2014-07-06 親方! 女の子が空に!
■[虹]ぼくらはみんな,サカサマの世界に生きている――吉浦康裕監督・脚本『サカサマのパテマ』
空に落ちそうだから,高い建物は苦手だ。
幼児の頃に高いところから落ちそうになって以来,わたしは高所恐怖症である。小学生のときは滑り台の上ですら怖かった。そしてそれをこじらせて,しまいには平べったい場所にいるのに足が竦むようになった。体育館に座って,高い高い天井を眺めているとき。平地にそそり立つ高いモニュメントを見上げるとき。高層ビルの吹き抜けを下から見通すとき。どうにも,空に吸い込まれそうというか,上に落ちていきそうな感じがして背筋が寒くなり,足が竦む。そんなわたしにとって,空に落ちそうになる少女を必死に支える少年という図は,否応なく――怖いもの見たさに由来する――興味を引いてやまない。
ということで,だいぶ時期を外したけれども,昨年秋に公開された超傑作アニメ映画『サカサマのパテマ』の感想を今頃書きます(遅いにもほどがある)。一応ネタバレは控えたつもりですが,個人的には事前情報なしで観た方がいいと思うので,未見のひとで物語を存分に楽しみたいという方がいれば,ブックマークだけしてここで読むのをおやめください。
謎めいた冒頭のシーンを経て,ストーリーは閉ざされた狭隘な共同体から始まる。その長の娘であり,いずれ共同体を率いることになる少女パテマは,その狭い世界に飽き足らず違う世界を見たいと思っている。冒険中に謎の「コウモリ人間」に襲われて下へと落ちていった彼女が辿り着いたのは,すべてのひとやものが上からぶら下がっている,サカサマの世界だった。そこで彼女が出逢うのは,管理国家アイガのもとで,禁じられた空への憧れを募らす少年エイジ……というところまでは,予告編などでさんざん語られているのでネタバレということもなく語れる範囲だろう。だがこれ以上のことは,なにを言ってもネタバレにしかならないような気がしてしまう。ギャグと甘酸っぱさとシリアスとアクションに見事に緩急をつけて観客を飽きさせないストーリー構成。ふたりが揃って空に落ちていってからの展開はまったく読めなかった。ここまで90分が短いと感じた映画は久しぶりだ。
そしてなによりも,その圧倒的な映像美! パテマの暮らす地底の建物や廃墟の,錆びて摩耗しきった風情をここまで綺麗に描き出すとは。一転してアイガでは未来都市の無機質な機能美が余すとこなく描かれ,若干レトロフューチャーな感じがしなくもないテクノロジーも縦横無尽に画面を駆け巡る。もうこれだけでSF好きにはたまらないが,なんといってもわれわれを魅了するのは,パテマとエイジの視点が交互に描かれることでもたらされる方向感覚の失調だ。エイジが普通に見ている光景が,パテマからは真逆に,サカサマに見える。逆にパテマにとっては地に足の着いた風景が,エイジにとってはサカサマだ。物語の序盤で描かれたパテマの部屋に地底にやってきたエイジが連れ込まれることで,わたしたちはその対比を鮮明に目に焼き付けることになる。しまいには混乱して,主人公たちは今どちらの重力が効いている世界にいるのか咄嗟に見失うことにもなる。これはアニメじゃないとできないだろう。「アニメだからこそできること」を最大限に突き詰めた感じがした。
そして,「空に落ちていく」光景の荘厳な美しさ。「空に落ちるんじゃないか」という想像はしたことがあったけれど,そこからサカサマを生きる人びとという奇想を導き出した上にこんな絵を見せてくれるなんて。その類い希なるセンス・オブ・ワンダーにただただ脱帽するほかない。
