【music liminoid】HEART OF GOLD - 毛皮のマリーズ ※マリーズ解散宣言へと繋がる珠玉の名曲。
- 2014.07.08 Tuesday
- 09:48
ぴっぴです。ほんとはね、コレ、夕べアップしようと思ってたの。コーポラティズム作文の後に。でも、作文が消えちゃって、今朝、書き直して、・・・余計なコトに気付いちゃった(鳴)・・・でも、でもね、あたしの気持ちは今、すでに毛皮のマリーズですっ(笑)
大好きな志磨さんのステージ・バージョンで。
ひどい雨。誰かがボクの戸を叩いたのをたしかに聞いた、ドンウォーリー、もう雨は止むよ、朝日が昇れば旅立ちだ、あの子が寝ている間に、ランプはいらない、道を照らすのは、heart of gold ・・・大意
一つ教えてくれ ボクは生きて帰れるのか 首を横に振るなら 運命はボクの敵だ(笑)
ドンウォーリー、Babay !!
私は、生きるために書く。あなたも生きるこの世界で。Heart of Goldを携えて。 ・・志磨さ〜ん、眉なしちょっとコワ〜(爆)
https://www.youtube.com/watch?v=-fBotly9ZIw
大好きな志磨さんのステージ・バージョンで。
ひどい雨。誰かがボクの戸を叩いたのをたしかに聞いた、ドンウォーリー、もう雨は止むよ、朝日が昇れば旅立ちだ、あの子が寝ている間に、ランプはいらない、道を照らすのは、heart of gold ・・・大意
一つ教えてくれ ボクは生きて帰れるのか 首を横に振るなら 運命はボクの敵だ(笑)
ドンウォーリー、Babay !!
私は、生きるために書く。あなたも生きるこの世界で。Heart of Goldを携えて。 ・・志磨さ〜ん、眉なしちょっとコワ〜(爆)
https://www.youtube.com/watch?v=-fBotly9ZIw
- music liminoid
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五月さん、意図的に私をペリマリさんだと見做して、暗に攻撃し続けてたんだね・・・それ、犯罪ちゃう?(笑)
- 2014.07.08 Tuesday
- 09:08
ぴっぴ@チャウチャウじゃないよ〜、強いて言うならそれはきっと・・・ちっちゃなワンコです♪
Aさん「あの犬、チャウチャウちゃう?」
Bさん「チャウチャウ、ちゃうんちゃう?」
Aさん「・・・チャウチャウちゃうちゃうんちゃうんちゃう?」
・・・永遠に続くとか(笑)・・・関西弁は苦手です(爆)
五月さん、以下に引用しておく 238.、249.、そして、私がそれを否定した252.を受けてもなお、256.で私をペリマリさんだと断定していたんですよね?(確認)
のみならず、ずっとそう思ってわざわざ、私をねちねち攻撃するような連投レスを昨日はなさっていたってことですね?
私があれだけ「ここは最後だからしっかり向き合っておかなくては」と思って書かされたレスに至るような、誤読や誤誘導の数々。
しかも、よく読んでみれば、「最初からペリマリさんだと思ってた」って書いてある。ずっとそう思ってたの??
じゃあ、ず〜〜〜〜っと、故意に引っかけをやって、私に徒労なレスをさせまくっていたってこと???
私は、これ、今、正式にハラスメントだと申し上げたいと思います。正式にね。
これに対する真摯な謝罪を求めます。
阿修羅で。膨大なロムの方々にもわかるような形で、謝罪をして下さい。
元スレから始まる関連スレ全てにおいて、コピペでいいですから謝罪文の掲載を求めます。
(1)私は、ブログを実名で登録しています。私はペリマリさんではありません。本人確認のために実名登録に意味をもたせました。
→無料ブログは名前を偽れるところがありますが。忍者ブログはメールアドレスとパスワードだけで登録が可能。
ただし、ペリマリさんは広告無しの有料プランだから実名か少なくとも支払能力のある人物の名義でしょう。
(2)私はペリマリさんからの被害をペリマリさんが使ってる忍者ブログに実名かつプロバイダのメールで報告しました。(3月中旬)
→それは「ハッキング嫌疑の潔白を証明していただき、ブログ主からの謝罪を求め、和解したい」という意図であることも伝えました。
(そんなことは受け付けられない、権利侵害による削除請求だけ受け付けるって返答がありました。)
(3)忍者ブログとのメールのやり取りが嘘でないことを示すため、メーラーのスクリーンショットをブログに公開済み。(3月下旬)
(4)その後、忍者ブログが削除請求しか受け付けないと言ってきた後、最初はそれでもいいやと思って段取りを始めていました。
→削除されたということは、私の主張が通ったというメタレベルの意味になるのではないかと勘違いしたためです。
でも、そうではなくて、ペリマリさんのブログ上の文言がガイドラインに抵触していれば権利侵害と認められるっていうだけのことかと
気付き、・・・凄腕ハッカー問題が解決しないなら、忍者ブログに頼るのはやめる事にした。
(5)削除請求は「保留します」と忍者ブログに再度メールしている。(同3月下旬)そして、自分で検証をしてブログに全公開した。
(3月31日23時59分〜4月1日零時零分の間にアップ(笑) ・・・3月中にやるって言ったから必死だった。)
→このメールはブログでは非公開。でも、メール・サーバー上に残してあります。
→ブログ記事は現在、すでに非公開にしてありますが、必要に応じて即座に公開することが可能です。
ここまでブログで全ての経過を明らかにしており、このブログの読者もそれを既に読んでいるというのに、私が、なぜペリマリさんとしてあなたから攻撃を受けなければならないのかわかりませんし、
それ以上に、
五月さん、あなたが攻撃していたことをこうして「白状している」以上、意図的だったとみなされます。
意図的なハラスメントです。
本当の被害者を、加害者だろうと妄想的な思い込みとでっち上げをした挙句、こうやって延々と攻撃してきたってことですよね?
このあまりの恐ろしい事態に、ようやく私は気付きました。
なぜ、今まで気付かなかったか??
だって、私はペリマリさんじゃないからです。
自分が、まさかそんな風に疑われるなんて、思いもしなかった。
五月さんから、以下のようなレスを書かれていても、「・・負け惜しみ言ってんの〜(笑)」くらいにしか思ってなかった(失礼をば)
疑う人がいたとして、それは、私がブログの記事を非公開にしたことが理解できない方、すなわち、最近私のことや私の事件や私のブログの存在を知ったくらいの日が浅い方々だけだろうと思ってました。(それだって実害がない訳じゃないけど。)
それなのに、一緒に「中田=五月=ぴっぴ」と仲良く被害を受けて来たあなたに、なぜ、私がペリマリさんだと思いこまれて、水面下での攻撃を続けられなければならなかったのでしょうか??
仮に妄想だろうが、それは悪意です。悪意をあなたは、私に向けていたのです。事実です。
これは、きわめて恐ろしい被害です。
私は、ずっとレスを続ける羽目になり、休暇を取ったり、体調まで崩しています。
そのため、かわりに休日に仕事を入れたりするスケジュール調整もしています。
実害あり過ぎです。
五月さん、あなた、私に何をしたかわかっているんですか??
ってことで、ここで以下、該当箇所を転載しておきます。ブログ掲載の都合上、わかりやすくするために、お名前がわかるようにしておきました。
***
★阿修羅♪ > 番外地6 > 495.html
With regarding to「 日中、例の件は継続中です。」
投稿者 五月晴郎 日時 2014 年 6 月 27 日 04:30:45: ulZUCBWYQe7Lk
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/495.html
以下、転載。
238. 五月さん 2014年7月06日 22:06:20 : UKwVIgTgfw
更新されてないコメントを読んで、ぴっぴさんレス入れてんのかな。
44くらいからぴっぴさんをほぼ100%Pと思って、だけどそう悟られないように接
していました。
今日になってから(>>164以降)は、俺からツッコミ入れられる前にいなくなるなと
思いました。
昼時ビール飲みながらは(>>195以降)いなくなる契機を探ってんな此奴と思ってま
した。
ぴっぴさん、「あの家」に無事帰ったんだから良かったんじゃね?もう、いいでしょ。
249. 五月さん 2014年7月06日 23:38:05 : UKwVIgTgfw
>後から何を言われようが構いません。
いえ、ずっと気付いていました。
確信に変わったのは>>238の通り。
というか238. 2014年7月06日 22:06:20以降
今まで気づかずに突っ走っちまったんだね。
どうでもいいが>>245のバカ、ぴっぴさんの突っ走り以上に痛々しいぞ。
252. ぴっぴ 2014年7月07日 00:37:59 : ViWP4aAW6xbDg : AHP301HUto
五月さん、あたしがペリマリさんだっていう証拠をお示しください。
>>238. 2014年7月06日 22:06:20 : UKwVIgTgfw
>更新されてないコメントを読んで、ぴっぴさんレス入れてんのかな。
>
>44くらいからぴっぴさんをほぼ100%Pと思って、だけどそう悟られないように接
していました。
>
>今日になってから(>>164以降)は、俺からツッコミ入れられる前にいなくなるなと
>思いました。
>
>昼時ビール飲みながらは(>>195以降)いなくなる契機を探ってんな此奴と思ってま
した。
>
>
>ぴっぴさん、「あの家」に無事帰ったんだから良かったんじゃね?もう、いいでしょ。
五月さん、あなたの思惑、120%、外れたねえ〜〜〜にぃちゃん。
私のやってきたこと、『あなたが』無にするんだ?? へええ、保身のために??
あなたは、ほんとうに人の気持ちを無にする天才ね。ビールのせい? ご冗談(笑)
書くべきことが有る以上は、書く。そして、去る。
この後、レスするかどうかわかんないけど、しばらく見てる。あなた方がどう出るか。そして、私はペリマリさんじゃない。
おかしいね、五月さん、4月1日午前零時に私は「検証」をブログにアップした。
その後、しばらく音楽板にも出て来なかった五月さんは、急に音楽をアップし始めた。一気に8曲もアップしてたよね(笑)
その中でサディスティック・ミカ・バンドの「Boys & Girls」があった。
この中にある歌詞で印象深いのは、「僕は君じゃない、キミは僕じゃない」っていうくだり。
まさに、ペリマリ事件で「○○=○○」で、「五月晴郎=ぴっぴ」ってされていた、その等式が、4月1日に解除された瞬間だった。あなたがこの曲を音楽板にアップしたのは。
だから、私もブログで、同「Boys & Girls」の別バージョンをアップしたんだよ、もう非公開にした記事(註)だけど。知ってた? って知らないだろうけどさ(笑)
註: 記事は非公開になってません。music liminoidのトピにしてあった。でも、曲はYou Tubeで非公開になってました。
・・・いや、少なくとも、3月最後の私の「検証」くらいはチラ見してたんだろうと思いたいよ。だって、あまりにも曲の内容が一致し過ぎてるし、今回、元スレだったと思うけれど、確かチャマさん相手にもこの曲に似せた言葉、書いてた。
そう、「ぴっぴの事件」は、五月さんの事件でもあったんだよね・・・・・・。
・・他の人、それ、知らないだろ(笑)
なのに、そのあなたが、五月さんが、今、「ぴっぴ=ペリマリ」っていう等式を使うか? それ、あんなに嫌がってた等式を、使うかあ???
酷いね。被害者同士がさあ・・・。あなたが私に酷いことをしてるんじゃない。
あなたが、あなた自身を粗末に扱ってるのが、酷いねって言ってんの。
でも、もう、それ、一生抱えて行くしかないよ。私はもう、知らない。音楽板を見ながら、3月後半、五月さん、あんまし出て来ないけど、休めてるのかなあってエールを送ってたりした私は、もう居ない(笑)
さよなら>五月さん
でも、とにかく、「新スレ」は馬鹿らしいからおやめなさい、ここを読んでる膨大なロムが、あなたたちのこと、軽蔑してるから(笑)ま、知らないけどさ(笑)
256. 五月さん 2014年7月07日 01:22:20 : UKwVIgTgfw
>ぴっぴさん
ぴっぴさん
〉〉234でさりげなく書いたの読んで、うるせーこのバカ勘違い野郎、とか言いながら
貴方が宣言通り去りゃ、貴方がPってことに、それ以上触れるつもりはなかったで
す。
でもぴっぴさんは234に気付いてないので>>235以降渾身のレスが続いて、こりゃ、
痛々しくなるなと>>238で(傷が浅くすむよう)ストップ・サイン出したつもりだっ
たんですが、また気付かなかった、ということなんです。
***
以上、「気付いていた」「確信」などの文言は、全て蓋然性を伴う推測と虚偽の信念でしかないでしょ?
そして、こういう「誰誰=誰誰」ということをするのは、阿修羅の規定にも明確に違反していますよね?
私がペリマリさんだなんて、哀しいほど、笑えるほど、事実じゃないよ。
また、この後、私が阿修羅を去ることで、あなたが残した、まさに「上記に転載した」言葉群がきっかけで、阿修羅発の風説の流布が起こる可能性が高い。
もちろん、去った後のことは気にしないと言いました。そのつもりです。
それも織り込み済みで、私はペリマリさんにこれ以上の無茶をして欲しくないから、自分のブログは閉じると言ったんです。
そこまで、私が背負うことにしたんです。背負えるもの、バーターに出来るものを持っていたからですよ。ログしか持ってない阿修羅の方々とは条件が違う。
また、ブログを通じてペリマリさんとお話しできると思っていたから。例えば、掲示板にコメント書いて、それにペリマリさんが反応したとしても、それだけではそのコメントにピンポイントに対応してると言い切れない。ブログなら、その確率は高まる。もちろん、確証はないとしても、まだ違う。対話の可能性は開かれているということ。
ですが、私が阿修羅を去る前に、いえ、私が阿修羅の渦中にいた時に、これだけ明確に、意図的に攻撃され、ハラスメントを受け、諸々の権利侵害(私をIPアドレス公開までしている犯罪者ペリマリさんと同一視等)をし、さらに連日の睡眠不足と体調不良といった実際の損害を与えたということは、絶対に見過ごすわけにはいかないのです。
さしあたり、法律にお詳しいチャマさんに相談してみて下さい。
私は、上で書いたような謝罪文がきちんと掲載されれば、それで納得したいと思ってます。
・・・最後の最後がコレって、哀しいね、にぃちゃん。
Aさん「あの犬、チャウチャウちゃう?」
Bさん「チャウチャウ、ちゃうんちゃう?」
Aさん「・・・チャウチャウちゃうちゃうんちゃうんちゃう?」
・・・永遠に続くとか(笑)・・・関西弁は苦手です(爆)
五月さん、以下に引用しておく 238.、249.、そして、私がそれを否定した252.を受けてもなお、256.で私をペリマリさんだと断定していたんですよね?(確認)
のみならず、ずっとそう思ってわざわざ、私をねちねち攻撃するような連投レスを昨日はなさっていたってことですね?
私があれだけ「ここは最後だからしっかり向き合っておかなくては」と思って書かされたレスに至るような、誤読や誤誘導の数々。
しかも、よく読んでみれば、「最初からペリマリさんだと思ってた」って書いてある。ずっとそう思ってたの??
じゃあ、ず〜〜〜〜っと、故意に引っかけをやって、私に徒労なレスをさせまくっていたってこと???
私は、これ、今、正式にハラスメントだと申し上げたいと思います。正式にね。
これに対する真摯な謝罪を求めます。
阿修羅で。膨大なロムの方々にもわかるような形で、謝罪をして下さい。
元スレから始まる関連スレ全てにおいて、コピペでいいですから謝罪文の掲載を求めます。
(1)私は、ブログを実名で登録しています。私はペリマリさんではありません。本人確認のために実名登録に意味をもたせました。
→無料ブログは名前を偽れるところがありますが。忍者ブログはメールアドレスとパスワードだけで登録が可能。
ただし、ペリマリさんは広告無しの有料プランだから実名か少なくとも支払能力のある人物の名義でしょう。
(2)私はペリマリさんからの被害をペリマリさんが使ってる忍者ブログに実名かつプロバイダのメールで報告しました。(3月中旬)
→それは「ハッキング嫌疑の潔白を証明していただき、ブログ主からの謝罪を求め、和解したい」という意図であることも伝えました。
(そんなことは受け付けられない、権利侵害による削除請求だけ受け付けるって返答がありました。)
(3)忍者ブログとのメールのやり取りが嘘でないことを示すため、メーラーのスクリーンショットをブログに公開済み。(3月下旬)
(4)その後、忍者ブログが削除請求しか受け付けないと言ってきた後、最初はそれでもいいやと思って段取りを始めていました。
→削除されたということは、私の主張が通ったというメタレベルの意味になるのではないかと勘違いしたためです。
でも、そうではなくて、ペリマリさんのブログ上の文言がガイドラインに抵触していれば権利侵害と認められるっていうだけのことかと
気付き、・・・凄腕ハッカー問題が解決しないなら、忍者ブログに頼るのはやめる事にした。
(5)削除請求は「保留します」と忍者ブログに再度メールしている。(同3月下旬)そして、自分で検証をしてブログに全公開した。
(3月31日23時59分〜4月1日零時零分の間にアップ(笑) ・・・3月中にやるって言ったから必死だった。)
→このメールはブログでは非公開。でも、メール・サーバー上に残してあります。
→ブログ記事は現在、すでに非公開にしてありますが、必要に応じて即座に公開することが可能です。
ここまでブログで全ての経過を明らかにしており、このブログの読者もそれを既に読んでいるというのに、私が、なぜペリマリさんとしてあなたから攻撃を受けなければならないのかわかりませんし、
それ以上に、
五月さん、あなたが攻撃していたことをこうして「白状している」以上、意図的だったとみなされます。
意図的なハラスメントです。
本当の被害者を、加害者だろうと妄想的な思い込みとでっち上げをした挙句、こうやって延々と攻撃してきたってことですよね?
