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THE NEW GATE 作者:風波しのぎ

第五章『託されるもの、託すもの』

【1】

「ではさっそく準備に移りましょう」

 ティエラが同行を承諾したので各自準備に取り掛かる。といっても店舗をそのまま持っていくのでほとんど準備らしい準備もいらなかったりするのだが。
 ティエラは外出に適した服をみつくろいに部屋へ戻り、ユズハはシンについて行くと子狐モードでシンの頭上に待機している。

「私は依頼の方を完遂してまいります。念のため食料や備品を買っておいて貰えますか?」
「あいよ、こっちは軽く剣でもうってからギルドに行くからそのついでに買っておく」
「ギルドですか?」
「ああ。シュニーは準備が終わったら例の依頼の件でしばらく別行動だろ? だから俺はギルドでファルニッド方面に行く依頼でも受けてランクアップに励もうかと思ってな。いつまでもGランクってわけにもいかんし」

 ギルドに入っていつまでも最低ランクというのは世間体も含めあまりよろしくない。たいした実力がなくともそう長くGランクにとどまるということはないというのは知っていたのでせめてFにしておこうと思ったのだ。
 スカルフェイスの件を除けば、シンの依頼達成率は今だ0なのである。

「わかりました。合流場所はどうしますか?」
「各自の進行状況で決めよう。もうメッセージも飛ばせるしな」
「でしたらパーティーを組みましょう。そうすれば音声チャット機能が使えます」
「え、マジで!?」

 シュニーによるとパーティー編成で同じパーティーとなった相手とのみ、音声チャットが使えるらしい。今では心で話すと書いて【心話】と呼ばれているのだとか。

「すぐに使えるようになるのは旧世代だけですけどね。新世代の人たちは最低でも互いに信頼が置けるくらいにならないと使えないと聞きますが、それもどこまで本当かは分かりません」
「新旧入り混じってるパーティーだとどうなるんだ?」
「旧世代の方のみ繋がるようです。原因はわかっていませんが」

 どういう原理で話せるのかもわかっていないので、話せるようになる条件もわからないそうだ。新世代の場合、ある日突然使えるようになるらしい。もちろん、パーティーを解除すると使えなくなるが、再度パーティーを組めば使える者同士はすぐに心話での通信が可能となる。

「ってことはすぐに使えるのは俺とシュニーだけか」
「ユズハもシンとおはなしできるよ」
「ユズハの場合はシンの調教師(テイマー)の能力とユズハ個人の資質によるものだと思いますのであまり公表しない方がいいと思います。それと私たちのいうパーティーとギルドでのパーティーは別物ですのでそこも覚えておいてください」
「ちがうの?」
「どういうことだ?」

 シンとユズハがそろって疑問符を浮かべる。

「ギルドのパーティーはギルドカードに登録して初めてパーティーとして認められます。ですが私やシンのような旧世代のパーティー編成システムは一般の方には認識できないメニュー表示を介して行われます。つまり、私たちは2重のパーティーを組むことができるのです」

 そもそも、メニュー画面を開けるのは栄華の落日以前から生きている者たちに限られるらしい。新世代の場合、スキルやアーツは明確な説明文が出るわけではなく何となく使い方がわかるのだとか。

「ギルドカードなしだとレベル以外はおおまかにしか自分のステータスとかわからないんだっけか。でも結局ギルドで認められるのはギルドカードで組んだ方のパーティーなんだろ? 旧世代バージョンのパーティー編成にそんなに利点があるのか?」
「たしかに旧世代のやり方はギルドでは正式なパーティーとして認められません。ですがこの世界では長距離通信をできる相手が多いというのはそれだけで重宝されるのです。どの国でも心話の使える人は他よりも優遇されます。旧世代なら冒険者でなくてもです。戦えれば言うことはないですが、そうでなくともパーティーを組ませて各地に派遣すればいち早く情報を知ることができますから」
「なるほど、心話の使えるやつは手元に置いておくだけで価値があるわけか」

 この世界の情報伝達方法は早馬や馬車による手紙の配達などだ。情報の伝わる速度は心話と比べられるものではないだろう。
 シュニーの話では心話の使える新世代は冒険者全体で見ても一握り。旧世代も数を減らしている今、その価値は計り知れないものになっていた。

「くぅ~? それってすごいの?」
「ああ、すごいぞ。なにせ思ったことを離れたところにいる相手にすぐ伝えられるからな。怪我して動けないときに助けを呼んだり、大事な情報をすぐに伝えたりできる」
「くぅ! シンが困ったらユズハがたすける!」
「そのときはよろしくな。ユズハも困った時は俺を呼ぶように」
「わかった!」

 情報伝達が早いことの利点を理解できていなかったユズハも、シンの言葉でなんとなくすごいということを理解した。完全に理解しているとは言えないあたりがまだ子供である。

「今のところ新世代と旧世代ではギルドカードによるパーティー編成を経ていないと心話は使えないようです。なのでギルドに登録していない一般人とは心話は使えません。もし時間があればティエラもギルドに登録しておくといいかもしれませんね」
「そうだな。じゃあギルドに一緒に行ってついでに登録しとくか」
「よろしくお願いします。この50年で基礎的な戦い方は仕込んでありますから素人よりは動けるはずです」
「え、お前が仕込んだの?」
「はい、それがなにか?」

 シンが何を驚いているのかわからないというふうに小さく首をかしげるシュニー。そのあまりにも自然な動作はシンの男心をくすぐるがどうにかそれそうになる意識を保つ。
 以前ヴィルヘルムが言っていた。シュニーに稽古をつけてもらったことがあると、そして一方的にボコられたと。

「大丈夫だったのか?」
「ええと、仰る意味がわからないのですが」

 シンの脳裏に浮かんだのはスパルタ指導をしているシュニーの姿。どことなく厳しそうなイメージがあるのだ。

「シンが何を想像したのかは知りませんが、やったのは基礎訓練だけですよ。私がいれば結界の外に出ても大丈夫でしたので、依頼を受けていないときに教えたんです。レベルこそ低いですが、なりたての冒険者よりは優れた動きができるはずです」

 シンが何を想像したのか読みとったらしいシュニーが少し不機嫌そうに言う。

「いや、その、わるい。ちょっと指導が厳しいみたいなことを聞いたもんだから、つい」

 こういうときは素直に謝る。それが鉄則だ、とは現実世界の母の言である。ついでに謝らないと立場が悪くなるぞ、というのが父の言だ。
 シュニーとのやりとりでなぜかそんなことを思い出してしまった。

