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劣等生の異世界大魔導師 作者:清水 京

第三話

 
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 轟音が空から響いた。
 逃亡中だったエリナ・サーペリアは思わず馬を止め、大空を見あげる。
 そして信じられぬ光景を目撃し固まっていた。
 空を覆いつくすかのような広範囲にわたる紅蓮の炎に包まれ、ガーゴイル達が一瞬で溶け、蒸発していった光景を見てしまったからだ。
 それこそ、さきほどまで彼女を追っていたガーゴイルの如く石になったように固まり、息を飲んでいた。

 ――魔法抵抗力もかなり高く、一流の正魔道士も苦戦は免れないガーゴイル。
 ――そのガーゴイルの大群をただの一撃で……。
 ――なんて……なんて、恐ろしい程の威力を持った超広範囲極大呪文なの。
 ――これほどの大魔術を私は一度も見たことがない。
 ――私の国の宮廷魔導師長でも、これほどの大魔術をとても使えないわ。
 ――まさか…………ひょっとして…………伝説の魔術である《真魔極炎フレア》っ!?
 ――伝説に残る程の大魔導師のみが使用できたという《真魔極炎フレア》、なの?
 ――古代魔道王国の大魔導師ならともかく、今の世で、使える者がいたなんて……。

 空を見あげたまま、美しき女魔術師エリナはその身を震わせた。

「××××××××××××××××××××××」

 ビクンっ!
 背後からエリナの理解できない言語で声をかけられた。
 エリナは慌てて身体を捻り、顔を向ける。
 誰もいない。
 再び声が聞こえた。
 馬上のエリナより、遥かに高い位置からだ。

「××××××××××××××××××××××」

 視線を上げたエリナは、空から降りてきた一人の若者を視認した。

 ――導師級の魔導士でなければ使いこなせない上級魔法《飛行フライト》だわ。
 ――じゃあ……彼が、先ほどの大魔術を?
 ――だ……だとしたら。 
 ――上級魔法《飛行フライト》を行使しながら、同時にあれほどの大魔術を……。
 ――それに…………この人の言葉、ま、まさか……
 ――は……上位真魔言語ハイ・ルーン……な……の?

 若者の喋る言葉をほとんどエリナには理解できない。
 しかし、古代魔道王国の研究をしているエリナには、僅かに聞き覚えのある単語が混じってもいた。
 上位真魔言語ハイ・ルーン
 言葉の一言一句に、強力な魔の力が宿っている神秘の言語。
 最高峰の知識・知能を持つ歴代の大魔導師・大賢者たちが何百年もかけて解析しつづけている――が、いまだほとんど解明されていない。
 あまりにも難解すぎる未知の言語だからだ。


 ――か、彼は一体何者……なの?

 エリナは緊張と恐怖で身を強張らせつつも、必死に若者を観察する。
 若者が着ている服は、なんの変哲も飾り気もない地味な黒ローブだ。
 特段、強力な魔導具マジックアイテムを身につけている様にも見えない。
 容姿は、かなり整っている。
 ただ、どこか自信無げな表情をしていた。
 態度もエリナに対して酷く緊張しているように、オドオドとしていた。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ウィズは、目の前の若い女性エリナが、途方もなく美しいことに気付き、酷く緊張した。
 碧い宝石のように美しい目。と、金糸のように輝くこれも美しい金の髪、初雪のように白くきめ細かい透き通るような肌を持った、震えるほどに美しい十代後半の女性。
 まさに女神のような完璧な美しさを持っていた。
 これほどの美人に話しかけた事など、ウィズにはなかったからだ。
 それでも、街までの案内してもらえないか、勇気を出して喋り続けた。
 だが、どうも、この美少女には言葉が理解できていない気がする。

 最初にウィズがどもりながら言った言葉は
「あ、あの……。すいません、ちょ、ちょっとお聞きしたいのですが」
 次に、口にした言葉は、
「あ、上です。すいません高いところから。今、地上に降りますから」
 だったのだが、女性が理解できたのは、『上』という単語と、『地上』という単語ぐらいの気がした。