このあまりの恐ろしい事態に、ようやく私は気付きました。
なぜ、今まで気付かなかったか??
だって、私はペリマリさんじゃないからです。
自分が、まさかそんな風に疑われるなんて、思いもしなかった。
五月さんから、以下のようなレスを書かれていても、「・・負け惜しみ言ってんの〜(笑)」くらいにしか思ってなかった(失礼をば)
疑う人がいたとして、それは、私がブログの記事を非公開にしたことが理解できない方、すなわち、最近私のことや私の事件や私のブログの存在を知ったくらいの日が浅い方々だけだろうと思ってました。(それだって実害がない訳じゃないけど。)
それなのに、一緒に「中田=五月=ぴっぴ」と仲良く被害を受けて来たあなたに、なぜ、私がペリマリさんだと思いこまれて、水面下での攻撃を続けられなければならなかったのでしょうか??
仮に妄想だろうが、それは悪意です。悪意をあなたは、私に向けていたのです。事実です。
これは、きわめて恐ろしい被害です。
私は、ずっとレスを続ける羽目になり、休暇を取ったり、体調まで崩しています。
そのため、かわりに休日に仕事を入れたりするスケジュール調整もしています。
実害あり過ぎです。
五月さん、あなた、私に何をしたかわかっているんですか??
ってことで、ここで以下、該当箇所を転載しておきます。ブログ掲載の都合上、わかりやすくするために、お名前がわかるようにしておきました。
***
★阿修羅♪ > 番外地6 > 495.html
With regarding to「 日中、例の件は継続中です。」
投稿者 五月晴郎 日時 2014 年 6 月 27 日 04:30:45: ulZUCBWYQe7Lk
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/495.html
以下、転載。
238. 五月さん 2014年7月06日 22:06:20 : UKwVIgTgfw
更新されてないコメントを読んで、ぴっぴさんレス入れてんのかな。
44くらいからぴっぴさんをほぼ100%Pと思って、だけどそう悟られないように接
していました。
今日になってから(>>164以降)は、俺からツッコミ入れられる前にいなくなるなと
思いました。
昼時ビール飲みながらは(>>195以降)いなくなる契機を探ってんな此奴と思ってま
した。
ぴっぴさん、「あの家」に無事帰ったんだから良かったんじゃね?もう、いいでしょ。
249. 五月さん 2014年7月06日 23:38:05 : UKwVIgTgfw
>後から何を言われようが構いません。
いえ、ずっと気付いていました。
確信に変わったのは>>238の通り。
というか238. 2014年7月06日 22:06:20以降
今まで気づかずに突っ走っちまったんだね。
どうでもいいが>>245のバカ、ぴっぴさんの突っ走り以上に痛々しいぞ。
252. ぴっぴ 2014年7月07日 00:37:59 : ViWP4aAW6xbDg : AHP301HUto
五月さん、あたしがペリマリさんだっていう証拠をお示しください。
>>238. 2014年7月06日 22:06:20 : UKwVIgTgfw
>更新されてないコメントを読んで、ぴっぴさんレス入れてんのかな。
>
>44くらいからぴっぴさんをほぼ100%Pと思って、だけどそう悟られないように接
していました。
>
>今日になってから(>>164以降)は、俺からツッコミ入れられる前にいなくなるなと
>思いました。
>
>昼時ビール飲みながらは(>>195以降)いなくなる契機を探ってんな此奴と思ってま
した。
>
>
>ぴっぴさん、「あの家」に無事帰ったんだから良かったんじゃね?もう、いいでしょ。
五月さん、あなたの思惑、120%、外れたねえ〜〜〜にぃちゃん。
私のやってきたこと、『あなたが』無にするんだ?? へええ、保身のために??
あなたは、ほんとうに人の気持ちを無にする天才ね。ビールのせい? ご冗談(笑)
書くべきことが有る以上は、書く。そして、去る。
この後、レスするかどうかわかんないけど、しばらく見てる。あなた方がどう出るか。そして、私はペリマリさんじゃない。
おかしいね、五月さん、4月1日午前零時に私は「検証」をブログにアップした。
その後、しばらく音楽板にも出て来なかった五月さんは、急に音楽をアップし始めた。一気に8曲もアップしてたよね(笑)
その中でサディスティック・ミカ・バンドの「Boys & Girls」があった。
この中にある歌詞で印象深いのは、「僕は君じゃない、キミは僕じゃない」っていうくだり。
まさに、ペリマリ事件で「○○=○○」で、「五月晴郎=ぴっぴ」ってされていた、その等式が、4月1日に解除された瞬間だった。あなたがこの曲を音楽板にアップしたのは。
だから、私もブログで、同「Boys & Girls」の別バージョンをアップしたんだよ、もう非公開にした記事(註)だけど。知ってた? って知らないだろうけどさ(笑)
註: 記事は非公開になってません。music liminoidのトピにしてあった。でも、曲はYou Tubeで非公開になってました。
・・・いや、少なくとも、3月最後の私の「検証」くらいはチラ見してたんだろうと思いたいよ。だって、あまりにも曲の内容が一致し過ぎてるし、今回、元スレだったと思うけれど、確かチャマさん相手にもこの曲に似せた言葉、書いてた。
そう、「ぴっぴの事件」は、五月さんの事件でもあったんだよね・・・・・・。
・・他の人、それ、知らないだろ(笑)
なのに、そのあなたが、五月さんが、今、「ぴっぴ=ペリマリ」っていう等式を使うか? それ、あんなに嫌がってた等式を、使うかあ???
酷いね。被害者同士がさあ・・・。あなたが私に酷いことをしてるんじゃない。
あなたが、あなた自身を粗末に扱ってるのが、酷いねって言ってんの。
でも、もう、それ、一生抱えて行くしかないよ。私はもう、知らない。音楽板を見ながら、3月後半、五月さん、あんまし出て来ないけど、休めてるのかなあってエールを送ってたりした私は、もう居ない(笑)
さよなら>五月さん
でも、とにかく、「新スレ」は馬鹿らしいからおやめなさい、ここを読んでる膨大なロムが、あなたたちのこと、軽蔑してるから(笑)ま、知らないけどさ(笑)
256. 五月さん 2014年7月07日 01:22:20 : UKwVIgTgfw
>ぴっぴさん
ぴっぴさん
〉〉234でさりげなく書いたの読んで、うるせーこのバカ勘違い野郎、とか言いながら
貴方が宣言通り去りゃ、貴方がPってことに、それ以上触れるつもりはなかったで
す。
でもぴっぴさんは234に気付いてないので>>235以降渾身のレスが続いて、こりゃ、
痛々しくなるなと>>238で(傷が浅くすむよう)ストップ・サイン出したつもりだっ
たんですが、また気付かなかった、ということなんです。
***
以上、「気付いていた」「確信」などの文言は、全て蓋然性を伴う推測と虚偽の信念でしかないでしょ?
そして、こういう「誰誰=誰誰」ということをするのは、阿修羅の規定にも明確に違反していますよね?
私がペリマリさんだなんて、哀しいほど、笑えるほど、事実じゃないよ。
また、この後、私が阿修羅を去ることで、あなたが残した、まさに「上記に転載した」言葉群がきっかけで、阿修羅発の風説の流布が起こる可能性が高い。
もちろん、去った後のことは気にしないと言いました。そのつもりです。
それも織り込み済みで、私はペリマリさんにこれ以上の無茶をして欲しくないから、自分のブログは閉じると言ったんです。
そこまで、私が背負うことにしたんです。背負えるもの、バーターに出来るものを持っていたからですよ。ログしか持ってない阿修羅の方々とは条件が違う。
また、ブログを通じてペリマリさんとお話しできると思っていたから。例えば、掲示板にコメント書いて、それにペリマリさんが反応したとしても、それだけではそのコメントにピンポイントに対応してると言い切れない。ブログなら、その確率は高まる。もちろん、確証はないとしても、まだ違う。対話の可能性は開かれているということ。
ですが、私が阿修羅を去る前に、いえ、私が阿修羅の渦中にいた時に、これだけ明確に、意図的に攻撃され、ハラスメントを受け、諸々の権利侵害(私をIPアドレス公開までしている犯罪者ペリマリさんと同一視等)をし、さらに連日の睡眠不足と体調不良といった実際の損害を与えたということは、絶対に見過ごすわけにはいかないのです。
さしあたり、法律にお詳しいチャマさんに相談してみて下さい。
私は、上で書いたような謝罪文がきちんと掲載されれば、それで納得したいと思ってます。
・・・最後の最後がコレって、哀しいね、にぃちゃん。
- 阿修羅
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五月さんからご提示のあった参考資料に対する返信(コーポラティズム関連)およびペリマリさんへのメッセージ
- 2014.07.08 Tuesday
- 08:06
ぴっぴです。おはようございます。
夕べ、消してしまった文章を書きなおしてアップします。
これは、五月さんから私に提示された参考資料に対する返信となります。また、今更このコーポラティズムについて詳しく書くことで、それをペリマリさん宛にはそこまで詳しく書いてなかったことを申し訳なく想う、ということも併せて述べさせていただくためのものです。
なので、これは、ペリマリさん宛でもあるかもしれません。テーマにご関心がおありならば、ですが、恐らくおありにならないでしょう・・。
■1.論点が「アメリカの傾向とファシズムの違い」というところにまでズレている??
★五月さんwrote:
>>200. 2014年7月06日 15:43:09 : UKwVIgTgfw
>ぴっぴさん、ファシズムに関しては歴史板に投稿しようかと思いましたが、出来ないので(笑)以下で中田さんが言うアメリカの傾向とイタリアのファシズムの違い、そして中田さんの件の本ではイタリアファシズムに触れる必要もないといった意味を斟酌ください。
>
>http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c1
>http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c2
この中田さんの件の本というのは、『アメリカを支配するパワーエリート解体新書』(PHP 2009)ですね。
まず、なんで私との対話において、ファシズムの話しに論点が置かれるようになっているのかわからないのですが・・
私は、中田氏が例の著作でアメリカのコーポラティズム制度を論じる際にイギリス経由にし、コーポラティズム論なら当たり前に述べられるような、現代コーポラティズムへと繋がる「制度史」上のイタリア・ファシズム時代のコーポラティズム制度には言及しないという特徴があると書きました。
コーポラティズムとは、国家の有機体的な構成の仕方のことですが、近代以降は、政府が企業や労働組合などの団体や中間的な社会集団との関連性を重んじ、相互に協調しながら政策決定を行うという考え方のことであり、それに基づく制度です。
各団体への国家からの統制や介入が強まれば、国家主導の独裁的な体制となりえます。(国家コーポラティズム、イタリア・ファシズムのパターン。)一方で、後のEU,型のように改良した「政労使」三極の協調主義によるネオ・コーポラティズムも70年代くらいから成立しています。
アメリカは、労組の発言力が極めて弱い「労働なきコーポラティズム」と呼ばれ、日本もそうです。EU型は「労働あるコーポラティズム」と呼ばれています。
まあ、アメリカは別に独裁政権ではありませんが、コーポラティズムにおける企業の力が突出し、政府を支配するにまで至っている。コーポラトクラシー化している。その意味では、ボトムアップな協調主義的コーポラティズムではないし、「企業≒政府」による独裁という『比喩』が成り立つ可能性がある。そうなってしまった契機が、元々のコーポラティズムの制度の「あり方」にあったのではないか。アメリカとイタリアは形こそ違え、民意が政策に反映されない上からの支配があったとするならば。その挙句、政府より力を持ってしまった多国籍企業、企業、中間団体の利害調整のツールへと、コーポラティズムの運用が堕してしまっているという意味では、制度的な問題点を考察する必要がある。そこで両者を対比させることは意味のあることである、っていうようなことですが、このあたりの議論は、すでに既知であるという前提で私はすっ飛ばしています。ちょっと調べればわかることだからです。
このことに対して、五月さんは、まるで私が、イタリア・ファシズムについて基礎から触れていないといけないのだと言った「かのように」勘違いをなさったままの御様子です。そして、「ゆえにぴっぴは初心者への啓蒙から書こうとしている」「中田氏の著作を手にするのはそういう読者層ではない」「中田氏のあの著作は、内容的にイタリアファシズムに触れる必要もない」というご自説へと発展し、そのままでした。
だから、上に引用した「>>200」のようなご発言になったのだと思います。
さらに、その観点から参考資料までご提示いただきました。
ですが、そこには中田氏の直接の言葉は書かれていませんでした。
これは、阿修羅常連の赤かぶ氏による田中龍作氏の記事の転載記事であり、それを踏まえた五月さんからのコメントが2つ(訂正入れて3つ)並んでいるものです。ちょうど五月さんが投稿制限中なので、この赤かぶ氏の記事に寄せて書いて下さっているのだと思います。
コメント一つ目は、確かにアメリカの政治について触れては居ますが櫻井ジャーナルさんのものであり、中田氏のものではありません。中田氏と同様の認識をしている人という意味なのかもしれませんが、ならば、それを用いて中田氏のアメリカ史論について言及するなら、なぜこの文献が有効なのか、中田氏の認識と櫻井ジャーナルさんの認識がどう等しいのかについて、一言あってもよさそうなものですが、まあいいでしょう。私が五月さんの「常連読者」ではないというだけですので。
おっしゃりたいことはわかりましたので。そして、次のコメントで五月さんご自身の言葉が書かれていました。(後述→■2.)
