各論目次

      2 自殺関与罪・同意殺人罪(202条)

(自殺関与及び同意殺人)

 202条 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ,又は

       人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者

          → 6月以上7年以下の懲役又は禁錮

 202条は,前段で「自殺関与罪」を,後段で「同意殺人罪」を規定しています。

 「自殺関与罪」は,「自殺教唆」と「自殺幇助」にわけられます。

 「同意殺人罪」は,「嘱託殺人罪」と「承諾殺人罪」にわけられます。

 「自殺関与罪」と「同意殺人罪」は,行為の態様を異にしますが,本人の意思に反しない生命の侵害に関与する点で共通することから,同一条文に並列的に規定されているわけです(大谷)。

        (1) 意 義

         ア 自殺不処罰の理由

 自殺とは,みずから自由な意思にもとづき自己の生命を絶つことをいいます。

 自殺は,現行法上,犯罪ではありません。構成要件該当性がないわけですが,その実質的な理由は何なのかが問題となります(山中参照)。

 自殺が犯罪とされない理由については,

 A.自己の法益の処分行為であるから違法ではないとする見解(違法性阻却説,平野・川端・中森・平川・西田・前田・山口,なお佐久間)

 B.一般的な意味で違法ではあるが当罰性を有しないとする見解(可罰的違法性阻却説,大塚・大谷・曽根・山中・高橋・伊東・井田・松宮)

 C.可罰的違法行為であるが期待可能性がなとする見解(責任阻却説,滝川・林)

が主張されています。

   ※ 自殺を制止する行為は,強要罪(223条)などになるでしょうか。

     上記のC.責任阻却説からすれば,自殺は違法な行為なので,これを制止する行為は,正当化(違法性阻却)されうることになります。

     B.可罰的違法性阻却説によるときも,自殺は一般的な意味での違法性があるので(不正な行為とはいえるので),やはりこれを制止する行為は,違法性が阻却されうることになるといえます。

     これに対して,A.違法性阻却説によった場合には,自殺は適法な行為となるので,これを制止する行為が犯罪となってしまい不都合であるとの批判がなされています(松宮)。

         イ 202条の趣旨

 いずれにせよ自殺は犯罪ではありません。それにもかかわらず,その教唆・幇助(あるいは同意殺人)が処罰されるのはなぜかを考える必要があります。

 この点,自殺不処罰理由のC.責任阻却説からすれば,自殺は(自殺する人を非難できないだけで)処罰に値する違法な行為ではありますから,それに関与する行為が処罰されることの説明は容易といえます。

 他方,A.違法性阻却説からは,自殺は適法な行為なので,これに関与する行為だけが違法とされる理由が問題となります。この点については,生命の絶対的価値から,刑法が自殺者の当座の意思に優越する保護の要請(パターナリズム)の見地から介入し,他人の関与を禁じているといった説明がなされています(川端・中森・西田・山口)。

 B.可罰的違法性阻却説によれば,違法行為である自殺への関与であるから,本罪の可罰性を説明することができるとされます(高橋)。もっとも,この見解によっても,自殺者には当罰性がなく,関与者には当罰性があることの説明は必要であると思われます(西田参照)。この点について,たとえば,大谷教授は,生命はあらゆる価値の根源であり,本人だけが左右しうるものであるという見地から,他人が自殺に関与することは当罰性を有するといった説明をされています。

         (2) 自殺関与罪(前段)

         ア 自殺教唆罪

 「自殺教唆」罪は,「人を教唆して自殺させる」罪です。

          (ア) 客 体

 本罪の行為の客体は,「人」です。行為者以外の自然人をいいます。

 自殺とは,みずから自由な意思にもとづき自己の生命を絶つことをいいますから,本罪の客体は,自殺の意味を理解し,かつ,自由な意思決定の能力を有する者であることを要します。