「では、簡単な頼みごとを聞いてもらうということで手を打ちましょう」
「ああ……わかった」

 にっこりと笑って言うシュニー。万民を虜にする笑顔が今のシンには少し恐ろしい。
 一体何をさせられるのかと憂鬱な気分になってしまうのだった。



 ◆◆◆◆



 シュニーが買い出しにでてすぐ。シンはユズハを連れて鍛冶場に来ていた。軽く剣を打ってからギルドに行くつもりだ。

「さて、やるか」

 アイテムボックスから何の加工もされていない鉄のインゴットを取り出す。粗悪ではないが良質でもない、普通といっていい代物だ。
 打つのはこれまた一般的なロングソード。もちろん鍛造だ。鋳造もやろうと思えばできるがこればかりは譲れない。もとより儲けなど度外視しているのでやりたいようにしかやったことはないのだが。

「これが剣になるの?」
「ああ。打ってるときは危ないからあまり近寄るなよ」

 ユズハに離れてみるように言ってからロングソード作りを始める。なんだかんだで五年以上続けているせいかこの世界に来てからも問題なく体は動く。
 鉄を熱し、ハンマーで打つ。カンッ、カンッと金属を叩く音が鍛冶場に響き、シンクロするようにユズハの尻尾がピクッ、ピクッっと小さく動く。
 ゲームではインゴットの――よほど隅っこでなければ――どこを打っても同じだったが、現実となった今ではそうはいかない。だが、シンにはどこを打てばいいのかがなんとなくわかった。スキルの恩恵だろう。本当の職人はこういう感覚を持っているのだろうなと思いながらさらにハンマーを打ちすえていく。

「すごーい!」

 見る見るうちに形を変えていくインゴットを見てユズハが歓声を上げる。普通の鍛冶師がいれば呆然としてしまうような速度だ。そんなに早くて大丈夫なのかと思うところで、当然大丈夫ではない。ただ早く打つだけでは粗悪品しか生産できない。
 それを解決するのがシンの持つ【鍛冶】スキルだ。製作者の意図した形状、性能、そういったものを反映しつつ製作速度を上げるというもので、現実世界では再現不可能な反則技能である。
 もちろん鍛冶スキルだけではどんな武器でも作成できるというわけではない。魔術を付与するなら魔術スキルが必要だし、素材によっては【調合】や【錬金】スキルも必要になってくる。
 生産職につく者は何かを究めようとすると必然的に他の生産業も身につけなければならないというジレンマと戦うことになるのだ。

「まずは一本」

 ちょっとした訓練のつもりで出来上がった剣を見る。刀身しかないがそれは何の変哲もないインゴットから作ったとは言えない出来栄えだった。
 鍛冶場の入り口から入ってくる光を反射して輝く刀身、その刀身を覆う仄かな白い光、刃の鋭さは言うまでもない。素人が扱ってもそれなりの戦果が上げられそうな品である。

「……少し、気合入れすぎたな」

 試験的な意味で打ったのだが、明らかに店頭に置くには問題のある品が打ちあがってしまった。これを普通のロングソードですとはとてもじゃないが言えない。魔術付与がなされている時点で希少(レア)特殊(ユニーク)級だ。
 世間的には魔術付与された剣は付与された魔術によって魔剣、聖剣と呼ばれることもある。基本的に伝説(レジェンド)級以上の武器を持っている者がほとんどいないので武器の等級としては希少(レア)特殊(ユニーク)級を指すことがほとんどだ。ただ単に伝説(レジェンド)級以上の武器がなんの付与もなくとも魔剣以上の性能を持っているからという理由もあるが。

「しっぱい?」
「いや、失敗じゃないが売り物にはできないってとこだな。王国の武器屋も魔術付与された剣なんてそう何本もおいてなかったし」

 ないわけではないが、希少なのだ。しかも、シンが打っているのでそこらの魔剣とは性能が違う。手を抜いたとはいえ武器屋で買える平均的な性能の魔剣がロングソードを2本まとめて切れるとしたら、シンの打った魔剣は四本はいける。本気を出せば低級の魔剣だって切れるだろう。伝説(レジェンド)級とも打ち合える剣が打てるほどの腕を持っているのは伊達ではない。
 とはいえ、今回はそれが仇になった。この世界の鍛冶とゲーム時代の鍛冶の違いが武器に現れた形だ。

「なんとなく勘は掴んだ。次か、その次くらいでいけるはず」

 無意識に行っていたであろう鍛冶スキルによる性能アップをしないように意識しつつ、次々にロングソードを打ちあげていく。宣言通り2本目で多少性能が良い程度になり、三本目で普通の性能になった。既製品と同じというのも癪だったので2本目と同じくらいの性能で打ち続ける。
 一時間ほど打ち続け、ある程度数がたまったので終わることにした。ユズハはシンがロングソードを打っている間特に騒いだり、動きまわったりせずにずっとシンと出来上がっていくロングソードを見ていた。時間を忘れるほど面白かったらしい。子供特有の集中力というやつかもしれない。

「そろそろ準備ができたかね」

 鍛冶場から出つつリビングへ向かう。ティエラの気配が部屋から出てくるのを察して鍛冶を切り上げたのだ。

「あ、シン。ごめんね、こんなに待たせちゃって」
「別にいいって。こっちはこっちで剣打ってたし」
「自分でもこんなに時間がかかるとは思わなくって。久しぶりすぎて何を着ていけばいいかわからなかったのよ」

 ティエラの言い分もわからなくはない。なにせ人の多い場所に行くのは100年ぶりくらいになるのだ。着る物一つとっても迷うのは仕方がないだろう。
 冒険者ギルドに登録するというのは伝えてあったので動きやすい服装にしたのだろう。ティエラが着ているのは以前エルスが着ていた狩人のような服に近い。とくにスパッツ(のようなもの)とロングブーツという組み合わせは同じだ。定番なのかもしれない。
 上着は丈の長い薄緑色のジャケットに黒いインナーだ。体にフィットするデザインなのでティエラのボディラインがはっきりとわかる。
 武装はしていないように見えるが、カード化して隠してあるらしい。エルフに多い、短剣と弓に魔術を合わせた戦闘スタイルをとっているようだ。

「さて、じゃあ行くか」
「ええ、思ったより時間がかかってしまったものね」
「くぅ」

 子狐モードに戻ったユズハを頭にのせ、店の外に出る。天気は晴天。暖かい日差しが2人と一匹に降り注いだ。

「は~、やっぱり外はいいわね」
「ああ、いい天気だし――なっ!?」

 何気なく返事をしてティエラの方へ顔を向けたシンの視界に衝撃的なものが映った。
 双球である。
 いまだかつて見たこともないほどの見事な双球だった。

(すごいな……)

