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ぼっち転生記 作者:ファースト

精霊たち

 気がついたら、まばゆい光の世界に俺はいた。
 光が強すぎて、目が開けられない。
 いや、俺の目が弱くなったのか?

「次男も生まれたし、これでホークウッド家も安泰だ」

 三十代~四十代半ばと思える男性の声が聞こえた。

「貴方、この子に名前を付けてくださいまし」

 今度は二十代に思える女性の声だ。

「この子、少し灰色がかった黒髪に濃茶色の目をしているな」
「そうね。貴方と私の遺伝が混じった結果、こうなったみたい」
「ふむ……アッシュ、ブラック、ブラウン……」
「貴方、次男だからって適当に名前をつけようとしていませんか?」
「い、いや、そんなことは……よし、この子はアッシュと名付けよう」

 男女の会話が聞こえてきた。

「アッシュね。悪くない名前だと思います」

 誰かに抱きかかえられた。

「貴方の名前はアッシュよ。私の可愛い坊や」

 耳元で女性の囁く声が聞こえた。
 この時点で、俺はある考えを思いついた。
 まさかとは思うが…………赤子に転生したのか?

 ――その、まさかだった。

     ◆

 三年が経った。
 この頃には、地球ではなく別の世界に自分が赤子として転生したことを現実なのだと、受け入れていた。
 幸い、かなりの田舎町とはいえ、親はその町を治める貴族だった。
 いわゆる地方領主だ。
 ゆえに生活の心配はない。
 それに貴族なら教育を受け、文字書きを含めた教養も身に付けられるだろう。
 家族の会話から、この世界には魔法が存在することも知った。
 また、田舎町ラーンの地方領主である父親が仕えるルーンレシア王国は、大陸で最も魔法文明が進んでいるらしい。
 俺が住んでいるのは人口百人ちょっとで、都から非常に離れた田舎町ゆえに、魔法を使える人間は両親だけのようだが。
 しかし、親が魔法を使えるなら、俺も魔法を使えるようになるかもしれない。
 実に楽しみだ。

 それから、最近、変なモノが時々見えてくる。

 空を見あげれば、宙を飛ぶ羽が生えた半透明の女性達。
 大地を見下ろせば、上半身だけ地面から生えている半透明の女性達。
 湖を覗けば、水の中で戯れている半透明の女性達。
 暖炉の火を見つめていれば、炎の中で踊る半透明の女性達。

 が、俺の目には見えてくることがある。

 しかも、女性達は皆、全裸だった。
 もっとも、女性達は皆、サイズが人形並みだった。
 三十~五十センチ程度なのだ。
 そのため、全裸でも興奮を覚えることはなかった。
 中には、8頭身以上の美女もいたが、やはり人形サイズだった。
 妖精、あるいは精霊の類なのだろうか?
 俺は両親に、このことを話してみた。

 普段温和な両親が、非常に真面目な顔つきになり、

「いいか、アッシュ。このことは家族以外には誰にも言うな。絶対にだ」
「アッシュ、もし、精霊たちが話しかけてきても、絶対に口を聞いちゃ駄目。聞こえないふりをしておきなさい」

 と、怖いぐらいに真剣な口調になった。

 このとき、俺は自分の目に見える半透明の小さな女性達が、精霊であることを知った。
 そして、俺は訳が分からないままも、両親から、誰にも言わない事、精霊たちと口を聞かない事を、約束させられた。
 いや、約束と言うより、誓いをたてさせられた。
 誓いを破ったら、怖い人たちに連れて行かれる――などと両親から脅されもした。
 肉体的な年齢は三歳でも、精神年齢的には大人である俺には、あまり効果的な脅しではなかったが。
 だが、精霊が見えるということが、この世界、すくなくともこの国では、なにかヤバいことであることは、両親の態度から、俺は感じ取っていた。

     ◆

 俺が転生して十年が経った。

 精霊たちを目にする機会が、年齢と共にだんだん増えてきていた。
 七年前とくらべて、ハッキリと精霊たちの姿が見えてきてもいる。
 いまのところ、話しかけられたことは一度もないが。
 精霊たちは、俺が彼女たちの姿を見えていることに、気がついていないっぽい。
 俺の方から話しかけてみたいが、両親とした誓いもあるので、躊躇っていた。
 俺の人間嫌い、人間不信は転生しても治っていない。
 しかしながら、愛情を持って育ててくれている両親に感謝はしている。
 それだけに、そうそう誓いを破る事は出来ない。
 もっとも、両親の愛情とやらも、この頃、薄くなってきている気はするが。
 原因は分かっている。
 俺に魔術の才能がないからだ。
 いくら両親が熱心に教えてきても、俺は全く魔術が使えなかった。
 魔術理論は理解できても、実践が出来なかった。
 どうも俺の身体には魔力マナがあまり流れていないようなのだ。
 二つ上の長男どころか、一つ下の弟、三つ下の妹と比べても、俺には魔術の才能がまるでなかった。
 ルーンレシア王国では、魔術の才能あるものが尊ばれる、らしい。
 庶民はともかく貴族世界では、魔術の才能あるものこそ出世もする。
 なのに俺には、その魔術の才能が無い。
 努力しても、魔力自体が少ないのでどうしようもなかった。
 いくら必死に呪文や魔導文字ルーンを覚えても、無駄な努力なのだ。
 そして、魔力の絶対量は生まれつきのものであり、増量することはまずありえないらしいのだ。

