第一次大戦100年:国境線の矛盾噴出
毎日新聞 2014年07月05日 22時48分(最終更新 07月06日 02時45分)
【カイロ秋山信一】紛争が続くシリアやイラクで、第一次世界大戦後に英仏露が、民族や宗派の分布を無視して人工的に引いた国境線の矛盾が1世紀の時を超えて噴出している。イラクで侵攻を続けるイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」は国境線を無視し、両国をまたいだ形で新国家を建設することを一方的に宣言。少数民族クルド人も独立に向けた動きを強めている。
第一次世界大戦中に英仏露がオスマン・トルコ帝国の領土の分割方法を決めた「サイクス・ピコ協定」に基づき、現在の国境線の原形が生まれた。「イスラム国」が一方的に建国宣言した6月29日、インターネットの動画投稿サイト・ユーチューブに、約15分間のビデオが公開された。「サイクス・ピコの終えん」と題された映像で、「イスラム国」の戦闘員を名乗る男がシリア・イラク国境線をまたぐように立って「サイクス・ピコを破壊した」と宣言。男は「ヨルダンでもレバノンでも境界を破壊する」と述べ、侵攻拡大を警告した。
「イスラム国」が、英仏から押しつけられた国境線を否定するのは、自らを「欧米列強支配からの解放者」と位置付け、イスラム教徒の歓心を買う狙いがある。また、イラク北部からシリア東部に至るイスラム国の実効支配地域は、同じスンニ派部族が国境をまたいで生活しており、住民にも一体化することへの抵抗感は少ないとみられる。
もう一つ、新たな国境をつくろうとしている勢力がクルド人だ。オスマン帝国の支配から解放された後も独自の国家を持てず、英仏の都合で、トルコ、シリア、イラク、イランなどに分断された。どの国でも少数民族として扱われ、政権側による弾圧を何度も経験した。
だが2012年夏にシリアで内戦が本格化すると、クルド人武装勢力が北東部で実効支配を拡大した。さらに今年6月にはイラクのクルド自治政府が「イスラム国」の大規模侵攻に乗じて、自治区外の油田地帯キルクークなどに進出。「クルド独立」に向けた住民投票を行う計画もある。
イラクでは南部に多いシーア派と北部に多いスンニ派の宗派間対立も激化。国家が三分裂する可能性も浮上している。
【ことば】サイクス・ピコ協定