中塚久美子
2014年7月8日12時36分
国民の証明である戸籍がなくても、社会に迎えられる人はいる。
たとえば新しいパートナーの子を産んでも、婚姻関係を解消できない夫との関係から出生届を出さないなど、親の事情で無戸籍となる子がいる。各自治体はそれぞれの判断でこうした子に住民票を発行している。義務教育の就学機会も設け、児童手当や保育所入所、新生児健診などの行政サービスも提供している。
しかし親が子と社会との一切の接点を絶てば、第三者が子の存在をつかむのは容易ではない。厚生労働省は現在、住民票があるのに予防接種の未接種や学校に来ない18歳未満の所在不明児を全国調査しているが、法務省によると、住民票がない子は「存在を認識する端緒がない」という。
社会の闇は事件で照らし出される。1988年、東京都豊島区で2歳の子が死亡し、無戸籍の兄妹4人が親に置き去りにされていたことが発覚した。この事件を題材にした映画「誰も知らない」(2004年)は反響を呼んだ。
公立の夜間中学にここ数年、無戸籍、不就学の若者が入学している。全国夜間中学校研究会の須田登美雄副会長(57)によると、09~13年度、東京都内5校に16~30歳の男女9人が入学した。
都内の夜間中学に今年3月まで23年勤めた関本保孝さん(60)は「背景にはDV(家庭内暴力)や地域社会の崩壊による親子の孤立があると思う。私たちの想像を超える数の若者が、息を潜め生きているのではないか」と言う。
彼らが大人になって救い出されても、通常の社会生活を送れるようになるまでの道のりは険しい。児童相談所の相談や一時保護の対象は18歳未満。その後の公的な救済手段は乏しい。
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■「尊厳の否定に等しい」
〈道中隆・関西国際大教授(社会保障)の話〉 見つかった無戸籍・不就学の子どもたちは氷山の一角だと思う。私が大阪の児童相談所に在籍していた15年前も、こうした子がいた。
生活困窮者の裾野が広がるなか、最も支援が必要な人が孤立無援となっている。妊娠・出産時の相談や無保険受診、生活保護申請の際、子どもの声なきSOSに敏感に反応できるよう、支援の担い手を質量ともに充実させる必要がある。
社会と結びつく根っこがないのは、人間の尊厳を否定されることに等しい。養育の知識や能力がない親もいる。こうした子どもたちが生まれるメカニズムを理解して、救い出す法の整備を進めなければならない。
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■取材後記
康子さんが幼少のころにいた大阪の近所の人のことばが耳に残る。「体がガリガリとか、殴られたあざがあるとかだったら声をかける。でも一見して、普通やったもん」。学校のある時間に彼女を再々見かけても、誰もかかわらなかった。
父と車上生活を送っていた翔太さんは警察に10回ほど補導されたという。本当なら、警察官は親に引き渡して一件落着とせず、親子を社会の受け皿に載せる試みはなかったのか。
社会に「われ関せず」の空気が強まっている。康子さんの生活保護を担当した兵庫県伊丹市のケースワーカーは「昔は他人の子でも進んで世話をやく大人がいた。今はプライバシーの問題が意識され、手を差し伸べる人は少ない」と言う。
社会は、私たちは、どうすればいいのか。「親の責任」と思考停止していないか。子どもらしく生きる権利を奪った親に怒るだけではなく、親自身が困難を抱えている可能性も想像したい。
康子さんの父親も中学に通えず、大人になるとアウトサイダーとして生きてきた。批判ばかり聞こえてきては、親も子もSOSを出しにくい。いつしか冷めてしまった社会のぬくもりを取り戻すことが、第一歩ではないか。(中塚久美子)
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