【大紀元日本3月17日】昨年チベットで発生した中国政府によるチベット人への弾圧事件は、今年3月14日で1周年を迎えた。チベット亡命政府所在地のインド北部ダラムサラから米ワシントン・DC、そして、ネパールからヨーロッパまで、世界各地の亡命チベット人とチベット人の自治を支援し、中国共産党(中共)政府がチベット文化を消滅させる行為や、チベット人への弾圧に反対する多くの人権団体が集会や抗議デモを行った。各国の政府要人や人権活動家、ノーベル平和賞の受賞者までこの活動を応援している。報道によると、ヨーロッパだけでも2千以上の都市でチベット人を支持する活動が行なわれたという。これに対して中国当局は、同日、「平和で静かである」ラサの町を人々に見せようとしていた。 | | 3月14日台北、台湾のチベット応援団体が集会およびデモを行なった。民進党の蔡英文議員(左)等がデモ行進に参加した(PATRICK LIN/AFP/Getty Images) |
 | | 3月14日東京、チベットの旗を持ち、シュプレヒコールを繰り返しながらデモ行進したチベットを応援する人々。(TOSHIFUMI KITAMURA/AFP/Getty Images) |
 | | 3月14日ニューデリーでチベットを支援するデモ行進(RAVEENDRAN/AFP/Getty Images) |
米紙「ニューヨーク・タイムズ」によると、中共政府は今年3月にチベット人に対して現金を支給したほか、歌と踊りのエンターテイメントを披露して平和を装い、チベット人への弾圧を「農民解放の日」に仕立て上げた。これこそが流血弾圧を正当化し合法化する中共政府の常套手段であると指摘した。同時に、今もなお続く抑圧への抵抗として、また、昨年3月14日の流血弾圧を追悼する意味で、600万人のチベット人は、チベット歴旧正月の祝賀を行わないことにしたという。
ダライ・ラマはチベット歴旧正月の祝辞で、2008年の平和抗議で数百人のチベット人が尊い命を失い、数千人が逮捕され残酷な虐待を受けたとし、ここまで悲惨な出来事に鑑み、すべてのチベット人が新年を迎えるに際し、従来の祝賀活動を慎むべきだとした。
*チベットへの暴力弾圧、国際社会が抗議を声援
3月13日、1984年ノーベル平和賞受賞者で南アフリカ大主教のデズモンド・ムピロ・ツツ氏が発起人として、「チベットの人権状況の悪化」および「中共がダライ・ラマ代表者との間の談話を中断したこと」に関心を寄せるように、公開書簡で発表し署名を集めている。既に人権活動家らは、この公開書簡に署名し、チベット精神指導者ダライ・ラマへの非難と罵りを止めるよう、中共の指導者たちに呼び掛けた。
公開書簡は3月14日に、ノーベル平和賞受賞者専用および平和と人権を推進する「ザ・コミュニティ・ドッド・コム」に発表され、目標の十万人の署名を集め、中共主席・胡錦涛やその他の中共指導者へ届けるという。
*静かなラサの町
「ニューヨーク・タイムズ」紙によると、ラサは戒厳令を敷かれ、チベット全体が軍事地区に化したという。各地区の中央には砂山でできた歩哨所が設置され、陸軍部隊は幹線道路沿いを巡回し、民間兵は民衆の車両を検問するという。また、香港紙「苹果日報」によると、ラサは非常に緊張した雰囲気に包まれ、24時間態勢で実弾を装着した武器を持った軍人および公安が巡回しているという。また、公安が随時に検問を行なうため、市民は外出する際にかならず身分証明書を携帯しなければならないという。
*消された抗議の声
一方、「ラジオ自由アジア(RFA)」によると、チベットの各寺院は、中共当局の厳重な監視を受け、一部の僧侶が所謂「愛国主義教育学習」を受けるために連行された。デプン寺、ロンウ寺の僧侶たちも集団で連行されたという。情報筋によると、当局はかつて抗議デモに参加したデプン寺の僧侶を別の場所へ移動させ、寺の中に派出所が設置されたという。