 単純に言ってしまえば、ティエラが日差しを浴びながら伸びをしただけだ。だが、腕を上げ大きく背をそらせば自然と胸を張ることになる。普通にしていてもその大きさがわかるだけにそれが強調された今の姿勢はシンの視線を釘付けにするほどの威力があった。

「ふぅ、さ、行きましょうか」
「そうだな」

 胸をガン見していたことを悟られぬよう努めて平静を装うシン。「俺は何も見ていない、見ていないとも」と全身で語っている。
 何事もなかったように歩きだすシン。そんなシンの隣を歩きながらティエラがぼそっと呟いた。

「それで、私の胸の感想は?」
「いやマジ眼ぷ――――はっ!?」

 男のチラ見は女にとってガン見と同じだという。本当かどうかは男であるシンにはわからないが、少なくともティエラにはバレバレだったようだ。

「買い物代はシン持ちね。あと、さっきはさすがに見すぎ」
「悪かったよ。はぁ、高くついたな……」
「乙女の胸を無遠慮に凝視したんだから、当然よ」

 してやったりというティエラの笑顔に苦笑いを浮かべるシン。狙ってやったのかはたまた天然か、真相はティエラだけが知っている。

「くぅ?」

 そんな2人のやりとりをユズハが首をかしげながら眺めていた。



 ◆◆◆◆



 月の祠を出てしばらくして王国の入り口にたどりつく。空いている時間帯なのか人通りはそれほど多くない。
 門をくぐって中に入るとティエラがきょろきょろしながら周囲を見回していた。

「うわぁ、すごい人の数。いつもこんなにいるの?」
「いや、今はすいてる方だな。朝とか夕方になるとこの倍くらいはいるぞ」
「これですいてるの? 混んでる時が想像できないわ」

 ティエラは初めて遊園地に来た子供のように目を輝かせていた。

「店に来た人が言ってたことって本当だったのね」

 商品を買いに来る冒険者からいろいろと話を聞いていたらしい。店から出られない身では想像するしかなかったが、実際に見て触れることができるようになったことで彼、彼女らの言っていたことが嘘でなかったと実感できたようだ。

「あんまりはしゃいで迷子になるなよ?」
「そ、そんなにはしゃいでは……ない、わよ」

 自覚があるのだろう。口では否定しているが出てくる言葉は少々弱々しい。

「先に登録と買い物だけすまそう。残った時間で何をするか決めればいい」
「そ、それもそうね。じゃあさっそくギルドに行きましょ」

 観光という言葉に惹かれたのかシンの手を掴んでずんずん歩いて行くティエラ。
 人混みは怖いと言っていたのはなんだったのかという勢いで大通りを突き進んでいく。

「ちょっ! 急ぐのはいいけどギルドがどこにあるか知ってるのか?」
「あっ」

 知らなかったようだ。ぴたりと足を止め周りに視線を飛ばしている。

「こっちな」
「……うん」

 さすがに指摘されたのが2度目とあってはティエラもおとなしくなった。
 案内するシンに手を引かれるまま通りを歩く。
 慣れている者からすれば空いているといえるが慣れていない者にとっては今の状況でも十分混んでいるといえる。少なくともティエラからすれば少しの間目を離しただけでシンを見失ってしまうくらいには人通りが多い。
 歩く人にぶつからないように注意しながら通りを歩く。ちょうど人通りの多い通りに差し掛かった時、ふと前から歩いてきた男女を見てティエラは自分がどういう状況なのかに気付いた。

(手、つないだままだ……)

 100年ぶりの外の世界ということで舞い上がっていた。そのせいか今の今まで自分が異性と手をつないで歩いていることに気付かなかったのだ。
 体格差もあってティエラの手はシンの手と手をつないでいるというよりは包まれているような状態だった。
 自分のものとは違う少しごつごつした大きな手。それに包まれた自分の手を見ているとなんだか顔がほてってくるような気がした。

(男の人、なのよね)

 店番をしている以上男性と話をしたことがないわけではない。だが、触れられたのはいつ以来だろうか。自分でもよくわからない感情を持て余しながら、ティエラは歩みを進める。

「ほら、あれが冒険者ギルドだ」
「大きいとは聞いてたけど、ほんとに大きいわね」

 通りを歩いて人混みを抜けると一際大きな建物が見えてくる。目的地の冒険者ギルドだ。
 歩いている人も必然的に冒険者が多くなる。そんな中、やけに自分たちに向けられる視線が多いとシンは訝しんでいた。

「なんか、俺たち見られてないか?」
「うん、たしかに」

 なぜすれ違う冒険者――ほぼすべて男――に敵意混じりの視線を向けられているのかわからないシン。何かおかしなところがあったかと自分の状態を確認して、気づく。

「あ、手つなぎっぱなし」

 人通りの多い通りを歩くというのもあってティエラに掴まれた時のままにしていたのだが、事情を知らない第三者にとってそんなことはわからない。ただでさえ、ティエラは美人なのだ。そんな相手と手をつないで歩く男というのは当然やっかみの視線にさらされるものである。

「わるい、人通りの多い通りだとはぐれるんじゃないかと思ってな」

 慌ててティエラとつないだままだった手をなはす。

「あ……」

 手が放された時、ティエラの口から微かに残念そうな声が聞こえた気がしたが、それは自意識過剰だろと聞こえなかったことにした。

「さて、じゃあとっとと登録するとしよう」
「そ、そうね。そうしましょう」

 若干慌て気味のティエラを伴ってギルドに入る。朝と昼の中間の時間帯だからかギルド内もそれほど人は多くない。受付にはセリカとエルスの姿が見える。
 シンとティエラが受付に近付くとそれに気付いた2人がそれぞれ違った反応を見せた。
 セリカは少しむっとした表情に、エルスは一瞬とても驚いた表情になりすぐに喜びの表情に変わった。

「ティエラ!」

 名前を呼ぶと同時にエルスはカウンターを飛び越えて一直線にティエラに駆け寄り、そのまま抱きしめた。

「わっ、エ、エルス!?」

 突然の抱擁に驚いていたティエラだが、相手がエルスだとわかると安心したように身体から力を抜いた。

「ちょっとエルス、苦しいよ」
「ああ、すまない。言伝は読んだけど本人を前にしたら我慢できなかったんだ」

 目尻に涙を浮かべながらエルスは優しくティエラを抱き直す。突然の事態に周りにいた冒険者も目を丸くしていた。エルスがここまで感情をあらわにすることは滅多にないのだ。

「本当はすぐに会いに行きたかったんだけど、ギルドは今少したてこんでてね。抜けられなかったんだ」
「母親じゃないんだから、心配しすぎよ」
「何を言う。エイレーンの娘なら私の娘も同然だよ」

