フィッシング詐欺にご注意ください
初投稿です、至らない点も御座いますが何卒ご容赦下さい
1.
目覚まし時計のけたたましい音で目を覚ます、この金属音にはどうにも慣れそうにも無い。
出たくない気落ちを抑えて目覚し時計へゆっくり手を伸ばして止めて、布団から這い出た。
毎朝見る同じ光景。朝食を作る母さんと新聞を読みながらテレビのアナウンサーの声に耳を傾ける父さん。
自分も食卓の自分の席に座って、テレビのニュースをぼんやりと眺めながら、意識をゆっくりと覚醒させて行く。
「おっ、おはよう。今日も学校か、ご苦労だな」
父さんはこちらに気が付くと、新聞をたたんでこちらに向き直る。
最近少し痩せた様だ、そんなそぶりを見せまいとしているが、心労が重なっていると言う事が自分にはわかってしまう。
「大丈夫だよ、いつも通り学校に行って、授業受けて帰ってくるだけだよ」
自分もいつもと同じように返事をする、変にそっけなくしたりすれば途端にあれこれと聞き出そうとしてくるだろう、最悪学校を休まされる事に成りかねない。
「それなら良いんだがな、父さんが子供の頃はこんな事は無かったんだが……」
父さんが言葉を濁しながらテレビに目を向ける、朝のニュース番組では自分と同年代の子供が失踪する事件の報道が流れている。
「ちょっと二人とも! おしゃべりしてないでテーブルに持っていってよ!」
母さんが台所から大声を出す、父さんと二人して間延びした返事をしながら台所に向かい、朝食の配膳を済ませた。
急いで朝食を食べながら、ニュース番組に目を向ける。最近はどこの番組でもこの事件で持ちきりだ。
毎朝の様に何某かの専門家が現れて要領を得ない持論を喋るだけ喋って去っていく。
「今日は民俗学の先生か、この先生昨日のニュースにも出てたな」
父さんが味噌汁をすすりながらぽつりと呟いた。
「最初は犯罪学の専門家、次に引退した防衛庁の士官、子供教育の専門家に社会学者に心理学者、次は霊能力者辺りでも出てくるかもね」
「ははは、そりゃあ良いな」
父さんが自分の軽口に乗って笑う、無理にでも笑って不安を誤魔化したいのだろう。
「二人ともよして頂戴!朝からこんな番組なんて……」
母さんが大声を張り上げる、父さんは黙ってテレビのリモコンを手に取ると電源を落とした。
それからはみんなで黙々と朝食を平らげた、自分もさっさとご馳走様をすると自分の部屋に戻って行く。
2.
制服に着替えて財布をズボンのポケットに突っ込む、一月程前までもう片方のポケットに携帯電話を入れていたが、例の事件のせいで携帯電話を取り上げられてしまった。
片方に財布、もう片方が空というのもなんだか具合が悪いので、適当にハンカチやポケットティッシュを突っ込んでおいた。
「全く小学生じゃあるまいに、高校生だぜ?十七歳なんだぜ?」
少しキザに独り言を呟いた後、なんだか恥ずかしくなったので鞄を掴んでそそくさと部屋を出た。
廊下を通って玄関口まで行くと、母さんが何か思い詰めた様な表情で何か言いたそうに口を少し開けたり閉じたりを繰り返しながら待っていた。
毎朝の事だけれども一向に慣れない、この事件が起きる前までは母さんが大声を出した所なんて見たことが無かったのに、すっかり人が変わってしまった。
「大丈夫だよ母さんちゃんと帰ってくる、勝手にどこかに行ったりしないから」
先手を打って母さんに声をかけると、母さんは少し安心した様な表情を見せて居間へと戻って行った。
母さんが居間に戻っていったのを確認した後、鞄からペンケースを取り出して玄関口に置いてある電話機の前に立つ。
時代錯誤な固定電話と、壁には最近配られたクラスの連絡網のプリントが貼り付けられている。
ボールペンを取り出し連絡網に書いてある同級生、山形の名前に大きくバツ印を付けた。
3.