 魔術の才能がない俺の人生は、あまり展望が無い。 

 そもそも、子供達に土地を分け与えられる大貴族ならともかく、中小貴族の次男坊、三男坊は、長男になにかあったときのスペアでしかない。
 長男が病死や事故死、あるいは戦死でもしない限り、一生、部屋住み(厄介者)となる。
 魔術の才能に秀でているなど、特別な才能があれば、子のいない貴族の養子となって家と領地、財産を継ぐこともありえるようだが。
 養子の口も、魔術の才能を含めて、何の才能も無い俺ではまず望めなかった。
 まぁ、周囲から見下ろされがちな部屋住みでも、食べていけるだけ、マシだろう。
 例え俺の人間嫌いが治っても、部屋住みでは一生、結婚できそうにないが――いや、それでも生活の心配はないだけ、マシには違いない。
 貧農の子などは、奴隷として人買いに売られることも日常茶飯事な世界なのだ。
 俺が住む田舎町ラーンは、気候が温暖で土の質もイイためか作物がよく育つため、比較的裕福であり、子を売る親は少なくとも俺の知る範囲ではいないが。
 もっとも、俺の知らないだけで、子を売る親、親に売られる子は、いたのかもしれない。
 何せ俺は、人口百人チョットの街ですら、住民たちのほとんどと交流が無い。
 同年代の子供達と遊んだことも無く、親しい友人は一人もいなかった。
 俺の精神的年齢が三十代であることも関係はしているだろう。
 だが、それ以上に、俺が他人との交流を避けた結果だった。
 人間嫌いと人間不信が続いている俺は、人と交わることを転生してからも避け続けていた。
 町で完全に浮いた状態になっていることは自覚している。
 領主の息子でなければ、町の子供達からイジメを受けていたかもしれん。
 今のところイジメこそ受けていないが、変人扱いはされているけどな。
 俺が彼らを避けるように、彼らもまた、俺を避けた。
 俺を見下ろし馬鹿にしてくる兄妹との仲も良くないので、俺はいつも一人だった。
 一人で自室に篭ったり、一人で森を歩き回って時間を潰していた。
 近頃では、両親から期待を全くされなくなってきた俺には、自由な時間が多かった。
 魔術の勉強も、両親は他の兄弟につきっきりで、俺には課題だけ与えて、自習させることが増えてきたしな。

 今日も俺は、一人で森の中を歩いていた。

 一応、護身用の木剣を腰に差している。
 魔術が盛んな国とはいえ、貴族の嗜みとして、ある程度は剣術を父親から習ってはいた。
 俺には、剣の才能も特にないようだが。
 まぁ、この森は危険な動物が少ないので、どうせ木剣を振るう機会もまずない。
 かなり森の深くまで歩いた。
 そろそろ俺は家に戻ろうとした時――後ろに何かの気配がした。
 振り返ってみると…………熊がいた。

 そ、そんな、この森には熊なんていないはずじゃ…………。
 よその森からきたのだろうか?
 とにかく、逃げないと。

 死んだふりは、熊が空腹なら自殺行為だと転生前にネットで見たこともあるし。
 俺は、熊を刺激しないように後ずさりし、距離をとろうとした。
 だが――熊が猛スピードで襲いかかってきた!
 俺は後ろを向き、走って逃げようか迷った。
 だが、とても逃げ切れる気がしない。
 だから俺は、近くの木に登ることを選択した。
 幸い、友達が一人もいない俺は、一人でも出来る遊びの木登りなどは、それなりに上達している。
 熊に追いつかれる前に、なんとか木の上まで登ってこれた。
 このまま、熊が諦めて去ってくれることを俺は願う。
 しかし、よほど空腹なのか、熊には諦める気配がない。
 それどころか、俺のいる木に登ろうとしている。
 俺は、熊の中には、木登りが得意な種類もあることを思いだし、真っ青になった。

 ヤバい……本当にヤバイ。

 木の枝の上で、頭を抱え込んで震えた。
 こんな時に、宙を舞う半透明の女性が数人見えてきた。
 俺を見て、指を差しながらクスクス笑っている。
 なにがそんなにオカシイのだ。
 人が、熊に食い殺されそうだというのに。
 人間だけでなく精霊も糞みたいな連中ばかりなのか?
 死を間近に感じていたこの時の俺は、冷静さを失っていた。

 両親との誓いも忘れ、

「なにがオカシイっ! その羽、むしるぞっ!!!」

 と、八つ当たり気味に叫んでしまった。

 精霊たちの方を見ながらな。
 精霊たちはギョッとした顔になった。
 そして、ヒソヒソとなにかを囁き合った。
 精霊たちの一人が、代表するかのように俺に近づいてくる。
 そして、

「ねぇねぇ、君、私達の姿が見えるの? 人間の癖に」

 なんて、小首を傾げながら俺に聞いてきた。

「ああ、見えているよっ!」

 俺は、やけっぱちになって答える。

「へぇ~~。声まで聞こえるなんて。君、そうは見えないけど、ドイルドとかシャーマンの修行をかなり積んでいるんだね」

 ドイルド?
 シャーマン?
 ああ、両親が言っていた異端の魔術師か。

「俺は異端の修行なんか積んだ事はない。魔導文字ルーンを学んで、真正魔術の勉強はしているけどな」
「「「「「ふぇぇぇぇええええっ!!!!!?????」」」」」」

 精霊たちが一斉に驚きの声をあげた。
 なんだ?

「こ、この人間、精霊使いの修業も積まずに私達、精霊の声が聞こえているんだって!」
「天才っ! 天才だよっ!」
「……天賦の才を持つ者と認めるしかないわ」
「稀に精霊使いとして、生まれつき天稟の才を持つ人間がいるらしいけど」
「上手く育てたら、伝説級の大精霊使いになるかもっ!」
「ここで、熊にごちそう様させるのは、惜しい才能なのっ!」
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