 本当の母と娘のように抱擁を交わすティエラとエルス。
 そんな2人をよそに、セリカがシンに話しかけた。

「シン様。あちらの方はどういったお知合いなんですか?」
「ちょっと縁があって一緒に旅をすることになったんです。ついでに冒険者登録もしておこうってことになりまして」
「恋人のように手をつないでいたと聞きましたが?」
「馬鹿な! 何故それを!?」

 情報伝達の速度に驚くシン。まさか、心話が使えるやつに見張られていたのか! と警戒してしまうが実は何のことはない。偶然シンの顔と名前を知っていた冒険者が2人を見かけ、依頼を受ける際に愚痴っていたのをセリカが聞いただけである。

「美人ですからね。男性なら仕方ありませんよね」
「あの、なんか言葉に刺ありません?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」

 いやあるだろ、と言いたいシンだった。
 そんなやりとりを続けていると、さすがに自分たちが注目されていることに気付いたティエラとエルスが2人のところにやってきた。

「なんで他人みたいに距離を取ってるんだ」
「あら、感動の再会に水を指すわけにはいかないでしょう? それに飛び出していったのはエルスですよ」
「う゛」
「まあまあ、2人とも。とりあえずティエラの登録をしてほしいんだが」
「あ、申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしました」
「私も本人に会いに行きたかったからつい」

 よほど嬉しかったのだろう。エルスの目はまだ少し赤い。どうやらティエラの母親とも知り合いだったようだ。

「えっと、どうすればいいのかしら」
「登録なら私が受けもとう。もともと新規登録は持ちまわりだしね」

 そう言うとエルスはティエラを連れて2階に上がっていった。シンのときのように書類の記入と説明をするのだろう。

「さて、俺は依頼を見に行きますか」
「あ、シン様。申し訳ありませんが少々お時間を頂けますか?」
「俺ですか? かまいませんけど」

 ファルニッド方面の依頼を見に行こうとしたシンにセリカが声をかける。どうやらシン個人に話があるようだ。
 受付に戻るとギルドカードを出すよう言われたのでシンはアイテムボックスからギルドカードを取り出してセリカに渡す。セリカは渡されたギルドカードを複雑な印の刻まれた盆のような物の上に置いた。

「一体何を」

 シンが何をしているのか疑問に思っていると透明だったギルドカードが黄色に染まった。

「はい、これでランクアップは終了です。今日からシン様はEランクです」
「はい?」

 唐突なランクアップに気の抜けた返事を返してしまうシン。なにせシンは現在依頼達成率0%の男。ギルドの評価でいえばランクアップどころか同じGランクの新人にすら負けているのだ。予想外にもほどがある。
 たしかにセリカにしてもらった説明の中にランクによるカードの色分けの話はあったが、まずはFランクである緑を目指していたのだ。まさかFを飛び越えてEになるとは思っていない。
 ちなみにカードの色分けとしてはSSが金、Sが銀、Aが黒、Bが白、Cが赤、Dが青、Eが黄でFが緑、最下級のGは半透明だ。

「えっと、俺まだ達成した依頼ないんですけど、なんでランクアップなんですか?」
「たしかにシン様は正式な依頼達成率は0%です。ですが上位個体のスカルフェイスおよび大量発生したスカルフェイスの討伐という実績があります。我々ギルドの調査でシン様の報告が事実だと判明しましたのでその報酬の一部としてシン様の昇格が決まったんです。Eランクではありますがあと一回依頼を達成すればDランクに上がれる状態ですのでほとんどDランクのようなものですが」
「なるほど、でもなんでそんな中途半端な状態に?」
「あまり大幅なランクアップは他の冒険者の方の目にはよくうつりません。私個人としてはAランクでもいいと思うのですがそういった軋轢も考えて今回のようなランクアップになったんです。もちろん報奨金も出ております。以前お借りした宝玉も一緒にお返ししますので少々お待ち下さい」

 シンにギルドカードを渡すとセリカは一旦受付の奥にある部屋に入り五分とたたないうちに戻ってきた。その手には鈍く光る宝玉と硬貨の詰まっているであろう袋が握られている。

「こちらがお借りしていた宝玉で、こっちの袋に入っているのが報奨金のJ金貨250枚です」

 使い勝手も考えて金貨で持ってきてくれたようだ。白金貨など日常生活で使うことはない。冒険者から見てもかなりの大金を前にシンはふと思ったことを口にした。

「ちょっと聞きたいんですが、報奨金の代わりにギルドカードを急いで作ってもらうことってできます?」
「ギルドカードを、ですか? そうですね。急げば今日のお昼にはできると思いますが」
「じゃあそれでお願いします。ちょっと遠出することになったんですが、なるべく早く出発したいと思いまして」
「わかりました。では報奨金は金貨200枚。加えてギルドカードの早期発効ということでよろしいですか?」
「かまいませんけど、報奨金、そんなにもらっていいんですか?」

 金貨50枚が引かれただけでも十分減額されているのだが、ギルドカードがギルド独自の特殊技術だと聞いていたシンは少ないのではないかと感じてしまった。このあたりは珠玉草で手に入れた資金があるが故の余裕である。なにせ白金貨一枚で十年以上遊んで暮らせるのだ。

「技術者の方には少し頑張ってもらうことになりますが、その分の追加料金は引かせていただいた金額で補充できます。というより、報奨金をすべて返されてはこちらに利益がありすぎますよ」
「ちなみにスカルフェイスって討伐報酬どのくらいなんですか?」
「ポーン級なら一体で銀貨5枚。ジャック級なら一体で金貨5枚ですね。ジャック級は鎧や剣を売ればそれなりの額になりますから実際はもっと多く稼ぐことができます」

 危険度は桁違いですけどと加えて苦笑するセリカ。実際、職員が注意しているにもかかわらずポーン級を倒せたことで調子にのった冒険者がジャック級に手を出して返り討ちにあうことが年に一、2件あるらしい。
 セリカの口にした金額から考えるとシンの報酬は本来金貨500枚近くになるが正式な依頼が出ていたわけではないのでランクアップと合わせて今回の金額になったようだ。そもそもぽっとでの新人が一人でだせる戦果ではないので、ギルドマスターであるバルクスやスキル継承者のエルスと面識がなければこうも簡単に報酬は出なかったのは間違いない。

