格差拡大で年間2万3千人死亡 - 高所得層の死亡率も高め、機会均等破壊し経済成長低下もたらす格差拡大
井上伸 | 国家公務員一般労働組合執行委員、国公労連書記、雑誌編集者
OECD「今後50年間の政策課題」より「格差拡大は経済成長低下もたらす」
OECDが7月2日、「今後50年間の政策課題」を発表しました。それによると、現状の政策転換がなされなければ、OECD加盟国は2060年までに更なる所得格差拡大に見舞われ、現在のアメリカのレベルに達することになります。この格差拡大は、国民の様々な機会均等を破壊してしまうことから経済成長を脅かすことになり、世界の成長率は2010~2020年の3.6%から2050~2060年には2.4%へと低下するとのことです(下のグラフ参照)。
OECDが指摘するように、格差拡大によって最も深刻な状態に置かれる貧困層への様々な機会均等が破壊されている事態は、格差拡大が顕著な貧困大国アメリカで次のように現実のものとなっています。
「貧困層の子どもたちは生まれる前から社会の競争で遅れを取っています。治安の悪い地域に生まれ、栄養のある健康を維持できる食事は与えられず、体調が悪くても医者にさえかかれない子どもたちも多くいます。なかでも一番の問題はチャンスそのものが与えられないことでしょう」(ソーシュルワーカー アン・ルース氏)
貧困大国アメリカは最もチャンスが少なく
流動性の低い国になってしまった
「現在のアメリカで極度の貧困から抜け出すのは至難のわざです。ほとんど不可能と言っていい。人々が長年抱いてきたアメリカはチャンスの国という概念とは真逆の現実です。アメリカで貧困層が上の階層に行ける確率は他の先進国と比べてずっと低いのです」(上のグラフ参照※数字が高い方が貧困層が富裕層に変わるチャンスが少なく流動性が低いことをあらわしている)(『グレート・ディヴァージェンス』著者ティム・ノア氏)
【NHK BS世界のドキュメンタリー シリーズ 真実に迫る 加速する“富の偏在”「パーク・アベニュー 格差社会アメリカ」より】
それから、ウォール・ストリート・ジャーナルは、次のように報道しています。
日本、格差の拡大に目を向けるべき=玉木OECD事務次長
経済協力開発機構(OECD)の玉木林太郎事務次長兼チーフエコノミストは最近、日本と欧州を行き来する中で国民の議論の違いに気づかされた。日本では成長の促進ばかりが話題となるが、欧州ではいかにして格差を縮小するかが問題になっている。
その証拠に、世界的に注目度の高いフランス人経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論』はまだ邦訳されていない。世界の格差拡大を扱った同書は昨年フランスで刊行され、今春に英訳が出ると米国でたちまちベストセラーとなった。
元財務官の玉木氏は、東京でOECDの報告書「今後50年間の政策課題」を発表し、OECDに加盟する34カ国で所得格差が深刻になっていると警告したばかり。その玉木氏が、今の日本ではインフレ促進を掲げた安倍晋三内閣の政策で格差が拡大しているにもかかわらず、こうした議論がほとんどないのは注目に値すると述べた。
所得格差の拡大は極めて深刻な影響を引き起こす恐れもある。玉木氏は、欧州で格差拡大が極右政党の台頭する一因になっていると指摘し、安倍首相も今後は慎重な政策運営が必要になるだろうと話した。
また、OECDは、「米国民の『幸福度』低迷、格差拡大で恩恵行き渡らず」とも指摘していて、格差拡大は国民の幸福度も低下させるとのことです。格差拡大は、経済成長そのものを鈍化させるし、極右政党の台頭など深刻な社会的影響を引き起こすし、国民の幸福度も低下させるとOECDは指摘しているわけです
格差拡大もたらすアベノミクスは「成長低下戦略」
