠢き始める指。伊月さんはわざとらしく音を立てて内部を擦る。
 聞こえてきた卑猥な水音に、思わず内部をキツく締め上げてしまう。
「凄いよ。もうこんなになってる」
 伊月さんは濡れた指を引き抜き、持ち上げてみせた。
「や……言わないで」
 私は恥ずかしさのあまり目を逸らした。撫で回されて、背中をきつく吸い上げられて、私の秘所からははしたなく蜜が溢れ、シーツに染みを作っていた。

「そろそろいいかな……いくよ?」
 その問いかけに、快楽に押しやられて吹き飛んでいた理性が戻ってきた。
 いよいよ、だ。覚悟しなきゃ。
「……うん」
 私を背後から抱きかかえたまま、ずずっと、伊月さんが私の中に入ってくる。
「んぅっ……」
 私は歯を食いしばった。狭い場所を圧倒的な質量がこじ開けていく感覚に全身が支配される。
「……大丈夫?」
 途中で止まって、伊月さんは私の反応を窺った。身体を硬くしたから心配したみたい。
「ん……うん。大丈夫……」
 意識して身体から力を抜く。異物に身体を貫かれる不快感はあるし、痛みはある。でも、覚悟したほどのものではない。
「……奥まで入った」
「うん……」
 私は間延びした声で答えた。こんなにスムーズに1つになれたことは、いままでになかった。伊月さんが十分に受け入れる準備を整えてくれたからだ。
「あー、やばいな、これ。七瀬さんの中、最高……」
「ん……だったら、嬉しい」
 夢うつつのような声が聞こえて、私は正直な気持ちを口にした。
 なんだか、幸せ……かも。セックスしていてこんな気持ち、感じたことない。胸の奥が暖かい。
 欲望を満たす捌け口としてではなく。労り、愛されているとわかるから?
 1晩だけ、1回限りだとしても。どうせするんだったら、お互い気持ち良いほうがいいに決まってる。

「動くよ?」
「うん」
 耳元で息を吸い込む音がして、伊月さんは動き始めた。荒々しくではなく、ゆっくりと。そしてまた手が回ってきて、私の蕾を弄び始めた。
「や、ああ……」
 再び私の身体に火がついた。中心を刻まれるリズムに身を任せ、喘ぐ。
 まだ達してないのに、伊月さんは何度かして身体を離した。私の中にいたモノが完全に抜き去られる。
 ちょっと待って。反射的に声をあげそうになった自分自身にこそ驚いた。
 やめないで、なんて。自分から続きを求めようとするなんて。
 伊月さんは正面に回りこんできた。不完全燃焼の私は縋るような顔をしていたんだろう。おかしそうに笑った。
「駄目だろ、その顔。反則」
「え……何が?」
「無自覚ってのがまたずるい。可愛すぎて襲いたくなる」
 鳥が餌を啄ばむみたいに、ちゅっと軽いキスをされた。
「現在進行形で、襲ってるじゃないですか」
 私は息を弾ませながら言った。

「心配しなくても、ちゃんとまたイかせてあげるから」
 伊月さんは私をそっと仰向けに倒した。いつの間にかパジャマを脱ぎ捨てている彼の裸体は、芸術品のように美しかった。理想的な筋肉のつき方をしている。お腹、割れてるし。凄い。
 一体この人の職業って何だろう? スポーツジムのインストラクターとか?
 私、本当にこの人のこと何にも知らないんだ。
 深く知り合うよりも先にセックスなんて、順番として間違っている。それを許可したのは私なんだけど。

 伊月さんは私の脚を開いた。今度は正面から熱いものが私の中へ入ってくる。
「ふあ……」
 そのまま、彼は上体を倒して、私を抱きしめた。
「悠里……」
 熱っぽい声で名前を呼ばれた。彼の手が私の手を握り締め、キスを落とされた。繋がったままの、深く甘い口付け。
「……伊月さん」
「名前で呼んで」
「……玲」
 彼は改心の笑みを浮かべた。
「覚えててくれたんだ。嬉しい」
「常連さんですから」
 それが真実。私が彼の名前を覚えていたことに、恋愛感情は無関係。