そのような流れにおいて、まず、あらかじめお断りしておきます。
私は、中田氏が著作においてファシズムについて触れていないことを気にしていたのではなく、「コーポラティズム制度史」あるいは「コーポラティズム概念史」という視点で見るならば、現代コーポラティズムの諸類型の原型として、イタリアのファシスト政権時の政策である、「制度としてのコーポラティズム」には、触れないわけにはいかない、たった一行であっても、という言い方をしただけです。
もちろん、中田氏の著作はコーポラティズム論がメインではありません。なので、そういった制度史、概念史について、どこまで踏み込む必要があるかとも言えるものです。しかし、氏はコーポラティズムの源流をイギリスに見るという史的考察をしているのです。歴史を踏まえ、しかもそれが、この学術領域ではどちらかというとさほど強く言及されてこなかった(ように思える)イギリスとの繋がりの強調をしているとなれば、それは注目に値する文献です。
一方で、では、そのような「通常の見方とは異なる見方を敢えて取る」すなわち「皆さんご存知ないでしょうが、実はコーポラティズムってのはね?」という自説を御述べになるのなら、「(一方で)皆さんが知っているであろうコーポラティズム」との違いを述べなければならない、それは仁義っていうもんです。先行する諸研究に対しての。たった一言、たった一行でもいいんですよ、それは。
もっとも、中田氏は学術書としてその著作を出されているわけではないので、はしょることは可能です。(氏の著作は、内容のレベルはともかく「書き方のスタイルとして」どちらかというとビジネスマン向けの啓蒙書だと私は思っているので。)
しかし、それ以上に、中田氏がアメリカのコーポラティズムを形作る発想とイギリスの進歩主義思想との繋がりを強調することで、イタリアのコーポラティズムに触れる契機を失っているとも見える。
中田氏は件の著書で、イギリスのフェビアニズムとの繋がりをも示唆している。フェビアニズムは社民主義になりますから、その延長で、後のEUの「社民コーポラティズム(ネオ・コーポラティズムとも言う)」への展開は、幹細胞に含まれていると考えることもできる。また、イタリア・ファシズムがそれに対して座標的にどういう位置付けになるかもまた、見えて来る。よって、制度としてのコーポラティズムについてのみ言うなら、歴史を辿る際、中田氏は途中で「一つの」流れを強く選び、アメリカへと舵を取り、渡って行ったのだと考えられるからです。(また、瑣末なことかもしれないですが、NWOに言及しているけれどNWOのための欧州戦略については触れてないことになる。だって対象はアメリカだもの、そのくらいざっくりしないと紙幅は足りないんでしょうし・・。)
そもそも、中田氏は、コーポラティズム論が書きたくてあの御本をお書きになった訳ではないのですから、よって私だって最初から、「だから違う」とかそういう風なことを言いたい訳ではないんですよ。
そうではなくて、中田氏のような切り取り方をする恣意の中に、「どういう視点」があるか、すなわちコーポラティズムという制度に投影されているのが「どういう視点」なのかを見るのは、とても興味深いことなんです。私は「あれ? 通常とは違う道筋で論じているなあ、どうしてなんだろう?」という疑問を大いに抱きました。ですが「だからけしからん」という短絡的な批判をしているわけではない。
そういうことだけは伝わるようにブログにも書いていた筈なんですが・・・。
まあ、書けていると思いこむのは本人ばかり、ってことで笑い話かもしれません(沈)
ということで、整理すると、五月さんはあくまで中田氏の著作を、その主張に沿って読み、そこで展開される「アメリカ像」が、現在起こっていることと重なり、ゆえに中田氏の歴史理解が有益であるとお書きになっているわけです。私とは、視点の取り方が異なる。
また、私は、制度としてのコーポラティズムの形態の歴史的な比較の話しをしているということであって、アメリカの政治とファシズムの相同性という見方が成り立つかどうかなんていう話しをしているわけでもないということです。
さて、こういった制度史、概念史という分野的な語り方をしたところで、だから私がそれを「専門」としている人間だという短絡はなさいませぬよう(笑)
大学生も、そういう分野のゼミが隣にあったりすれば(自分のゼミじゃなく)そういう視点が取れるということ。なので、この私だって、門前の小僧並みには理解しているわけです。分野を知っていたからと言って、それを専門に探究しているとは言えないのです。
だから、余計話しが混乱するんですよ。こちらは、浅学非才の身なのに、あたかも「それについて詳しく知っている」かのような面持ちで議論をしていかなければならなくなるからです。一体、五月さんは何を仮想敵として、何を叩こうとなさっているんだか・・・。
■2.藤沢道郎氏のファシズム観を引用なさったことについて
ここで、ご紹介いただいた資料における五月さんのコメントを引用しておきます。
--- 以下、引用 ---
02. 五月晴郎 2014年7月06日 15:35:33 : ulZUCBWYQe7Lk : UKwVIgTgfw
個人的見解では、安倍は>>1記事で指摘されるような政治家であってファシストでは
ないと思う。
*
・戦後の日本の自由民主党の政権がファシズムであるとか、ファシズムになる恐れが
あるなどというのは私には奇想天外に聞こえる。それは反動的になったり、好戦的に
なったり、強圧的になったりするかもしれないが、ファシズム化することはあり得な
いのである。
・ファシズムは大衆運動のもっとも過激な一翼が成長発展したものであって、支配体
制を確立したのちも、その性格を失っていない。
1999年 藤沢道郎 ファシズムの誕生 あとがきから
03. 五月晴郎 2014年7月06日 16:01:42 : ulZUCBWYQe7Lk : UKwVIgTgfw
ごめんなさい、1999年は間違いです。中央公論社 (1987/12) です。
--- 以上、引用 ---
日付を見ると、6日に投稿されているんですね。これは、ちょっと御手間を取らせてしまったのかしら? もっとも、私の件だけでこの記事をお書きになった訳ではないでしょうから、「ついでにぴっぴにも読ませてやろう」っていうことだと思ってます。
藤沢氏のファシズム論におけるイタリアの政策や制度面については、私はコーポラティズムに焦点を当てて検討していないので明言は避けたいところですが、五月さんの引用箇所から考えるならば、ここでの「ファシズム」概念とは別の視点でイタリア・ファシズム時代の制度としてのコーポラティズムについてを私は考えていたのであり、その意味で、引用なさったように、五月さんの視点ではファシズムとアメリカが繋がらないということと、私が触れていたような「クラインが言うような意味で」イタリアのファシズム時代の制度としてのコーポラティズムとアメリカ型のコーポラティズムが関連を持つかもしれないという話しは、別の次元の話しでしかないと思います。残念ながら、噛み合ってません。
ファシズムを、藤沢氏のおっしゃる「大衆運動の過激な一翼が成長発展したもの」また、五月さんご自身が書かれたように「反動的、好戦的、強圧的だというだけではそれをファシズムと呼ぶことは出来ない(私なりに要約)」という話し、そのことと、制度構築の際に、どこかで共通する手法が取られているということとは、次元が異なる話しでしょ?
そして、ファシズム理解の仕方が、クラインと藤沢氏ではまた異なるということでいいんじゃないですかね?
また、私自身は、現代アメリカを批判しまくるクラインと自分が同じ視点を取っているとも言ってません。
クラインはこういう切り口で、中田氏はこういう切り口で、コーポラティズムの系譜を切り取っている、と言ってるだけです。そして、実は私はクラインを批判してます。ブログ記事でクラインはポチだろうって言ってしまってましたよ(笑)ペリマリさんに、堤未果みたいな日本のちっちゃな局面を批判するんだったら、むしろ、もう少し世界を広げてクライン批判やった方がいいんじゃないかと言ったくらいです。
本当に、私のブログに全て書いてあったんです・・・。
何度も何度も、部分的な記事の非公開と公開を繰り返すようなことはさせないでくださいね?
さて、このクライン的な見方ですが、それでもコーポラティズムというより、コーポラトクラシーを考える際には重要な文献です。また、中田氏の著作も、コーポラトクラシーを考えるのに重要なんです。どちらもコーポラトクラシーという概念は使っていませんが。
まず、世の中の制度というものの運用は、字義通り、定義通りということになることは、ないと思います。現実の中で、様々な条件が生じ、それに合わせて補則や付帯条項などを検討し、大綱からはずれない程度にアレンジをして運用、実践していくものです。
その結果、最初に制度を立てた時の思惑や目論見、予測とは異なる経過を辿り、異なる着地点へと到達するということもまた、ありがちなことでしょう。そして、そもそも制度を構築する際に、複数のステークホルダーの利害調整などをしていたら、制度の定義の自由度の中にそれが反映されたり、忍びこんでしまうことも多く、一見、公平性を貫いたかのように見える形で、実はあるサイドに有利だったりするようなことというのは、ままあることだと思われ。
・・・そんなようなことを念頭に、ここではざっくりと、文字通りの「制度」と「運用」と呼んでおきたいと思います。
例文、制度としての郵政民営化は、運用としてはポチだった。(最初の目論見は建前でしかなかった形となった。)非常に大雑把な言い方でしかないですが(笑)
さて、コーポラティズムの制度は、運用としてはコーポラトクラシーを回して行く重要パーツとなってしまっているのが、アメリカ型コーポラティズムです。
アメリカのコーポラティズムは、冒頭に述べたように、政策決定に際し、労働組合や労働者からの発言力が極端に弱いものとなっている。(日本も、発言力が強いとはいえない。大局的には似たようなもんです。)また、企業と政府の結合関係が強くなった結果、コーポラティズムではなく、コーポラトクラシー(企業による政府の支配)になってしまっていると言える。
でも、そうなるには、元々の制度にそうした展開を許す部分がなかったかどうかも問われることになる。それをクラインは、コーポラティズム制度がイタリアのファシスト政権ルーツであるところから見ていた。
しかしながら、クラインは、大戦後のヨーロッパで「社民コーポラティズム」と言われるような、労働組合、労働者の発言力が強まった形態である「ネオ・コーポラティズム」という展開が実際に存在していることを等閑視した。クラインの著作からは、コーポラティズムがなんでもかんでも全て悪いかのような印象を受ける。
そしてまた、日本でも、堤未果、三橋貴明、安部芳裕といった論者が、制度としてのコーポラティズムを、運用としてのコーポラティズムに置き変え、さらに、コーポラトクラシーの意味に転換して、それを「コーポラティズム」と呼んでいるわけです。つまり、TPPはコーポラトクラシーの一種ですが、TPPをコーポラティズムと呼ぶのはおかしいでしょう? そのおかしなことを彼らはやっているわけです。(いや、もしかしたらそれが新たなコーポラティズムなのかもしれませんけどね(笑)TPP後に成立するものを広い意味で「制度」と捉えるならば。)
しかも、日本では、「コーポラトクラシー」の語が、ウィキペディアにさえ、いまだに登録されていない。コーポラティズムという用語が、イコール「コーポラトクラシー」のように、一部で浸透しつつあった。そこに驚いたんですよ・・。
ここでごく簡単に押さえておくと、コーポラトクラシーとは、軍産複合体や穀物商社、エネルギー産業、国際金融資本等々の多国籍企業群が政府と癒着し政府に入りこんで支配し、結果、とっても単純に言えば対内的にはかかる企業群のネットワークによる独裁(ネットワークの代理人としての政府)が行われること、対外的には他国をこうした企業ネットワークに依存させて骨抜きにし、搾取しながら支配していくこと。そのシステムのこと。
そして、クラインも率先して加わったオキュパイ運動のような「1%の者による99%の人々の支配からの脱却」のスローガンに親和性のある人々が、TPP反対を唱え、のみならず、「コーポラティズムを解体せよ」と言い出してしまう。コーポラティズムは本来通りなら、それは企業と政府のこんな風にいびつな結合、あるいは企業による政府の支配を意味しない、政策概念でしかない。その証としてEU型(福祉国家型)のネオ・コーポラティズムがあるわけで。
そういったEU型に見られるようなバランスを取る方向性を模索することは、しかしながら労組が形骸化(失礼ながら)している日本社会にとっては現実的ではない。とはいえ、解体すべきなのは「制度としてのコーポラティズム」なのか??
「アンチ・コーポラティズム=99%の解放」っていう言葉を信じ込んでしまえば、もしかしたら自分達を護ってくれるかもしれない制度を、自分達の手で敵とみなして攻撃するような、まるで自己免疫疾患のようなことをしてしまうことになる。この奇妙な転倒は何だろうと思って調べようとしていたのが昨年のこと。
なぜ、制度でしかないコーポラティズムを、コーポラトクラシーの偽装だという「ような意味」で叩こうとするのか、と。そして、偽装だと言うならまだわかるのに、なぜ、コーポラトクラシーの概念や用語そのものは拡散させず、すべてがコーポラティズムのせいなのだと言うのか、と。コーポラティズムの他の展開(EU型)の可能性さえ見ようとせずに。
(EU型がユートピアなワケでも全くないですが、別の道という意味では参考には値します。)
アンチ・コーポラティズムっていうのは、既存の中間集団と政府の関係、しがらみ、特に制度的に保証され、慣行的に強化されて来たパイプを全部、切断し、更地にしようとするためのスローガンになっているような気さえ、してくるわけです(笑)・・・なんだ、TPPを批判しながら、TPPを推進する下地に向けて人々の意識調整に打って出てんじゃね?みたいな(笑)
もちろん、コーポラトクラシーとコーポラティズムの用語を重ね合わせる言説の流布による効果というのは、まだ色々あると思いますが、それはいったん置いておき。
そうしたアンチ・コーポラティズム論(偽装コーポラトクラシー(仮)であることを言わないように偽装したもの)は、クラインのような惨事便乗型資本主義っていう側面があったりする。なので、311以降の日本には入りこみやすい。それで日本の論者は、ああなってしまっているんだろうかね、と。
一方、それらをクライン系と、各論者の立ち位置を無視して非常に大雑把に言っておきますが、それとは全く別の経路で、コーポラティズムをコーポラトクラシーを回すコアと見做して淡々と論じていたのが中田氏だったりして。なので、中田氏の思考の特徴には興味があった。クライン系とは全く「別のもの」という意味で。はい、これで一回転してスタート地点にまで戻りました。まあ、ありていに言って、興味があったけれど、私の見たかった次元においては、・・・すでに見切りました(笑)
そんなところです。
■3.ペリマリさん、書くのが遅くなってしまってすみませんでした。
実は、ここまで詳しくペリマリさん宛に書いてないんですよ、ブログでも。
だから、今更、このテーマについて、五月さん宛に詳しいお話しをすることになると、ペリマリさんに申し訳ないことになるなあって思ってて・・・。
ペリマリさんが「コメント限定版スレ」を開いてくれたとき、コメント欄にこういう話しをしても良かったのかもしれないけれど、その時、まだブログが再開されていると気付いていなかったんでね・・・。
また、昨年8月の時点でペリマリさんのブログにコメントした時は、まだ上のようにまとめるほどまで私の考えも練れてなくて、かなり混乱してましたから、お恥ずかしい話しだし。(今だってこれが正しいなんて言っちゃいないですけど(笑))
そういう8月と、2月初旬と、現在のタイムラグを乗り越えるのもわけわかんなくなってしまうし。(ぴっぴよ、あの時はなぜそれを書かなかったんだ的なことになっちゃうでしょ? だって、その頃はもっとわかってなかったんだもんっていちいち但し書きしなきゃならなくなるわん。)
だから、もうこの話題はよそうよ・・って思ってた。
特に、元々、ペリマリさんの歴史考証のフォーカスしているのは「東アジア」です。
もちろん、世界を前提とした上での東アジアですが、それでも、私のこの話しは対象となる地域の違いが生じるんで、わざわざそれをペリマリさんに説明させるのは、お手間を取らせ過ぎて失礼だったかもしれないし…。
さらに、2月以降は、私は荒らし扱いだったでしょう? メルアド細工しただのブログ作成してないだので・・・そんな風に言われれば、素直にペリマリさんに私の考えをもう一度、聞いて貰おうなんて、そんな気持ちの余裕なんて出てきませんよね。
今だからなんです。今、阿修羅からも撤収した私だからこそ、あらためて、ここで、五月さんへのレスの形を取りつつ、ペリマリさんへの義理も果たせるかなあ(義理なんてあったんだかよく知らんが、まあ、いいよね(笑))
色々、あちこち、気を使いすぎて疲れてます。もっとロジックをスッキリさせた方がいいとは思いつつも、これ以上は無理。
だって、昨日、一度書いたものを消してしまったので、二度目の作文はきついですよ。
しかもこんな専門まがいなことを、戯言だとわかりつつ人様の目の前にもう一度、書くなんて・・・赤面モノだというのに。下手の横好き。何度言ったらわかるんですかねえ、五月のにぃちゃんは。
失礼いたしました〜♪
というような感じです。
夕べ、消してしまった文章を書きなおしてアップします。
これは、五月さんから私に提示された参考資料に対する返信となります。また、今更このコーポラティズムについて詳しく書くことで、それをペリマリさん宛にはそこまで詳しく書いてなかったことを申し訳なく想う、ということも併せて述べさせていただくためのものです。
なので、これは、ペリマリさん宛でもあるかもしれません。テーマにご関心がおありならば、ですが、恐らくおありにならないでしょう・・。
■1.論点が「アメリカの傾向とファシズムの違い」というところにまでズレている??
★五月さんwrote:
>>200. 2014年7月06日 15:43:09 : UKwVIgTgfw
>ぴっぴさん、ファシズムに関しては歴史板に投稿しようかと思いましたが、出来ないので(笑)以下で中田さんが言うアメリカの傾向とイタリアのファシズムの違い、そして中田さんの件の本ではイタリアファシズムに触れる必要もないといった意味を斟酌ください。
>
>http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c1
>http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c2
この中田さんの件の本というのは、『アメリカを支配するパワーエリート解体新書』(PHP 2009)ですね。
まず、なんで私との対話において、ファシズムの話しに論点が置かれるようになっているのかわからないのですが・・
私は、中田氏が例の著作でアメリカのコーポラティズム制度を論じる際にイギリス経由にし、コーポラティズム論なら当たり前に述べられるような、現代コーポラティズムへと繋がる「制度史」上のイタリア・ファシズム時代のコーポラティズム制度には言及しないという特徴があると書きました。
コーポラティズムとは、国家の有機体的な構成の仕方のことですが、近代以降は、政府が企業や労働組合などの団体や中間的な社会集団との関連性を重んじ、相互に協調しながら政策決定を行うという考え方のことであり、それに基づく制度です。
各団体への国家からの統制や介入が強まれば、国家主導の独裁的な体制となりえます。(国家コーポラティズム、イタリア・ファシズムのパターン。)一方で、後のEU,型のように改良した「政労使」三極の協調主義によるネオ・コーポラティズムも70年代くらいから成立しています。
アメリカは、労組の発言力が極めて弱い「労働なきコーポラティズム」と呼ばれ、日本もそうです。EU型は「労働あるコーポラティズム」と呼ばれています。
まあ、アメリカは別に独裁政権ではありませんが、コーポラティズムにおける企業の力が突出し、政府を支配するにまで至っている。コーポラトクラシー化している。その意味では、ボトムアップな協調主義的コーポラティズムではないし、「企業≒政府」による独裁という『比喩』が成り立つ可能性がある。そうなってしまった契機が、元々のコーポラティズムの制度の「あり方」にあったのではないか。アメリカとイタリアは形こそ違え、民意が政策に反映されない上からの支配があったとするならば。その挙句、政府より力を持ってしまった多国籍企業、企業、中間団体の利害調整のツールへと、コーポラティズムの運用が堕してしまっているという意味では、制度的な問題点を考察する必要がある。そこで両者を対比させることは意味のあることである、っていうようなことですが、このあたりの議論は、すでに既知であるという前提で私はすっ飛ばしています。ちょっと調べればわかることだからです。
このことに対して、五月さんは、まるで私が、イタリア・ファシズムについて基礎から触れていないといけないのだと言った「かのように」勘違いをなさったままの御様子です。そして、「ゆえにぴっぴは初心者への啓蒙から書こうとしている」「中田氏の著作を手にするのはそういう読者層ではない」「中田氏のあの著作は、内容的にイタリアファシズムに触れる必要もない」というご自説へと発展し、そのままでした。
だから、上に引用した「>>200」のようなご発言になったのだと思います。
さらに、その観点から参考資料までご提示いただきました。
ですが、そこには中田氏の直接の言葉は書かれていませんでした。
これは、阿修羅常連の赤かぶ氏による田中龍作氏の記事の転載記事であり、それを踏まえた五月さんからのコメントが2つ(訂正入れて3つ)並んでいるものです。ちょうど五月さんが投稿制限中なので、この赤かぶ氏の記事に寄せて書いて下さっているのだと思います。
コメント一つ目は、確かにアメリカの政治について触れては居ますが櫻井ジャーナルさんのものであり、中田氏のものではありません。中田氏と同様の認識をしている人という意味なのかもしれませんが、ならば、それを用いて中田氏のアメリカ史論について言及するなら、なぜこの文献が有効なのか、中田氏の認識と櫻井ジャーナルさんの認識がどう等しいのかについて、一言あってもよさそうなものですが、まあいいでしょう。私が五月さんの「常連読者」ではないというだけですので。
おっしゃりたいことはわかりましたので。そして、次のコメントで五月さんご自身の言葉が書かれていました。(後述→■2.)