「スカルフェイスってそんなに頻繁に出現するものなんですか?」
「私たちの国は近くに亡霊平原という出現スポットがありますが、普通はそう何件もあるものではないはずです。ポーン級ならともかくジャック級以上の個体が何体も出現した、というのは私もはじめて聞きました。歴史上そういったことがなかったわけではありませんが」
「そうなんですか。ところでギルドってモンスター以外の情報も扱ってたりします?」
「モンスター以外の情報ですか? どのようなものかにもよりますね。モンスターや遺跡の情報でしたら多く入ってきますが、それ以外となると情報を専門に扱う人たちに聞いたほうがいいかと」
「なるほど。ちなみに聖地に関する情報ってどういう扱いか聞いても?」

 モンスターや遺跡の情報に詳しいのなら聖地の情報もあるだろうと聞いてみる。

「聖地に関する情報はあまりありません。ギルドでも調査してはいますが何分尋常ではないほどの危険地帯ですので、おいそれと依頼を出すわけにはいきませんし。情報に関しても最低Bランク以上の方でないと開示できない決まりになっています。申し訳ありませんが今のシン様のランクではお教えすることは……」
「あ、いえなんとなく気になっただけですからそんなに気にしないでください。もっとランクを上げてから聞きに来ますから」

 さすがに聖地の情報ともなると簡単には教えてもらえないようだ。これについてはあらためてシュニーに確認しておこうとシンは思った。

「そういえば遠出をされるんですよね。目的地に向かうような依頼をお探しなんですか?」
「はい、せめて一件くらいは依頼を達成しておこうと思いまして。ファルニッド方面に行くような依頼ってありますか?」

 掲示板を見に行ってもいいのだが、折角セリカが聞いてきたのだからと良い依頼がないか聞いてみることにした。
 セリカはカウンターの下から分厚いファイルを取り出すとその中から一枚の依頼書を取り外した。

「それでしたらこちらの依頼はいかがでしょうか。ファルニッドまで向かう依頼は今のところありませんので途中のベイルーンまでの依頼となりますが」
「ティエラも一緒なんですけど大丈夫ですか?」
「はい、お2人でパーティーを組んでいただければシン様に合わせたランクで受けられますので問題ありません。内容はこちらになります」

 差し出された紙に目を通す。

 ――――
 依頼内容:ベイルーンまでの積荷の護衛
 依頼人 :ナック
 募集人数:最大五名
 ランク :E以上(個人、パーティーどちらでも可)
 報酬  :一人銀貨十枚
 備考  :食事付き
 ――――

「出発は今日の午後三の鐘がなったらです。現在2人の方が受けていますのでまだ間に合います。これ以外となると数日間が空いてしまいますが」
「一応ティエラに確認してからにします。戻ってくるまでキープしてていいですか?」
「はい、もうすぐ戻ってくると思いますし、そのくらいであれば大丈夫です」

 時間帯のせいか受付に来る者がいないので、依頼をキープしつつセリカと雑談をする。話し始めて十分もしないうちにティエラとエルスが戻ってきたのでシンは依頼の内容を説明した。

「私はかまわないわ。じゃあ早めに用事を済ませちゃいましょ」

 シュニーの訓練を受けていただけあってティエラも問題ないとのことだった。なのでさっそくギルドを出て買い出しをすることにした。
 買い物客でにぎわう通りを歩きながら食材を買い込んでいく。ここで干し肉や日持ちするパンではなく、普通の食材を買うあたりがアイテムボックス持ちの強みだ。基本的にアイテムボックスに入れておけば食材が劣化することはないので鮮度重視でいろいろと買い込んでいく。果物や生野菜を買い込んでいく2人を見てこれから長旅に出るなどと想像する者はいないだろう。
 荷物は人目のないところでシンのアイテムボックスへ放り込んだ。さすがに天下の往来で堂々とアイテムボックスを使うようなへまはしない。
 長旅になるのでフード付きの外套や虫よけなど旅に必要なものも買っておく。
 荷物に制限がないせいか買い物は三十分程度で終わってしまった。昼にはまだまだ時間がある。

「アイテムボックスが便利すぎるわね。まだカードができるまで時間があるけど、このあとはどうする?」

 ティエラもここまで早く終わるとは思っていなかったのか、少し拍子抜けしている。

「ちょっと行きたいところがあるんだけどいいか?」
「いいけど、どこに行くの?」
「孤児院に顔だしときたくてな」

 シンとしてもあの後の進捗状況が気になっていたのだ。条件はクリアしたがもし豚司教(シン命名)が何か妨害でもしかけていた場合は叩き潰す気満々だった。

「孤児院? ああ、あのお菓子買っていく人のところ」
「一応、一声かけてから行こうと思ってたんだ」
「わかったわ。教会って建物にも興味あったし、さっそく行きましょ」

 シンの案内で教会へと向かう。ミリーと会うのが楽しみなのか頭上のユズハの機嫌を表すように尻尾が元気よく動いていた。
 歩くこと数十分。教会は開いておらず、ラシアとトリアが周囲の掃除をしていた。シンとティエラが教会の敷地内に入ると2人に気付いたラシアが駆け寄ってくる。

「シンさんじゃないですか! 今日はどうしたんですか」
「ちょっと様子を見に来た。例の件はどうなった?」
「それでしたら孤児院の方へいらしてください。えと、そちらの方は?」
「あ、私はティエラと言います。よろしくお願いします」
「申し遅れました。私はこの教会でシスターをしております、ラシアと申します」

 緊張気味に自己紹介するティエラに穏やかな表情で対応するラシア。教会だからなのか、何か進展があったのか数日前からは想像もできない落ち着きを見せている。
 月の祠の従業員だというと驚いていたが、それなら問題ないとシンとともに孤児院に案内された。
 2人が抜けると教会の業務が滞るのではないかと思ったシンだが、今日は教会はお休みらしい。なので孤児院で話を聞くことにした。
 応接室に着くとなぜかミリーがソファーに座っていた。

「シンにぃ!」

 ラシアたちの後に入ってきたのがシンだとわかると勢いよく飛びついてきた。笑顔で抱きついてくる様子を見るに引き継ぎの方はうまくいったとシンは予想する。

「よう、なんだかご機嫌だな」
「こじいんなくならないって! シンにぃのおかげ、ありがとう!」

 よほど機嫌がいいのか、以前見たときより感情が表情に出ている。それだけミリーにとって孤児院がなくなるかもしれないというのは大事件だったのだろう。
 ミリーが落ち着くのを待ってソファーに座り、ティエラの自己紹介をしてからその後の顛末を聞くことにした。

