ヒマラヤの王国ブータンから6月29日、ツェリン・トプゲー首相が来日し、安倍晋三首相との首脳会談で両国の技術・経済協力関係の強化を求めた。ブータンは中国、インドの2大国と国境を接しておりインドとの政治的、経済的な関係が一番強いが、日本との経済関係も意外に深い。日本は第4位の輸出相手国であり、主要産業である観光業でも訪問者数第3位となっている。「輸出」と「観光」、この2つを結びつける秘策としてトプゲー首相が計画しているのが「マツタケ観光」の振興だ。

ブータンはマツタケの産地

 マツタケの主産地である中国産と比べると総量が少ないためあまり知られていないが、ブータン産マツタケは1990年代から日本国内で流通しており、実はブータンの対日輸出のかなりの部分を占めている。森林に富むブータンには多彩なキノコ類が自生し、ブータン人は昔から「森の恵み」として利用してきた。その中でマツタケはブータン人にとって「あまりおいしくないキノコ」とされ、人気がない。日本で高価であることがわかり、輸出が軌道に乗った現在は、現金収入が得られる重要な産業として位置づけられ、産地ではシーズン中はみな山に入るため、村に人がいなくなるほどだという。

 ブータンのマツタケシーズンは雨期の夏で、日本より早い。この時期にブータンを訪れる日本人旅行者は、旅行会社の手配でマツタケパーティーを開いたり土産に持ち帰るのが恒例となっている。日本国内で「マツタケ食べ放題」というメニューがあったらどんな価格設定になるのだろうか。ブータンでは時期や品質にもよるが、1キロあたり1500円程度から手に入る。日本では輸入品は輸送コストなどが上乗せされるため高値になるが、ブータンでのマツタケ食べ放題は「夢の話」ではない。

マツタケを観光の起爆剤に

 2011年の国王来日により日本でブータンブームが起こり、12年には日本人がブータンを訪問した外国人旅行者数のトップとなった。13年は米国や成長著しい中国に抜かれて第3位にとどまったが、それでも重要な相手国である。経済規模で言えば、日本人観光客の落とす外貨はマツタケ輸出より大きい。

 マツタケの主産地である中部のウラでは、日本人観光客の増加も期待して、毎年夏に「マツタケフェスティバル」を開催している。伝統的な仮面舞踊や民謡のほか、森林保護官や村人の案内で森でマツタケを探す「マツタケ採り体験」なども企画されている。ブータンは国土の大半を自然林が覆っているが、マツタケが採れるのは放牧地や入会地などのいわば「里山」が中心だ。つまりマツタケは現地の人の生活と結びついて存在している。マツタケフェスティバルが単なる食の祭典ではなく、農村の生活や文化を体験するエコツーリズムの視点から企画されているところが、GNH(国民総幸福量)政策をかかげるブータンらしい。

 安倍首相との首脳会談でトプゲー首相から、今後の日本人観光客の増加を期待する旨の発言があった。現在ブータンと日本の間に直行便はなく国内の交通機関が発達していないため、首都ティンプーからウラまで車で丸1日かかる。首脳会談の翌日に開かれた日本ブータン友好協会の歓迎会でトプゲー首相は、現在ウラで2日間の日程で開催されているこのマツタケフェスティバルを他の産地にも広げ期間も6週間に延長し、日本人観光客が旅行日程を組みやすくする計画があることを示した。西部の産地であるハやゲネカは、国際空港のあるパロやティンプーから日帰りできる距離なので、通常の観光コースのオプションとしてマツタケ産地の訪問が可能になるだろう。

 トプゲー首相のおすすめマツタケ料理は「バター炒め」。日本人観光客向けのてこ入れに力を入れる首相の「マツタケ観光」プロモーションが注目される。

文と写真 ジュラ・高橋洋(『地球の歩き方 ブータン』執筆・編集、日本ブータン協会理事)