          (イ) 行 為

 本罪の行為は,「自殺を教唆」することです。

 自殺意思のない者をそそのかして自殺を決意させ,これを行わせることを意味します。

 命令・哀願・勧誘など,教唆の方法は問いません。

         イ 自殺幇助罪

 「自殺幇助」罪は,「人を幇助して自殺させる」罪です。

           (ア) 客 体

 客体は,自殺教唆罪と同じです。

          (イ) 行 為

 本罪の行為は,「自殺を幇助」することです。

 すでに自殺の決意を有する者に対して,その自殺行為を援助し,これを容易にさせることを意味します。

 たとえば,自殺の道具を供与するとか,自殺の方法を教える行為などが,これにあたります。「死後,家族の面倒をみてやる。」というような,精神的幇助も含まれます。

 合意にもとづく心中の1人が生き残った場合,生き残った者の行為が,死亡した者に対する自殺教唆・幇助(あるいは同意殺人)にあたるときは,本条の適用を妨げません(大判大4・4・20,通説)。自分も自殺をこころみたというだけで,その犯罪性が消滅するものではないからです(大塚)。

   ※ いわゆる「無理心中」は,相手を同意なしに殺害したうえで自殺を図るものですから,「殺人罪」(199条)にあたることになります。

   ※ いわゆる「介錯」など,他人の自殺の実行に直接手を貸す行為は,自殺幇助ではなく,同意殺人(202条後段)にあたります。

          ウ 自殺関与罪と殺人罪の区別

  自殺とは,前述のとおり,みずから自由な意思にもとづき自己の生命を絶つことをいいます。

 それゆえ,自殺というためには,死の意味を理解した任意の決意が必要です。

 このことは,自殺関与罪と殺人罪を区別する基準となります(西田参照)。

           (ア) 死ぬ意味を理解していない場合

 第1に,自殺の決意は,死の意味を理解したうえでなされた場合にのみ有効であるといえます。

 したがって,死の意味を理解しない幼児や精神障害者に自殺するようそそのかした場合などは,有効な自殺意思がないので,本罪ではなく,殺人罪の間接正犯が成立することになります(大判昭9・8・27,前掲最決昭27・2・21)。

          (イ) 脅迫・威迫による場合

 第2に,自殺の決意は,任意でなされたものでなければなりません。

 そこで,脅迫・威迫などによって自殺を決意させた場合をいかに解すべきかが問題となります。

 この点については,①自殺の決意がなお自殺者の自由意思によるときは自殺教唆罪を構成するが,他方,②被害者の意思決定の自由を失わせる程度(死ぬこと以外を選択することができない精神状態に陥らせる程度)の脅迫等を加えたときは殺人罪が成立すると解すべきでしょう(西田参照)。

 最決平16・1・20も,「被告人が,被害者に執拗に暴行・脅迫を加えた結果,同人を厳冬期に岸壁から自動車ごと海中に飛びこむ以外の行為を選択することができない精神状態に陥らせたうえ,同人に転落することを命じ,同人をして,上記態様で飛びこませるという自らを死亡させる現実的危険性の高い行為に及ばせた行為は,殺人罪の実行行為にあたる」としています。

   * また,前掲福岡高宮崎支判平元・3・24は,「被告人が,66歳の女性からの借金を免れるために同女を自殺させようと企て,同女が出資法違反で警察に追われていると欺き,17日間,連れ回し,その間,執拗に自殺を勧めて同女を心理的に追いつめ,もはや逃れる方途はないと誤信した同女に農薬を嚥下して死亡させた」という事案につき,被害者の行為を利用した殺人であるとしました(なお,本件は,借金を免れるために殺したものとして,強盗殺人罪(240条後段)が認められています。)

    他方,広島高判昭29・6・30は,「妻の不貞を邪推した夫が,妻の自殺を予見しながら,これに対して連日のように暴行・脅迫を繰りかえし,執拗に肉体的・精神的圧迫を加えた結果,ついに妻が『これ以上,夫の圧迫を受けるより,むしろ死を選んだ方がましだ』と決意し,自殺するに至った」という事案につき,暴行・脅迫が意思の自由を失わせる程度のものではなかったとして,自殺教唆罪になるものとしました。