「シンさんのおかげで無事に私が次の司祭としてこの教会を受け持つことが決まりました。正式な発表はまだですがよほどのことがないかぎり大丈夫だと思います」

 少し前まで貴族などが住む上級区の司祭が来ていて、ラシアのスキル獲得が本当かどうか確かめていたらしい。
 どうやってスキルを獲得したのか問われたが修行の成果だと答えたそうだ。実際に修練を行うことでスキルを覚えることがあるらしいので特に疑いをもたれることはなかったようだ。

「子供たちも喜んでいました。本当に何とお礼を言っていいか」
「報酬はもらっていますから気にしないでください。あ、これお土産です」

 あまり気にされても困るので話題をそらすために買っておいたお土産をトリアに渡す。中身は飴だ。行商人がたまたま仕入れたというもので品質も問題なかったので購入した。とはいえ他の嗜好品と比べてもなかなかの値段だったのでそれを大量に購入したシンには驚いていたが。

「こんなにたくさん、よろしいんですか?」
「そのために買ってきたんでむしろ貰ってくれないと困ります。ほら、ミリーも一つどうよ」

 遠慮しようとするトリアを制してユズハを胸に抱いて座っていたミリーの前に飴の入った袋の一つを広げる。ミリーはその中から橙色の飴を取り出すとためらうことなく口に入れた。

「あまーい!」
「よかったわね」

 笑顔のミリーに周りも自然と笑顔になる。
 なごんでいると応接室の扉が開く音が聞こえた。

「せんせー、おにいちゃんきたってほんとー?」

 扉から顔を出したのは以前シンが来たときにユズハを揉みくちゃにしていた女の子だった。

「駄目ですよメルカ。今お話し中なのですから」
「えー、おにいちゃんあそぼーよー」
「わるいな。今ちょっと大事な話をしてるんだ。また今度な」
「むー、じゃあおねぇちゃん、あそぼー?」
「え、私?」

 トリアに注意されたがメルカと呼ばれた少女はシンに断られるとすかさずティエラに矛先を変えた。シンと一緒にいたからか、はたまた女のもつ勘か。少女はティエラが警戒しなくてもよい人物と判断したようだ。ティエラが扉に近い方へ座っていたのもあってかすでにティエラの服の裾を掴んでいる。

「えと、私は今日はじめてきたからよくわからないんだけど……」
「あそぼ?」
「うっ……」

 メルカに見つめられるティエラを見て「あれは断れないな」と苦笑してしまうシン。舌足らずな声にすがるような上目使いというコンボを幼い少女にされて断るのは非常に精神力がいる。人によってはあざといと感じるかもしれないが、子供と触れ合うことの少ないティエラに耐えられるはずもない。

「ミリーも遊ぶ」
「シ、シン……」
「すまん、無理」
「う、うらぎりもの~」

 シンに助けを求めたティエラだが結局ミリーとメルカに連れて行かれた。さすがに見兼ねたのかトリアもついて行ったが。

「あの、よろしかったんですか?」
「まあ、たぶん」

 止めなくて良かったのかとラシア。子供相手に遊ぶのもいい経験だろうと思ったシンである。ティエラにとって良いか悪いは別だが。

「ところで、ヴィルヘルムは?」
「例の司祭様の調査に出ています。このまま引き下がるはずがないと言っていました」
「さすが、よくわかってる」

 ラシアいわく、ラグナルや他の冒険者と協力して情報収集をしているらしい。この手の輩が素直に手を引くなどありえないと考えたのはシンだけではなかったようだ。

「シンさんもヴィルと同じ考えを?」
「もちろん。相手が何を考えてこの教会をとりに来たのかはわからないけど、話を聞く限りそんなに簡単にあきらめるやつとは思えなくてな」
「何もなければいいんですけど」
「それが一番楽だけどな。ああ、そうだ。念のためトリアさんとミリーにこれを渡しといてくれ」

 相槌を打ちながらシンはアイテムボックスから小さな首飾りを取り出してラシアに渡す。片方はラシアに渡した物と同じもので、もう片方は薄緑色の紐の先にクッキー作りで使うような菱形の木枠が結ばれている簡単な作りの首飾りだ。よく言えば手作り感のある、悪くいえば安っぽい見た目といえる。

「これを、ですか?」
「いろいろと魔術スキルを付与してある。念のためだな」

 ラシアの質問に頷いてどのような付与がされているか説明していく。金属製のネックレスの方はすでに教えてあるので割愛、首飾りの方の説明がメインだ。見た目こそ素朴だが紐も木もラシアがその素材の名前を聞いたらしばらく思考停止してしまうような代物だったりする。もちろん孤児院の子供が金属製のネックレスなどしていたら目立つというのもその素材になった理由の一つだ。

「なんというか。すごいとしか言えませんね」
「ミリーの場合、能力が能力だしな。前に渡したやつはどうしてる?」
「私がつけています。借りたままというのもどうかと思ったのですがヴィルにつけておくように言われまして。明日にでも返しに行こうかと思っていたのですが」
「いや、つけたままでいい。まだ確定してない以上ラシアが標的になる可能性も十分あるし、あれをつけていれば危険も少ないはずだ」

 今回の件でいえばラシアの方が狙われる可能性は高い。ミリー用のアクセサリーほどではないがラシアが身につけているネックレスも性能面ではかなりものもだ。選定者相手でも一定時間持ちこたえられると言えばその性能の高さがわかるだろう。

「何から何までありがとうございます」
「そんなに畏まらなくてもいい」

 半分は自己満足だしな、という言葉は胸の内にとどめておく。

「ではせめてお昼を食べていってください。まだお時間ありますよね」
「そうだな。ご馳走になるか」

 申し訳なさを少しでも解消したいのだろう。昼食を進めてくるラシアに頷いて子供たちのいる広場に移動する。
 広場では幼い少女たちに囲まれたティエラの姿があった。お人形遊びをしているのか、ティエラの周りには手作り感あふれる人形がいくつか置かれている。以前揉みくちゃにされたユズハはティエラの頭上に退避していた。あの位置ならば手を出されないと学習したらしい。
 楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる少女たちに対し、男勢はどうしているかと言えば、そんなティエラたちの様子を遠巻きに見ているだけだ。サッカーのようなものをしているのかボールらしき球体を蹴ってはいるがいかんせん視線が少女たち、特にティエラの方にいきすぎである。

