ライバルの決勝進出にホスト国の人々は?

日々是世界杯2014(7月9日)

2014/7/10 17:30配信 宇都宮徹壱/スポーツナビ

ブラジル人はどこに優勝してほしいと思っているのか?

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決勝進出を決め、サポーターと共に勝利の喜びを分かち合うアルゼンチン代表【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 大会29日目。この日は準決勝のアルゼンチン対オランダが17時よりサンパウロで行われる。衝撃的なブラジル大敗の余韻が冷めやらぬ中、早朝の飛行機でベロオリゾンテからサンパウロへ移動。久々に訪れたサンパウロは、すっかりワールドカップ(W杯)の熱が冷めてしまったような印象を受ける。地元のテレビは、この日のアルゼンチンとオランダの展望についてあれこれ事前情報を紹介しているが、果たしてどれだけのブラジル人がこの日のセミファイナルに関心を持っているのだろうか。そして優勝の望みを断たれてしまった今、残る3チームのうち、どこに優勝してほしいと思っているのだろうか。

 ベロオリゾンテでは、英語を話せる人と接する機会が多かったので、移動する直前に何人かに尋ねてみた。まず、若いホテルのフロント。彼は、決勝のカードはドイツ対アルゼンチンになることを望んでいた。
「やっぱり南米での大会だから、南米のチームが決勝の舞台にいないのは寂しいですよね。ただ、アルゼンチンに優勝されるのは、ちょっと嫌かな(笑)」

 一方、空港まで運んでくれた初老のタクシーの運転手は「別に欧州勢同士のファイナルでも構わない」と実にそっけない。「ブラジルがマラカナン(決勝の会場)に行けないんだったら、もうそれほど興味はないね。いっそ、優勝経験のないオランダにトロフィーを持って行ってもらってもいいと思っているよ」

 サッカーファンの心情としては、やはりライバルが自分たちよりも上に進んでしまうことに対し、忸怩(じくじ)たる思いになるのは当然のことである。2002年の日韓大会の時、日本がラウンド16で敗退したことを受けて、「これからは(共催国である)韓国を応援しましょう」と日本のメディアが喧伝(けんでん)したところ、少なからぬサッカーファンの反発があった。
 しかし10年の南アフリカ大会では、アフリカ勢の中で唯一ベスト8まで勝ち進んだガーナに対して、南アフリカの人々は「アフリカの代表」として声援を送っていた。どちらの考え方も、アリなのだと思う。それではブラジルの人々は、宿敵アルゼンチンがファイナルにたどり着くことと、南米の大会の決勝が欧州勢同士の対戦になること、どちらに激しい抵抗感を覚えるのであろうか。

ファイナル進出の行方はPK戦にまでもつれて……

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攻守でとりわけ光っていたのがハビエル・マスチェラーノ(右)だ【写真:ロイター/アフロ】

 アレーナ・デ・サンパウロでのゲームは雨の中で行われた。オランダはこの日も5バックを採用。ただし両サイドバックは、守備の時間帯以外は基本的にかなり高い位置を保っている。負傷のため戦列から離れていたナイジェル・デ・ヨングが、この日は復帰していたのは好材料だ。対するアルゼンチンは、負傷で離脱したアンヘル・ディ・マリアに代わってエンソ・ペレスが中盤の右に入っている。なにぶん昨日の試合の記憶があるので、この日はいつも以上に試合の入り方には注目していたのだが、ほどなくして「これは固い試合になるな」と確信した。両者ともに、相手の攻撃の核となる選手(オランダ=アリエン・ロッベン、アルゼンチン=リオネル・メッシ)に極力仕事をさせない対策をしていたからだ。

 戦術的判断としては間違っていない。ただし守備に重きを置きすぎるあまり、攻撃面でも慎重さが気になった。特に顕著だったのがオランダで、前半のシュート数は1、後半は3、そのうち枠内はわずか1という実に寂しい数字だ。さながら定規で線を引いたように、ピッチ上にいくつも幾何学模様を作っていくのだが、なかなかフィニッシュに結びつかない。シュートがなければ、当然ゴールは遠のくばかり。オランダのゴールは、ラウンド16のメキシコ戦終了間際に、クラース・ヤン・フンテラールがPKを決めたのが最後だ。続くコスタリカ戦はPK戦までもつれたので、この試合を含め240分以上ゴールレスが続いている。