そのような流れにおいて、まず、あらかじめお断りしておきます。
私は、中田氏が著作においてファシズムについて触れていないことを気にしていたのではなく、「コーポラティズム制度史」あるいは「コーポラティズム概念史」という視点で見るならば、現代コーポラティズムの諸類型の原型として、イタリアのファシスト政権時の政策である、「制度としてのコーポラティズム」には、触れないわけにはいかない、たった一行であっても、という言い方をしただけです。
もちろん、中田氏の著作はコーポラティズム論がメインではありません。なので、そういった制度史、概念史について、どこまで踏み込む必要があるかとも言えるものです。しかし、氏はコーポラティズムの源流をイギリスに見るという史的考察をしているのです。歴史を踏まえ、しかもそれが、この学術領域ではどちらかというとさほど強く言及されてこなかった(ように思える)イギリスとの繋がりの強調をしているとなれば、それは注目に値する文献です。
一方で、では、そのような「通常の見方とは異なる見方を敢えて取る」すなわち「皆さんご存知ないでしょうが、実はコーポラティズムってのはね?」という自説を御述べになるのなら、「(一方で)皆さんが知っているであろうコーポラティズム」との違いを述べなければならない、それは仁義っていうもんです。先行する諸研究に対しての。たった一言、たった一行でもいいんですよ、それは。
もっとも、中田氏は学術書としてその著作を出されているわけではないので、はしょることは可能です。(氏の著作は、内容のレベルはともかく「書き方のスタイルとして」どちらかというとビジネスマン向けの啓蒙書だと私は思っているので。)
しかし、それ以上に、中田氏がアメリカのコーポラティズムを形作る発想とイギリスの進歩主義思想との繋がりを強調することで、イタリアのコーポラティズムに触れる契機を失っているとも見える。
中田氏は件の著書で、イギリスのフェビアニズムとの繋がりをも示唆している。フェビアニズムは社民主義になりますから、その延長で、後のEUの「社民コーポラティズム(ネオ・コーポラティズムとも言う)」への展開は、幹細胞に含まれていると考えることもできる。また、イタリア・ファシズムがそれに対して座標的にどういう位置付けになるかもまた、見えて来る。よって、制度としてのコーポラティズムについてのみ言うなら、歴史を辿る際、中田氏は途中で「一つの」流れを強く選び、アメリカへと舵を取り、渡って行ったのだと考えられるからです。(また、瑣末なことかもしれないですが、NWOに言及しているけれどNWOのための欧州戦略については触れてないことになる。だって対象はアメリカだもの、そのくらいざっくりしないと紙幅は足りないんでしょうし・・。)
そもそも、中田氏は、コーポラティズム論が書きたくてあの御本をお書きになった訳ではないのですから、よって私だって最初から、「だから違う」とかそういう風なことを言いたい訳ではないんですよ。
そうではなくて、中田氏のような切り取り方をする恣意の中に、「どういう視点」があるか、すなわちコーポラティズムという制度に投影されているのが「どういう視点」なのかを見るのは、とても興味深いことなんです。私は「あれ? 通常とは違う道筋で論じているなあ、どうしてなんだろう?」という疑問を大いに抱きました。ですが「だからけしからん」という短絡的な批判をしているわけではない。
そういうことだけは伝わるようにブログにも書いていた筈なんですが・・・。
まあ、書けていると思いこむのは本人ばかり、ってことで笑い話かもしれません(沈)
ということで、整理すると、五月さんはあくまで中田氏の著作を、その主張に沿って読み、そこで展開される「アメリカ像」が、現在起こっていることと重なり、ゆえに中田氏の歴史理解が有益であるとお書きになっているわけです。私とは、視点の取り方が異なる。
また、私は、制度としてのコーポラティズムの形態の歴史的な比較の話しをしているということであって、アメリカの政治とファシズムの相同性という見方が成り立つかどうかなんていう話しをしているわけでもないということです。
さて、こういった制度史、概念史という分野的な語り方をしたところで、だから私がそれを「専門」としている人間だという短絡はなさいませぬよう(笑)
大学生も、そういう分野のゼミが隣にあったりすれば(自分のゼミじゃなく)そういう視点が取れるということ。なので、この私だって、門前の小僧並みには理解しているわけです。分野を知っていたからと言って、それを専門に探究しているとは言えないのです。
だから、余計話しが混乱するんですよ。こちらは、浅学非才の身なのに、あたかも「それについて詳しく知っている」かのような面持ちで議論をしていかなければならなくなるからです。一体、五月さんは何を仮想敵として、何を叩こうとなさっているんだか・・・。
■2.藤沢道郎氏のファシズム観を引用なさったことについて
ここで、ご紹介いただいた資料における五月さんのコメントを引用しておきます。
--- 以下、引用 ---
02. 五月晴郎 2014年7月06日 15:35:33 : ulZUCBWYQe7Lk : UKwVIgTgfw
個人的見解では、安倍は>>1記事で指摘されるような政治家であってファシストでは
ないと思う。
*
・戦後の日本の自由民主党の政権がファシズムであるとか、ファシズムになる恐れが
あるなどというのは私には奇想天外に聞こえる。それは反動的になったり、好戦的に
なったり、強圧的になったりするかもしれないが、ファシズム化することはあり得な
いのである。
・ファシズムは大衆運動のもっとも過激な一翼が成長発展したものであって、支配体
制を確立したのちも、その性格を失っていない。
1999年 藤沢道郎 ファシズムの誕生 あとがきから
03. 五月晴郎 2014年7月06日 16:01:42 : ulZUCBWYQe7Lk : UKwVIgTgfw
ごめんなさい、1999年は間違いです。中央公論社 (1987/12) です。
--- 以上、引用 ---
日付を見ると、6日に投稿されているんですね。これは、ちょっと御手間を取らせてしまったのかしら? もっとも、私の件だけでこの記事をお書きになった訳ではないでしょうから、「ついでにぴっぴにも読ませてやろう」っていうことだと思ってます。
藤沢氏のファシズム論におけるイタリアの政策や制度面については、私はコーポラティズムに焦点を当てて検討していないので明言は避けたいところですが、五月さんの引用箇所から考えるならば、ここでの「ファシズム」概念とは別の視点でイタリア・ファシズム時代の制度としてのコーポラティズムについてを私は考えていたのであり、その意味で、引用なさったように、五月さんの視点ではファシズムとアメリカが繋がらないということと、私が触れていたような「クラインが言うような意味で」イタリアのファシズム時代の制度としてのコーポラティズムとアメリカ型のコーポラティズムが関連を持つかもしれないという話しは、別の次元の話しでしかないと思います。残念ながら、噛み合ってません。
ファシズムを、藤沢氏のおっしゃる「大衆運動の過激な一翼が成長発展したもの」また、五月さんご自身が書かれたように「反動的、好戦的、強圧的だというだけではそれをファシズムと呼ぶことは出来ない(私なりに要約)」という話し、そのことと、制度構築の際に、どこかで共通する手法が取られているということとは、次元が異なる話しでしょ?
そして、ファシズム理解の仕方が、クラインと藤沢氏ではまた異なるということでいいんじゃないですかね?
また、私自身は、現代アメリカを批判しまくるクラインと自分が同じ視点を取っているとも言ってません。
クラインはこういう切り口で、中田氏はこういう切り口で、コーポラティズムの系譜を切り取っている、と言ってるだけです。そして、実は私はクラインを批判してます。ブログ記事でクラインはポチだろうって言ってしまってましたよ(笑)ペリマリさんに、堤未果みたいな日本のちっちゃな局面を批判するんだったら、むしろ、もう少し世界を広げてクライン批判やった方がいいんじゃないかと言ったくらいです。
本当に、私のブログに全て書いてあったんです・・・。
何度も何度も、部分的な記事の非公開と公開を繰り返すようなことはさせないでくださいね?
さて、このクライン的な見方ですが、それでもコーポラティズムというより、コーポラトクラシーを考える際には重要な文献です。また、中田氏の著作も、コーポラトクラシーを考えるのに重要なんです。どちらもコーポラトクラシーという概念は使っていませんが。
まず、世の中の制度というものの運用は、字義通り、定義通りということになることは、ないと思います。現実の中で、様々な条件が生じ、それに合わせて補則や付帯条項などを検討し、大綱からはずれない程度にアレンジをして運用、実践していくものです。
その結果、最初に制度を立てた時の思惑や目論見、予測とは異なる経過を辿り、異なる着地点へと到達するということもまた、ありがちなことでしょう。そして、そもそも制度を構築する際に、複数のステークホルダーの利害調整などをしていたら、制度の定義の自由度の中にそれが反映されたり、忍びこんでしまうことも多く、一見、公平性を貫いたかのように見える形で、実はあるサイドに有利だったりするようなことというのは、ままあることだと思われ。
・・・そんなようなことを念頭に、ここではざっくりと、文字通りの「制度」と「運用」と呼んでおきたいと思います。
例文、制度としての郵政民営化は、運用としてはポチだった。(最初の目論見は建前でしかなかった形となった。)非常に大雑把な言い方でしかないですが(笑)
さて、コーポラティズムの制度は、運用としてはコーポラトクラシーを回して行く重要パーツとなってしまっているのが、アメリカ型コーポラティズムです。
アメリカのコーポラティズムは、冒頭に述べたように、政策決定に際し、労働組合や労働者からの発言力が極端に弱いものとなっている。(日本も、発言力が強いとはいえない。大局的には似たようなもんです。)また、企業と政府の結合関係が強くなった結果、コーポラティズムではなく、コーポラトクラシー(企業による政府の支配)になってしまっていると言える。
でも、そうなるには、元々の制度にそうした展開を許す部分がなかったかどうかも問われることになる。それをクラインは、コーポラティズム制度がイタリアのファシスト政権ルーツであるところから見ていた。
しかしながら、クラインは、大戦後のヨーロッパで「社民コーポラティズム」と言われるような、労働組合、労働者の発言力が強まった形態である「ネオ・コーポラティズム」という展開が実際に存在していることを等閑視した。クラインの著作からは、コーポラティズムがなんでもかんでも全て悪いかのような印象を受ける。
そしてまた、日本でも、堤未果、三橋貴明、安部芳裕といった論者が、制度としてのコーポラティズムを、運用としてのコーポラティズムに置き変え、さらに、コーポラトクラシーの意味に転換して、それを「コーポラティズム」と呼んでいるわけです。つまり、TPPはコーポラトクラシーの一種ですが、TPPをコーポラティズムと呼ぶのはおかしいでしょう? そのおかしなことを彼らはやっているわけです。(いや、もしかしたらそれが新たなコーポラティズムなのかもしれませんけどね(笑)TPP後に成立するものを広い意味で「制度」と捉えるならば。)
しかも、日本では、「コーポラトクラシー」の語が、ウィキペディアにさえ、いまだに登録されていない。コーポラティズムという用語が、イコール「コーポラトクラシー」のように、一部で浸透しつつあった。そこに驚いたんですよ・・。
ここでごく簡単に押さえておくと、コーポラトクラシーとは、軍産複合体や穀物商社、エネルギー産業、国際金融資本等々の多国籍企業群が政府と癒着し政府に入りこんで支配し、結果、とっても単純に言えば対内的にはかかる企業群のネットワークによる独裁(ネットワークの代理人としての政府)が行われること、対外的には他国をこうした企業ネットワークに依存させて骨抜きにし、搾取しながら支配していくこと。そのシステムのこと。
そして、クラインも率先して加わったオキュパイ運動のような「1%の者による99%の人々の支配からの脱却」のスローガンに親和性のある人々が、TPP反対を唱え、のみならず、「コーポラティズムを解体せよ」と言い出してしまう。コーポラティズムは本来通りなら、それは企業と政府のこんな風にいびつな結合、あるいは企業による政府の支配を意味しない、政策概念でしかない。その証としてEU型(福祉国家型)のネオ・コーポラティズムがあるわけで。
そういったEU型に見られるようなバランスを取る方向性を模索することは、しかしながら労組が形骸化(失礼ながら)している日本社会にとっては現実的ではない。とはいえ、解体すべきなのは「制度としてのコーポラティズム」なのか??