 なので、ウィズは《言語理解タング》の魔術を使うことにした。
 ウィズのいたルーンガルドでは初級の言語魔術だ。
 いま、ウィズがいる世界――マナハザード――では、使い手がごくわずかにしかいない遺失された秘術に属する上級魔術扱いではあったが。

「あ、《言語理解タング》の魔術を使ってみたんですけど……僕の言葉、通じてますか?」

 遠慮がちにウィズは尋ねた。
 《言語理解タング》のお陰で、この言葉は女性にも完全に理解出来たようだ。
 ウィズにはなぜ「た……《言語理解タング》の秘術を……」と女性が息を飲んで呟いたのかは不明だったが。
 女性は何度か深呼吸したあと、意を決したように口を開いた。

「は、はい。貴方の言葉が理解できるようになりました。あ、あの、さきほどの恐るべき大魔術は、あ、貴方のお力によるものなのでしょうか?」

 女性は声も美しく、耳に心地よかった。
 ただ、酷く緊張しているのか、声が多少裏返ってもいたが。

「大魔術? え、え~~と、なんのこと?」

 ウィズの方も女性の美しさに緊張しつつ、首を傾げた。

「さきほど、神々が生み出した神炎のごとき魔術の炎により、邪悪だが手強きガーゴイルの大群から私を救ってくださったのは――貴方、ではないのですか?」

 女性の言葉を聞き、ずいぶんと大袈裟な言い回しをする人だなぁ、とウィズは感想を持つ。

「はぁ。ガーゴイルを蒸発させたのは、一応僕ですけど」
「や、やはり! あ、ありがとうございます! もはや天に還る運命さだめと諦めていましたが、貴方の途方もない魔の力で、この身は救われましたっ!」
「あ、あの、頭を上げてください。べ、別にたいしたことをしていませんので……」

 深々と頭を下げてきた女性に、ウィズは酷く恐縮してしまった。

 慌てたウィズに促され、顔を恐る恐る上げた女性は、遠慮がちに

「お、お聞きしてもよろしいでしょうか? さきほどの大魔術は、ひょ、ひょっとして、伝説の《真魔極炎フレア》……ではありませんか?」

 大魔術?
 伝説?

 さっきから、この美しい女性は言うことが大袈裟すぎるなぁ。
 《真魔極炎フレア》なんて、魔導学園に入学して一年時に覚える初級魔術なのに。
 才能ある人間は、入学前から使いこなせるし。
 主席のレミリアさんなんて、九歳のときに成功したとか自慢していた。
 まぁ、僕は使いこなせたのが、同学年の中で一番遅かったけどさ。

 ウィズはそんなことを思いだしながら、

「いや、《真魔極炎フレア》じゃないですよ」

 と、否定しておいた。

 《真魔極炎フレア》の上位にあたる中級火炎魔術《超真魔極炎メガフレア》を使用するか、確かに一瞬、迷いはした。
 しかし、結局使用したのは、ただの《火炎球ファイア》なのだ。
 呪紋で威力を増幅ブーストすれば、《火炎球ファイア》で十分だと、判断したからだった。
 実際、十分だった。

「フレア……ではない?」
「うん。さっきのは、フレアではなくて、ファイアです」
「っっっ!!!!????」

 女性が大きく息を飲み、口に両手を当てて驚愕した理由が、ウィズにはさっぱり理解出来なかった。

「お、同じ魔術でも使用者が持つ魔力の絶対量によってその威力は雲泥の差が出るとはいえ…………あ、あれほど広範囲であれほどの凄まじい威力を、ただのファイアで出すなんて……人間技ではありえない……」

