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【サッカー】

<ブラジルに聞け!>ルーカス「夢を失うな」

2014年7月5日 紙面から

1次リーグ第2戦のギリシャ戦を家族で観戦。スタンドから日本を応援していたというルーカスさん=2日、サンパウロで(松岡祐司撮影)

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 ブラジル人の元Jリーガーたちは母国での日本代表の戦いを見て、何を思ったのだろうか−。分析や評価とともに、日本への提言を聞くW杯企画「ブラジルに聞け!」。第2回はFC東京、G大阪で活躍したFWルーカスさん(35)。

 いつもは笑顔のルーカスさんも、さすがに寂しそうだった。両手を広げ、「ナンデ? ナンデ? ドウシテ?」−。日本代表の戦いに期待していた。選手たちの実力を身をもって知っているからこそ、「W杯のサプライズになる」と確信していた。なのに…。

 「運がなかった。残念、本当に残念だよ。ちょっと、悲しかったね」

 1次リーグ第2戦のギリシャ戦。ルーカスさんは家族と一緒にナタルのスタジアムへ向かった。「日本」「必勝」と漢字で記された鉢巻きをして、愛息たちはG大阪時代にチームメートだった遠藤のユニホームに身を包んだ。スタンドから必死に声援を送り、盟友たちの背中を押し続けた。

 「ナタルのホテルでヤット(遠藤)の家族に会えたり、W杯でプレーする仲間たち、ヤット、今ちゃん(今野)、モリゲ(森重)、権田、伊野波、(長友)佑都たちの姿を見たりできて、とても幸せな気分だった。とても、ね。周りの人たちにも『日本は勝ち進めると思う』と言っていたんだ。ただ、昨年のコンフェデ杯ではいい試合ができたのに、W杯ではいいところがなかったね。『もうちょっとできる』って、ブラジルのみんなが思っていたよ」

 日本の敗退から1週間以上もたつというのに、ルーカスさんの落胆は深く、気分は晴れないままだという。

 「勝つための熱意や情熱、勝ちたいんだっていう気持ちがもっともっとあるはずなのに、あの試合にはなかったように思う。ギリシャが10人になったのに、日本にはアグレッシブさがなかった。自信がなかった。勇気がなかった。もし自分だったら、もっと積極的にゴールを狙っていた。シュートを打ちにいっていた。ギリシャに勝っていれば、最後の試合は引き分けでも良かったんだから」

 信じ続けた思いは届かなかった。だけど、日本への大きな期待、温かな愛情は決して変わらない。

 「いまの基礎は保ち続けないといけない。良い選手がたくさんいるんだから。自分たちを信じて、もっと先に行ける、もっと向上できる、と。夢を失ってはいけない」

  (サンパウロ、取材・構成=松岡祐司)

 <ルーカス・セベリーノ> 1979年1月3日、サンパウロ州生まれの35歳。現役時代はFW、攻撃的MFでプレー。95年、16歳の時にボタフォゴでプロデビュー。アトレティコ・パラナエンセでの活躍が認められ、00年にフランス1部のレンヌへ移籍。クルゼイロ、コリンチャンスを経て04年にFC東京入り。08年にG大阪へ移籍し、アジア・チャンピオンズリーグ優勝。アトレティコPRで1度は引退したが、11年7月にJ2に降格したFC東京へ復帰し13年末に現役引退。J1、J2リーグ通算291試合出場、99得点。00年シドニー五輪ブラジル代表。

 

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