自転車に跨って学校を目指しながら、山形の事をぼんやりと思い出す。
特に仲が良い訳でも無く、クラスでも喋った事が殆ど無かった。
山形が失踪した事を担任から告げられたのは昨日の事だ、担任の先生はすっかり憔悴しきって居たが、クラスの皆は驚く程冷静だった、少なくとも見かけ上は。
自分の通う高校から失踪者が出たのは別に今に始まった事では無い、もう既に一割弱の生徒が失踪しているし、どこそこの学校では何人の生徒が居なくなったという噂をしょっちゅう耳にしている。
始めの頃は皆怖がっていたり、友達が居なくなった事を泣いて悲しんだりしていたが、次々と失踪者が出る度に感覚が麻痺して来たのか、居なくなった生徒の話題をする事は少なくなって行った。
その一方で、危うく失踪する所を助かった生徒の噂を良く耳にするようになった。
助かったその誰かの話では、携帯電話から妖精さんが現れて自分を別の世界へと勧誘して来たと言っていた、らしい。
その妖精は大人には見えず、様々な魅力的な言葉で勧誘しようとしたが、結局その生徒が首を縦に振らなかったので助かったとか何とか。
あまりに荒唐無稽な話に初めは誰も本気に取る奴は居なかった、しかし今では……
ブレーキを握って自転車を止めた、五メートル程先の目線ほどの高さの所にまばゆく光る何かが現れ出した。
しばらく見て居るとその光は徐々に大きくなり、身の丈ほどの鏡になる。
立派な装飾を施されたその鏡には、見目麗しいお姫様の様な少女が跪いて祈りを捧げている姿が映っていた。
自転車のスタンドを立て辺りを見回し、急いで手頃な大きさの石を拾った。
鏡の向こうのお姫様はこちらに気が付くとゾッとするほど美しい笑顔で口を動かした。
『ああ、やっと通じました どうかお願いします、選ばれし貴方様のお力で私達の世界を救って……』
「うるせぇ! 山形を返せこの野郎!」
拾った石を思いっきり鏡に叩きつけると、鏡は音も無く粉々に割れ、光の塵になりながら消えていった。
深呼吸をしてなんとか気分を落ち着かせようとしながらも、やりきれない物を胸の内に抱えて学校を目指した。
4.
教室に入ると数人の生徒がこちらに目線を走らせたが、すぐに手元の漫画雑誌や小説に目を落とした。
ちょっと前までは携帯電話でおしゃべりをしていたり、ネットに繋いでサイトを見ていたりしていたが、携帯電話から例の妖精さんが現れたという噂が広まってから何処の家庭でも携帯電話を子供から取り上げてしまったらしい。
確かに一定の効果はあったのかも知れない、だけどこういうのは幾らでも巧妙化するものだ、丁度今朝の鏡の様に。
席についてぼんやり時間を潰していると、やがて担任が現れてホームルームを始めようとした。
「えーそれでは……島はどうした?」
担任は自分の隣の席、島が居ない事に気が付いた。自分を含め、今朝は誰も島を見ていない事、休むと言う話を聞いていない事が判ると、見る見る内に顔色を真っ青にした。
「全員そのまま! 先生が確認を取って来るまで……」
担任が狼狽しながら教室を出て行こうとすると丁度良く、あるいは最悪のタイミングで島が教室に入って来た。
「すいませーん、遅れっちゃいました」
「島! ……いいから席につけ」
「いやーすいません、親が中々離してくれなくって」
島は言い訳をしながら隣の席に座ると、こちらにだけ聞こえる様に声をかけて来た。
「よぅ今日は中々凄い体験して来たぜ、後でな」
「凄い体験は良いから遅れずに来いよ、その内心労で倒れるぞあの先生」
島の軽口を聞き流しながら、担任が昨日から今日にかけて失踪者が居ない事を告げる。
「えー不審者不審物その他に一切近づかない事、何かあればすぐに先生に連絡する事、それから……」
5.