「なんだか、男の子たちが大人しいですね」
「いやいや、あれはある意味正常な反応」

 笑いを堪えながら言うシンにラシアは首をかしげる。なぜ男子が近寄らないのかわからないのだろう。

「どういうことですか?」
「たぶんティエラが美人だからテレてるんだよ」

 少女たちに混じっている男子もいるにはいるが、シンが見るに年齢は保育園や幼稚園に通い始めた子供くらいだろう。遠巻きに見ている男子は一様にある程度の年齢になった子たちだ。あのくらいの年齢になると年上の綺麗なお姉さんというのは気軽に声がかけづらいのだ。その年代が全員同じような行動をするわけではないし逆によっていく者もいるが、同じ道を通ってきたシンには話をしたいが声をかけるのが恥ずかしいという男子たちの気持ちがよくわかった。

「たしかにティエラさんは女の私から見ても綺麗ですけど、そんなに声をかけづらいとは思えませんが」
「まあ、俺がわかるのも似たような経験があるからだし、わからなくてもおかしくはないさ」

 似たようなパターンでいえば幼稚園の先生に恋してしまう園児だとか、お隣のお姉さんが気になる小学生などがあげられる。
 大人になってから思い出してつい苦笑してしまうような、子供時代の思い出だ。世界が違えど、似たようなことはどこでも起こるらしい。

「そういう経験はありませんから、よくわかりません」
「いいんじゃないか、別におかしなことでもなし」

 難しい顔をするラシアに気にするなと声をかけ、ティエラを手招き。それに気付いたティエラが少女たちの名残惜しそうな視線をくぐりぬけてシンのもとにやってくる。

「シ~ン~、よくも見捨ててくれたわね」
「いや待てって、あれは断るとか無理だろ」
「それは……たしかに、あれを拒むのは無理だけど。はぁ、仕方ないわね」
「それよりもだ。お昼をご馳走してくれるらしいからいくらか材料を提供しようと思うんだが、どうよ?」
「そうね。じゃあ折角だし、ユズハちゃんにいなり寿司を作ってあげるって約束だったから孤児院の子たちの分も作っちゃいましょうか。台所借りてもいいですか?」

 お昼に近付きつつあるとはいえ時間はまだ十分にある。多少伸びても問題はなかった。
 ティエラも【料理】スキルを持っているらしく、次々と皿に並べられるいなり寿司に子供たちの目はくぎ付けだ。

「なんだかすいません。私から提案したのに作ってもらうようなことになってしまって」
「私からお願いしたことです、気にしないでください。なんだかんだ言いましたけど子供たちの相手をするの楽しかったですし」

 物怖じせずに接してくる子供たちを見て思うところがあったらしい。シンから見てもティエラの表情は以前よりも柔らかさが増したような気がした。
 昼食が終わるとその足で商店の並ぶ通りへ戻る。
 一度は昼食の片付けを手伝おうとした2人だったがラシアの、そんなことまでしていただくわけにはいきません、という言葉にさすがに引き下がった。
 教会を出ると一旦ギルドに戻る。時間はすでに昼を過ぎているのでティエラのギルドカードができているはずだ。
 ギルドに着くと酒場は食事をしている冒険者でにぎわっていた。人混みを避けるように受付に向かいセリカに声をかける。この時間に依頼を受ける冒険者は少ないのか待つことなく話しかけることができた。

「こちらがティエラ様のギルドカードになります。お確かめください」
「問題ないですね。ありがとうございます」

 ティエラはカードが問題なく機能するのを確認する。そこにシンもギルドカードを出す。

「ついでにパーティー登録をしたいんですけど」
「承ります。メンバーはお2人だけで間違いありませんか?」
「はい、それでお願いします」

 臨時なので特にこれといった問題もなくパーティー編成が終了する。
 固定パーティーの場合はパーティー名を決めたりするらしいが今回は特に決めなかった。
 セリカとエルスに見送られてギルドをでる。向かう先は商店の並ぶ通りだ。
 今度は旅でお馴染の保存食を買いあさる。同行者がいる前で気軽にアイテムボックスは使えないからだ。とはいえ、カード化して持っていくので普通の旅支度に比べると量が少ないのは変わらない。依頼の備考欄に食事付きとあったのでわざわざ買っていく必要はさしてないが、万が一ということもある。備えあれば憂いなしという考えのもと、買い物を続ける。

「さて、そろそろ行こう」
「えっ、でもまだ時間はあるわよ?」
「いや、月の祠をとりにな」

 必要なものを買いそろえたところでシンがティエラに声をかける。月の祠はまだ元あった場所にあるのでこのまま出発するわけにはいかない。

「すっかり忘れてたわ」
「一番忘れちゃダメだろ」
「『家』を忘れてるなんて普通考えないわよ!」

 至極当然である。持ち物に『家』などという項目があることの方がどうかしているのだ。

「わ、わるかったよ。ほら、俺は一応持ち主だろ? だから持ってくのは当然って考えがあるんだよ」
「旧世代ってやっぱりどこか変だわ。それともシンが特別変なのかしら?」
「それはひどくね!?」

 からかうような笑顔で遠慮のない意見を言ってくるティエラ。精神的ダメージを受けながらシンはアイテムボックスから水色の水晶をとりだした。

「なにそれ?」
「『結晶石』だよ。見たことないか?」
「これが結晶石? こんなに大きな、それもここまできれいに加工されたものなんて初めて見たわ」
「こいつには『転移』の魔術が付与してある。使えば登録してあるポイントまで一瞬で移動できるんだよ。使い捨てだけどな。折角だし、これで月の祠まで行こう」
「……そうだった。シンが出すものがまともだったことなんてなかったっけ」
「それは失礼だろ」

 もはや呆れを通り越して、あきらめの境地にティエラは至った。一瞬で移動、転移。たしかに今シンはそう言った。
 それは今まで数多くの魔導士が再現に挑み、僅かな足掛かりさえつかむことのできなかった魔術。
 すでに失われたとされる秘奧中の秘奥。
 そんなものが込められたアイテムがポンと出てくるなど、誰が考えつくというのか。

「シン、一つ確認したいんだけど」
「あ、ああ、なんだ?」
「もしかして、もしかしてだけど……それ、作れるの(・・・・)?」

 ティエラの目が据わっていた。さっきまでとまるで違うティエラの剣幕にシンは戸惑いを隠せない。
 ただ、どうやら自分の出したアイテムがまたしても常識を覆す代物だったらしいということだけはわかった。