「アンチ・コーポラティズム=99%の解放」っていう言葉を信じ込んでしまえば、もしかしたら自分達を護ってくれるかもしれない制度を、自分達の手で敵とみなして攻撃するような、まるで自己免疫疾患のようなことをしてしまうことになる。この奇妙な転倒は何だろうと思って調べようとしていたのが昨年のこと。
なぜ、制度でしかないコーポラティズムを、コーポラトクラシーの偽装だという「ような意味」で叩こうとするのか、と。そして、偽装だと言うならまだわかるのに、なぜ、コーポラトクラシーの概念や用語そのものは拡散させず、すべてがコーポラティズムのせいなのだと言うのか、と。コーポラティズムの他の展開(EU型)の可能性さえ見ようとせずに。
(EU型がユートピアなワケでも全くないですが、別の道という意味では参考には値します。)
アンチ・コーポラティズムっていうのは、既存の中間集団と政府の関係、しがらみ、特に制度的に保証され、慣行的に強化されて来たパイプを全部、切断し、更地にしようとするためのスローガンになっているような気さえ、してくるわけです(笑)・・・なんだ、TPPを批判しながら、TPPを推進する下地に向けて人々の意識調整に打って出てんじゃね?みたいな(笑)
もちろん、コーポラトクラシーとコーポラティズムの用語を重ね合わせる言説の流布による効果というのは、まだ色々あると思いますが、それはいったん置いておき。
そうしたアンチ・コーポラティズム論(偽装コーポラトクラシー(仮)であることを言わないように偽装したもの)は、クラインのような惨事便乗型資本主義っていう側面があったりする。なので、311以降の日本には入りこみやすい。それで日本の論者は、ああなってしまっているんだろうかね、と。
一方、それらをクライン系と、各論者の立ち位置を無視して非常に大雑把に言っておきますが、それとは全く別の経路で、コーポラティズムをコーポラトクラシーを回すコアと見做して淡々と論じていたのが中田氏だったりして。なので、中田氏の思考の特徴には興味があった。クライン系とは全く「別のもの」という意味で。はい、これで一回転してスタート地点にまで戻りました。まあ、ありていに言って、興味があったけれど、私の見たかった次元においては、・・・すでに見切りました(笑)
そんなところです。
■3.ペリマリさん、書くのが遅くなってしまってすみませんでした。
実は、ここまで詳しくペリマリさん宛に書いてないんですよ、ブログでも。
だから、今更、このテーマについて、五月さん宛に詳しいお話しをすることになると、ペリマリさんに申し訳ないことになるなあって思ってて・・・。
ペリマリさんが「コメント限定版スレ」を開いてくれたとき、コメント欄にこういう話しをしても良かったのかもしれないけれど、その時、まだブログが再開されていると気付いていなかったんでね・・・。
また、昨年8月の時点でペリマリさんのブログにコメントした時は、まだ上のようにまとめるほどまで私の考えも練れてなくて、かなり混乱してましたから、お恥ずかしい話しだし。(今だってこれが正しいなんて言っちゃいないですけど(笑))
そういう8月と、2月初旬と、現在のタイムラグを乗り越えるのもわけわかんなくなってしまうし。(ぴっぴよ、あの時はなぜそれを書かなかったんだ的なことになっちゃうでしょ? だって、その頃はもっとわかってなかったんだもんっていちいち但し書きしなきゃならなくなるわん。)
だから、もうこの話題はよそうよ・・って思ってた。
特に、元々、ペリマリさんの歴史考証のフォーカスしているのは「東アジア」です。
もちろん、世界を前提とした上での東アジアですが、それでも、私のこの話しは対象となる地域の違いが生じるんで、わざわざそれをペリマリさんに説明させるのは、お手間を取らせ過ぎて失礼だったかもしれないし…。
さらに、2月以降は、私は荒らし扱いだったでしょう? メルアド細工しただのブログ作成してないだので・・・そんな風に言われれば、素直にペリマリさんに私の考えをもう一度、聞いて貰おうなんて、そんな気持ちの余裕なんて出てきませんよね。
今だからなんです。今、阿修羅からも撤収した私だからこそ、あらためて、ここで、五月さんへのレスの形を取りつつ、ペリマリさんへの義理も果たせるかなあ(義理なんてあったんだかよく知らんが、まあ、いいよね(笑))
色々、あちこち、気を使いすぎて疲れてます。もっとロジックをスッキリさせた方がいいとは思いつつも、これ以上は無理。
だって、昨日、一度書いたものを消してしまったので、二度目の作文はきついですよ。
しかもこんな専門まがいなことを、戯言だとわかりつつ人様の目の前にもう一度、書くなんて・・・赤面モノだというのに。下手の横好き。何度言ったらわかるんですかねえ、五月のにぃちゃんは。
失礼いたしました〜♪
というような感じです。
- 阿修羅
- -
- -
ショック!! 続けてアップするはずだった記事、保存してなくて消してしまったわ〜ん(鳴)
- 2014.07.08 Tuesday
- 00:10
ぴっぴです。
終わったつもりでいても、「片づけて」おかなくてはならないことがあり、それを抜きにプロセスをすっ飛ばすわけにはいかないから、・・・夕食後につらつらと書いていた記事があったのです。コーポラティズムとコーポラトクラシーいついて。・・・下書きせずにぶっつけでこのエディターで書いていて(私にしては珍しく、なんでだろ・・)それ、推敲し終わったんで、その記事に繋げるために今ちょっと前にアップした2つの記事をまとめたんだった・・・ああ、この3つ目をアップしなければ、意味がないのよ2つ目が(泣)
五月さんからいただいた、昨日の参考資料への御礼と、それについての返信ということで書いていました。
書きなおします。今日は寝るかもしれません。なので、明日になるかも・・・こうやって、仕切り直しのタイミングが延期されることが一番嫌いだ(泣)
終わったつもりでいても、「片づけて」おかなくてはならないことがあり、それを抜きにプロセスをすっ飛ばすわけにはいかないから、・・・夕食後につらつらと書いていた記事があったのです。コーポラティズムとコーポラトクラシーいついて。・・・下書きせずにぶっつけでこのエディターで書いていて(私にしては珍しく、なんでだろ・・)それ、推敲し終わったんで、その記事に繋げるために今ちょっと前にアップした2つの記事をまとめたんだった・・・ああ、この3つ目をアップしなければ、意味がないのよ2つ目が(泣)
五月さんからいただいた、昨日の参考資料への御礼と、それについての返信ということで書いていました。
書きなおします。今日は寝るかもしれません。なので、明日になるかも・・・こうやって、仕切り直しのタイミングが延期されることが一番嫌いだ(泣)
- 阿修羅
- -
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私が陰謀論や、情報収集の際に出会う陰謀論に対していかなる態度を取っているか 2 そしてコーポラティズム問題へ
- 2014.07.07 Monday
- 23:59
ぴっぴです。以下の記事の続きです。
*私が陰謀論や、情報収集の際に出会う陰謀論に対していかなる態度を取っているか 1 [追記あり]
2014.07.07 Monday 23:42
http://pippi1.jugem.jp/?eid=304
ただし、タイトルのテーマではなく、そのテーマを述べるための「例示」ともなっていたところの、文章では背景の部分である中田氏の著作とコーポラティズムについて、特に五月さんからのレスが続いたので、今回の記事は、その部分のアップです。
実は、昨日、スレがかなり錯綜しまして・・・その錯綜の経緯については省き、あくまでも関連するところだけのアップとなります。
もし、全体像が掴みたいと思われるようでしたら、恐れ入りますが、阿修羅番外地6のスレ495を通読なさって見てください。凄いことになってましたので。(本日、スレ主五月さんが終了宣言なさってますので、スレは終わりです。)
***
下記スレッドの五月さんとのやり取りの部分を転載します。
★阿修羅♪ > 番外地6 > 495.html
With regarding to「 日中、例の件は継続中です。」
投稿者 五月晴郎 日時 2014 年 6 月 27 日 04:30:45: ulZUCBWYQe7Lk
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/495.html
158. 2014年7月04日 17:00:19 : UKwVIgTgfw
>>150
誤解してないですよ。
彼女の嘘は何も無いところからのまるっきりの嘘だって(1%の事実に99%の嘘とかじゃなく)のは私も仰山(笑)言わずもがなで知ってます。
あと鸚鵡返しを声を張り上げてするとか――これらの傾向は他の傾向と併せ彼女の「手口」と当然関連が深いんじゃないかな――多分情緒や知能が彼女が描く自己像とひどく乖離してるんでしょうね。
>>152
>アメリカを支配するパワーエリート解体新書
>なぜかコーポラティズムのイタリアでの展開を重視しない。というか、言及してなかった。
その本、私も読みました。
イタリアでの展開を重視する必要があの本のコンテキストで必要なんですか?必要ないだろうしイタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。藤沢道郎の著作を読んだ記憶があるといった程度のイタリアでの展開の知識しかないですが……「細部に真実が宿る」ではない「真実と全く関係ない細部、些末」に拘り(拘っているだけなら単にヲタ的趣味ですが)其れらを結びつけて事象を語り出すのは(Pのこだわりってそんなんでしょ)アホくさくて相手にしない人が多いだろうし、それがまともかと。あなたのことじゃないですよ、Pのことを最後の最後に流れ上しょうがないから触れます。
ほんとに(笑)ばいばい。
160. ぴっぴ 2014年7月04日 19:00:23 : ViWP4aAW6xbDg : r31pjPIazU
>>158. 五月さん
(1)「五月さんの見ているペリマリさん像」と「ぴっぴ」が違うと今、言われても「>>147.」は消えません(笑)
★五月さんwrote:
>誤解してないですよ。
じゃあ、>>147.はナンですか?(笑) ・・文脈ずらしましたね(笑)
>彼女の嘘は何も無いところからのまるっきりの嘘だって(1%の事実に99%の嘘とかじゃなく)のは私も仰山(笑)言わずもがなで知ってます。
私は、今、彼女の話しは全くしていないです。
五月さんが「ペリマリさん的陰謀論」という言葉で想定している内容と、私や、あるいは一般的な阿修羅内の認識において「ペリマリさん的陰謀論」と名付けていることには、もちろん、ズレがあって当然です。
そして、私は、そういう五月さん「個人による」『ペリマリさん的』と呼びうる事態に対しては、何の関心もございません。
そうではなくて、「陰謀廚=ペリマリさん的」というような標準化された概念について述べています。それは、>>147.が端的にそういう概念に通じると思っているからです。
五月さんは明らかに「>>147.」においては、私に対して、「『アルルを引用すればアルル派』的というような、ペリマリさんもよくやる「陰謀廚的発想」をお前は持ってるんじゃね?」ってお書きになったと思います。
そのことへの疑義であり、私は、「アルルを引用すればアルル派』的というような、ペリマリさんもよくやる「陰謀廚的発想」」なんて持ってないですよ?ということを述べるために、長々と引用したのです。
しかし、そのことに対するレスが、五月さんからは「なかった」のです。
いきなり、五月さんは、文脈をすっとばして、ペリマリさんが「何も無いところからのまるっきりの嘘」を騙る人である、という話しに持って行き、私の疑義を「すっ飛ばした」ことになります。
これは、対話において、随分と失礼な態度ではないですか?
そして、私の長ったらしい引用で、五月さんがお書きになった「>>147.」がはるか遠くにスクロールされて見えなくなってしまい、読者が忘れかけているということを利用なさっているとしか思えないです(笑)←言いすぎならごめんあそばせ。
ここで、五月さんの>>147.をもう一度、ここに貼っておきます。
★五月さんwrote:
>147. 2014年7月04日 14:34:22 : UKwVIgTgfw
>>アル○を政治板で引用する五月さんの真意を知りたかったから(某所)
>
>言ってる内容に情報の価値があると自分が思ったらアルルでもセビリアの床屋でもド
>ン・ホセでもいいんじゃないの。俺はそう思うけど。
「あなたの認識するペリマリ像」と「ぴっぴ」が一緒か否かを問うているわけではないことにご注意いただきたい。
なので、「一緒にしてないですよ、誤解してないですよ」と五月さんが上のように語っていても、それはフォーカスされている事象が全く異なる!
つまり、あなたは、全く別のことに対して「誤解してないですよ」と語っている。
しかし、「誤解していないですよ」という言葉には魔力があります。
そこだけ読んで、五月さんは誤解していないのに、ぴっぴがまだgdgd言っていると斜め読み派思いますよ(笑)
まるで1%と99%ではないですか(笑)
私のことを、あなたが陰謀廚の一種であるかのように「>>147.」で書いたことを私は問題として、ブログの引用をしているのです。そこには、「彼女」は出てきません。全く、関係ありません。
もちろん、「陰謀廚」の延長上に「Pさん的」という概念が来てしまうため、五月さんがこれまで私のことをそうやって、「つまるところPさん的なるもの」にひっくるめてしまうような伏線を張ってしまいなところに「も」、このスレやそれ以前などで疑義を呈してきました。
つまり、あなたが私のことを「五月さんがいう意味でのPさん的」だとは「思っていない」としても、「>>147.」の文脈は、私のことを「一種の陰謀廚扱い」しているので、それを読んだ人が、次のような反応をし出すという流れはあるわけです。
「陰謀廚」や「そういう妄想で捏造するPさん」ということに関連づけて、、広く広く文脈を広げて、メルさんのように私のことを「嘘ついた」「捏造した」っていう言い方にひっくるめてしまわれる政治家さんもいらっしゃるわけなのですよ。
ここに、あなたが無意図的でも加担なさるのは、およしになっていただきたいのですね(笑)
Pさん的という概念で、五月さんがなにをそこに含めようが、他者が一般的に「Pさん的」という概念で何を言おうとしているかということに、直結する前提を、五月さんの言葉が作り出してしまうわけです。
>>147.的な書き方には、そういう展開を内包するがゆえに注意をいたしました。
そして、長々と引用いたしましたが、そこでは私が陰謀論的な考え方に対して、どういう見方をしているか書いただけです。
だけです。
彼女、Pさんのことについて、書いている訳ではありません。
---
(2)コーポラティズムについて話したい訳ではなかったのだが〜(笑)
なんでそこへ反応するかって・・・いや、同じ御本をお読みだからですよね。
それは、ちょっと嬉しいですね。
しかし、・・・憚りながら申し上げれば、あなたの方が、いささか瑣末な事象にこだわっておられるよう。(>コーポラティズム)
いや、コーポラティズムが瑣末な事象ということではなくて、今、対話している文脈においては、という意味です。
私は、コーポラティズムに関して、五月さんにレスを貰いたくて引用したわけではないです。そのくだりを抜かすと文意が損なわれるから、そこもくっつけておいただけ。
さて、私は徹頭徹尾、五月さんが「>>147.」 でお書きになられたことに「関連する」ことにのみ、レスをしたつもりですが?? ・・・もちろん、そのことを踏まえておられるのでしょうから、蛇足でしたかね?
関連する → 歌劇『セビリアの理髪師』だろうが、映画『髪結いの亭主』だろうが・・(笑)
★五月さんwrote:
>イタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。
読者が当然知ってるべきことというほどには、メジャーな概念ではないはずですよ(笑)
日本ではコーポラティズムが言葉として浸透していないです。
★五月さんwrote:
>イタリアでの展開を重視する必要があの本のコンテキストで必要なんですか?
そういうコンテキストの切り取り方の恣意性に疑問があると申しているだけなのですよ。
イタリア・ファシズムの具体的な展開です。重視はせずとも、「触れておく」程度のことは必要でしょう。ところが、中田氏の歴史の切り方だと、「触れられない」んです。イタリア・ファシズムにおけるコーポラティズムを、そこに入れ込む余地がない。
どこからコーポラティズムが出て来たかという歴史的経緯をイギリス進歩主義思想に直結させているから。これは、氏がNWO思想の根幹とコーポラティズムを結び付けたいという恣意を感じます。(実際、その著作で中田氏はNWOについてH.G.ウェルズなどを引き合いに出して書いてます。)
氏が20世紀後半ヨーロッパのネオ・コーポラティズム展開を削除するのも、単にアメリカに限局したからというよりは、その系譜を強調したいからだと思います。
19世紀イギリス ・・・→ 20世紀アメリカ
という展開。
一方、アメリカのコーポラティズムは、イタリア版の延長という見方も可能なんですよ。
「労働(組合が拮抗する勢力となりうる構成)あるコーポラティズム(=EU福祉国家型)」と、「労働なきコーポラティズム(アメリカ型・・・日本のそう)」と考えた場合、アメリカのあり方をイタリア経由のさらにねじ曲がった変異バージョンとして見做すことも可能だから。
だから、クラインは、20世紀イタリア ・・・→ 21世紀アメリカ っていうところだけを強調したわけでしょうし。
というか。そもそも、コーポラティズムは、もっと古い概念だ。
ちょっと前なら社会有機体説。
もっと古くはキリスト教。もっと古くは親族組織。
社会構成体=身体が語源でそ。
体をコスモロジーや社会組織のメタファーにする現人類の基本的な認識のパターンに、実はコーポラティズムという概念は関係している。だからこそ、時代に応じて異なる姿で現れている。
そこまで遡ったところから、中田氏の切り取った文脈まで俯瞰してみて見えて来るものがある。私が見ようとしていたのはその次元。まあ、手前みそな領域なので、この辺にしておきます。
また、実は私はブログの「あの」記事では書いていませんでしたが、オックスフォード辞書などでも「コーポラティズム」と「コーポラトクラシー」の間違いに注意とあるくらいに、「コーポラトクラシー」という、これまた新造語と、「コーポラティズム」の混同もはなはだしく、それが単なる混同なのか、何か経緯があるものなのか、調べていたのです。
めんどくさいから、はしょります。
で、私がこういうことを調べていくことが、「瑣末な」事象だとも思えません(笑)。
また、中田氏がコーポラティズム関連で参照していたアメリカの文献には、ほわいとれいしずむの香り=南部に逃れたナチズムの残り香がした、ということも若干、関係してくるかな。・・・ここまでで、私は中田氏の「コーポラティズム」の切り口には関心を失っている。「そういう考え方もあるね、面白いね」で、終わり。
・・・てゆうか。私は五月さんにコーポラティズム談義をしようとして書いている訳ではなかったんですね〜(笑)
ちなみに、ここまでペリマリさんに丁寧に書いてないなあ。悪いことしたわん・・・。
で、話を戻すと、
あなたが私のことを「陰謀廚であるかのように」語ることに腹を立てていると言っています。
また、あなたがセビリアの理髪師で述べた言葉と、私の引用は、視点が異なるため、全く同じとは言えなかったかな、と、それを言いにアクセスしたら、コレだよ(笑)
私は、使えるものは何でも等価に扱う人間です。
その意味では、あなたの言う「>>147.」と同様です。
それは、ブログで 「music liminoid」 というカテゴリーで展開していた音楽の部などがまさにそう。ブルガリアン・ヴォイスなど、いくつか系統だった紹介もしていますが、大抵はそうはしてなくて。
例えば、
ジェフ・ベックのアルバム・ジャケットに白頭ワシがギターを運んでる絵があった
→じゃあ、次は「イーグルス」にしよう (爆)
というような、音楽のジャンルも作家の系譜も、音の傾向さえも無視して、自由連想していく。必要なものは、必要だから必要なのだ、と。
ということで、五月さんがアルルさんを引用しようがなにも問題ないという点においては、同意しているのです。
もともと、あなたが私に対して「つっかかる」ようなレスをしてきたのを、「誤解じゃないです」とか、ずらすので困ってしまいました。
Pさんのことは、この際、「私には」何の関係もないです。
いちいち、Pさんの話を持ち出すのは、うっとおしいです。
それは、別に私がPさんを擁護しているからではないです。
私だって、忘れていたいことくらい、ありますので。
まあ、あなたは誠意を持ってレスをするという立場ではないと、以前、私にレスをなさっていることもありますので、そこには期待してはおりません(笑)
要は、五月晴郎という人は、はぐらかす名人だという認識しか持てないです。
(↑名人というところで、敬意は表しております。)
>>159.
>鸚鵡返し
発作なら、発作だと思っておけばいいんじゃないですか。
私は、見たことないから分かりません。
昨日、いくつかレスをいただいておりました。
失礼にも、時間がなくてスル―してしまいましたが、お心遣い、ありがとうございました♪ それだけは申し上げたかったです。
ではでは。
ぴっぴ拝
161. ぴっぴ 2014年7月04日 19:12:40 : ViWP4aAW6xbDg : r31pjPIazU
>五月さん
ブログのmusic liminoidの話しに置ける「何でも等価」というのは、文脈解体し過ぎというか、ちょっとまた文脈が異なりますね(笑)失礼をば。 (置ける → × 於ける → ○)
・・じゃあ、こう言った方がいいかな?