 女性は呟きつつ、あまりにも大きな衝撃を受けたかのように、ヨロヨロと後ずさった。

「あ、あの~?」
「この人の魔力は、人間を遥かに超越しているというの? ……まさか…………だ……大魔王級?」

 さっきからこの女性は何を言っているんだろう?
 魔力の絶対量なら、この人の方が僕よりもずっと大きいのに。
 彼女なら、もっと強力な威力の《火炎球ファイア》が当然使えるだろう。
 素の《火炎球ファイア》ならいざしらず、呪紋で範囲や威力を増幅ブーストすれば、彼女の方がより強力な《火炎球ファイア》を発動できるはずだ。 
 それは、呪紋を組み合わさない、呪文のみによる素の《火炎球ファイア》なら、いくら魔力があっても、ショボイ威力だろうけどさ。
 ウィズは、頬を搔きながら心でそう呟いていた。

 ウィズはこの時点ではまだ気付いていない。
 自分が元いた世界ルーンガルドと比べて、はるかにこちらの世界では、魔術の知識・技術が劣る事に気が付いていなかったのだ。
 例えば、ルーンガルドの魔導文化を飛躍的に上昇させた『呪紋』。
 ルーンガルドでは千年以上前に発見され、体系づけられた魔導技術だ。
 ルーンガルドの魔法使いにとって呪紋描写の技術取得は絶対的に必須であり、物心つく前から誰もが勉強し、身につける。
 その呪紋が、こちらの世界マナハザードでは、いまだ未発見のままだった。

 いままでよりもさらに緊張した女性は、非常に慇懃な態度と言葉使いになった。
 それだけでなく、畏怖と羨望の混じった視線をウィズに向けている。

「だ、大魔導師様。貴方様の御名みなをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「だ、だ、大魔導師っ!?」

 ウィズは、ギョッとした。
 よもや自分が大魔導師と呼ばれる日がくるなど、夢にも思っていなかったのだ。
 自分は、十七歳になってもいまだ初級魔術士にすぎない劣等生なのだ。

 ――か、からかわれているのかな?
 ――うん、きっとそうだ。
 ――僕をからかっているだけに違いない。

 女性から畏怖と羨望の混じった眼差しを向けられてもいる。
 しかしそれも、演技かなにかのようにウィズは思った。
 劣等感の強いウィズは、自分に自信がない。
 よもや自分が他人から、本気で畏敬されることなど、ありえるとは思えなかった。
 それほどに、ウィズは自分に自信がない人間なのだ。
 ウィズの自信の無さは、元の世界で劣等生として馬鹿にされ、見下ろされ続けたせいではある。
 しかし、それだけという訳でもなかった。
 《前世記憶視》
 魂の奥深くに残っているという前世の記憶をおぼろげながら思いだし、『視る』ことができる魔術だ。
 運命系統の初級魔術の中では難しい方である。
 劣等生のウィズは最近、ようやく使えるようになっていた。
 興味から《前世記憶視》を使用したウィズは、前にもまして自信を喪失した。
 酷い前世だったのだ。
 おぼろげながら思い出した前世では、魔術の存在しない異世界の一般市民だった。
 魔術のかわりに科学が非常に発達していたように思えた。
 その前世でウィズは、なにものでもない、凡庸な人間――以下だった。
 なにごともなさないまま生きていた。
 家族を含め周囲から見下ろされていた。
 そして、若くして突然死した。
 不摂生な生活が祟ったのだろう。
 おぼろげながらも前世の記憶を《視た》ウィズは、自分は、本当に劣った存在だと再認識するに至っていた。
 そして、もともと少なかった自信を、さらに喪失していた。

 ――そんな、僕が大魔導師?
 ――やはり、どう考えてもからかわているとしか思えない

「あ、あの大魔導師様っ」
「……え? ……あ……いや僕は……」
「不躾ながら、どうか私の願いを聞き入れてはいただけませんでしょうかっ!」

 ウィズが、いままで話したことも傍に近づいたこともない程に美しい少女。
 その美しい少女が、地に膝をつけ、ウィズの靴に接吻しかねないほどの勢いで、必死に頼み込んできた。

「だから僕は…………頼み?」
「私を……サーペリア王国第二王女エリナ・サーペリアを、どうか貴方様の弟子にしてください! どうか弟子の末席にお加えくださいっ!」
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