「なんだ、残念。俺は2年前からずっと好きだったのに」
「えっ?」
 思いがけない言葉に、私は目を剥いた。
 2年前というと、私はまだ大学生。図書館で働き始めるよりも前に一目ぼれされたってこと? 
 その情報は私の興味を掻き立てた。でも考えても彼との接点が思い出せない。伊月玲なんて名前、知り合いにはいない。私の頭の中の『友人知人一覧表』にいくら検索をかけてもヒットしない。
「接点はあったの?」
「あったよ。ちゃんと言葉を交わしてる」
 え、嘘……。
「ごめんなさい、思い出せない」
「じゃあ宿題。考えておいて」
 伊月さんは悪戯っぽく笑って、動き始めた。少しずつ速度を速めていく。
「あっ、やぁっ……教えて、くれないの?」
 彼の背に腕を回して縋りつく。
「教えない。心も身体も、俺のことでいっぱいにしたいから」
「意地悪……」
 恋愛はしないって言ってるのに。1晩だけの関係で終わらせるつもりなのに。
 これでは彼のことが気になって仕方なくなるじゃないか。
「っ…! あっ…、――やぁ…激、し」
 最奥を容赦なく突き上げられているのに、まだ奥へ奥へと求められるように揺さぶられ、私の身体は歓喜に震える。いきなりこんなに激しくするなんて酷い。本当に伊月さんでいっぱいにするつもりなんだ。
「キツ……締めすぎ」
「ふぁっ……、こん、…な……っ!」
 喉の奥から引っ切り無しに洩れる嬌声は、自分のものではないようだ。こんなの私じゃない。セックスを悦ぶなんてありえないはずなのに。理性は律動的な刺激に掻き消されていく。
 痛くて、熱い。でも、その熱が恋しくてたまらない。
「夢にまで見てた。再会してから。悠里と、こうすることを。欲しくて堪らなかった」
 なんだろう。彼は何を言っているんだろう。2年前? 再会?――知らない。ああもう、何もかもがどうでもいい。この快楽に溺れていたい。
 嬉しかった。絶望の淵にいた私に声をかけてくれて。暖かいコーヒーを用意してくれて。あなたにお礼がしたい。もっともっと狂わせて。いまこの瞬間だけは、あなたを想いたい。
「……あ、やっ、も……だめ……!」
 私の悲鳴じみた声に、伊月さんは深く私を求めて。
 そしてほとんど同時に、私たちは果てた。



 避妊具を処理し終えた伊月さんが、私の隣に倒れ込んだ。
 身体がだるくて重い。疲れきっている私は目だけ動かして彼を見つめた。
「……ごく普通の反応だったよ。よっぽど相手が下手だったんだろ」
 伊月さんの手が私の髪を撫でた。整った顔に、引き締まった身体がすぐ傍にある。
「……変じゃなかった、ですか?」
 伊月さんは私を抱き寄せた。とくん、とくん、と彼の鼓動の音が聞こえる。肌越しに伝わる体温が、高揚を落ち着かせた。
「全然。色っぽくて、綺麗だった」
「……そうですか」
 私、マグロでも不感症でもなかったんだ。普通の女なんだ、良かった。
 それなら、彼氏の罵倒は見当違いなものだって怒ることもできる。
 今度もし会うことがあれば抗議してやろうと心に決めた。
「ごめんな。優しくするって言ったのに、途中から我を忘れた。あんまり良すぎて」
「……いえ。それはその……大丈夫です。私も、良かったですし」
「そう」
 彼の唇が円弧を描くのを見て、私は目を伏せた。
 できれば余韻に浸り、この胸に抱かれて眠りたい。
 でも、セックスは終わった。これで何もかも終わり。いつもの私に戻らなくては。
 私は図書館司書、彼は常連さん。それ以上の関係は必要ない。