こんな世界に配置された主人公たちは当然,冒険好きの女の子と反骨精神旺盛な男の子だと相場が決まっていて,もう典型的にベッタベタなボーイ・ミーツ・ガールなわけだけれど,王道は面白いから王道と言うのであってまったく文句のつけようもない。ファーストキスのシーンなんかは上で示したようなSFのセンス・オブ・ワンダーがあってこそ成立するときめきがあって,SFラヴストーリーとしても完璧だ。声優の演技もいい。SFとしてもボーイ・ミーツ・ガールとしてもアクションとしても映像としても優れていて,エンターテインメントとして非の打ち所など何処にもないと断言してよいだろう。
素晴らしいアニメに酔って夢見心地で劇場を出てしばらく歩いてようやく,わたしにはこの作品のテーマについて考える余裕が生まれた。といっても深く考える必要などはない。テーマはあからさまに,わかりやすく明示されているのだから。
この作品のふたりの主人公は,どちらもサカサマな世界に迷い込むことによって,無力で,誰かにしがみつかないと生きていけない人間になってしまう。地底の長の娘,つまりは姫君であるパテマは,初めて地表に出た時には初対面のエイジに縋りつき混乱のあまりパニックを起こす。そのパテマを保護し,必ず彼女を家族のもとに戻してやると固く誓ったエイジは,いざ自分がアイガを離れ地底に行ってみると何もできなくなる。エイジは作中,パテマに語りかけた。パテマの境遇をわかったつもりでいた。でも,全然わかっていなかった,と。
わたしたちはきっと誰もが,「サカサマ」の世界に生きている。いつも暮らしている世界では,わたしたちは真っ直ぐ立って誰の力も借りずに歩いてゆける。それどころか見知らぬ世界に迷い込んできた異世界人を「助けてあげる」余裕すらあるだろう。けれども慣れ親しんだ世界を離れ,まったく違う世界にひとりで放り出されたら,誰かにしがみついていないと奈落の底に落ちていくかのような感覚に襲われる。
しかしそのとき初めて,自分の前にまったく違う世界が広がっていることに気付くのだ。
お互いにサカサマな世界を生きるパテマとエイジは,しっかりとしがみついていないとお互いの世界を歩くことができない。手を放したら,待っているのは終わりのない落下だ。見ている景色は真逆。こちらの世界では当たり前のことが,向こうの世界ではまったくおかしなことになる。それも,これも,みんなサカサマの世界。
けれどもそんな真逆の世界を見ることで,パテマとエイジの世界は変わった。普段暮らしている中では想像もつかない正反対の世界を知った彼らの変容は,周りの人間にも影響を及ぼす。地底ではエイジとポルタが信頼関係を結び,空から降りてきたパテマを見たエイジの同級生の少女は顔を輝かせる。そして,頑なに変化を拒み続け,異なる世界を不浄なものとして消し去ろうとする者が,奈落に落ちるのだ。
わたしたちが生きているのは,おそらくはそんな世界なのだろう。すぐ隣にまるっきりサカサマな世界があることを,誰もきちんと理解してはいない。それどころかその世界を邪悪なものと考えて徹底的に隔離し,排除しようとするひとたちがいる。そしてそのサカサマな世界では,わたしたちは文字通りひっくり返るほどの価値観の転倒を味わい,誰かに縋らないと生きてゆけない。でもその世界は間違いなく隣にあって,その世界との出逢いは,ラゴスや,エイジの父がそうだったように,わたしたちの価値観を変え,まったく新しい発想を生み出す源となる。その世界との行き来は容易いものではないけれど,個人と個人がお互いを信頼して手を握り合えば可能になるかもしれない。
パテマがしがみつくことで,エイジの重さは相殺され,彼は以前よりも軽々と自らの大地を渡り歩けるようになる。その歓喜に満ちた表情は,サカサマな世界と出逢う恐怖や戸惑いをもってしても消し去れない,まったく異なる世界との出逢いがもたらすものの大きさを,われわれに伝えているように思える。
ところで,アイガにいるときのパテマってどうやってお花を摘んでたんですかね。エイジくんの頭上でですかね。わたし,気になります(最後の一文で台無しにするテクニック)。
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