「あー?、お前の所にも来たの?」
「そーだよ、もう珍しくも何とも無いんだよ」
昼休み、クラスで菓子パンを食べながら島と今朝の事を話す。
どうやら島の所にも光り輝く鏡が現れたらしい、自分の様に直ぐに石で叩き壊したりせず触ったり軽く叩いたりしていたみたいだが。
「いやー、でもあの女の子可愛かったよなー、お姫様みたいでよ。携帯があれば写真を撮ってたのに」
「のん気な奴だな、そんなの釣り針に刺さった餌に決まってるだろ」
「それはそれ! これはこれ!」
島はケラケラと笑って居たが、急に真顔になると声をひそめた。
「なぁ、山形の奴帰ってくると思うか?」
「さぁな、なんでそんな事聞くんだよ」
「んー、それがなぁ……」
島は一旦言葉を切ると、少しずつ言葉を選びながら話して来る。
「俺の帰り道って山形の家の傍を通るんだよ。それで昨日通りがかったら山形の母ちゃんが大声で泣きながら道を行く人に片っ端から土下座して頼んでるんだ、うちの息子を知りませんか、誰か息子を見かけませんでしたかってな」
島は頭をガシガシと掻き毟る
「俺にもすがり付いて来たんだよ、山形を知らないかってな。それで咄嗟に俺達も探してみますって答えちまってな」
「……」
「お前は知らないかも知れないけど、山形の奴家で上手く行ってなかったみたいでさ、親としょっちゅう喧嘩してたみたいなんだよ。あいつだって馬鹿じゃない、妖精さんなんかにひっかかるもんかって思ってたんだ」
目頭を押さえながら、静かな怒りを込めながら島は続ける
「俺も妖精さんなんかに引っかかるつもりなんて無いさ。でももしも、もしも嫌な事があって、この世界から逃げ出したくなった時に妖精さんが来たらどうなるんだろうってな」
「島」
食べ終わった菓子パンの袋を丸めてゴミ箱に投げつけながら続けた。
「細かい事や難しいことは判らん、だけど今俺たちは妖精さんや鏡のお姫様に狙われている。奴らは甘い言葉で俺達を引っ掛けて連れ去ろうとしている、そしてさらわれた奴の家族が泣いて悲しんでいるんだ。
いいか島、もしお前が妖精さんや鏡のお姫様に引っ掛けられて別の世界へ行っちまったとする。俺は泣くぞ、お前の両親もきっと泣いて周りの人間に助けを求める
。俺もお前の両親も、これからお前と喧嘩したりするかもしれない。だけどな島、この世界から消えちまう事ほどどうしようもなく辛く苦しい事なんて無いんだぞ」
島は黙ってうつむいたまま自分の話を聞いている。
「まっ、美味い話には裏がある。そして自分だけは大丈夫なんて事は無い、自分も騙されるかも知れないって考えておけば大丈夫さ」
「……そうか、そうだな」
島は軽く息を吐くと、またいつもののん気そうな顔をしてきた。
6.
今日は幸い何事も無く授業が終わった、少し島が心配だったので家まで送ってやる事にした。
「それでよー、短いスカートで雑巾がけなんかしててモロに見えるってーか丸出しでよ、色気もなーんもありゃしなくってな、でも眼福っつーかな」
「お前掃除の時やたらと張り切ってたのはそんな事だったのかよ」
つまらない事を話ながら自転車を押して帰り道を行く、勉強の事、女子の噂話、流行の服や髪型、何て事の無い話をしながら。
「それでもなんつーか、男の本能っつーか……あん?」
「ん?どうした島……」
島の目つきが急に鋭くなる、睨み付けた先には光る何かが浮遊している。その光る何かは段々と大きくなりやがては身の丈ほどの鏡になった。
島と目配せをする、自分はその辺りに落ちていた手頃な石を、島はどこからかくすねて来たのか野球の硬球を鞄から取り出した。
鏡の向こうには見え麗しい、腹の立つほど美しく可憐で儚げなお姫様が跪いて祈りを捧げている。
お姫様はこちらに気が付いた様に顔を上げると口を動かした。
『ああ、やっと祈りが通じました、秘められし力を持つ勇者様、どうかお願いです、私達の世界を救って下さい』
怒りに任せて石を投げつけようとした自分を島が抑える、島は一度深く息を吐きながらお姫様に向かった。
「なぁお姫様、俺のダチの山口ってのがそっちの世界に行ってねぇかい?」
島の言葉にお姫様はぎくりとした顔をしていたが、すぐに無機質な笑顔に戻った。
『はい、山口様はすでにこちらの世界にて勇者となりました、ですが山口様お一人では魔王は手ごわく、是非ともお二人のお力を……』
「俺のダチは山形だ馬鹿野郎!」
島は渾身の力で硬球を投げて鏡のお姫様の眉間を撃ち抜いた。
鏡は音も無くバラバラに砕け散ると元の光の粒になって消えて行く。
肩で息をする島に、なんて声をかければ良いのか判らなかった。
ただ、山形はもう帰って来ない、何をどうしようと絶対に帰って来ない、それだけはなんとなく判った。
7.
島を家まで送り届けると、家の電話を貸してもらって自分の家に電話をかけ、
友達を送ったから今から帰る、だから少しだけ帰るのが遅くなると母さんに告げる。
母さんは心配性だからこうしておかないと感情が不安定になってしまう、それだけ愛されてるからまぁしょうがない。
「じゃあな金田、明日またな」
「じゃあな島、つまらないのに引っかかるなよ」
島と別れを告げて自転車に跨る、いつもと違う道、違う景色を眺めながら家路を行く。
妖精さんやお姫様だけじゃない、人生は危険が一杯だ、交通事故、危ないクスリ、詐欺に怪しい宗教、どれに引っかかるか判らない。
「くわばらくわばらっと……ん?」
前方に何やら光る物が浮遊している、自動車が後ろから来ていない事を確認すると素早く自転車を停め、手頃な石を拾い上げた。
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