京都市の朝鮮学校に対して、市民団体の会員らが繰り広げたヘイトスピーチ(憎悪表現)が、再び違法とされた。

 大阪高裁は、1200万円を超す損害賠償と街頭宣伝の差し止めを命じた一審判決を支持し、団体側の控訴を退けた。

 団体側は「表現の自由の範囲内」と主張したが、高裁は「保護されるべき範囲を超えているのは明らか」と断じた。

 聞くに堪えないあざけりの言葉は、今も子どもたちの心に深い傷を残している。朝鮮学校の民族教育の意義を認めたことも含め、妥当な判断と言えよう。

 ただ、この裁判は、日本の現行法制度の限界も浮き彫りにした。

 ヘイトスピーチを含む街宣活動は昨年10月の一審判決後も、全国各地で繰り返されている。

 判決が根拠とした民法の不法行為は、直接被害をこうむった団体や個人がいないと成立しない。在日コリアン全体といった、不特定多数を攻撃する言動を抑え込むのは難しい。

 ナチスによる人種差別の惨禍を味わった欧州を中心に、ヘイトスピーチそのものを刑事罰の対象にしている国は多い。

 65年制定の人種差別撤廃条約も、犯罪と認めるよう、加盟国に法整備を求めている。ただ日本は95年の加盟時以来、「憲法で保障された表現の自由を制約する恐れがある」と、この条項を留保している。

 こうした状況下で、一審、二審判決とも、賠償額をあえて高額にすることで、人種差別撤廃条約の趣旨の実現を図ろうとする考え方を示した。裁判官の苦心がかいま見える。

 ヘイトスピーチ規制と表現の自由の関係については、欧米でもしばしば問題になってきた。日本でも新たな法整備を望む声が出ているが、デメリットも見極めつつ、慎重に議論していく必要があろう。

 一方この問題で、政権の反応は鈍い。安倍首相は昨年5月、「一部の国、民族を排除しようという言動は残念」と国会で述べたものの、具体的な動きはない。谷垣法相は「啓発に力を入れる」と繰り返すばかりだ。

 ヘイトスピーチに対抗する市民の動きも広がり、衝突事件も起きている。日本社会が分断されかねない現状をもっと深刻に受けとめ、いま何をすべきかを考えてもらいたい。

 人種差別撤廃条約は「いかなる場所においても、人種差別を正当化することはできない」とうたう。この理想を達成すべく、社会全体がもっと力を尽くさなければならない。