夏の高校野球:難聴のエースと指文字で一丸 島根・益田東

毎日新聞 2014年07月03日 15時43分(最終更新 07月04日 02時39分)

バッテリーを組む古賀健志捕手と指文字でやり取りする広中蒼磨選手(右)=島根県益田市の益田東高校で2014年6月25日、長宗拓弥撮影
バッテリーを組む古賀健志捕手と指文字でやり取りする広中蒼磨選手(右)=島根県益田市の益田東高校で2014年6月25日、長宗拓弥撮影

 先天性の難聴でほとんど耳が聞こえない私立益田東高校(島根県益田市)の野球部エース、広中蒼磨(そうま)選手(17)=3年=が、夏の甲子園を目指して猛練習をしている。奈良県立ろう学校から甲子園出場経験のある益田東高に進み、仲間と一緒にボールを追いかけてきた。今では約80人の全野球部員が簡単な手話を習得し、広中選手と言葉を交わす。全国高校野球選手権大会の島根大会は15日に開幕する。

 広中選手は奈良県大和郡山市出身で、県立ろう学校に進学後、ボーイズリーグで硬式野球を始めた。打球音が聞こえず、けがを心配した両親からは反対された。話すこともできず、仲間との意思疎通がうまくいかないため、一時は野球をやめようと思った。しかし、甲子園の夢を諦められなかった。

 益田東高は関西から多くの生徒を受け入れている。広中選手は祖父の故郷でもある益田で野球をしたいという思いを募らせ、野球部の大庭敏文監督(32)に入学希望を伝えた。障害のある選手を受け入れたことはなく、大庭監督は「最初は面倒を見られないと思い、断るつもりだった」というが、広中選手の熱意に動かされた。

 保健体育を教える大庭監督は「特別扱いはしない」と宣言しながらも、他の教員と一緒に広中選手のためにプリントを作り、勉強を支えた。一方、部員たちはどう接すればいいか、戸惑っていた。1年生の夏、寮で同室だった山村航和選手(17)=島根県江津市出身=が小学校で少し習った手話を広中選手に見せた。「お母さん」という簡単なものだったが通じた。

 「俺たちが手話を覚えればいい」。1年生部員が手話の特訓を始めた。本格的な手話は難しいが、「あいうえお」など50音を示す指文字は数週間でできるようになった。他の部員に広げ、2カ月ほどで約80人の全部員が指文字を習得。今では試合中の伝令も指文字でやり取りする。

 広中選手とバッテリーを組む古賀健志捕手(18)=大阪府松原市出身=は「他の学校がまねできない僕たちだけの言葉。チームの一体感を生んでいる絆だ」と語る。選手に触発され、コーチと一緒に指文字を覚えた大庭監督は「広中は多くの困難にもがき苦しみ、それを乗り越えてきた。彼の強い精神力がチームにも浸透している」とみている。

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