心がよろけそうなときに読むポンコツ日記

現在心の福祉職をとして考えることや日常のことなど徒然なるままに

※実話をもとにしたフィクションです





男は女に会いにいく。



女に会うそのひとときは男にとって何ものにも代え難い幸福な時間であった。
男は自分の一切を女に話した。女はそれをただただ受け入れてくれた。男にとっては女は母であり姉であり妹であり雌だった。



男は目を瞑った。女に会うそのひとときのために。




目を瞑れば女は微笑む。暖かい眼差しを男に向けてくる。男は女を愛していた。女の細い髪の毛やつぶらな瞳、落ち着いた声、優しさのこもる言葉遣い。女の一挙一動が男を昂らせた。そして癒していた。



目を瞑り、微睡んだ世界の中に女はいる。女は微笑んで男を待っている。男はその日あった出来事や考えたことを女に話した。女は微笑むばかりだ。そして女を思い切り抱きしめる。肌の温もりを感じながら、女の香りを噛み締めながら。




そして男は目覚める。温もりは瞬く間に冷めて行く。女はもう隣にはいない。女は微睡んだ世界の生き物で、男の生きている世界にはいないのだ。いや、いないというよりも、いなくなってしまった。男は自分の記憶の全てをかき集めて女に会いにいくのだ。香りを忘れないように、あの肌の温もりを忘れないように、男は何度でも彼女に会いにいく。

男には現実と想像の区別がつかなくなっていた。女がいるあの世界が現実で、今自分がいるこの世界のほうが幻なのではないだろうか、そんなことを考える日もあった。男は女に会うその時間こそが己の現実であってほしいと懇願していた。その願うころにはもう温もりは消え去ってしまっている。


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男はいつもどおり女に会いに行った。

すると女はベンチに座っていた。女に微笑みはなく、戸惑いの様子が見受けられた。

男は言った。
「なぜそこに座っているのか」


女は答えた。
「わからない。でもここに座っていてはいけない気がする。」


男は焦った。女がこの世界からもいなくなってしまう。現実にすらもう存在しないのに、この幻からも消え去ろうとしているのかと。

「ここに座っていればいい。僕がまた会いにくるから。」

男はそう女に言った。


「でも、もう行かなくては」


女はそう言って席を立った。

「待ってくれ、僕も一緒に行くから」


男は女と並んで歩いた。男はそれまでの女との全てを思い出していた。そして女にそのありのままを話した。あのときは嬉しかった。実はあのとき僕は泣いていたんだ。でもその何もかもが男にとって幸福だったのだと。女といる時間が男の幸せだったのだと。なぜかそれを今伝えなければならないと男は感じていた。行き先もわからぬ道を歩きながら男は話した。

男の目には涙が溢れていた。この道の行き先がわかってしまっていた。女との道はもうすぐ分かたれる。男は涙ながらにこう話した。

「ありがとう、今まで一緒にいてくれて。今は僕の言っていることの意味がわからなくても、覚えていてほしい。僕が君といる時間をどれだけ幸福に思っていたのかを。僕は君に出会えて幸せだった。そう僕が思っていたことを覚えていてくれないか」






女は「わかった」と言って深く頷いた。



そして道は分かれた。男の道は消え、女の行く先だけがまっすぐのびていた。









男は目を覚ました。これが女との別れのときだとわかっていた。すでに女は想像の世界から旅立っていった。男は自分の涙の温かさを感じながら、今いるこの世界に足を下ろした。







おわり









ポンコつっ子