          (ウ) 欺罔による場合

 第3に,欺罔によって自殺させた場合に,自殺関与罪と殺人罪のいずれを認めるべきかという問題があります。

事案(偽装心中)

 たとえば,「甲は,Aと婚約中であったが,別人との結婚を望むようになり,Aに対し『事業が失敗したので死ぬしかない。一緒に死んでくれ。すぐに自分も自殺するから。』と嘘をついて致死量の毒薬を手渡したところ,Aは,その言葉を信じ,それを服用して死亡した。」というような場合,甲の罪責をいかに解すべきでしょうか。

A.自殺教唆罪説(平野・曽根・中森・日高)

 この点,Aは「死」の意味を十分理解していて死ぬこと自体には錯誤はなく,死を決意する動機に錯誤があったにすぎないなどとして,甲には自殺教唆罪が成立するにとどまるとする見解も有力です。

 しかし,被害者が死ぬことを認識していれば,本人の意思に反する生命侵害にならないとするのは形式的にすぎます。

 最愛の人が死んだとだまし絶望させて自殺に追い込んだ場合のように,重大な動機の錯誤を生じさせた場合において,自殺関与罪しか認められないとするのは,国民の法感情にも反するでしょう。

B.殺人罪説(判例,団藤・大塚・藤木・佐久間・井田,なお大谷・前田・斉藤)

 この点については,「行為者が追死するということが,被害者が自殺の決意を固めるについて本質的な点であり,それが欠ければ自殺は考えられない」という場合においては,追死に関して欺罔することは,自殺の決意に対する自由を奪うものにほかなりません。それゆえ,自殺教唆の範疇を逸脱するものとして,殺人罪を認めるべきものと考えます(「故意ある道具を利用する間接正犯」ということになります。)

 判例も,「重大な瑕疵ある意思」に基づいて死を決意した場合は殺人罪に該当するとしています(最判昭33・11・21)。

   ※ なお,この見解に対するA説からの批判としては,①死ぬ決意で自ら命を絶っている場合と,死ぬ意思の全くない人を殺害した場合とを同価値として論じることはできない,②死を決意しても,その後の翻意によって死の結果が回避される可能性があるので,行為者が死の結果を直接に支配しているとはいえない,というものが考えられます。

C.法益関係的錯誤説(西田・山中・高橋・山口・佐伯)

 ところで,近時,「自らの生命そのもの(余命等)に関して錯誤があった場合には,それ以外のことに関して錯誤があった場合とは質的な違いがある」として,「死を決意するまでの過程で生じた錯誤が自己の生命という法益に直接関係しているか否かによって,死の意思決定が無効になるかどうかを判断すべきである」とする見解が有力になっています。

 この見解によると,前記「偽装心中」事案は,生命という法益に関して錯誤があるわけではないので,A説と同じく,自殺教唆罪にとどまることになります。

 他方,「甲は,Bに死んでほしいと思っていたが,不治の病にかかっているのではないかと心配しているBに対し『余命は数週間だ。最後は痛みに耐えられなくなる。今のうちに自ら命を絶った方がよい。』と嘘をついて致死量の毒薬を手渡したところ,Bは,その言葉を信じて絶望し,その毒薬を服用して死亡した。」という事案では,生命という法益に直接関係する錯誤があるので,死の意思決定は無効となり,殺人罪が成立することになります。

   ※ なお,C説の論者の中には,「法益関係的錯誤」と区別して,「緊急状態に関する錯誤」の場合も意思決定が無効になるとするものもあります(山中)。

 この見解に対して,井田教授は「余命がわずかであるとウソをいって自殺させる場合には殺人罪を構成するとされ,他方,最愛の人が死んだとだまし,もはや生きている意味がないと思わせた場合などのように,重大な動機の錯誤を生じさせたケースにおいて自殺関与罪の成立しか認められない,とするのは理由のある区別だとは思われない」旨を指摘されています(B説を採る方は『新論点講義シリーズ刑法各論』20~21頁および24頁の熟読をお勧めします。)