ある分野の論考のために、他の分野の著作や映画、漫画、ゲーム、あるいはダンス、陶芸、昨日の食事、犬の散歩・・なども平等に参考資料となる、というようなこと。「取るに足らないこと」という視点が私にはないですし、「悪食」なんで、なんでも読んじゃいます(笑)
そして、ハイカルチャーもポピュラーカルチャーもサブカルチャーも優劣つけない、とか? 大学の「家政学科」を下に見る「政治学科」の男はただの上げ底とか(笑)
まあいいや、ちょっと眠いんで、本格的に寝ます。
はからずもお話しできて良かったです。良い夜をお過ごしください。
164. 2014年7月05日 06:50:27 : UKwVIgTgfw
手短にね(笑)
>>イタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。(←註:ぴっぴ)
>読者が当然知ってるべきことというほどには、メジャーな概念ではないはずですよ(笑)
>日本ではコーポラティズムが言葉として浸透していないです。
あの本はメジャーな読者層を対象として書かれているんですか?違うと思います。
よって上記引用以下のぴっぴさんの文はメジャーな層(高校の世界史もあやふやなような層)にファシズムの誕生(とは当然イタリアでのこと)から始めケーモー的に書かなくちゃという風に言ってると思うのですが、それはぴっぴさんが出来たら書きたいことで、あの本の主旨とは何ら関係ないと思います。はぐらかさない率直な言い方をすると、御自分を語っているだけかと。
168. ぴっぴ 2014年7月05日 13:07:41 : ViWP4aAW6xbDg : xdTsMYFSMw
>>164. 五月さん、こんにちは。
レスをありがとうございました。
・・・阿修羅に長居する気のない今、ちょっと胸中複雑ですが。
■1.読者層
>>>イタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。
>
>>読者が当然知ってるべきことというほどには、メジャーな概念ではないはずですよ(笑)
>>日本ではコーポラティズムが言葉として浸透していないです。
>
>あの本はメジャーな読者層を対象として書かれているんですか?違うと思います。
メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
ただし、「日本では」という言い方が曖昧だったのは失礼しました。
もともと、五月さんがお書きになるような一般社会層というような意味での「メジャーな層」を相手にした話しはしておりません。
おっしゃるような「高校の世界史もあやふやなような層」が、どの程度の「メジャー」かもわかりません。そして、その方々と読書人口がどこまでかぶるのかも不明です。
(ずれている、と思います。)
では、読書人口の中での「メジャーな読者層」について考えてみましょう。
「メジャーな読者層」というのも、一枚岩ではありません。ジャンルによって「メジャーな読者層」が異なります。
さて、「メジャーな概念」という場合、すでに、この中田氏の著書を読むような層におけるメジャー性ということを申し上げておりました。
「この手の本を読む人々」にとってでさえメジャーではない、日本の言説状況では言葉自体が浸透していないと言っております。
読者層については考えています。
恐らくですが、コーポラティズムという概念について言及しているブロガーさん達と、この本の読者層とは、かぶるところがあると思います。(同じとは言いませんが)
昨年の前半、ウェブで「コーポラティズム」について検索して出て来たものを見ると、お寒い状況でした。まず、数が少ない。また、ウィキペディアの引用のみがほとんど。
さらに、ウィキペディアに出て来るEU福祉国家型のネオ・コーポラティズムと、アメリカ型のそれ(ウェブの筆者様方はそっちがコーポラティズムの本家だと思い込んでる節がある)を、うまく整理できていない。皆、わけわかんなくなっていたみたいです。
なので、関心を持ちそうな層であっても、昨年の段階ではコーポラティズムについて初歩的な知識さえ広まってない。
だからこそ、私もわけわかんなくなって、ペリマリさんに質問しに行っちゃったんじゃないですかい(笑)
また、副島氏→中田氏という流れで、この著書を手にする読者層として、一般ビジネスマンの中でも国の行く末とか国際政治経済に関心のある層が、自己啓発のために手にする機会が多いのではないかと想定しておりました。この人達にも多様性があって、歴史に普通に疎い層も多いでしょう。どちらかというとメジャーな社会層とかぶりつつ、ちょっとそこからは出ちゃってる人達です。
(その中には、深い智識のある人々もいらっしゃると思います。)
あと、アルルさんの昔からのブログ読者みたいにちょっと陰謀論系入ってます〜という人達だって、コーポラティズムという言葉に、どこまでピンと来ているか・・・っていうところまでは、昨年の夏に押さえております。
■2.私が「出来たら書きたいこと」???
・・・なんか、作ってません? ぴっぴの物語(笑)
>よって上記引用以下のぴっぴさんの文はメジャーな層(高校の世界史もあやふやなような層)にファシズムの誕生(とは当然イタリアでのこと)から始めケーモー的に書かなくちゃという風に言ってると思うのですが、それはぴっぴさんが出来たら書きたいことで、あの本の主旨とは何ら関係ないと思います。はぐらかさない率直な言い方をすると、御自分を語っているだけかと。
ということで、読者層として、私が「メジャーな層(高校の世界史もあやふやなような層)」を想定していない以上、この箇所はレスする意味がなくなりますが、以下の言葉に不思議な感じがしましたので、続けておきましょう。
>ぴっぴさんが出来たら書きたいこと
>自分語り
私は、まず、このテーマを書いて文章として公表するような意図は全くないですね。
そういうことは「最初から」目指していない。専門でもないし。
いや、もし専門家であったとしても、であるがゆえに社会への訴求力は低くなるっていう逆説がありますから、その意味でも、「本当に人々に訴えたいこと」が私に出来たらその時は、著作をものするとか、そういう手に出るかどうかはわからないですね。専門家って、その業界や論壇およびその支持者層(購読者層)向けに文章書いてるわけでしょ。そこで書く理由があるから書く。そういうのとは、私は無縁です。
自分があえてやるとしたら、人々の潜在意識に何か訴えかけるという手法を取ります。その方が社会に対して効果的だと思ってるから。マイクロトレンドという考え方もあるように、ほんのちょっとした契機であっても、人々の潜在意識が動き、その方向性に意味があるなら、そのうちウェブで検索して関連記事が増えていくような感じ(あくまで比喩)で広まって行くはず。あとは、個々人がどう意識的に考えるかというだけ。そこから先は、まさに専門家のオシゴトが必要なことになるんでしょう。
で、今、このトピックに関しては、なんか自分が「何か」をやる必要があることじゃないんじゃないかって思ってるんです。なんとなく、昨年の段階で、もう終わったもののような気がしてるからです。
なんつーか、直観というより直感的というか。今、あんましこの言葉を目にしても、自分がざわざわするような感覚がないというか。昨年は、何か危機感を覚えて、ついつい突っ込んじゃった。そしたら、もっと危機的な場所に来ちゃったじゃんか・・・というわけ、ですにい・・・ですたにいですかにい、にぃちゃん、わかってくれますかい?
だから、「自分が納得しちゃったからもういいの〜♪」っていう段階にいるため、今さら、ペリマリさんにつつかれようが、五月さんが関心を持って突っ込んで来ようが、「余興の範囲」以上には、手出しする気がないテーマなんですよ、って、随分なコト言ってるかなあ?
■3.そもそもなんで昨日、コレについて触れたブログ記事を転載したのか??
昨日、そもそもの私のブログ記事をここにアップした理由は、「私が、陰謀論に対してどういう距離を取っているか、情報収集の際に陰謀論に出会ってしまった時、どういうスタンスでいるか」ということでしかなく、それは五月さんと同様じゃないかと思ったって言いたかった、それだけなんですよ?
「重要だと思えばメモするし、必要なら情報採択するし、面白ければチェリッシュするし、別にジャンルも陰謀論も、そんなの関係ねー(笑)」ってかんじ?
そして、転載した私のブログの記事の文脈は、あの著作をどう読み、どう評価するかという視点「ではなくて」あくまでコーポラティズムやコーポラトクラシー理解「のために」どう役立つ文献か、という「転倒した視点」となっていることに注意されたいところ。
コーポラティズム、コーポラトクラシーに関連するものなら、ざっくりと何でも集めちゃって、そこから取捨選択していく際に、「これはプロヴァンスだから、自分はアルザス・ロレーヌがいい」というようなジャンル分けは無意味っていうことで。
五月さんは、もう少し系統立てて何人かの著者に関して読んでいくやり方をなさっているようですが、それでも、そもそもの御関心は「ご自身の視点」のはずです。それこそが全てではないんですかね?
アルルさんより五月さん(笑)そう、五月さんに関心があれば、五月さんが読んでいるものは「どういう意味で」五月さんがそれを選んだんだろうかと考える。
そういう風に考える私だから、話を戻せば、中田氏はどういう視点で歴史をそう切り取っているんだろうか、と考えてみてた。そんだけです〜。
なので、別に中田氏の批判もしてませんし。クライン女史とは違うから、これはこれで興味深い、なぜこういう切り取り方になるのかなあと考えて「へえ、こういうのもおもしろいね」って思ったと書きましたが、それじゃだめ??
169. 2014年7月05日 15:26:23 : UKwVIgTgfw
>メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
ほぼ同じの?でしょ。あなたの言ってる意味に沿って言うと。
よってそれ以下を読みませんでした。
すいません。
172. ぴっぴ 2014年7月05日 18:04:59 : ViWP4aAW6xbDg : xdTsMYFSMw
>>169. 五月さん
>>メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
>
>ほぼ同じの?でしょ。あなたの言ってる意味に沿って言うと。
>よってそれ以下を読みませんでした。
>すいません。
全然違いますけど?
ぜんっぜん、違いますねえ(笑)
私の言ってる意味に、「どう沿って」るんですか?
読まずにわかるわきゃないよね?
双方の行き違いを解くために、こっちの前提について明らかにしてあげたのに、読まないわけ?(笑)
人が詭弁を弄したとでも思うの?
そっちの思い込みでしょ?
読まずにレスして「同じ」扱いしての印象操作って、さすがメルさんと「私たち3者」だね(笑)
でも、読者は全部読んでるから、どっちが不利だかよくわかるってものだわ(笑)
こちらが時間かけて書いたレスをなんだと思ってんの?
私は、あなたの言いがかりにだって、ちゃんと最後まで付き合って答えてま〜す♪
くだらないプライドなんて捨てて、
私の書いたことを3回音読んでみてからレスしなよ(笑)
私は、イタリアファシズムの歴史に沿って「啓蒙する必要」があるなんて書いてない。
諸学者向き啓蒙の話しじゃないんだよ。むしろ逆なんだよ。だから、あなたはわたしの言ってることが分かってない(笑)
その流れくらい「触れておけ」っていうのは、註の1〜2行だってこと足りるわ(笑)
そもそもコーポラティズムは労働政策系の概念でもある。
そういう文脈でなら検索しても普通に論文まで出て来るの。
なのに、アメリカ型の、コーポラトクラシーの一面とかぶるようなコーポラティズム概念が入ってきているせいか、そういう元々のコーポラティズム概念が駆逐され気味で。言説がまったく二つに分断されてしまっていた。
学術系・政策系のものと、ブロガー系(一般市民で問題意識があって本を読むような層)の書いたものと。
あなたのような優秀な方なら、これで全てわかるんだろうから、もう言わないわ。
時間の無駄。私にとっては探究の終わったことなので。
お互いに新しい視点が得られないなら、もうこのテーマは話しあう意味がないんでしょ。
あとは、ここの個々の読者がどう読み、どう考え、どう自分に取り入れるか、それだけでしょ?
元々、阿修羅を去るにあたり、レスを貰ったら返すという「移行的」な時間でしかないので、こういうことに拘泥させられるのも困ってしまいます〜。
237. ぴっぴ 2014年7月06日 22:02:31 : ViWP4aAW6xbDg : rNnUxTaY0s
五月さん、上のレス「>>236.」の続きで「169.」の件、あらためて書かせていただきますね〜。
>>169. 五月さん 2014年7月05日 15:26:23 : UKwVIgTgfw
>
>>メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
>
>ほぼ同じの?でしょ。あなたの言ってる意味に沿って言うと。
>よってそれ以下を読みませんでした。
>すいません。
あなたが「ほぼ同じ」って思ってることが誤解だ、っていう内容のレスをしているのに、五月さんったらその誤解が絶対正しいと思い込んでいて、上から見下すように「読まずに」失礼なスル―をしているですぞ??
しかし、ハタから見たら、あなたが墓穴を掘っているのは明白だわん。
恥ずかしいのは、あなたのレスの方だわん。
⇒この問題、「明日再燃するだろうなあ・・」という予感が当たってしまって憂鬱です。
当たらないでいて欲しかった〜(泣)
私は、五月さんへのレスで、「メジャーな概念」と「メジャーな読者層」では、【母集団が違う】話しなんだっていうことを説明するために、わざわざマーケティングっぽい話しをしながら、丁寧にレスをしたんだけれど、【あなたはそれを読まなかった!!】
では、例によって例を出して説明いたしやしょう♪
「メジャー」っていう言葉について、一つ、以下のような文章を考えて見て下さい。
あくまで例文であって、内容(「メジャー=J−POP」は問わないで。単なる例文。)
A君「メジャーなロック・ギタリストって言ったら、布袋じゃね?」
(ぴっぴが語った「メジャーな概念」「日本の」のパターン)
B君「俺、ロック自体あんまし聞かんから、メジャーって言われてもわかんねぇよ」
(五月さんのレス、中田氏の著作は「メジャー向けじゃないよ(大意)」)
A君「・・・まあな、メジャーなリスナーは、J−POPしか聞かんからな」
(五月さんのレスの「メジャーな読者層」という言葉遣いのパターン)
解説すると、
A君:ロックの世界という母集団でのメジャー性
(しかも、暗黙のうちに「日本のロック」に限定している。
一応、B君も邦楽はよく聞くと思っているので、話しが通じるのではないかと
思っている節。)
B君:その母集団の外に自分はいるんだけど、誰もが邦楽ならロックを聞くとでも
思ってんのかよっていうレス
C君:ロックにしても、それ以外のジャンルにしても音楽という括りとなる。
そこで、「メジャーなリスナー」は「J−POPだからな」と言って、
B君に気遣いつつ、「J−POPにJ−ROCKも含まれることからA君に対する
フォローにもなり、かといって、J−ROCKに拘るA君にしてみたら、
一般のJ−POPは生ぬるいって思うんだろうね、というようなフォローでも
ある・・・みたいな??(例文なので、こんな会話は変かも(汗))
↑ すみません、最初C君登場の三者の会話で考えていたのを、アップする直前に台詞の方を二者に変更してしまったので、解説と登場人物がズレてます。ここでは母集団の違いってところだけ押さえていただき、解説はスル―で(汗) ←阿修羅のスレで今朝、訂正しました。
どう? あなたの誤読だったことわかるでしょ?
認めて私のレスを3回読んでからレスするように(笑)
それなのに、ぴっぴがあたかも詭弁を弄したかのように馬鹿にしたまま、あなたは自分の視点の優位性を勝ち誇ったように喧伝し、「すまんが読まないよ」って言ってスル―したのだわん。
・・・それが一生、この板に残ってしまったね。恥ずかしいよね(笑)
⇒五月さんの「独善性」って言ってしまっても、イイ?
(ひどい言い方だとは思うけど、例によって毒舌派のぴっぴですから。)
いつも、「自分の言葉がわからないのは、相手が頭が悪い」
それは、「自分の書き方、言い方が悪いことに、気付いていないことでもある」
自分が、「相手の言葉を理解していないでレッテル貼りをしていることに気付かない」
たとえば、元スレ音楽板「584」の「01.」〜「04.」で、あなたがチャマさんには「顔を突っ込まないでほしい」(参加を)を最初に書いていたと言ってる。
そういう風に「参加を見合わせてほしい旨」を書いておいたのに、奴はそれを無視して入って来たって言ってる。
だけど、私だけじゃない、恐らく他の人でもあなたがチャマさんに参加を遠慮して貰うように言っているなんて、読めなかったはず。
現に、チャマさんは、あなたのこの4つのレスに対してキレている。
私は、チャマさんの読み方は「アリ」だと思ってた。ずっとずっと・・。
なのに、その怒りを表明した言葉を五月さんは受け留めなかったと思う。
元スレから何度も何度も、チャマさんはこの件に戻って怒ってるぽ。
スレの削除を言い出した経緯もここに原因の一端があると思うなあ。
200. 2014年7月06日 15:43:09 : UKwVIgTgfw
ぴっぴさん、ファシズムに関しては歴史板に投稿しようかと思いましたが、出来ないので(笑)以下で中田さんが言うアメリカの傾向とイタリアのファシズムの違い、そして中田さんの件の本ではイタリアファシズムに触れる必要もないといった意味を斟酌ください。
http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c1
http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c2
244. ぴっぴ 2014年7月06日 23:07:12 : ViWP4aAW6xbDg : uY00DxIRG2
>>200. 五月さんに対して、ここまでで終了とします。
あと一個、中田氏の著作とイタリアファシズムの件、資料までいただいたので、それ読んでから返信すべきなんでしょうけれど、
私がイタリア・ファシズムについて語っていたのは、ナオミ・クラインと中田氏をあえて比較するとするならば、っていう話しをしている程度でして、
どうしてそこに、そんなにそんなに拘るのでしょうか???