上のグラフは、日本における所得トップ10%の富裕層の所得シェアを見たものです。さすがにリーマンショック後は少し下がったりしていますが、基本的に富裕層の所得シェアは右肩上がりです。なので、逆に庶民、貧困層の所得は減り続けているわけです。安倍政権は低所得者ほど重い負担となる消費税増税や生活保護改悪をはじめとする社会保障の連続改悪、加えて「生涯派遣・正社員ゼロ」、「残業代ゼロ・過労死促進」などを狙う労働法制の全面改悪や法人税減税など、どれもこれも格差拡大をもたらす政策ばかりです。安倍首相が言うところの「成長戦略」は、じつは「成長低下戦略」だったわけです。「積極的平和主義」も、じつは「積極的戦争主義」ですから、安倍首相が発する言葉の真実は、まったく正反対のところにあるということです。
以前、ブログで「貧困層の死亡率は富裕層の3倍、うつ状態は7倍も高く、格差拡大による死亡は日本で年間2万3千人」というエントリーで、日本福祉大学教授の近藤克則さんの指摘を紹介したことがあります。以下、その一部を紹介します。
格差拡大による死亡は日本で年間2万3千人
山梨大学の近藤尚己助教と米ハーバード大学の研究グループによる2009年の研究によると、所得格差が拡大すればするほど人が早く死亡する危険が高まり、格差が原因で2008年の1年間で増えた過剰死亡(死者数)は日本で約2万3千人、日米など15カ国で154万人にも上るとのことです。
所得格差の指標となるジニ係数が0.3を超えて格差が大きくなると、健康への悪影響が出始めるとのことで、格差拡大による過剰死亡(死者数)は、OECD加盟の30カ国のうち、米国が88万人と最多で、ジニ係数が高いメキシコやトルコが続き、日本は約2万3千人と4位で、イギリスの約2倍に上っているとのことです。所得格差は健康格差につながり、格差社会そのものが健康に悪いことが明らかになっているのです。
WHO(世界保健機関)の2002年の報告書「健康の社会的決定要因」でも「貧困、相対的貧困、社会からの排除は、当人の健康に大きな影響を与え、死を早める原因となる。貧困の中で生きていくことはいくつかの社会的集団に大きくのしかかる。貧困の中のストレスは特に高齢者に対する害が大きい」、「どの政府も税、年金などの給付金、雇用、教育、財政や他の多くの分野を通して、所得分配に多大な影響を与える。こうした死亡率や罹患率関連の政策の効果に関する明白な根拠は、絶対的貧困を排除し物質的な不平等を無くすことが行政の責務であることを示している。あらゆる人は最低所得、最低賃金を保障され、行政のサービスを受けられるよう守らなければならない。貧困と社会的排除を減らすためには個人と地域の両方に対して政策介入が必要である。法律によって少数者グループや弱者を差別や社会的排除から守ることができる」と指摘されています。
また、格差社会では人と人とのつながりが弱くなります。ソーシャル・キャピタルと呼ばれる職場や地域社会などでの人びとの信頼関係や結束力が貧しくなるほど、その構成メンバーの健康状態が悪くなるという研究報告も増えています。
ソーシャル・キャピタルが壊れた社会では、人々の健康状態が悪くなるだけでなく、うつ病の増加で自殺が増えたり、犯罪が増加します。困っていてもお互いに助け合うことが減ってしまい、人々のストレスは高まり、中流層以上も被害をまぬがれることができない不安定な社会状況に陥ってしまうのです。
なぜ社会が蝕まれていくのでしょうか? それは社会保障を抑制し改悪してきたからです。社会保障は高所得者から低所得者へ所得を再配分する役割を果たしますが、社会保障改悪で格差を拡大させている日本社会は所得再配分機能が非常に弱くなっているのです。
それでは、健康に良い社会をつくるにはどうすればいいのでしょうか? それには、社会保障を手厚くすることで、所得再配分機能をきちんと取り戻し、貧困と格差をなくすことです。
「社会保障を手厚くしよう」「格差をなくそう」と主張すると、必ず出て来るのが「社会保障を手厚くしたら働かなくなる」、「平等な社会は経済効率が悪い」、「国際競争力が落ちる」などという意見です。
しかし、もっとも所得格差の小さい北欧諸国の国際競争力や経済成長率は日本よりも高いのが事実です。日本のように、多くの若者を不安定で劣悪な非正規雇用などの状態に置いていることは、次代を担っていく若者の能力を伸ばしていくチャンスも失っていて、マクロで見れば大きな社会的な損失を続けていることになります。
