10代の頃から、私は「頭が良くなりたい」と思っていた。
中学まではさほど勉強せずとも良い成績だったものの、高校に進学すると、きちんと勉強しないといけない脳みそだと気付いた。
赤点を取っても親に叱られない、のび太君なら天国のような家庭だったけれど、それは私が女だからなんだと思い悔しかった。
それ以外にも、田舎の高校生なりの色々な鬱憤が溜まっていた時、教科書でフランシス・ベーコンの「知は力なり」という言葉を見つけて、深く感銘を受けたのを覚えている。
10代の頃思っていた「頭の良い人間」というのは、知識が豊富な人のこと、また勉強が出来る人のことで、そういう意味では、私は「頭の良い人」になることに成功したのだと思う。
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しかしながら、20代の頃も引き続き「頭が良くなりたい」と思っていた。
私は会社でうまく立ち回ることが苦手だった。
自分なりに真剣に考えて選んだ業界で、その中でさらに“その会社で”働くことで世の中に貢献したい、みたいなものを持っていたし、終業後や休日、仕事に役立つよう情報収集や勉強をした。(いわゆる意識高い系である)
それでも時々、「お前はやる気があるのか?」と言われ愕然とした。
“感じの良い人”“頑張っている人”と思われることにリソースを割いていなかったので、当然だろうと今では思う。
幸運なことに、そんな私を、“不器用だから”“誤解されやすく”“今はくすぶっている”けれど、ポテンシャルはあるから、頑張っているのを知っているからと支えてくれる上司や先輩がいた。(おまけに、プライベートでは全てを受け入れてくれるような恋人がいた)
社内の表彰制度で受賞したり、個人評価で成績を上げることは時々あったけれど、「私がこの評価を得るのがふさわしいと、他の社員からも思われているだろうか?」といつも不安だった。
自分は普通の人が苦痛に思うことをわりと楽に出来る面もあるけれど、普通の人が息をするようにこなすことが出来ないことに気付いた。それゆえに、9割の人間に嫌われ、1割の人間にたっぷり愛されるような類の人間だった。
認めてくれる人はちゃんといたけど、それだけじゃ足りず、きちんと「組織」というものから認められたかった。なので、20代の私は、組織の中でうまく立ち回ることが出来る人を「頭の良い人」だと思っていた。そういう意味では、私は「頭の良い人」になれなかった。
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29歳の時、「頭の良い人」というのは、自分にとって心地の良い環境を整えることが出来る人だと思うようになった。
そのきっかけは、はてなの大御所☆ココロ社 (id:kokorosha) さんの著書を読んだこと。
私はブログにしろ本にしろ音楽にしろ映画にしろ、気に入ったものは作者のプロフィール(生い立ち)が気になる性質で、「ココロ社」さんのプロフィールに「東京大学卒」と書いてあり、すげえ!!!と思った(そうです私は権力に弱いのです)。
さらにココロン(ココロ社さんが好きすぎる人のための愛称)の本は、ブログと同様、軽妙なテンポで読みやすく、ためになりすぎることが書かれていて、本当に「頭が良い人の文章だなあ」と思った。
今回は『クビにならないビジネスメール』をご紹介。
基本的には、社内外で相手に好印象を与えたり仕事を円滑に進めりするための、メール言い回しテクニック集です。
クビにならないビジネスメール 〈特選〉世渡り上手フレーズ100
- 作者: ココロ社
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私はもともと昭和風の堅苦しい企業に勤めていて、時には代表取締役社長も読むガチな方のビジネスメールを、本やネットでいちいち確認しながら書いていたのです…。そして、「どうしてToの順番が○○部長より俺の方が後なんだ!」とキレる本部長に平謝りするなどなどの失敗を繰り返し、一時はメール一通送るのに先輩にチェックしてもらう有り様。
しかし、ベンチャー企業に転職すると「メールが堅苦しすぎ…」と注意されるので、さあ大変。「○○社長」と書くと怒られる。「うちはフラットな社風だから社長も“さん”付けなの!」ヒィィィ!!!
ですので、『クビにならないビジネスメール』の「お疲れ様です」を「おつかれさまです」にして柔らかさを演出したり、ちょっとした雑談を交えるテクニックには目からうろこ!!!ステキー!抱かれたいー!
でも、なぜだか、うわあああんと泣きたくなるポイントもあって…。
例えば、“「よろしかったでしょうか」「的を得る」といった、文法的におかしな日本語でも、あえて使っておきましょう。みんな使っているのだから気にせず合わせておけば良いのです”なんていうくだりがあって、これ、もう、ヤバい。マジで泣いたよね。ココロンなりに、組織でうまく立ち回るために四苦八苦してきたことが伝わってきて…。(実際はどうだか知りません)
これまでの社会人生活の中で、私なんぞ足元にも及ばないようなエリート連中が、会社という組織の中での立ち回りにもがき、心身のバランスを崩す様を時々目にしてきて、そして、私もそれなりに「勉強は出来るのだろうけど、仕事はどうなの?人としては?女としては?」というハードル高め目線で見られ、期待に応えられない悔しさで押しつぶされそうな日々を送ってきたから。
こんな一般ピーポーにおかしな解釈をされて、ココロンには申し訳ないけれど、これは、ココロンが生きるために努力した産物なんだ!!と思った。
他の本やウェブ上の記事を読んでも、ココロンにとって、“好印象を与える”というのは、狡猾さや虚栄心から来るものではなく、楽しく健やかに生きるためのテクニックのひとつであるということが分かる。
周りに“好印象を与える”ことで、お互いにとってプラスになる人、自分を根本的に信頼してくれる人たちに囲まれて暮らせたらどんなに素敵だろう(そして出来れば敵は少なくして…)。最近の私はココロンの文章を読んでそう思うのです(昔はただの面白ブログだと思ってた)。
おそらく、10代でも分かるようなことを、私は29歳になってやっと、ココロンの本をきっかけに気付いた。
ココロン…ありがとう……。
(こんな粘着ストーカーファンまでついて大変ですね、心中お察しします)
余談ですが、私は潔癖なので、基本的に絶版でない限り、本は新品を買うことにしています(*ゝω・*)ノココロンに印税が入りますよーに☆彡
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今、私は自分にとって心地の良い環境を整えることが出来ない、頭の悪い人だと思う。
そして、いまだに10代20代の頃の気持ちも引きずっている。
知識欲を満たしたいとか、組織の中で成功したいとか、そして万が一うまくいかなくなっても支えてくれる人を持ちたいとか。一度はつかみかけたからこそ。
ココロンの本のおかげで、わりと好かれるようになったものの、すっごく好かれることは減り、嫌われちゃいけない人には嫌われ、仕事を辞めようとしています…。(なんだこの糞レビューは)
そもそも、自分にとって本当に心地の良い環境とは何かについても、まだまだ模索中。
とりあえず急激にチキンラーメンが食べたくなったので今から食べます。3年ぶりです。