そもそも、五月さんの言ってることの前提(中田氏の著作に沿って内容を呼んで行く)と、私の視点と前提(コーポラティズム概念の変遷の一資料として中田氏の著作を位置づけた場合、どういう特徴が見れるか)というのがズレ過ぎていて、話しになってないんだよね。
そのことを、昨日、作文していて、これ言わない方がいいかなって思って置いておいたら・・・やっぱこれも今日に再燃か・・・。
私は、中田氏批判してないし、イタリアファシズムについて触れてないことが重大な問題だと言っているのではなく、「そういう歴史の切り取り方をする視点はどこに由来することかを考えることが、私の探究上は必要なことなんだ」って言ってるだけなんですよ。
てゆうか、あなたが口出しすべき事柄ではない。
もともと、これはあなたに向けて書いていた話しでもないから。
私が陰謀論系の著作に出会った場合、どういう態度を取るかの例として、ブログを引用して五月さんに見せるために、話しの前後の脈絡として書いただけ。
嘴挟むなって言っておきます。私にとっても、終わった探究の一ページにしか過ぎないんだから。もうやめろって昨日、書いてるよん?(笑)
でも、五月さんは、そのことに気付いていないみたい?
なぜなら、「チャマさんが俺の言葉を読めない」って思いこんでいるから?
⇒私は、チャマさんの怒りに対して、それわかるって言ってあげれば良かったかも・・。
自分の立場があるし、チャマさんと五月さんの二人の問題だからと、そこをスル―していたのはいけなかったかもしれないと、今は思ってます。
五月さんは、自分の癖に対して、もっと自覚的になってね(はあと)
***
このような対話に直接繋がる話しはスレではここまでです・・。
*私が陰謀論や、情報収集の際に出会う陰謀論に対していかなる態度を取っているか 1 [追記あり]
2014.07.07 Monday 23:42
http://pippi1.jugem.jp/?eid=304
ただし、タイトルのテーマではなく、そのテーマを述べるための「例示」ともなっていたところの、文章では背景の部分である中田氏の著作とコーポラティズムについて、特に五月さんからのレスが続いたので、今回の記事は、その部分のアップです。
実は、昨日、スレがかなり錯綜しまして・・・その錯綜の経緯については省き、あくまでも関連するところだけのアップとなります。
もし、全体像が掴みたいと思われるようでしたら、恐れ入りますが、阿修羅番外地6のスレ495を通読なさって見てください。凄いことになってましたので。(本日、スレ主五月さんが終了宣言なさってますので、スレは終わりです。)
***
下記スレッドの五月さんとのやり取りの部分を転載します。
★阿修羅♪ > 番外地6 > 495.html
With regarding to「 日中、例の件は継続中です。」
投稿者 五月晴郎 日時 2014 年 6 月 27 日 04:30:45: ulZUCBWYQe7Lk
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/495.html
158. 2014年7月04日 17:00:19 : UKwVIgTgfw
>>150
誤解してないですよ。
彼女の嘘は何も無いところからのまるっきりの嘘だって(1%の事実に99%の嘘とかじゃなく)のは私も仰山(笑)言わずもがなで知ってます。
あと鸚鵡返しを声を張り上げてするとか――これらの傾向は他の傾向と併せ彼女の「手口」と当然関連が深いんじゃないかな――多分情緒や知能が彼女が描く自己像とひどく乖離してるんでしょうね。
>>152
>アメリカを支配するパワーエリート解体新書
>なぜかコーポラティズムのイタリアでの展開を重視しない。というか、言及してなかった。
その本、私も読みました。
イタリアでの展開を重視する必要があの本のコンテキストで必要なんですか?必要ないだろうしイタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。藤沢道郎の著作を読んだ記憶があるといった程度のイタリアでの展開の知識しかないですが……「細部に真実が宿る」ではない「真実と全く関係ない細部、些末」に拘り(拘っているだけなら単にヲタ的趣味ですが)其れらを結びつけて事象を語り出すのは(Pのこだわりってそんなんでしょ)アホくさくて相手にしない人が多いだろうし、それがまともかと。あなたのことじゃないですよ、Pのことを最後の最後に流れ上しょうがないから触れます。
ほんとに(笑)ばいばい。
160. ぴっぴ 2014年7月04日 19:00:23 : ViWP4aAW6xbDg : r31pjPIazU
>>158. 五月さん
(1)「五月さんの見ているペリマリさん像」と「ぴっぴ」が違うと今、言われても「>>147.」は消えません(笑)
★五月さんwrote:
>誤解してないですよ。
じゃあ、>>147.はナンですか?(笑) ・・文脈ずらしましたね(笑)
>彼女の嘘は何も無いところからのまるっきりの嘘だって(1%の事実に99%の嘘とかじゃなく)のは私も仰山(笑)言わずもがなで知ってます。
私は、今、彼女の話しは全くしていないです。
五月さんが「ペリマリさん的陰謀論」という言葉で想定している内容と、私や、あるいは一般的な阿修羅内の認識において「ペリマリさん的陰謀論」と名付けていることには、もちろん、ズレがあって当然です。
そして、私は、そういう五月さん「個人による」『ペリマリさん的』と呼びうる事態に対しては、何の関心もございません。
そうではなくて、「陰謀廚=ペリマリさん的」というような標準化された概念について述べています。それは、>>147.が端的にそういう概念に通じると思っているからです。
五月さんは明らかに「>>147.」においては、私に対して、「『アルルを引用すればアルル派』的というような、ペリマリさんもよくやる「陰謀廚的発想」をお前は持ってるんじゃね?」ってお書きになったと思います。
そのことへの疑義であり、私は、「アルルを引用すればアルル派』的というような、ペリマリさんもよくやる「陰謀廚的発想」」なんて持ってないですよ?ということを述べるために、長々と引用したのです。
しかし、そのことに対するレスが、五月さんからは「なかった」のです。
いきなり、五月さんは、文脈をすっとばして、ペリマリさんが「何も無いところからのまるっきりの嘘」を騙る人である、という話しに持って行き、私の疑義を「すっ飛ばした」ことになります。
これは、対話において、随分と失礼な態度ではないですか?
そして、私の長ったらしい引用で、五月さんがお書きになった「>>147.」がはるか遠くにスクロールされて見えなくなってしまい、読者が忘れかけているということを利用なさっているとしか思えないです(笑)←言いすぎならごめんあそばせ。
ここで、五月さんの>>147.をもう一度、ここに貼っておきます。
★五月さんwrote:
>147. 2014年7月04日 14:34:22 : UKwVIgTgfw
>>アル○を政治板で引用する五月さんの真意を知りたかったから(某所)
>
>言ってる内容に情報の価値があると自分が思ったらアルルでもセビリアの床屋でもド
>ン・ホセでもいいんじゃないの。俺はそう思うけど。
「あなたの認識するペリマリ像」と「ぴっぴ」が一緒か否かを問うているわけではないことにご注意いただきたい。
なので、「一緒にしてないですよ、誤解してないですよ」と五月さんが上のように語っていても、それはフォーカスされている事象が全く異なる!
つまり、あなたは、全く別のことに対して「誤解してないですよ」と語っている。
しかし、「誤解していないですよ」という言葉には魔力があります。
そこだけ読んで、五月さんは誤解していないのに、ぴっぴがまだgdgd言っていると斜め読み派思いますよ(笑)
まるで1%と99%ではないですか(笑)
私のことを、あなたが陰謀廚の一種であるかのように「>>147.」で書いたことを私は問題として、ブログの引用をしているのです。そこには、「彼女」は出てきません。全く、関係ありません。
もちろん、「陰謀廚」の延長上に「Pさん的」という概念が来てしまうため、五月さんがこれまで私のことをそうやって、「つまるところPさん的なるもの」にひっくるめてしまうような伏線を張ってしまいなところに「も」、このスレやそれ以前などで疑義を呈してきました。
つまり、あなたが私のことを「五月さんがいう意味でのPさん的」だとは「思っていない」としても、「>>147.」の文脈は、私のことを「一種の陰謀廚扱い」しているので、それを読んだ人が、次のような反応をし出すという流れはあるわけです。
「陰謀廚」や「そういう妄想で捏造するPさん」ということに関連づけて、、広く広く文脈を広げて、メルさんのように私のことを「嘘ついた」「捏造した」っていう言い方にひっくるめてしまわれる政治家さんもいらっしゃるわけなのですよ。
ここに、あなたが無意図的でも加担なさるのは、およしになっていただきたいのですね(笑)
Pさん的という概念で、五月さんがなにをそこに含めようが、他者が一般的に「Pさん的」という概念で何を言おうとしているかということに、直結する前提を、五月さんの言葉が作り出してしまうわけです。
>>147.的な書き方には、そういう展開を内包するがゆえに注意をいたしました。
そして、長々と引用いたしましたが、そこでは私が陰謀論的な考え方に対して、どういう見方をしているか書いただけです。
だけです。
彼女、Pさんのことについて、書いている訳ではありません。
---
(2)コーポラティズムについて話したい訳ではなかったのだが〜(笑)
なんでそこへ反応するかって・・・いや、同じ御本をお読みだからですよね。
それは、ちょっと嬉しいですね。
しかし、・・・憚りながら申し上げれば、あなたの方が、いささか瑣末な事象にこだわっておられるよう。(>コーポラティズム)
いや、コーポラティズムが瑣末な事象ということではなくて、今、対話している文脈においては、という意味です。
私は、コーポラティズムに関して、五月さんにレスを貰いたくて引用したわけではないです。そのくだりを抜かすと文意が損なわれるから、そこもくっつけておいただけ。
さて、私は徹頭徹尾、五月さんが「>>147.」 でお書きになられたことに「関連する」ことにのみ、レスをしたつもりですが?? ・・・もちろん、そのことを踏まえておられるのでしょうから、蛇足でしたかね?
関連する → 歌劇『セビリアの理髪師』だろうが、映画『髪結いの亭主』だろうが・・(笑)
★五月さんwrote:
>イタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。
読者が当然知ってるべきことというほどには、メジャーな概念ではないはずですよ(笑)
日本ではコーポラティズムが言葉として浸透していないです。
★五月さんwrote:
>イタリアでの展開を重視する必要があの本のコンテキストで必要なんですか?
そういうコンテキストの切り取り方の恣意性に疑問があると申しているだけなのですよ。
イタリア・ファシズムの具体的な展開です。重視はせずとも、「触れておく」程度のことは必要でしょう。ところが、中田氏の歴史の切り方だと、「触れられない」んです。イタリア・ファシズムにおけるコーポラティズムを、そこに入れ込む余地がない。
どこからコーポラティズムが出て来たかという歴史的経緯をイギリス進歩主義思想に直結させているから。これは、氏がNWO思想の根幹とコーポラティズムを結び付けたいという恣意を感じます。(実際、その著作で中田氏はNWOについてH.G.ウェルズなどを引き合いに出して書いてます。)
氏が20世紀後半ヨーロッパのネオ・コーポラティズム展開を削除するのも、単にアメリカに限局したからというよりは、その系譜を強調したいからだと思います。
19世紀イギリス ・・・→ 20世紀アメリカ
という展開。
一方、アメリカのコーポラティズムは、イタリア版の延長という見方も可能なんですよ。
「労働(組合が拮抗する勢力となりうる構成)あるコーポラティズム(=EU福祉国家型)」と、「労働なきコーポラティズム(アメリカ型・・・日本のそう)」と考えた場合、アメリカのあり方をイタリア経由のさらにねじ曲がった変異バージョンとして見做すことも可能だから。
だから、クラインは、20世紀イタリア ・・・→ 21世紀アメリカ っていうところだけを強調したわけでしょうし。
というか。そもそも、コーポラティズムは、もっと古い概念だ。
ちょっと前なら社会有機体説。
もっと古くはキリスト教。もっと古くは親族組織。
社会構成体=身体が語源でそ。
体をコスモロジーや社会組織のメタファーにする現人類の基本的な認識のパターンに、実はコーポラティズムという概念は関係している。だからこそ、時代に応じて異なる姿で現れている。
そこまで遡ったところから、中田氏の切り取った文脈まで俯瞰してみて見えて来るものがある。私が見ようとしていたのはその次元。まあ、手前みそな領域なので、この辺にしておきます。
また、実は私はブログの「あの」記事では書いていませんでしたが、オックスフォード辞書などでも「コーポラティズム」と「コーポラトクラシー」の間違いに注意とあるくらいに、「コーポラトクラシー」という、これまた新造語と、「コーポラティズム」の混同もはなはだしく、それが単なる混同なのか、何か経緯があるものなのか、調べていたのです。
めんどくさいから、はしょります。
で、私がこういうことを調べていくことが、「瑣末な」事象だとも思えません(笑)。
また、中田氏がコーポラティズム関連で参照していたアメリカの文献には、ほわいとれいしずむの香り=南部に逃れたナチズムの残り香がした、ということも若干、関係してくるかな。・・・ここまでで、私は中田氏の「コーポラティズム」の切り口には関心を失っている。「そういう考え方もあるね、面白いね」で、終わり。
・・・てゆうか。私は五月さんにコーポラティズム談義をしようとして書いている訳ではなかったんですね〜(笑)
ちなみに、ここまでペリマリさんに丁寧に書いてないなあ。悪いことしたわん・・・。
で、話を戻すと、
あなたが私のことを「陰謀廚であるかのように」語ることに腹を立てていると言っています。
また、あなたがセビリアの理髪師で述べた言葉と、私の引用は、視点が異なるため、全く同じとは言えなかったかな、と、それを言いにアクセスしたら、コレだよ(笑)
私は、使えるものは何でも等価に扱う人間です。
その意味では、あなたの言う「>>147.」と同様です。
それは、ブログで 「music liminoid」 というカテゴリーで展開していた音楽の部などがまさにそう。ブルガリアン・ヴォイスなど、いくつか系統だった紹介もしていますが、大抵はそうはしてなくて。
例えば、
ジェフ・ベックのアルバム・ジャケットに白頭ワシがギターを運んでる絵があった
→じゃあ、次は「イーグルス」にしよう (爆)
というような、音楽のジャンルも作家の系譜も、音の傾向さえも無視して、自由連想していく。必要なものは、必要だから必要なのだ、と。
ということで、五月さんがアルルさんを引用しようがなにも問題ないという点においては、同意しているのです。
もともと、あなたが私に対して「つっかかる」ようなレスをしてきたのを、「誤解じゃないです」とか、ずらすので困ってしまいました。
Pさんのことは、この際、「私には」何の関係もないです。
いちいち、Pさんの話を持ち出すのは、うっとおしいです。
それは、別に私がPさんを擁護しているからではないです。
私だって、忘れていたいことくらい、ありますので。
まあ、あなたは誠意を持ってレスをするという立場ではないと、以前、私にレスをなさっていることもありますので、そこには期待してはおりません(笑)
要は、五月晴郎という人は、はぐらかす名人だという認識しか持てないです。
(↑名人というところで、敬意は表しております。)
>>159.
>鸚鵡返し
発作なら、発作だと思っておけばいいんじゃないですか。
私は、見たことないから分かりません。
昨日、いくつかレスをいただいておりました。
失礼にも、時間がなくてスル―してしまいましたが、お心遣い、ありがとうございました♪ それだけは申し上げたかったです。
ではでは。
ぴっぴ拝
161. ぴっぴ 2014年7月04日 19:12:40 : ViWP4aAW6xbDg : r31pjPIazU
>五月さん
ブログのmusic liminoidの話しに
・・じゃあ、こう言った方がいいかな?
