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金融政策に潜む「量的緩和のワナ」 リチャード・クー氏が警鐘

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金融政策に潜む「量的緩和のワナ」 リチャード・クー氏が警鐘

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 バブル後の景気低迷の本質を「バランスシート不況」であると見抜いたリチャード・クー氏。アベノミクスの本質は大型公共投資による需要拡大と指摘する一方、今の金融政策に潜む「量的緩和のワナ」に警鐘を鳴らす。

 公共投資は「非常によい」。借り手のトラウマ解消

 「短期的に一番重要なのは財政出動」とリチャード・クー氏。アベノミクスは「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢で構成されている。このうち財政出動、つまり公共投資が日本経済の行方を大きく左右するという。

 公共投資は昭和時代から行なわれてきたが、従来は景気悪化後に仕方なく実施するもので、政府の財政政策はいつも後手に回っていた。しかし、アベノミクスでは、スタート当初から政策の柱として公共投資が盛り込まれており、クー氏は「非常によかった」と称賛する。

 ゼロ金利下で企業や家計などの民間部門は、大きく借り入れを増やすのが通常の姿。ところがなんと、日本の民間部門は借り入れとは逆に、GDP比で約8%を貯蓄している。

 「この局面で政府が、民間が貯蓄したカネを借りて使わないと、経済全体がおかしくなってしまう」。クー氏は日本が陥ったデフレ不況の原因を「資金の借り手が大幅に不足しているため」と分析し、根底には「借金に対するトラウマ」があると語る。

 バブル崩壊後、借金が残ったまま資産価値が下がった日本企業は途方もない金額の借金返済に追われた。バブル時に企業が調子に乗って借りてしまったためだ。一度こういう経験をすると、企業経営者は借入金を膨らませぬよう堅く誓うことになる。

 実は、これには「1929年、世界大恐慌後の米国という先例がある」とクー氏。恐慌突入後、皆が借入金の返済に回った結果、借りる人がいなくなり、経済がさらに縮小する悪循環に陥った。そして「大恐慌を生きた米国人は二度と借金をしなくなった」。「『無借金の健全経営』『キャッシュフロー重視』は個々の企業行動としては理解できる。しかし全員が同じ方向に走ると、ゼロ金利でもGDPの8%も貯金するような事態になる」

 そこで、アベノミクス政策が威力を発揮するわけだ。設備投資優遇策や一括償却で、資金を借りることにトラウマを抱える企業に投資を促す。その結果、「ここまで政府が支援してくれるのなら、お金を借りてみよう」と企業が思い直せば、借り入れに対する根強い抵抗感という大問題が解決することになる。

 バブル後の景気低迷の原因を、民間がゼロ金利でもバランスシートの修復に走り、カネを借りなくなったことに見いだしたクー氏。しかし日本企業のバランスシートは「2005年にはほとんどきれいになっていた」という。ただ、バブル後の過重債務に対するトラウマからか、「世界一きれいな企業のバランスシート」「世界一の低金利」「世界一貸したがっている銀行」の三拍子がそろっても、企業は借り入れに消極的なままだった。

 同じ構造改革でも安倍・小泉政権で違いが

 その点、アベノミクスは財政政策として「借り手不在」の問題に真正面から切り込んでおり、クー氏は「非常に高く評価したい」と絶賛する。

 借り入れ需要がないのは設備投資意欲が低いためでもある。経済が成熟し、人口が減って高齢化が進む日本で、設備投資を増やすにはどうすればよいのか。これに対する回答がアベノミクスの「3本目の矢」に相当する「構造改革」である。構造改革といえば、郵政民営化を実現した小泉純一郎・元首相を思い浮かべる読者は多いだろうが、クー氏は小泉改革に反発した論客としても知られる。

 小泉政権が目指したのは郵便貯金の民営化だったが、これは貸し手を増やす政策にほかならない。ところが、「当時も今も、日本には貯金する企業や人はいても、借り手がいない。そんなときに貸し手をいくら増やしても、問題はまったく解決しない」と、小泉改革がデフレ解消に至らなかった理由を説明する。

