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【社説】

刑事司法改革 禍根を残さぬために

 新しい刑事司法の在り方を考える法制審議会の特別部会の議論が大詰めだ。冤罪(えんざい)をなくすという原点を忘れず、禍根を残さぬ着地点を見いだしてほしい。

 大きな焦点は、やはり取り調べの録音・録画(可視化)の行方である。特別部会に対し、法務省が答申のたたき台となる試案の修正案を示した。可視化を義務付ける範囲について、裁判員裁判の対象事件に加え、特捜部など検察の独自捜査事件も入れた。

 裁判員裁判の対象事件は、すべての起訴事件の約3%にとどまる。検察の独自捜査事件は年に百件程度だ。可視化の範囲は、まだ狭いと言わざるを得ない。

◆可視化の目標を高く

 日弁連の委員からは、三人の裁判官で合議する重い罪を対象にする案が出された。人身売買や一部の誘拐事件、公文書偽造事件などが加わってくる。それでも全事件のうち、約5%である。

 3%か、5%かのどちらを選択するか−、そういう思考回路だと、可視化の意義から遠ざかるのではないか。有識者委員である厚生労働次官の村木厚子さんや映画監督の周防正行さんらが強調するのは、原則として、すべての事件を対象とすることだ。

 特別部会で必ず実現せねばならないのは、3%案でも5%案でも、録音・録画を義務付けるよう刑事訴訟法を改正させることだ。そのうえで将来に向けて、全事件の録音・録画をめざすよう答申に明確に書き込むべきである。

 供述の信用性や任意性を明らかにするため可視化は必要だ。端的に言えば捜査機関に適正な取り調べを行わせるためだ。それは犯罪の種類を問わないはずである。

 検察は裁判員裁判事件などの可視化を十月から正式導入する。同時に犯罪の種類にかかわらず、供述が裁判の争点となりそうな事件や、参考人聴取などを試行対象にする通知を出している。

◆リスク高い司法取引

 検察はもう後戻りできない。それに比べ、強い抵抗感を示しているのが警察だ。欧米諸国では可視化はもとより、取り調べでの弁護人の立ち会いも認めている。韓国や台湾でもそうだ。日本の警察がかたくなであれば、「不適正な取り調べ」が横行していると疑われよう。裁判所も可視化されていない供述調書は厳しく見て、証拠の価値も下がるだろう。警察の体質改善を図ってほしい。

 特別部会では、捜査当局側が強く求めていた捜査の“武器”も新たに導入されようとしている。一つは司法取引であり、もう一つは通信傍受の拡大である。両方とも答申に盛り込まれる情勢だ。

 司法取引での有力案が「協議・合意制度」と呼ばれる。他人の犯罪を解明するため、捜査に協力すれば、容疑者を起訴しなかったり、略式起訴にとどめたりする。被告人の場合は検察官が起訴を取り消したり、軽い刑に変更する仕組みだ。経済事件や組織犯罪などで用いるという。

 この司法取引で最も懸念されるのが、自分の利益のために、ウソを言う人が出ることだ。自分の刑を軽くしたい心理が働き、本当は主犯者なのに、共犯者を主犯者に仕立て上げる。事件とは無関係な人まで、共犯の仲間に引き込む危険さえある。

 諸外国では司法取引の前提として、重要証拠を開示する。日本の場合はそれが欠けており、弁護人は提案に応じるかどうか客観的に判断できないのではないか。取引する場面は、取り調べではないから、録音・録画もされない。

 しかも、検察だけでなく、警察も司法取引ができる案だ。公訴の権限がないのに、どうして取引ができるのだろう。不可解な点だ。米国で冤罪事件を調査したら、15%が司法取引によるものだったという。リスクの高い手法には大いに疑問を持つ。

 通信傍受は飛躍的に拡大することになるだろう。放火や傷害、恐喝、詐欺、窃盗…。実に広い刑を対象にしている。

 振り込め詐欺や集団窃盗の捜査に必要だというならば、それに限定した厳しい縛りをかけるべきである。現在、通信事業者の立ち会いが義務付けられているが、この制限も取り外される。そもそも犯罪が発生していない段階での盗聴を許すのか。捜査機関が通信傍受を乱用し、歯止めがなくなる恐れがあり、強く反対する。

◆一括採決には反対だ

 特別部会の議論は三年近くになる。まとめ上げたい気持ちは十分に理解する。だが、冤罪防止のための可視化と、危険性が高い捜査の“武器”など、すべての案をセットにし、一括採決するつもりだ。新時代の刑事司法制度を構築する大事な部会だ。一括採決ではなく、本来、それぞれ個別に判断すべきテーマと考える。

 

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