ある分野の論考のために、他の分野の著作や映画、漫画、ゲーム、あるいはダンス、陶芸、昨日の食事、犬の散歩・・なども平等に参考資料となる、というようなこと。「取るに足らないこと」という視点が私にはないですし、「悪食」なんで、なんでも読んじゃいます(笑)
そして、ハイカルチャーもポピュラーカルチャーもサブカルチャーも優劣つけない、とか? 大学の「家政学科」を下に見る「政治学科」の男はただの上げ底とか(笑)
まあいいや、ちょっと眠いんで、本格的に寝ます。
はからずもお話しできて良かったです。良い夜をお過ごしください。
164. 2014年7月05日 06:50:27 : UKwVIgTgfw
手短にね(笑)
>>イタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。(←註:ぴっぴ)
>読者が当然知ってるべきことというほどには、メジャーな概念ではないはずですよ(笑)
>日本ではコーポラティズムが言葉として浸透していないです。
あの本はメジャーな読者層を対象として書かれているんですか?違うと思います。
よって上記引用以下のぴっぴさんの文はメジャーな層(高校の世界史もあやふやなような層)にファシズムの誕生(とは当然イタリアでのこと)から始めケーモー的に書かなくちゃという風に言ってると思うのですが、それはぴっぴさんが出来たら書きたいことで、あの本の主旨とは何ら関係ないと思います。はぐらかさない率直な言い方をすると、御自分を語っているだけかと。
168. ぴっぴ 2014年7月05日 13:07:41 : ViWP4aAW6xbDg : xdTsMYFSMw
>>164. 五月さん、こんにちは。
レスをありがとうございました。
・・・阿修羅に長居する気のない今、ちょっと胸中複雑ですが。
■1.読者層
>>>イタリアでの展開は読者が当然知っていることとして書かれてんじゃないの。
>
>>読者が当然知ってるべきことというほどには、メジャーな概念ではないはずですよ(笑)
>>日本ではコーポラティズムが言葉として浸透していないです。
>
>あの本はメジャーな読者層を対象として書かれているんですか?違うと思います。
メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
ただし、「日本では」という言い方が曖昧だったのは失礼しました。
もともと、五月さんがお書きになるような一般社会層というような意味での「メジャーな層」を相手にした話しはしておりません。
おっしゃるような「高校の世界史もあやふやなような層」が、どの程度の「メジャー」かもわかりません。そして、その方々と読書人口がどこまでかぶるのかも不明です。
(ずれている、と思います。)
では、読書人口の中での「メジャーな読者層」について考えてみましょう。
「メジャーな読者層」というのも、一枚岩ではありません。ジャンルによって「メジャーな読者層」が異なります。
さて、「メジャーな概念」という場合、すでに、この中田氏の著書を読むような層におけるメジャー性ということを申し上げておりました。
「この手の本を読む人々」にとってでさえメジャーではない、日本の言説状況では言葉自体が浸透していないと言っております。
読者層については考えています。
恐らくですが、コーポラティズムという概念について言及しているブロガーさん達と、この本の読者層とは、かぶるところがあると思います。(同じとは言いませんが)
昨年の前半、ウェブで「コーポラティズム」について検索して出て来たものを見ると、お寒い状況でした。まず、数が少ない。また、ウィキペディアの引用のみがほとんど。
さらに、ウィキペディアに出て来るEU福祉国家型のネオ・コーポラティズムと、アメリカ型のそれ(ウェブの筆者様方はそっちがコーポラティズムの本家だと思い込んでる節がある)を、うまく整理できていない。皆、わけわかんなくなっていたみたいです。
なので、関心を持ちそうな層であっても、昨年の段階ではコーポラティズムについて初歩的な知識さえ広まってない。
だからこそ、私もわけわかんなくなって、ペリマリさんに質問しに行っちゃったんじゃないですかい(笑)
また、副島氏→中田氏という流れで、この著書を手にする読者層として、一般ビジネスマンの中でも国の行く末とか国際政治経済に関心のある層が、自己啓発のために手にする機会が多いのではないかと想定しておりました。この人達にも多様性があって、歴史に普通に疎い層も多いでしょう。どちらかというとメジャーな社会層とかぶりつつ、ちょっとそこからは出ちゃってる人達です。
(その中には、深い智識のある人々もいらっしゃると思います。)
あと、アルルさんの昔からのブログ読者みたいにちょっと陰謀論系入ってます〜という人達だって、コーポラティズムという言葉に、どこまでピンと来ているか・・・っていうところまでは、昨年の夏に押さえております。
■2.私が「出来たら書きたいこと」???
・・・なんか、作ってません? ぴっぴの物語(笑)
>よって上記引用以下のぴっぴさんの文はメジャーな層(高校の世界史もあやふやなような層)にファシズムの誕生(とは当然イタリアでのこと)から始めケーモー的に書かなくちゃという風に言ってると思うのですが、それはぴっぴさんが出来たら書きたいことで、あの本の主旨とは何ら関係ないと思います。はぐらかさない率直な言い方をすると、御自分を語っているだけかと。
ということで、読者層として、私が「メジャーな層(高校の世界史もあやふやなような層)」を想定していない以上、この箇所はレスする意味がなくなりますが、以下の言葉に不思議な感じがしましたので、続けておきましょう。
>ぴっぴさんが出来たら書きたいこと
>自分語り
私は、まず、このテーマを書いて文章として公表するような意図は全くないですね。
そういうことは「最初から」目指していない。専門でもないし。
いや、もし専門家であったとしても、であるがゆえに社会への訴求力は低くなるっていう逆説がありますから、その意味でも、「本当に人々に訴えたいこと」が私に出来たらその時は、著作をものするとか、そういう手に出るかどうかはわからないですね。専門家って、その業界や論壇およびその支持者層(購読者層)向けに文章書いてるわけでしょ。そこで書く理由があるから書く。そういうのとは、私は無縁です。
自分があえてやるとしたら、人々の潜在意識に何か訴えかけるという手法を取ります。その方が社会に対して効果的だと思ってるから。マイクロトレンドという考え方もあるように、ほんのちょっとした契機であっても、人々の潜在意識が動き、その方向性に意味があるなら、そのうちウェブで検索して関連記事が増えていくような感じ(あくまで比喩)で広まって行くはず。あとは、個々人がどう意識的に考えるかというだけ。そこから先は、まさに専門家のオシゴトが必要なことになるんでしょう。
で、今、このトピックに関しては、なんか自分が「何か」をやる必要があることじゃないんじゃないかって思ってるんです。なんとなく、昨年の段階で、もう終わったもののような気がしてるからです。
なんつーか、直観というより直感的というか。今、あんましこの言葉を目にしても、自分がざわざわするような感覚がないというか。昨年は、何か危機感を覚えて、ついつい突っ込んじゃった。そしたら、もっと危機的な場所に来ちゃったじゃんか・・・というわけ、ですにい・・・ですたにいですかにい、にぃちゃん、わかってくれますかい?
だから、「自分が納得しちゃったからもういいの〜♪」っていう段階にいるため、今さら、ペリマリさんにつつかれようが、五月さんが関心を持って突っ込んで来ようが、「余興の範囲」以上には、手出しする気がないテーマなんですよ、って、随分なコト言ってるかなあ?
■3.そもそもなんで昨日、コレについて触れたブログ記事を転載したのか??
昨日、そもそもの私のブログ記事をここにアップした理由は、「私が、陰謀論に対してどういう距離を取っているか、情報収集の際に陰謀論に出会ってしまった時、どういうスタンスでいるか」ということでしかなく、それは五月さんと同様じゃないかと思ったって言いたかった、それだけなんですよ?
「重要だと思えばメモするし、必要なら情報採択するし、面白ければチェリッシュするし、別にジャンルも陰謀論も、そんなの関係ねー(笑)」ってかんじ?
そして、転載した私のブログの記事の文脈は、あの著作をどう読み、どう評価するかという視点「ではなくて」あくまでコーポラティズムやコーポラトクラシー理解「のために」どう役立つ文献か、という「転倒した視点」となっていることに注意されたいところ。
コーポラティズム、コーポラトクラシーに関連するものなら、ざっくりと何でも集めちゃって、そこから取捨選択していく際に、「これはプロヴァンスだから、自分はアルザス・ロレーヌがいい」というようなジャンル分けは無意味っていうことで。
五月さんは、もう少し系統立てて何人かの著者に関して読んでいくやり方をなさっているようですが、それでも、そもそもの御関心は「ご自身の視点」のはずです。それこそが全てではないんですかね?
アルルさんより五月さん(笑)そう、五月さんに関心があれば、五月さんが読んでいるものは「どういう意味で」五月さんがそれを選んだんだろうかと考える。
そういう風に考える私だから、話を戻せば、中田氏はどういう視点で歴史をそう切り取っているんだろうか、と考えてみてた。そんだけです〜。
なので、別に中田氏の批判もしてませんし。クライン女史とは違うから、これはこれで興味深い、なぜこういう切り取り方になるのかなあと考えて「へえ、こういうのもおもしろいね」って思ったと書きましたが、それじゃだめ??
169. 2014年7月05日 15:26:23 : UKwVIgTgfw
>メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
ほぼ同じの?でしょ。あなたの言ってる意味に沿って言うと。
よってそれ以下を読みませんでした。
すいません。
172. ぴっぴ 2014年7月05日 18:04:59 : ViWP4aAW6xbDg : xdTsMYFSMw
>>169. 五月さん
>>メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
>
>ほぼ同じの?でしょ。あなたの言ってる意味に沿って言うと。
>よってそれ以下を読みませんでした。
>すいません。
全然違いますけど?
ぜんっぜん、違いますねえ(笑)
私の言ってる意味に、「どう沿って」るんですか?
読まずにわかるわきゃないよね?
双方の行き違いを解くために、こっちの前提について明らかにしてあげたのに、読まないわけ?(笑)
人が詭弁を弄したとでも思うの?
そっちの思い込みでしょ?
読まずにレスして「同じ」扱いしての印象操作って、さすがメルさんと「私たち3者」だね(笑)
でも、読者は全部読んでるから、どっちが不利だかよくわかるってものだわ(笑)
こちらが時間かけて書いたレスをなんだと思ってんの?
私は、あなたの言いがかりにだって、ちゃんと最後まで付き合って答えてま〜す♪
くだらないプライドなんて捨てて、
私の書いたことを3回音読んでみてからレスしなよ(笑)
私は、イタリアファシズムの歴史に沿って「啓蒙する必要」があるなんて書いてない。
諸学者向き啓蒙の話しじゃないんだよ。むしろ逆なんだよ。だから、あなたはわたしの言ってることが分かってない(笑)
その流れくらい「触れておけ」っていうのは、註の1〜2行だってこと足りるわ(笑)
そもそもコーポラティズムは労働政策系の概念でもある。
そういう文脈でなら検索しても普通に論文まで出て来るの。
なのに、アメリカ型の、コーポラトクラシーの一面とかぶるようなコーポラティズム概念が入ってきているせいか、そういう元々のコーポラティズム概念が駆逐され気味で。言説がまったく二つに分断されてしまっていた。
学術系・政策系のものと、ブロガー系(一般市民で問題意識があって本を読むような層)の書いたものと。
あなたのような優秀な方なら、これで全てわかるんだろうから、もう言わないわ。
時間の無駄。私にとっては探究の終わったことなので。
お互いに新しい視点が得られないなら、もうこのテーマは話しあう意味がないんでしょ。
あとは、ここの個々の読者がどう読み、どう考え、どう自分に取り入れるか、それだけでしょ?
元々、阿修羅を去るにあたり、レスを貰ったら返すという「移行的」な時間でしかないので、こういうことに拘泥させられるのも困ってしまいます〜。
237. ぴっぴ 2014年7月06日 22:02:31 : ViWP4aAW6xbDg : rNnUxTaY0s
五月さん、上のレス「>>236.」の続きで「169.」の件、あらためて書かせていただきますね〜。
>>169. 五月さん 2014年7月05日 15:26:23 : UKwVIgTgfw
>
>>メジャーな概念と言っても、「メジャーな読者層」とは言った覚えがありません(笑)
>
>ほぼ同じの?でしょ。あなたの言ってる意味に沿って言うと。
>よってそれ以下を読みませんでした。
>すいません。
あなたが「ほぼ同じ」って思ってることが誤解だ、っていう内容のレスをしているのに、五月さんったらその誤解が絶対正しいと思い込んでいて、上から見下すように「読まずに」失礼なスル―をしているですぞ??
しかし、ハタから見たら、あなたが墓穴を掘っているのは明白だわん。
恥ずかしいのは、あなたのレスの方だわん。
⇒この問題、「明日再燃するだろうなあ・・」という予感が当たってしまって憂鬱です。
当たらないでいて欲しかった〜(泣)
私は、五月さんへのレスで、「メジャーな概念」と「メジャーな読者層」では、【母集団が違う】話しなんだっていうことを説明するために、わざわざマーケティングっぽい話しをしながら、丁寧にレスをしたんだけれど、【あなたはそれを読まなかった!!】
では、例によって例を出して説明いたしやしょう♪
「メジャー」っていう言葉について、一つ、以下のような文章を考えて見て下さい。
あくまで例文であって、内容(「メジャー=J−POP」は問わないで。単なる例文。)
A君「メジャーなロック・ギタリストって言ったら、布袋じゃね?」
(ぴっぴが語った「メジャーな概念」「日本の」のパターン)
B君「俺、ロック自体あんまし聞かんから、メジャーって言われてもわかんねぇよ」
(五月さんのレス、中田氏の著作は「メジャー向けじゃないよ(大意)」)
A君「・・・まあな、メジャーなリスナーは、J−POPしか聞かんからな」
(五月さんのレスの「メジャーな読者層」という言葉遣いのパターン)
解説すると、
A君:ロックの世界という母集団でのメジャー性
(しかも、暗黙のうちに「日本のロック」に限定している。
一応、B君も邦楽はよく聞くと思っているので、話しが通じるのではないかと
思っている節。)
B君:その母集団の外に自分はいるんだけど、誰もが邦楽ならロックを聞くとでも
思ってんのかよっていうレス
C君:ロックにしても、それ以外のジャンルにしても音楽という括りとなる。
そこで、「メジャーなリスナー」は「J−POPだからな」と言って、
B君に気遣いつつ、「J−POPにJ−ROCKも含まれることからA君に対する
フォローにもなり、かといって、J−ROCKに拘るA君にしてみたら、
一般のJ−POPは生ぬるいって思うんだろうね、というようなフォローでも
ある・・・みたいな??(例文なので、こんな会話は変かも(汗))
↑ すみません、最初C君登場の三者の会話で考えていたのを、アップする直前に台詞の方を二者に変更してしまったので、解説と登場人物がズレてます。ここでは母集団の違いってところだけ押さえていただき、解説はスル―で(汗) ←阿修羅のスレで今朝、訂正しました。
どう? あなたの誤読だったことわかるでしょ?
認めて私のレスを3回読んでからレスするように(笑)
それなのに、ぴっぴがあたかも詭弁を弄したかのように馬鹿にしたまま、あなたは自分の視点の優位性を勝ち誇ったように喧伝し、「すまんが読まないよ」って言ってスル―したのだわん。
・・・それが一生、この板に残ってしまったね。恥ずかしいよね(笑)
⇒五月さんの「独善性」って言ってしまっても、イイ?
(ひどい言い方だとは思うけど、例によって毒舌派のぴっぴですから。)
いつも、「自分の言葉がわからないのは、相手が頭が悪い」
それは、「自分の書き方、言い方が悪いことに、気付いていないことでもある」
自分が、「相手の言葉を理解していないでレッテル貼りをしていることに気付かない」
たとえば、元スレ音楽板「584」の「01.」〜「04.」で、あなたがチャマさんには「顔を突っ込まないでほしい」(参加を)を最初に書いていたと言ってる。
そういう風に「参加を見合わせてほしい旨」を書いておいたのに、奴はそれを無視して入って来たって言ってる。
だけど、私だけじゃない、恐らく他の人でもあなたがチャマさんに参加を遠慮して貰うように言っているなんて、読めなかったはず。
現に、チャマさんは、あなたのこの4つのレスに対してキレている。
私は、チャマさんの読み方は「アリ」だと思ってた。ずっとずっと・・。
なのに、その怒りを表明した言葉を五月さんは受け留めなかったと思う。
元スレから何度も何度も、チャマさんはこの件に戻って怒ってるぽ。
スレの削除を言い出した経緯もここに原因の一端があると思うなあ。
200. 2014年7月06日 15:43:09 : UKwVIgTgfw
ぴっぴさん、ファシズムに関しては歴史板に投稿しようかと思いましたが、出来ないので(笑)以下で中田さんが言うアメリカの傾向とイタリアのファシズムの違い、そして中田さんの件の本ではイタリアファシズムに触れる必要もないといった意味を斟酌ください。
http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c1
http://www.asyura2.com/14/senkyo168/msg/179.html#c2
244. ぴっぴ 2014年7月06日 23:07:12 : ViWP4aAW6xbDg : uY00DxIRG2
>>200. 五月さんに対して、ここまでで終了とします。
あと一個、中田氏の著作とイタリアファシズムの件、資料までいただいたので、それ読んでから返信すべきなんでしょうけれど、
私がイタリア・ファシズムについて語っていたのは、ナオミ・クラインと中田氏をあえて比較するとするならば、っていう話しをしている程度でして、
どうしてそこに、そんなにそんなに拘るのでしょうか???
そもそも、五月さんの言ってることの前提(中田氏の著作に沿って内容を呼んで行く)と、私の視点と前提(コーポラティズム概念の変遷の一資料として中田氏の著作を位置づけた場合、どういう特徴が見れるか)というのがズレ過ぎていて、話しになってないんだよね。
そのことを、昨日、作文していて、これ言わない方がいいかなって思って置いておいたら・・・やっぱこれも今日に再燃か・・・。
私は、中田氏批判してないし、イタリアファシズムについて触れてないことが重大な問題だと言っているのではなく、「そういう歴史の切り取り方をする視点はどこに由来することかを考えることが、私の探究上は必要なことなんだ」って言ってるだけなんですよ。
てゆうか、あなたが口出しすべき事柄ではない。
もともと、これはあなたに向けて書いていた話しでもないから。
私が陰謀論系の著作に出会った場合、どういう態度を取るかの例として、ブログを引用して五月さんに見せるために、話しの前後の脈絡として書いただけ。
嘴挟むなって言っておきます。私にとっても、終わった探究の一ページにしか過ぎないんだから。もうやめろって昨日、書いてるよん?(笑)
でも、五月さんは、そのことに気付いていないみたい?
なぜなら、「チャマさんが俺の言葉を読めない」って思いこんでいるから?
⇒私は、チャマさんの怒りに対して、それわかるって言ってあげれば良かったかも・・。
自分の立場があるし、チャマさんと五月さんの二人の問題だからと、そこをスル―していたのはいけなかったかもしれないと、今は思ってます。
五月さんは、自分の癖に対して、もっと自覚的になってね(はあと)
***
このような対話に直接繋がる話しはスレではここまでです・・。
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