 一方、安倍内閣が構造改革として掲げる岩盤規制の撤廃やTPP(環太平洋経済連携協定)はいずれも借り手を増やす政策である。その意味で、アベノミクスに盛られた規制緩和は「正しい方向に向かっている」のだ。

 量的緩和に効果なし。海外投資家が誤解

 アベノミクスの真骨頂は量的金融緩和による円安と株価上昇であると信じられ、実際にマーケットは株高と円安に大きく動いた。しかし、クー氏によれば「量的(金融)緩和が機能する理由がまったくない」という。

 日本の企業や家計に借り手が少ないことは前述の通り。借入金の少なさは、銀行から資金が出ていかないということを意味する。こんな状況で中央銀行が大量の資金を供給しても、銀行までは資金が届くが、そこから先に行き渡るはずがない。「この点に、ほとんどの学者やマスコミ、政治家が気づかない」が、毎日この問題と直面している人たちもいる。それは日本の機関投資家だ。

 日本の金融機関は毎年、GDP比で8%もの巨額マネーを預かるが、運用しようにも民間には借り手がいない。このため、2013年4月の異次元緩和後も国内機関投資家は株をさほど買わず、円を売らず、資金を債券市場にとどめていた。借り入れ需要がなく、金融緩和で景気がよくなる理由がないと考えれば、「きわめて合理的な選択だった」。

 しかし、海外勢は違った。米国も欧州も現在、深刻な「バランスシート不況」に見舞われているが、クー氏によれば「借り手不足という問題の全体像をわかっている人は少ない」。確かに量的金融緩和で株価は上昇したが、量的金融緩和で資金供給量が増えたからではない。

 その証拠に、黒田東はる彦ひこ・日銀総裁がマネタリーベース(現預金と金融機関による日銀当座預金の合計)の倍増を宣言する前に株価が先回りして上昇している。つまり「なんだかよくわからないが、すごいことになりそうだ」程度の期待で買った海外投資家が多かったということだ。クー氏は、「日本の民間部門がゼロ金利でもお金を借りないことを知らない人たちが買いに動いた」と分析している。

 現実にはアベノミクスで株価が8割上がって、為替は2割の円安に動き、日本経済を取り巻く風景は一変した。「風景が変わったことで、人々が消費や投資に前向きになったのは本当にラッキーだった」。

 そして黒田氏の異次元緩和から1年が過ぎた今、クー氏が海外機関投資家を訪問すると、「1年前にとった行動は本当に正しかったのか?」と質問してくる投資家は少なくないという。

 クー氏は「安倍内閣の求心力の源泉が株価を押し上げてくれた人の期待感であることを考えると、首相は投資家の懸念に応えるアクションをとるべきだろう」という。

 緩和縮小の論文はない。長期金利急上昇リスクも

 クー氏は、量的金融緩和についても「あんなデタラメな政策はない」と手厳しい。量的金融緩和政策は「中央銀行が資金供給を増やせば、金融機関から民間に流れ出る資金量も一定の割合で増えるという『貨幣乗数』理論に立脚したものだ」と語る。

 しかし実際にはバブル崩壊後の25年間、日銀の資金供給量と民間非金融部門の保有資金量を示すマネーサプライは連動していない。米国のFRB(連邦準備制度理事会)も英国のイングランド銀行も量的金融緩和を実施したが、やはりマネーサプライは増えていない。「量的緩和をやり、お金がじゃぶじゃぶにあふれて株価が上がる世界は実在しないが、実在しているかのように投資家が動いているだけ」ということのようだ。

 さらにクー氏が「量的緩和のワナ」と呼ぶ危険な落とし穴もある。民間金融機関が中央銀行に預ける当座預金残高は、法定準備残高に対して米国で20倍、日本で12倍、英国で10倍と、きわめて高い水準にある。お金を借りる人がいないとき、こうした巨額の準備残高は何の役にも立たないが、実害もない。ただ、いざ民間部門がお金を借り始めたら物価を10倍、20倍と急上昇させるリスクを秘めている。