   ※ さらに,斎藤教授は,「典型的な偽装心中の場合でも,被害者は,騙されることによって,『自分一人で生きる命などは無価値・不要である』といった錯誤に陥っていると考えられ,ゆるやかに考えるなら,法益関係的錯誤なしとは言い切れない」などとして,法益関係的錯誤の概念は輪郭がはっきりしないと指摘されています。

         エ 未遂・既遂

          (ア) 未遂の成立時期

問題の所在

 自殺関与罪の着手時期については,A.行為者が「教唆・幇助した時点」であるとする見解(平野・大谷・前田)と,B.被害者が「自殺行為に着手した時点」であるとする見解(大塚・中森・西田・國田・高橋・林・伊東・山口・佐久間・井田など多数説)が対立します

 これは,たとえば「Xは,甲から自殺することを教唆されてこれを決意したが,結局,自殺しなかった」という事例のように,被教唆者が,いったん自殺を決意したが,意を翻して自殺行為にでなかった場合に,教唆者(甲)に自殺教唆未遂罪(203条・202条前段)が成立するかというかたちで問題となります。

 この場合,A説からは肯定に解され,B説からは否定に解されることになるわけです。

   ※ C.「単なる教唆・幇助の域を超えて現実に自殺に駆り立てる行為があったとき」に着手を認めるとする中間的な見解として,団藤・平川。

殺人教唆罪との均衡

 1つポイントとなるのは,殺人罪の教唆(61条1項・199条)との均衡です。

 たとえば,「甲がYに人を殺すように唆した」という場合,今日,甲が唆した時点ではなく,Yが現に殺人行為に着手した時点で,甲に殺人教唆罪が成立すると考えられています(共犯従属性説)。

 そこで,B説は,A説に対して,「より重大な殺人罪の教唆でさえ,被教唆者の殺人の実行行為がないかぎりは不可罰であるのに,それより軽い自殺教唆罪の場合に,教唆行為があっただけで犯罪が成立すると解するのはバランスを欠く」と批判します。

 A説からは,「自殺教唆罪は,総則にいう共犯の一形態としての教唆犯ではなく,各則に規定された独立の犯罪として処罰されるもの」であって,「自殺を教唆する行為が,すでに,被教唆者を自殺へ駆り立てて追いやる危険な行為であると解すべきである」との反論がなされます。

同意殺人罪との均衡

 もう1つポイントとなるのは,本条後段の同意殺人罪の実行の着手時期との均衡です。

 同意殺人罪は,人をその同意(嘱託・承諾)を得て殺すという罪ですが,これについては,同意を得ただけでは着手とは認められず,殺害行為に着手することが必要であるとされています。

 そこで,B説は,A説に対して,「そそのかして死ぬことを決意させただけで着手を認めることは,同一の条文により規定され,同一の法定刑のもとにおかれている同意殺人罪との統一的理解を妨げることになる」と批判します。

 A説からは,「同意殺人罪の場合は,被殺者の嘱託・承諾の後に行為者自身による殺害行為が予定されているから,嘱託・承諾があっただけでは実行の着手と認めることはできないが,自殺教唆罪の場合は,行為者自身の行為としては自殺を教唆することにつきるから,教唆行為があれば,そこに実行の着手を認めてよい」との反論がなされます。

   * なお,教唆・幇助によって本人が自殺行為をとったが死にきれなかったというとき未遂となることについては,争いありません。

          (イ) 既遂の成立時期

 自殺教唆罪・自殺幇助罪は,被教唆者・被幇助者が自殺を遂げたとき(=死亡したとき)に既遂となります。

         オ 罪 数

 自殺を教唆し,さらに自殺を幇助したときは,1個の自殺関与罪が成立します(大谷)。

 

                                                                        同意殺人罪