命のビザ:ユダヤ人代表として73年ぶり訪問 福井・敦賀

毎日新聞 2014年07月05日 14時09分(最終更新 07月05日 14時30分)

 第二次世界大戦中にリトアニアのカナウス領事代理だった杉原千畝がユダヤ人に発給した「命のビザ」によってナチスドイツの迫害を逃れ、福井県敦賀市の敦賀港から日本へ上陸した世界有数の先物取引所「シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)」のレオ・メラメド名誉会長(82)が3日、敦賀市を訪れた。上陸以来73年ぶりの訪問に「古里に戻ってきたようで胸がいっぱい」と感慨深げに話した。

 メラメド氏はポーランド出身のユダヤ人で、8歳だった1941年2月に両親と敦賀港に上陸。その後、鉄道で神戸市に向かい、米国へ亡命した。CMEに通貨先物市場を創設・発展させたことなどから「金融先物市場の父」と呼ばれている。2008年に河瀬一治敦賀市長が渡米した際、メラメド氏に訪問を依頼していた。

 この日はまず敦賀市役所を訪問。河瀬市長らから握手で歓迎されると「『命のビザ』で多くのユダヤ人が救われた。代表してお礼を言いたい」と話した。その後、ソ連(現ロシア)のウラジオストク港からメラメド氏らを乗せた船が到着した敦賀港周辺へ。ユダヤ人難民などの歴史を紹介する資料館「人道の港 敦賀ムゼウム」などを見学した。

 メラメド氏は「人々の笑顔や、果物や花束でもてなしてくれたことが安全の象徴だった。8歳だったので港の名前は覚えていなかったが、母が『2年ぶりに楽に息ができる』と話していたことが記憶に残っている」と、ナチスの迫害から逃れる道中の厳しさと日本上陸時の喜びを回想した。【近藤諭】

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