また、社会保障を手厚くすると「大きな政府」になって非効率を招くという批判もあります。しかし、これも「効率的な小さな政府」か「非効率で大きな政府」かの二者択一ではなく、北欧諸国などのように、きちんと貧困と格差の問題を改善していく「大きくても効率的な政府」をめざすべきです。
貧困と格差は中間層・高所得層の死亡率も増加させる
それから、「貧困と格差は中間層・高所得層の死亡率も増加させる」というエントリーでは次のことを紹介しています。
山梨大学助教の近藤尚己さんの研究によると、「社会の所得格差が大きくなると、貧困層だけでなく中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まる」、「格差の指標となるジニ係数が『格差が広く意識され始める』目安とされる0.3を超えると、0.05上がるごとに、一人一人が死亡する危険性が9%ずつ増えていた。影響はどの所得層や年齢層でも、男女ともに表れた」とのことです。(※読売新聞2009年11月21日付「格差社会高まるストレス、高所得層も死亡率増」や、共同通信2009年11月11日付「所得格差で日本でも2万人超死亡 15カ国で154万人と推定」)
これまで「健康格差」「命の格差」としてクローズアップされてきたのは、格差社会における貧困層の健康悪化であったように思います。しかし、この研究結果によると、格差が拡大すればするほど、「中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まる」というのですから驚きです。
それでは、なぜ「中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まる」のでしょうか? 今回報道されている近藤尚己さんの研究論文 は、ジニ係数と健康悪化との関係をデータ解析した結果を示しただけで、なぜ中間層や高所得層でも死亡する危険性が高まるのかという原因究明までは至っていないようです。
その手がかりとして、近藤尚己さんは、『貧困研究』(vol.2、2009年5月、明石書店)に掲載されている「貧困・所得格差と健康」と題した論文の中で、次のように指摘しています。
「生存可能な程度に物質的には満たされていても、他者に比べて自分が経済的に不利な立場にある(=相対的に剥奪されている)と感じることで、人は抑うつ的になり、不満・焦り・劣等感といった感情にさいなまれ、そのことが直接的に(高血圧や自殺企図といった生物学的な健康リスクを増大させ)あるいは間接的に(喫煙・食習慣・飲酒などの生活習慣の変化を通して)健康状態を悪化させる」、「人は他者との関係性において自分の行動を決定する」(『貧困研究』vol.2、42ページより)
「90年代中期からの経済危機が健康格差に与える影響を1986年から2001年までの国民生活基礎調査のデータを用いて分析した。その結果、経済指標が最も悪化し、自殺者数が急増した98年を境として、サービス業・販売業・事務職といった一般的な非肉体労働者(ホワイトカラー)および専門職の男性に加えて主婦の健康状態が有意に悪くなったことを示した(一方で失業者は経済危機に関係なく一貫して有意に不健康であった)。バブル経済崩壊後の大規模なリストラ後、企業に残ったホワイトカラー男性(およびその妻たち)が、強い労働負荷と精神的不安にさらされている現状を反映している可能性が考えられた。このシナリオは明確に立証されたわけではない。わが国の近年の経済動向と健康格差との関連について、今後の更なる研究による確認が待たれる」(『貧困研究』vol.2、47ページより)
以上、見てきたように、格差拡大は、貧困層を増やし、国民の様々な機会均等を破壊することによって流動性を失わせ、経済成長を低下させます。そして、格差拡大は、国民の幸福度を低下させるとともに、貧困層のみならず、中間層・高所得層の死亡率も増加させる危険性があるということです。