福島県浪江町の住民に原発事故の慰謝料の一律増額を認めた裁判外紛争解決手続き(ADR)で、東京電力が和解案を拒んだ。東電が早期解決に協力するのは義務だ。和解案に従うべきだ。
和解案は、住民一万五千人の慰謝料増額について、国が賠償指針で定める一人当たり月十万円から五万円増額し、十五万円とした。
東電は回答期限を二回延長した末、全面拒否する回答書を、ADRを運営する政府の原子力損害賠償紛争解決センターと町に提出した。(1)一律増額は指針と乖離(かいり)し、他の避難者と公平性を欠く(2)増額を認めるには個別事情の立証が必要−というのが言い分だ。
和解案は中立の立場をとる仲介委員の法律家が被害者と東電の双方から意見を聞いて提示される。拘束力はないが、東電は賠償を早期解決するため、尊重すると約束したことを忘れてはならない。
弱い立場の住民に個別に被害の証明を求めるのは負担が大きい。限界もある。だからこそ、浪江町は町民に共通する苦悩を探り、集団での申し立てを選んだのだ。
和解不成立となれば、裁判しかなくなる。故郷を奪われ疲弊した人々に、さらに時間も労力もかかる裁判を強いるのはつらすぎる。
何よりも、加害者の東電から和解を決裂させることが認められては、被災者の負担を減らすために設けられた、ADRという早期解決の枠組みが信頼されなくなる。町はセンターに東電が受諾するよう説得を求める上申書を出した。
浪江町のケースが示したのは、国の賠償指針が、被害の実態に見合っていないということだ。
仲介委員は現地調査を行い、仮設住宅や高線量地域で、生活再建や将来の見通しが立たない人々の声に耳を傾けた。苦悩は軽減されるどころか、より深まっているとみて、増額は妥当だと判断した。
原発を国策としながら、原発事故の被害賠償制度は整えられていなかった。「月十万円」の慰謝料も、交通事故の自賠責保険の最低補償並みを参考にしている。未曽有の事態を追いかけるようにして決められた暫定的な基準でしかない。
事故から三年を過ぎて、当初は予想されていなかった被害が表れている。実態調査や検証を欠かさず、賠償基準の見直しに生かしていくべきだ。
東電は、浪江町の和解案を他の地域の賠償にも反映させていく。それが公平感を保つ、本来のあり方ではないか。
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