トップページニュース特設「ストーカー 殺意の深層」

ストーカー取材最前線

警察が導入した最新のストーカー対策 その課題は

(2014年7月6日)

各地で相次ぐストーカーによる凶悪事件。警察が対策を強化しても追いつかず、今、国内のストーカー対策は大きな転換期を迎えています。あらためて、何が求められているのでしょうか。
(社会部・藤本智充記者)

ニュース画像

浮き彫りになった警察の対応不備

去年6月のストーカー規制法の改正のきっかけのひとつになったのは、3年前の平成23年12月、長崎県西海市で起きた事件です。ストーカーの被害を受けていた女性の母親と祖母の2人が元交際相手の男に殺害されたこの事件では、警察どうしの連携不足や、被害届の受理を先延ばしにするといった対応の不備が浮き彫りになりました。
これを受けて警察は、被害届は原則としてすぐに受理することや、親族も含めた被害者保護の徹底を図るよう、対応を見直します。しかし再び悲劇は続きました。おととし11月、神奈川県逗子市で三好梨絵さん(当時33)が元交際相手の男に殺害され、男は直後に自殺。男は一度逮捕され有罪判決を受けたにもかかわらず、凶行に及びました。この事件では、男の逮捕状に被害者の住所の一部を記載して読み上げてしまったり、メールを繰り返し送る行為が規制の対象になっておらず警察が検挙できなかったりと、さまざまな問題点が明らかになりました。

被害者保護だけでは不十分

去年6月に改正されたストーカー規制法では、連続してメールを送る行為が新たに規制の対象になったほか、被害者の住所地だけでなく、加害者の住所地やストーカー行為の現場を管轄する警察も、加害者に警告が出せるようになりました。一方、逮捕されても有罪判決を受けてもみずからの殺意を全うした逗子の事件の男の行動は、被害者保護の強化だけではストーカーを止められないという現実を突きつけました。
去年10月、東京・三鷹市で女子高校生が殺害された事件では逮捕された元交際相手の男は、刃物を用意して自宅に忍び込み被害者の帰宅を待ち続けていました。警察は、被害者が刑事手続きまでは望んでいなかったことなどから差し迫った危険性はないと判断。結果的に事件を防ぐことができず、加害者の危険性を見極める難しさが浮き彫りになりました。

強化された「加害者対応」とは

加害者による凶行を食い止めるにはどうしたらいいのか。警察は被害者保護に加え、加害者への対応の強化にも乗り出します。今回取材した神奈川県警察本部では、逗子の事件などを受けて去年7月、ストーカーの被害相談を受ける生活安全部門に、殺人事件などを扱う刑事部門を加えた専門チームを創設。本部から警察署に捜査班を派遣し、被害者保護に加え、加害者の危険性の見極めや検挙などの対応をいち早く行える体制を整えました。
その結果、警告よりも先に脅迫や住居侵入などの行為で加害者を逮捕し、その間に被害者を避難させるといった対応がスムーズにできるようになったとしています。また、ストーカー行為は逮捕しても罰金刑などですぐに釈放されるケースが多く、神奈川県警ではそれを前提に対応を協議し、逮捕した後も加害者への警告や被害者の保護などに力を入れているとしています。県警本部の拠点には「過去の教訓を忘れない」と書かれた看板が掲げられていたのが印象的でした。こうした刑事部門が積極的に関わる専門チームはその後すべての警察本部に広がり、加害者の性格などから危険度を判定するチェックシートも全国で導入されています。

転換期を迎えたストーカー対策

しかし、ことしになってからも事件が止む気配はありません。群馬県で26歳の女性が元交際相手に拳銃で殺害された事件や、大阪市で38歳の女性が勤めていた店の客の男に刺殺された事件。いずれのストーカーも警察による警告を無視して犯行に及んでいました。警察が対策を強化しても追いつかない現状に、今、ストーカー対策は大きな転換期を迎えています。加害者を検挙するだけでなく、カウンセリングなどの治療を通じて行為をやめさせようという新たな取り組みが始まったのです。警察庁はことし5月、精神科医や臨床心理士などからなる有識者会議を設置。加害者に対して専門の精神科医の診察を促す試みを始めました。
治療は「認知行動療法」と呼ばれる心理療法をもとに行われ、加害者の歪んだ考え方を変えることで行動がエスカレートするのを抑えるのがねらいです。まずは35人前後の加害者を目安に治療の経過などをデータ化し、有識者会議でその有効性を検証します。すでに加害者治療を実施しているオーストラリアとイギリスの医療機関などの視察も行う予定で、有識者会議では年度内に加害者対策の方向性について報告書をとりまとめるということです。
対策が新たな局面を迎える一方で、課題もあります。日本にはストーカーの専門医やカウンセラーがほとんどおらず、治療を促す仕組みを制度として定着させることは難しいのが実情です。また、こうした取り組みは厚生労働省や法務省などの関係機関が連携して行っていく必要がありますが、現在は警察庁が単独で実施するにとどまり、国を挙げた動きにはなっていません。ストーカー被害は規制の強化や警察による取締りだけではもはや止められない段階にきており、悲劇をこれ以上繰り返さないために、今こそ社会全体での取り組みが急務になっていることを、番組の取材を通してあらためて感じました。

トップへ