時論公論 「イスラム武装勢力 拡大する脅威」 2014年07月08日 (火) 午前0:00~

二村 伸  解説委員

イラクとシリアでイスラム武装勢力が支配地域を拡大し、イラクでは首都バグダッドに迫る勢いです。イスラム国家の樹立を掲げる武装勢力の台頭は、中東だけでなく世界全体の脅威となっています。世界の若者が次々と過激な組織に加わり、9.11、アメリカの同時多発テロ事件以来ともいえる危険な兆候を示している戦場に向かう若者たちを止めることができるのか、またテロの脅威にどう立ち向かえばよいのか、今夜は世界が突き付けられているこの問題について考えます。
 
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まず、この地図をごらんください。イラクとシリアの赤で示されたのがイスラム武装勢力に支配されている市や町です。イラクでは先月10日、人口200万人の第2の都市モスルが武装勢力に制圧された後、北部の主要都市を相次いで失いました。
シリアでも、東部の都市が制圧され、シリア最大の油田も武装勢力の支配下にあります。
 
その武装勢力は様々な名前で呼ばれていますが、正式名称はこちら。
 
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「イラクとシャームのイスラム国」です。シャームは今のシリアから地中海まで広がる広大なシリア地方をさします。アラビア語の頭文字をとって「ダーイシュ」と呼ばれていますが、先月29日には、イラクとシャームをとって「イスラム国」الإسلامية الدولةに名称を変更し、国境の枠を越えたイスラム国家の樹立を宣言しました。
 
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バグダディ指導者自らをカリフ、預言者ムハンマドの後継者を意味するイスラム国家の最高権威を名乗り、世界のイスラム教徒に結束を呼び掛けるという、まさに国際社会に挑戦状をたたきつけたかたちです。
 
その「イスラム国」はどんな組織か見てみましょう。もともとイラク駐留アメリカ軍に抵抗するために結成され、シリア内戦に乗じてシリア国内で活動、再びイラクで反政府活動を活発化させています。3月に自ら発表した活動報告書によれば、自爆テロや暗殺、刑務所の襲撃など去年1年間に1万件の事件を起こし、都市の制圧を支配地域拡大の重要な手段としています。かつては国際テロ組織「アルカイダ」の一派でしたが、命令に従わない住民や他の過激派組織のメンバーを容赦なく殺害するなど、その残虐性と路線の違いからアルカイダ指導部と対立し、いわば「破門」されたかたちです。
 
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その組織がなぜこれほど力を持つようになったのか、そのカギは「ヒトと金」にあります。メンバーは1万人以上、1万8千人とも伝えられますが、外国人志願兵の他、刑務所から解放された受刑者が次々と加わり、膨張を続けています。
 
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シーア派を優遇するマリキ政権に不満を持つスンニ派の部族指導者や民兵、それにフセイン政権崩壊後地下に潜った軍やバース党の幹部らを味方に取り込んで、支配地域を急速に拡大しました。決して主義主張が支持されたわけではなく、イラクの政治の失敗、宗派対立が過激派武装勢力の台頭を招いたのです。
 
資金源を見てみますと、湾岸諸国の資産家や宗教団体からの寄付と支配地域での略奪や石油の売却による収入、それに税金名目で強制的に集めた金。それにイラク第2の都市モスルでイラク中央銀行の支店の金庫から400億円をこえる現金を手にしたと伝えられています。
 
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アルカイダの弱体化が伝えられる一方、この組織はより先鋭化し専門家は統率のとれた軍事組織に近いと分析しています。今では世界で最も強力で裕福なテロ組織と言われ、給与につられて他のテロ組織から移ってくる者も多いということです。
さらに豊富な資金に加え積極的な宣伝活動によってメンバーを増やしています。
 
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その手段がツイッターやフェイスブックなどのいわゆるソーシャルメディアです。90年代アフガニスタンで軍事訓練を受けた若者たちが、その後過激派メンバーとなってテロを起こしましたが、当時との最大の違いはソーシャルメディアによって過激な思想や命令が瞬く間に世界に広がり、メンバーが集まることです。
【VTR:YouTubeで勧誘する外国人戦闘員】
ユーチューブではヨーロッパやアジア出身のメンバーが仲間を勧誘する動画がいくつも投稿されています。この中央の男は去年11月に故郷を発った20歳のイギリス人であることが父親によって確認されました。10代の弟もシリアに入りました。
これはオーストラリア出身の男と見られ、英語で呼びかけています。
 
イギリスの研究所によれば去年末までの3年間で70か国あまりの1万人以上がシリアに入国、そこから多くがイラクに移動したと見られます。このうち「イスラム国」の外国人メンバーは2千人とも3千人とも言われますが、その2倍以上と見る専門家もいます。
 
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シーア派の支配に反対するサウジアラビアなどの湾岸諸国や北アフリカのアラブ人、ロシアのチェチェン人の他、欧米やアジアの若者も後を絶ちません。各国の報道では、治安当局者の話としてフランスやイギリス、ドイツなどヨーロッパから1000人以上、オーストラリアからも200人以上、この他インドネシアやマレーシアからも数十人がシリア入りしていると伝えられています。外国人は主に自爆テロなどに関わっていると見られ、シリアではアメリカ人やカナダ人が自爆テロを起こし、イラクでも5月に西部で起きた自爆テロの実行犯はマレーシア人だったと伝えられています。
 
各国政府が懸念しているのは、若者たちが過激な組織に加わり、「戦士」として現地に向かうだけでなく、戦闘経験を積んで帰国した後テロを起こしかねないことです。イギリスのキャメロン首相は先月、イギリス国内で過激派によるテロの危険性があるとして、イラクだけの問題ではないと警告しました。ヨーロッパだけでなく、マレーシアでも20人近くが拘束されるなど、アジアでもテロリストの予備軍が増えています。
 
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なぜ若者たちが過激な行動に走るのか、その背景には、失業や格差の拡大、偏見や差別、それに政治腐敗に対する不満などがあるとこれまでも何度も言われてきました。社会で居場所がなく将来への希望が持てない若者たちは、西欧型の文明社会を否定し、聖なる戦いを叫ぶ過激派の主張を受け入れやすく、ごく普通の市民がいつのまにか過激派に取り込まれてしまったというケースが数多く報告されています。イギリスではモスクを通じて過激化する若者が増え、シリアの紛争を機に多くが「聖なる戦い」に立ちあがったということです。
9年前の7月7日、ロンドンで起きた同時多発テロは、イギリス生まれの若者たちが宗教指導者に感化されて起こした事件でした。アメリカで去年ボストンマラソンの競技中に起きた爆弾テロも、テロ組織とは関係のないチェチェン出身の兄弟が起こしたものでした。いわゆるホームグロウンテロの脅威も世界で広がっています。
9.11以降、国際社会はテロとの戦いを続けてきましたが、これまでのような取り組みではテロ組織は一掃できないことを私たちは改めて思い知らされました。若者が過激な思想に染まらないようにするにはテロの温床となっている社会を根本から変えるだけでなく、国際社会が連携して情報を共有し、資金源を断つこと、そして若者たちの心のケアや社会参加を促すような取り組みも欠かせません今懸念されるのはイラクやシリアで紛争が続いても終結したとしてもテロの脅威が世界に広がり続けることです。イラクの危機を中東だけでなく国際社会全体が直面する危機と捉え、これまで以上に結束して取り組むことが重要ではないでしょうか。
 
(二村 伸 解説委員)