 FRBは消費者物価の上昇率目標を2%としていたが、実際には1・1%でテーパリングに着手した。それでも、長期金利が跳ね上がって住宅市場の勢いをそぎ、新興国の経済にも打撃を与えた。

 FRBに限らず、「量的緩和に手を出した中央銀行は政策目標通りに景気が持ち直し、民間部門がお金を借り始めると真っ青になる運命にある」と量的金融緩和の最大の弱点を示す。

 物価がいったん上がり始めたら、これまで供給してきたお金を早く吸収しないと、猛烈な物価上昇に進展しかねない。ところが資金吸収を急いで、中央銀行が手持ちの国債を大量売却すると長期金利が上昇する。お金を借りたい人が増えてくるタイミングであれば、中央銀行の資金吸収が金利上昇に拍車をかけるのは避けられない。しかも、中央銀行が資金を回収しない限り、物価や金利の上昇圧力はずっと高いままだ。

 クー氏は、「黒田総裁より前までの日銀は、量的緩和解除のリスクに気づいていたようだ」と指摘する。2001年に量的金融緩和を始めた当初、日銀は長期国債ではなく、1カ月物や3カ月物の短期債を購入していた。

 この手法なら、日銀が何もしなければ、1-3カ月後に満期を迎えて資金が日銀に流入するので、量的金融緩和が自然に終了する。しかし、現在のように長期国債を大量に買ってしまうと、簡単には解除できない。「量的緩和をどうやって実行するかの論文は無数にあるが、どうやって止めるかを正しく示した論文は1本もない」と、量的金融緩和をめぐる議論の偏りを憂慮する。日銀の消費者物価上昇率の目標は2%だが、本当に2%になるまで続けたら、まず短期金利が上がる。「その段階で緩和縮小を始めたら長期金利はどこまで上がるか……。日銀はこの危険性を十分に理解してほしい」。

 構造改革は15年かかる。日本はスイスを手本に

 では、安倍首相の構造改革に期待してよいのだろうか。クー氏は米国生活時代を振り返りながら、「構造改革と株価を短絡的に結びつけるべきではない」と指摘する。構造改革が開花するには、時間がかかるためだ。

 レーガン政権が誕生した1980年代前半、米国は長引く不況に苦しんでいた。大学院生だったクー氏も自由主義的な経済運営を唱えるレーガン氏に投票した一人だそうだが、米国経済復活という成果が出るまでに15年かかった。ニューヨークやロンドンには、安倍内閣の成長戦略を待ち切れず、「あと2カ月以内に具体策が出ないと、日本株を売る」と息巻く投資家は少なくないらしい。そこでクー氏が「具体策が出れば、その後15年、日本株を持ち続けてくれるのか?」と尋ねると、相手は黙ってしまうという。

 最後に日本経済の進むべき道を尋ねると、クー氏はある国を引き合いに出し、「お金が集まってくるモデルがある」と述べた。「国土は狭いが、きれいな空気と水がある。人々は礼儀正しく、きわめて安全な国。こうした観点から、日本とよく似ている」--。

 スイスだ。ただ、クー氏の目には、「両国の税制が経済の違いにつながっている」と映っている。「物価が高くてもスイス経済がうまく回るのは、お金持ちがいっぱいいて、お金をいっぱい使うから」。しかし、日本はお金持ちに不利な国で、富裕層の優遇策を検討するというだけで厳しい批判が殺到し、すぐにつぶされてしまう。一方、若くて意欲的なアジアの人々の追い上げは激しく、「このままでは日本のお金が外へ出ていくばかり」。 富裕層に冷たい日本の税制を変えるだけで、日本経済は大きく変貌すると予想する。「アジアでは今、富裕層が厚みを増している。彼らを『お金を日本に持ってこよう』『日本に置いておこう』という気にさせられれば、日本経済は大きく伸びる可能性がある」。

 実を結ぶ構造改革を目指すには、日本でお金が使われるよう、まず税制から改革していく必要があるということだ。(ネットマネー)

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