「その質問に答える前に一つ教えてくれ。転移が付与された結晶石ってどんな扱いなんだ?」
「……転移自体が、失われた魔術として扱われているわ」
「なるほど」

 その言葉で合点がいった。それほどの扱いならティエラの驚きもわかる。正直にいえば失われたとは言わずとも、かなり貴重になっているだろうとは思っていたのだ。
 だが、シンとしては失われたという点においてティエラの言葉を素直に信じてはいない。たしかに一般にはそう広まっているのかもしれないが、そう言ったものは得てして隠匿されているものだ。国や組織が秘密裏に確保していても驚きはしない。

「じゃあ俺も答えるが、作れるぜ。材料さえあればいくらでも」
「……はぁ、そりゃそうよね。六天の一人なんだし、転移付与された結晶石くらい軽く作れるわよね」

 ため息一つで済ませるあたり、ティエラも六天に所属する者がどういう輩なのか理解し始めたようだ。

「あー、気落ちしてるとこ悪いが転移してもいいか?」
「ええ、やっちゃって」

 開き直ったティエラと人気のない路地に入り、結晶石を使用する。問題なく使えることはシュニーに確認済みだ。この世界で目覚めた直後も使えはしたが、さすがに使用は控えた。他の道具と違い、失敗した時どうなるかわからないものを使う気にはなれなかったからだ。
 シンが結晶石に魔力を通すと、それを起爆剤として石に込められた魔術が発動した。視界が歪み、次の瞬間には商品の並んだ棚が視界に広がる。
 たしかに2人は月の祠の中にいた。

「それで、どうやってここを持っていくの?」
「一旦外に出る。話はそれからだ」

 それに、と呟いてシンは扉に向かう。立ち位置がカウンター側だったのでティエラにはシンの口が動いているのが見えなかった。
 2人は店の外に出る。扉を開けた先は見慣れた林だ。それを見渡すようにシンは視線を動かす。
 今まで月の祠に来た時にはなかった緑色のマーカーが、マップ画面に光っていた。

「どうしたの?」
「鼠がいたんでな。ちょっとからかってやろうと思ってさ」

 林の上を見ながら言うシンに、鼠? と疑問符を浮かべるティエラ。見ている場所が違うのではないかとつっこむところなのだろうが見ているのはシンだ。どうせ自分にはわからないとティエラは追求するのを止める。
 準備が終わったのか何やらブツブツ喋っていたのを止め、シンは月の祠に向かって手をかざした。

「『収納(ストレージ)』!」

 その言葉が発せられるのと同時に月の祠が淡く輝きだす。店全体を覆うように広がった光は次の瞬間、直視できないほどの光を放って一点に収束した。
 それは数秒だけその場に滞空し、その後ゆっくりと移動してシンの手の中に収まる。光が消えるとそこには三日月を模したネックレスが握られていた。銀色に輝くそれはへたな美術品よりも価値があるだろう。透き通るような輝きはそれがただの銀細工でないことを証明している。

「これが?」
「ああ、月の祠持ち運びモードだ」
「ほんとに持ち運びできるのね。さすがだわ」

 アイテムボックスにネックレスをしまいつつティエラの疑問に答える。
 驚き疲れたのか、慣れたのか、ティエラの言葉に含まれているのは純粋な称賛だった。
 しばらく月の祠のあった場所を見ていたティエラだったが、何もなくなった場所にいつまでもとどまる理由はないので依頼の出発場所に向かうことにした。時間は少し早い。それがわかるのはシンのメニュー画面に時刻が表示されているのと、アイテムとしての時計を持っているからだ。
 すでに他の2名は到着している可能性がある。もし先に合流したなら交流をしておこうという考えもあった。ある程度の期間行動を共にするのだから多少は親睦を深めておいても損はない。
 月の祠跡地から東門へ向かい国内に入ると出発地点である東門前の広場の一角にはすでに荷物が積まれた馬車が到着していた。その横にはドラグニルとロードと思しき2人組が立っている。

「すいません、こちらナックさんの馬車であってますか?」
「ん? たしかにそうだが……ああ、貴殿らが共に行くという冒険者かね」

 聞いていた組み合わせと同じだったので確認も兼ねて声をかける。応えたのはドラグニルだ。全身を覆う青い鱗はいかにも頑丈そうなイメージを伝えてくる。声の低さからして男性だろう。何かの皮でできた胸当てと腰の太刀が目につく。あまり防具らしい防具はつけていないところをみると速さで翻弄するタイプなのかもしれない。もしくは防具がいらないほど鱗が硬いのか。

「はい、急ですけどご一緒させてもらいます。俺はシン。こっちはパーティーを組んでるティエラです」
「ティエラと言います。よろしくお願いします」
「うむ、拙者の名はガイエン。道中よろしく頼む。それとこちらが――」
「ツバキ、よろしく」

 言葉少なに自己紹介したのは背中までとどく深紅の髪と赤い瞳をもつ少女。深紅の髪と対照的な透き通るような赤い瞳がシンとティエラを観察している。
 背丈はかなり小柄だ。ティエラよりもさらに拳一つ分は低いだろう。150セメルくらいか。顔立ちは整っているが見た目だけなら中学生と言われてもおかしくない。大丈夫かとも思ったが見た目で判断すると痛い目を見るのがTHE NEW GATE。冒険者をやれている以上問題はないのだろうと判断した。少なくともEランクの実力があることは確かなのだから。
 ガイエンとツバキのレベルは187と133。ガイエンの方はレベルだけで判断すればAランク冒険者といっていい。腰の太刀は飾りではないようだ。
ツバキの方もレベルはすでにEランクを超えている。

「おお! 追加の面子がそろったか。俺は商人のナック。ベイルーンまでよろしく頼むぞ!」

 互いに自己紹介をしていると馬車の影から一人のドワーフが出てきて四人に話しかけてきた。どうやらこの人物が依頼主らしい。ドワーフの例にもれない筋骨隆々の体を仕立ての良い服で包んでいるのはなんとも違和感があったが、それはそれ。しっかりとあいさつを交わして四人も馬車に乗り込む。

「全員乗ったな。では少し早いが出発だ!」

 ナックの威勢のいい声に続いて鞭を打つ音が聞こえ、馬車がゆっくりと動き出す。
 五人を乗せた馬車は東の門を抜け、一路ベイルーンへと進み始めた。

 その後、月の祠消失の知らせがベイルリヒト王国上層部を混乱の極致に至らしめるのだが、それをシンたちが知るのはしばらく先の話である。
+注意+
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