入院治療の必要がなくなっているのに長く入院を強いられている精神障害の人たちが地域に戻って暮らすことを、なおさら難しくしてしまわないか。懸念がぬぐえない。
厚生労働省が、精神科病院の病棟を居住施設に転換することを認める方針を固めた。病棟を改修してグループホームなどの生活の場とすることで、長期入院の解消につなげようというものだ。
退院して地域で暮らす「地域移行」が進まない中、現実的な対応とする見方もある。一方で「看板の掛け替えにすぎない」との批判が強い。長期入院の実態が覆い隠されることにもなりかねない。
統合失調症などの精神障害で入院している人は全国に約32万人。6万5千人は入院が10年以上に及ぶ。退院後の行き場がなく、何十年も入院している人も多い。高齢化が進み、年間およそ2万人が精神科病院で亡くなっている。
背景には、国が戦後、民間の精神科病院の建設を促進し、隔離収容する政策を取ってきたことがある。日本の精神病床は世界的に見ても多い。平均入院日数も約290日と突出して長い。
厚労省は2004年、入院中心の精神医療政策を転換。地域移行を支援して退院を促し、病床を10年間で7万床減らすことを目指した。けれども、病床の削減はほとんど進んでいない。
民間病院はベッドが空くと収入が減るため、患者を囲い込む傾向がある。社会の根強い偏見も地域移行を妨げてきた。その中で浮上したのが病棟の転換だ。
精神障害の当事者や支援者の反発は強い。6月の反対集会には3千人余が参加。長期入院を経験した精神障害者から「病棟転換は病院経営のためで、患者のためではない」といった声が相次いだ。
何よりも考えなくてはならないのは、長期入院によって精神障害者の人権が損なわれることだ。日本が1月に批准した障害者権利条約は「全ての障害者は地域社会で生活する平等の権利を有する」(第19条)と定めている。
国はその実現を図る責務がある。病棟の転換で「退院」したことになれば、地域での生活につなげていく肝心の支援がおろそかになりかねない。患者の囲い込みが形を変えて続く恐れも大きい。
病院の外に住む場所を確保し、地域の医療、福祉の充実を図る―という本来の施策にこそ力を入れる必要がある。現実が厳しければなおさらだ。「今よりまし」で済ませてはならない。