噂がデマでよかった
朝4時半に店に来て、帰るのは13時ぐらい。そんな生活を30年間続けてきた。役者やバンドマンの常連客も多い。「自分の志に一生懸命な人は応援したくなる」とママは言う。お通し、瓶ビール、焼酎の水割り2杯、テキーラで、締めて2400円のぜいたくなひとときでした。店を出ると、もちろん外は明るい。I love you。
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読書が趣味のやよひママ(75歳)
高円寺に朝だけオープンする居酒屋がある。界隈の酒好きの間では有名で、僕も何度か行った。営業時間の特異性から、一般にはあまり知られていない隠れた名店だ。しかし先日、「近々閉店するらしいよ。ママが病気なんだって」という噂を耳にした。なんと。行って確かめてきた。
> 個人サイト 道場主ブログ 営業時間は午前5時から10時朝8時。眠そうな顔をした人々が駅に吸い込まれてゆく。通学、出勤など用向きは様々だ。
どんな夢を見たのだろうか
しかし、その波に逆らうようにガード沿いを阿佐ヶ谷方面に少し歩くと…。
店舗も軒並み閉まっている
赤提灯が見えてくる。
JRのガード下
店の名前は「やよひ」。営業時間は午前5時から10時。昼から飲める店ならよくあるが、このスタイルは珍しい。
5時間の短期決戦型
店を切り盛りするのは、チャーミングなママの丸岡やよひさん(75歳)。料理もおいしいが、ママの人柄に惚れ込んで常連になる客も多い。
いらっしゃーい
朝からナイススマイルのママに取材内容を説明する。「あら、そう。ホームページね。それって、テレビじゃないのね」。テレビではないが、こころよく了承してくれた。
そして、コトの真相は…? 私ね、ぜんぜんやめる気ないから(笑)店内には数人の先客がいた。日によっては客が全員寝ているという光景も見られるが、今日は大丈夫のようだ。
カウンターとテーブルで全18席
ドリンクの値段は400円から600円。前日はお酒を抜いて早めに就寝したので、体調は万全だ。
ドクダミハイも気になるところだが
とりあえず、瓶ビール(600円)を注文した。
いただきます
「お通しはどうなさる?」とママ。そう、この店を語るうえで避けて通れないのがお通しの存在だ。
メインメニュー的なスターが並ぶ
ここはひとつ、一番人気のグリーンカレーをいただこう。
お通しである
うん、おいしい。ご飯の上に乗ったらっきょうにも愛嬌がある。「野菜が10種類ぐらい入ってるのよ。下茹でしてアクを抜いてるの」。
ママは料理好きで、NHKの料理番組を参考にしながら、新しいメニューを常に考えているそうだ。 ハンバーグの隠し味はウイスキーのジャックダニエル
さて、本題に入ろう。あの、ママ、ここが閉店するっていう噂を聞いたんですが。なんか、病気だって。
「あ、そういうデマが流れてるらしいのよ。困ったわねえ。私ね、ぜんぜんやめる気ないから(笑)」 おお、よかった。 「体力が落ちてきても、ビールは栓を抜けばいいだけだし、焼酎も氷を入れればいいだけでしょ? 重い石を持ち上げる分けじゃないんだから」 夏目漱石とか内田百閧ェ好きなのせっかくなので、ママの半生も聞くことにした。
この店がオープンしたのは30年前。当初はふつうの営業時間だったが、常連のタクシー運転手の「仕事が終わるタイミングに合わせて、朝もやってくれるといいなあ」というひと言から朝の営業を始めたという。 「最初は朝と夜の両方やってたんだけど、夜の常連さんたちがわいわいやって閉店時間を過ぎても帰ってくれなくて(笑)。体が持なくなったから、朝だけにしたのよ」 時々注文が入る
ここを始める前は何をしてたんですか?
「早稲田で喫茶店をやってたの。40代の頃ね。学生さんがお店でコンパを開いたりして楽しかったわねえ」 初めて自分の店を持って高揚するママ
さらにその前の20〜30代の頃は、子育てをしながらミシンの内職ね。私、稼ぎがトップだったのよ(笑)」
昔を思い出しながら、楽しそうに話すママ。別のテーブルでは、仕事や知人の話で静かに盛り上がっている。おだやかな時間が流れ、そして、お酒も進む。 焼酎の水割り(400円)
ちなみに、趣味を聞いてみると「うーん、読書かな。とくに、夏目漱石とか内田百閧ェ好きなの」とのこと。おお、ママ、僕と同じ趣味ですよ。
なお、1年ぐらい前から仲のいいマスターの勧めで、ドリンクメニューにテキーラも加えた。 始めました
テキーラ(500円)。なぜか、明太パスタが付いてきた
店の隅に枕があったので、「眠くなったお客さん用?」と聞くと、「これ、お店が暇な時に私が椅子の上で寝るの(笑)」とのこと。
椅子の上で寝る75歳もタフである
帰る前にママに一句プレゼントしますその時、女性客が「ママ、聞いてよ」と話しかけてきた。どうやら、夫婦間の悩みを抱えているらしい。話しているうちに涙も流れる。ママは親身に聞きつつも、言う時はズバッと言う。
「女は男を変えられないから」というママのセリフが渋すぎた。 帰る前にママに一句プレゼントします
席を立って店内を撮影していると、別のテーブルの紳士に呼び止められた。たばこを手に取り、「ショッポは不良のたばこだからな、昔はこうやって中の紙を斜めにビシッと切ってカッコつけたもんだよ」。
このラインが不良の証
こんな話が聞けるのも酒場の醍醐味だ。そうこうするうちに、3時間近くが経っていた。
閉店時刻を1時間近くオーバー
では、帰る前にママに一句プレゼントします。
好きな句なのである
徳のある人の周りには必ず人が集まってくる──というような意味だったと思う。
じゃあ、ママからもお願いしますと言うと「えー、何にしようかしら。まあ、これしかないわね」と書いてくれたのが「I love you」だった。いやん。胸が高鳴る。 「チューして」と言われたのでしている
噂がデマでよかった
朝4時半に店に来て、帰るのは13時ぐらい。そんな生活を30年間続けてきた。役者やバンドマンの常連客も多い。「自分の志に一生懸命な人は応援したくなる」とママは言う。お通し、瓶ビール、焼酎の水割り2杯、テキーラで、締めて2400円のぜいたくなひとときでした。店を出ると、もちろん外は明るい。I love you。
店内のカレンダーにも時代の息づかいが
<取材協力>
やよひ 東京都杉並区高円寺南3-68-1(JR高架下) 営 午前5時〜10時 休 水・木 TEL.03-3338-9899
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