「どうしたの?」
 身じろぎすると、伊月さんは怪訝そうな顔をした。
「帰らないと……明日も仕事ですし。恋人でもない人の家に泊まることはできません。洗濯機で乾燥をかけてもらった服ももう乾いたでしょう。お世話になりました」
 長年連れ添った夫に離縁を告げる妻よろしく挨拶した私に、伊月さんは大層不満そうな顔をした。
 私を抱く腕を離すどころか、ますます力がこもり、動けない。
「このまま恋人になるのはいや? 俺のことが嫌い?」
「いえ、嫌いとかそういう」「好きか嫌いの二択から選んで」
 私の言葉を遮って、伊月さんは強制した。目が据わっている。
 怖い。こんな美形に睨まれて、面と向かって嫌いなんて言える女はいるのだろうか。

「……そう言われても……もちろん嫌いではないんですが、そもそも私、あなたのことほとんど何も知りませんし」
「ならこれから知ればいい。いきなり恋人っていうのが無理なら、まずは『お試し』ってことで付き合ってよ。前の彼氏とは違う。俺は2年前から悠里を思い続けてた。傷つけるようなことは絶対にしないと誓うから。これ以上馬鹿な男のせいで落ち込む悠里を見たくないし、他の誰にも渡したくない……つーか絶対渡さない」
 ぼそっと伊月さんは付け加えた。
 彼は真剣そのものだ。逃がさねえぞって顔に書いてある。
 拒否したら何をされるかわからない。筋肉質の彼に敵うわけがない。またセックスする羽目になるかも。冷や汗が頬を伝った。

「じゃあ……友達から、なら……なんとか……」
 私は引き攣り笑いを浮かべた。途端にぱっと伊月さんの顔が輝いた。
「やった。これからがんがんアプローチかけるからよろしく悠里」
 イケメンの爽やかな笑顔は、凡人が直視するには眩しすぎる。
 ああ、駄目、この笑顔にほだされたら負けだ。

「今夜は泊まっていって。明日朝、車で家に送るから」
「いいですよ、そんなご迷惑かけられ」「何時に送れば間に合う?」
「……。7時半なら余裕です……」
 またもや言葉を遮られ、私は敗北を認めた。
「わかった。これからは名前で呼んで。あと敬語もなし。了解?」
 彼の長い人差し指がくるくると陽気に円を描いた。
 うわあ、鬼の形相はどこへやら、めっちゃ喜んでるよこの人。満面の笑顔なんですけど!
 可愛い、と早くも自制が崩れかけた。
 だからそういう惚れっぽさが駄目なんだって! ほだされたら負けってさっき思ったばかりでしょう!? と理性が必死で感情にブレーキをかける。学習能力ゼロか私は!

「了解……玲」
 うう、照れる。
 年上の異性の友達を名前で呼んだことない、なんて突っ込みはしないほうがいいよね、やっぱり。
「よくできました」
 伊月さん――もとい、玲は微笑んだ。最後の抵抗のつもりで言ってみる。おずおずと、上目遣いで。
「私、玲とは1晩だけの関係のつもりだったんだけど」
「そんなの許すわけないだろ」
 ばっさり切って捨てられて、沈黙するしかない私を、玲が再度抱きしめてきた。友達からだって言ってるのに、やってることは恋人だよねそれ。
 ……狼に捕まえられたウサギの気分だ。

 人生最悪の日だと思っていたのに、捨てる神ならぬ男あれば拾う男ありってことかな。
 1晩だけのつもりが、どうしてこうなったんだろう――いや、原因はわかっている。
 押しに弱いんだよ、私……。
あとがきは書かない主義ですが、ブックマーク500越えを思わず二度見(笑)したので、この場を借りて感謝を。お気に入り登録・評価・投票、本当にありがとうございます。少しでも楽しんでもらえたら幸いです^^
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