【輸出伸び悩みに関するNY連銀エコノミストの分析】の続きです。
近年の日本経済の特徴は、円安が純輸出増加に結び付きにくくなっていることです。「不況→為替レート減価→純輸出増加→内需に波及」の一般的パターンが当てはまらない経済体質になっていることが示唆されます。
アベノミクス始動後は、「内需の伸び≒輸入の伸び」⇒「GDPの伸び≒輸出の伸び」です。輸出が数量ベースで伸び悩んでいるため、GDPも内需ほど伸びていない状況です。
円安に牽引された史上最長の景気拡大期においても、輸出は大きく伸びましたが、輸入もほぼ同額伸びたため、純輸出の寄与は小さいものでした。
その理由ですが、プラザ合意以降の円高(円の過大評価)に対する企業の「体質改善」が実を結んだことが大きいと考えられます。
- 超円高に挑む:海外生産75%でドルのリスク相殺=ソニー (ロイター)
2012年3月期は初めて、ドル/円について、1円の変動による営業利益への影響をゼロに抑えるまで円高抵抗力を高めた。
「プラザ合意以来、打てる手は打ってきた。対策がいろいろある中でコストを現地通貨に合わせていく努力をしているが、ドルが均衡した一番大きな構造的な要因は、生産の海外シフトと部品調達の現地化を進めてきた結果だ。今期の海外生産比率は、ソニーの自社工場とEMSへの生産委託も含めて7割5分くらいになった。これでドルの感応度はゼロになった」
金融機関のALM(Asset-Liability Management)のように、輸出変化に輸入変化を対応させる体制を整えて為替レート変動のリスクを抑えることは、個々の輸出企業にとっては合理的行動です。しかし、これが円高是正後の局面において、逆に純輸出が減るという経済全体にとってはマイナスの結果を生んでいます。
この体制を整えることそのものにも、有効需要の減少を招く経済全体にとって望ましくない側面があることを伊東光晴は1990年代に指摘していました。(下線と強調は引用者)
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第一に指摘したいことは、暴飲暴食を続けて胃潰瘍が治らないからといって医者を批判しても、それは酷ではないか、ということである。ケインズ政策という治療薬が有効であるためには、患者自身がそれなりに自戒して、身を慎まなければならないはずである。その「身を慎む」という点で、一体どういう条件が必要であるかをかんがえてみたい。[p.150]
東アジアは日本を始めとする先進国の海外投資の対象地域になっている。これを先進国側から見れば、政府が景気政策を打ち、その結果、企業は経営に余裕が出ると、投資のより多くが海外にという傾向になる。わが国の90年代の状況はまさにそれである。中小企業までが海外投資による海外生産と国内生産とのバランスとリンケージを企業経営の中心に置くようになった。このようなことを生みだしたのは、円高と90年代の景気政策であったと言ってよい。
このことはマクロ経済政策としては、海外に投資される分が有効需要として海外に漏れるということであり、有効需要の減少を意味する。わが国には、貯蓄があって投資機会がないという形になり、その分、民間需要は縮小せざるをえない。それを公共投資によって補っているというのが90年代前半の姿だ。こうした民間企業の行動を放置して財政に支援を求めても効果が生まれない。[p.157]
対外直接投資は、史上最長の景気拡大期にプラザ合意後の水準を超え、リーマンショック後に一時減少したものの、2011年3月の東日本大震災以降、急な増加に転じています。
1990年代後半から、企業は負債・設備・雇用の「三つの過剰」解消など、厳しい経済環境でも利益を出せる体質への転換を促進されました。しかし、バブル崩壊+円高+金融危機という異常な状況への適応は、脇田成が「企業の要塞化」と表現する過度のリスク回避(転嫁)体質として定着しました。
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「企業の要塞化」は、資金余剰や雇用環境の悪化など、経済全体にとって有害になっていますが、いったん定着した体質は、履歴効果(ヒステリシス)があることに加え、利益増という個々の企業にとっては望ましいものであるため、なかなか変わるものではありません。「こうした民間企業の行動を放置」したままでは、経済を好循環させることは難しいでしょう。
近年の政府は、「成長戦略=企業を利益体質にすること」と認識しているようですが、それが行き過ぎると経済全体にとってはマイナスになることの理解を欠いているようです。
成長戦略には「要塞化の解消」がふさわしいのですが、そのような政策が行われる可能性は限りなくゼロに近そうです。*1
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参考
史上最長の景気拡大期に経常収支が「15兆円の天井」を突破したのは、所得収支の増加によるものでした。現在の所得収支は当時と同水準にありますが、貿易・サービス収支の約25兆円(GDP比5%)の悪化のため、経常収支はほぼゼロにまで減少しています。
純輸出悪化の一因は鉱物性燃料輸入の増加です。東日本大震災からは約10兆円、アベノミクス始動後は約4兆円増加しています。
なお、史上最長の景気拡大期には、鉱物性燃料輸入は約12兆円増えていました。
プラザ合意後の円高に日本経済が耐えた一因は、同時期の原油価格の急落でしたが、2004年以降はその逆の事態が続いています。常に石油危機の中にあるようなもので、これが日本経済の足を引っ張っています。
*1:例外は賃上げ要請ですが、十分な結果には至らなかったようです。