 アルゼンチンもまた、ディ・マリアの不在が攻撃面に影を落としていた。ここ2試合とも1−0で競り勝ってきたが、この日はあらゆる攻撃がオランダの5バックの投網にかかってしまい、メッシのFKも枠を捉えず、ネットを揺らすには至らない。攻撃のテコ入れをはかるべく、後半36分と37分にロドリゴ・パラシオとセルヒオ・アグエロを相次いで投入するが、彼らがこの試合でフィットすることはなかった。

 そんな中、攻守でとりわけ光っていたのがハビエル・マスチェラーノだ。中盤の底から攻撃を組み立てる一方で、守ってはロッベンに決定的な仕事をさせず、後半終了間際のロッベンのシュートをブロックしたシーンなどはまさに圧巻であった。

 試合は延長戦になっても決着が付かず。オランダは、3枚目の交代を延長前半6分に切ったが、コスタリカ戦のようにPK戦を見越したGKの交代ではなく、ロビン・ファン・ペルシを下げ、フンテラールを投入した。ルイス・ファン・ハール監督としては、今回は120分で決着を付ける自信があったのだろうか。

 しかし結果は、2試合続けてのPK戦。今回は先行だったが、1人目のロン・フラールと3人目のウェスレイ・スナイデルのキックは、いずれもGKのセルヒオ・ロメロに止められてしまう。そしてアルゼンチンの4人目、マキシ・ロドリゲスのシュートがゴール左に突き刺さり、勝負は決した。オランダは2大会連続となる決勝進出とはならず。アルゼンチンは90年イタリア大会以来24年ぶりのファイナル進出。

 奇しくも、この時の準決勝(対イタリア戦)もPK戦までもつれ、GKセルヒオ・ゴイコチェアがファインセーブを連発して勝利に貢献している。

「ブラジル人はもちろんオランダを応援していましたよ」

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メトロ駅に向かう間、アルゼンチンのサポーターたちの歌声が途切れることはなかった【宇都宮徹壱】

 ところでこの日は、アルゼンチンのサポーターが陣取るスタンドの近くで試合を見ていたのだが、決勝進出が決まってからの彼らの狂喜乱舞ぶりは尋常ではなかった。大の男たちが半泣きの状態で叫び、飛び回り、誰彼かまわず抱きついている。その弾けっぷりを見ていて、あらためて24年の歳月の重みを強く感じた。

 以前にも書いたが、24年前といえばディエゴ・マラドーナが10番を付けていた時代である。アルゼンチン代表のW杯での栄光は、マラドーナとともにあったと言っても決して過言ではない。そして続く94年大会で、禁止薬物使用の発覚で代表でのキャリアに突然の終止符が打たれて以降は、アルゼンチンは優勝はおろかベスト4進出さえ果たせぬまま、およそ四半世紀が過ぎていったのである。この日の勝利は、アルゼンチン代表がようやくにして、マラドーナ時代と肩を並べた記念すべき日でもあった。スタンドでは試合終了後も、アルゼンチンサポーターの凱歌で包まれていた。

 ところでブラジル人は、アルゼンチンの決勝進出をどう見ているのだろうか。サンパウロ在住のライター、大野美夏さんにメディアセンターでお会いしたので聞いてみた。

「ブラジル人はもちろん、今日の試合はオランダを応援していましたよ。だってアルゼンチンがマラカナンに行って、そのまま優勝でもしたら絶対に嫌じゃないですか(笑)。ヨーロッパ同士の決勝になったって、別にそんなの関係ないし。決勝でもきっと、ドイツを応援すると思いますよ」

 なるほど。ちょっと大人気ないように感じるかもしれないが、しかしそれが宿命のライバルとしての真っ当な反応と言えよう。試合後は、長い長い行列を経て、メトロで帰路につく。狭い車内では、いつものようにアルゼンチンサポーターのチャントがノンストップで歌われていた。やがて耐え切れなくなったのか、ブラジルのサポーターが胸のエンブレムを指さしながら「シンコ(5)! シンコ!」と叫び始めた。要するに、俺らはすでに5回も優勝しているんだ、お前ら当分は追いつけまい、という意味である。とはいえ、決して険悪な雰囲気ではない。アルゼンチン人は相手の負け惜しみをからかい、ブラジル人はこれまでの実績を誇ることで大敗の痛手から立ち直ろうとしている。こうしてまた、両者のライバル関係は今後も続いてくわけである。

<つづく>

宇都宮徹壱(うつのみやてついち)

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)。近著『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。自身のWEBサイト『徹壱の部屋』(http://supporter2.jp/utsunomiya/)でもコラム&写真を掲載中。また、有料メールマガジン「徹マガ」(http://tetsumaga.com/)も配信中

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