一人ひとりの死は、なぜ起きたのか。ていねいに突き止め、知見を重ねたい。

 政府が死因究明のための推進計画を先月、閣議決定した。

 生きている人への医療にくらべて、死因の究明は大きく遅れていると言われてきた。

 06年に発覚したパロマ工業製湯沸かし器による一酸化炭素中毒事故では85年以降、21人が死亡した。しかし、当時は病死扱いされていた。07年の力士暴行死事件でも、警察は当初解剖せずに病死と判断していた。

 いずれものちに、刑事事件になった。死因の究明をおろそかにしたことが事故や犯罪への対策を阻んできたといえる。

 死因のデータの蓄積は、疫病や事故、労災などを防ぐ方法を考える上でも不可欠なはずだ。

 遺体の解剖を含め、もっと綿密に死因を調べられる態勢をつくることが急務である。

 いまは、犯罪が疑われるときに司法解剖される。そうでなくても死因不明の場合、監察医制度がある5都府県の一部地域では監察医が調べるが、それ以外の地域ではまちまちだ。解剖を引き受ける大学の法医学教室が人手や予算の不足に悩む現実もある。

 都道府県別の解剖率は数%から30%台と開きが大きく、費用をだれが負担するかも地域によって異なる。こうした態勢の違いが、死因の傾向に影響するという報告もされている。

 例えば監察医制度の対象ではない東京の多摩・島嶼(とうしょ)地区では対象の東京23区内とくらべ、異状死に占める熱中症の割合が半分以下だったと、都監察医務院は指摘している。

 外見だけでは死因の特定が難しいことを示唆する。熱中症といった死の背景があぶり出されてこなければ、対策の遅れにつながりかねない。

 政府が推進計画を立て、こうした現状に向き合おうとした姿勢は評価できる。しかし、内容は十分ではない。

 核となるのは、都道府県、警察、大学、医師会による協議の場での地域にあった対策づくりだが、これでは今ある地域差は埋めがたいのではないか。

 死因の究明を専門的にやる機関を全国的に広げることを考えていくべきだ。

 単身高齢者の増加で、みとりがなく亡くなるケースも増え、需要はさらに高まる。

 死因究明の専門家をただちに増やすことは難しい。研修などを通して遺体を扱える地域の医師を増やし、異状死に医師が立ち会う割合を高めるなど、地道な工夫が欠かせない。