また、チベット人作家・唯色さんはブログで、チベット歴新年を迎えて座禅していた僧侶109人が3月9日に全員当局に連行され、思想教育を受けさせられたと記した。
AFP通信によると、四川省アバ・チベット族チャン族自治州で3月2日、当局が「お祈り祭」を禁止したことについて、賽格寺の僧侶約600人が平和的な抗議を行った。その前の2月27日、格徳寺の僧侶は、宗教活動を禁止することに対して焼身行動で当局に抗議した。中国警察は僧侶に対して発砲し連行したが僧侶の生死は不明だという。
*3・14事件死傷者
チベット亡命政府の昨年3月26日の統計数値によると、3・14の弾圧事件で死者135人が確認され、負傷者は千人以上、400人以上が拘束された。一方、中国官製メディアの新華社はチベット自治区政府が発表した数字を引用し、昨年の弾圧事件で約900人が拘束され、その内の76人が刑に処されたことを示した。
これに対して、チベット亡命政府スポークスマンのサンジャジェ氏は、これまでの統計で約5千人が拘束されたと反論した。また、処刑されたチベット人の多くは秘密裏に判決を受けているため、人数は不明だと示した。
一方、インドに拠点を持つチベット人権民主センターが今年1月に発表した2008年チベット人年報の統計数字によると、3・14事件で120人のチベット人が殺害され、千人以上が行方不明になり、少なくとも190人が処刑されたと言う。
中国社会科学学院の学者・張博樹さんは、中央政府は1950年から1970年代まで、チベット政策で多くの過ちを犯したことから、チベットの人権問題を生じさせたと主張した。張さんは、「今日、理性的にチベットの人権問題を解決するためには、先ず中国の政治体制を改革し、憲政および民主をベースに解決方法を議論すべきだ」と強調した。
*チベット流血弾圧事件の経緯
ダライ・ラマ14世が亡命し49周年を迎えた昨年3月10日早朝、デプン寺の僧侶500人が市区で平和的な請願を行なった。これに対して、中共当局の軍人と警察は催涙弾や警棒を使い僧侶を殴打し追い払った。当局は数十人の僧侶を逮捕し、デプン寺の電気水道を遮断し、寺院にいる僧侶たちを追い詰めた。それからの3日間、ラサにある殆どの寺院はデプン寺と同様の運命を辿った。
僧侶はチベットでは最も尊敬される人々であるにもかかわらず、軍人と警察に虐待されるのを目の辺りにしたチベット人たちは武装警察に対して止めるように求めたが逆に拘束されたことから、怒りが爆発した。
3月14日、小昭寺の約百人の僧侶は当局に対して連日の弾圧に抗議したが、同じく殴打などの仕打ちを受けた。武装警察の酷い暴力はチベットの住民たちの反抗を引き起こした。住民に対しても中共当局は流血の弾圧を行なった。チベット亡命政府の証拠数値によると、当時は少なくとも130人以上が銃殺されたという。抗議活動は、チベット以外の甘粛・青海・四川、北京等チベット人が居住する場所まで及び海外内を驚愕させた。
また、中共当局はチベット人が刀を持って漢民族を殺害したと報道し、犯人の写真も公表したことについて、当時ラサから出国したばかりのタイ国籍の華僑は、写真に写った犯人が警察であることを暴露した。この情報が公にされてから、中共が公表した犯人の写真は削除された。
中共の流血弾圧に対して、国際社会から強く非難が殺到し、多くの政府要人はオリンピックの開会式に参加しないと表明した。また、オリンピックのトーチは世界各国をリレーした際、各国の民衆からはかつてない排斥ムーブメントだった。特に仏・英・米・豪等国では、トーチの火は何度も消された。 | | 昨年3月14日弾圧後のラサ町(STR/AFP/Getty Images) |
(記者・呉偉林、范天孝、翻訳編集・余靜)
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