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時論公論 「動き出す北極海航路」2013年09月17日 (火)
石川 一洋 解説委員
温暖化による北極海の氷の縮小は西と東を結ぶ新たな航路北極海航路を現実のものとしています。日本にもこの航路を使って天然ガスなどの資源が運ばれるようになりました。
これまで氷に閉ざされた北極海という前提で貿易の航路も軍事も含む安全保障上の戦略も構築されてきました。それが今大きく変わろうとしています。
きょうは新たな航路・北極海航路の可能性と課題、そして日本はどのような戦略を持つべきか、考えてみます。
北極海航路とはどのような航路でしょうか。地球を北極の上から見てみましょう。
北極海はヨーロッパとロシア、そして北米大陸、グリーンランドに囲まれた海です。
この海を通れば、ヨーロッパからアジア、あるいはアメリカに最短航路で行くことができます。
北極海航路、大きく分けてカナダ寄りの北西航路とロシア沿岸を通る北東航路の二つがありますが、氷の縮小の度合いが進んでいるロシア沿岸の北東航路が北極海航路として実用化されつつあるのです。
日本に向けては、すでに去年12月液化天然ガスが北九州に運ばれ、さらに先月には旭化成がナフサをこの航路で運び、そして今週、再び日本向けの液化天然ガスを積んだタンカーがノルウェーの港を出発します。
日本以上に動きを活発化しているのが中国や韓国です。両国とも日本が持っていない極地用の砕氷船を所有し、航路の独自の観測をはじめています。そして中国の大手海運会社は先週、コンテナ船をはじめて北極海航路を航行させました。
北極海航路はこれまでのスエズ運河経由に比べて大幅に距離が短くなります。二週間以上短い30日前後で目的地に到達でき、利用する貨物船はここ3年間で10倍以上に急増しています。
日本の港にとっても大きなチャンスと可能性を開きます。今月海洋政策研究財団主催で北極海航路に関する国際セミナーが日本で開かれました。ロシアの原子力砕氷船団やノルウェーの運輸会社の代表が参加して日本企業に積極的な利用を呼びかけました。ロシアとノルウェーの代表団は北海道に向かい、苫小牧港を視察しました。北海道の太平洋岸の港は北極海航路の中継基地として絶好の位置にあるからです。
アジアの港では韓国のプサンが日本の港を取扱量でも大きく引き離し、韓国政府はプサンを北極海航路の中継基地にしようとしています。しかし日本列島は北極海から中国や韓国などアジアの貿易国との間に位置しています。このため北極海航路の場合、苫小牧港はプサンよりも1100キロほど航路が短く、二日ほど航行日数を短縮できるという地の利があるのです。
北極海を通る船は氷に強い特殊な船で逆に氷の無い海を航行するには効率が悪く、船舶会社としては、できるだけ早く荷物を下したいのです。
苫小牧に最新のコンテナ設備、あるいは液化天然ガスの貯蔵施設などを整え、ここで積み荷を効率の良いコンテナ船やタンカーに積み替えることができれば、日本国内はもちろん、アジア向けの物資の中継基地となる可能性もあるのです。
日本としても国内の港湾、中でも苫小牧など北海道の港を国際港として発展させる可能性を考えるべきでしょう。その際、北極海航路の西に位置する海洋国家ノルウェーとの連携を深めるべきでしょう
北極海航路が注目されるのは世界の貿易を支えてきたスエズ周りのルートが大きな不安を抱えていることです。
【VTR】
先月インターネットに公開された映像です。スエズ運河を通行するコンテナ船を武装勢力が攻撃する様子とされています。
エジプトをはじめとする中東の不安定化、ソマリアなど北アフリカ、そしてマラッカ海峡などの海賊の跋扈、スエズ周りルートは不安定さに取り囲まれています。
北極海航路の鍵を握るのは、最大の沿岸国ロシアです。プーチン大統領は北極海航路をヨーロッパとアジアを結ぶ新たな物流の大動脈とするとしています。ロシアはどのような戦略を考えているのでしょうか。
運ぶものが無ければ新たな輸送路は生まれません。プーチン大統領の戦略は、天然ガスや石油など北極圏の豊富な資源を開発して、北極海航路の実用化を進めようとしているのです。
そのプロジェクトはここヤマル半島です。プーチン大統領はこのヤマル半島の巨大なガス田を開発し、北極圏における一大液化天然ガスの輸出基地とする計画です。
ヤマル半島に液化天然ガスの工場と輸出用の港を建設し、北極海航路を利用して、ヨーロッパとアジアに輸出する。逆に言えば資源を開発することによって新たな輸送路を造る。
液化天然ガス工場の設計は日本のプラントメーカー日揮が受注し、また資源開発には中国のCNPCも参加で合意、北極海用の特殊タンカーは韓国の企業が受注しています。
北極海航路は国際法ではどのような航路なのでしょうか。北極海は12海里の領海以外は船の航行については国連海洋法による公海と見なされ、公海自由の原則が適応されます。
しかしロシアは北極海航路の航行については事前の届け出と原子力砕氷船による同行を義務付けています。なぜ航行が自由なはずなのに、ロシアの規則が適応されるのか、海洋法では北極海のように氷に覆われた水域については沿岸国に特別な規則を設定することを認めているからです。
このロシアが事実上実権を握る北極海航行の規則をより透明化することが必要です。
ロシアも北極海航路行政府という組織を立ち上げ、そのホームページ上で北極海航路の許認可手続きや許可を受けた船の情報、海路情報などを掲載するなど努力はしています。
しかし今後より国際化するためには、航路通行の規則、砕氷船同行の料金などをさらに分かりやすく提供し、ロシア側の思惑で航路の自由が左右されないという国際的な信用を築かなければなりません。
そしてもっとも重要なのは航行の安全と環境の保護です。
今月、北極海航路でディーゼル燃料6000トンを積んだタンカーが流氷に衝突し、船腹に穴が開くという事故がありました。幸い、積み荷のディーゼル燃料の流出はほとんどありませんでした。
北極海の生態系は微妙なバランスで成り立っていて、もしもタンカーなどから大量の油が流出したら大きな被害をもたらすでしょう。
問題は今のところ北極海を通航する船について国際的に強制力のある基準が無いことです。北極海航路が実用化しつつあるいま、国際海事機構IMOなどで北極海を航行する船について国際的に共通の基準を早急に定めるべきでしょう。また沿岸の港や海路標識の整備、事故があった時の救難体制にも不安が残ります。北極海航路が国際航路となるためには、沿岸のインフラを整備していく必要があるでしょう。
もう一つの懸念は北極海が軍拡の舞台とならないかということです。
北極海の氷が溶け新たな航路ができるということは、軍事的利用の可能性も広がることを意味します。ロシア軍は今月から北極海に主要な巡洋艦を派遣し、北極海での軍事的存在感を強めています。
南極については軍事利用を禁じた南極条約がありますが、北極についてはそのような条約はありません。北極についても軍事を制限する国際的枠組みを考えるべきでしょう。
日本は今年中国などとともに沿岸国で作る北極評議会にオブザーバーとして参加することになりました。北極海航路は沿岸国のみの独占物ではありません。これまで日本の北極海航路の調査は民間主体で行ってきました。
政府としても、民間に蓄積した知識や人脈を活かしつつ、外務省、国交省など個別バラバラに対応するのではなく、総合的な北極圏政策を組み立て、北極海航路にどのように関与するのか、海洋国家として国家戦略を定める時期が来たといえるでしょう。
(石川一洋 解説委員)